第37話◇サーラント主役回◇サーラントの独り言

◇◇◇人馬セントール、サーラント視点◇◇◇



 人馬セントールの神に祈ってくる。

 そう言ってドリンはテントの外に出ていった。夕日の草原へと。

 ドリンが人馬セントールの神に祈る、だと?

 神への祈りも神の加護にも、その練精魔術で介入する骨の髄まで不遜な魔術師のあいつが?

 額を押さえる。ドリンの頭突きをくらった額はけっこう痛い。あの石頭め。

 なにをそこまで怒ることがある。いつも遠慮なくペチペチ叩いてくるが、本気の頭突きなど初めてだ。ズキズキする。

 ドルフ帝国と無縁のドリンに機密漏洩の片棒を担がせるわけにはいかん。それで黙っていたというのにな。

 額を押さえる俺を、じっとミトルが見ていた。


「なんだ? ミトル。なにか言いたいことでもあるのか」

「いいえー。サーラントさんなら言わなくても解ってるでしょ」


 ニコニコといつもの笑顔で言う。


「加護については心配は無いと思いますよ。あのお兄さんも言ってましたし。『サーラントほど人馬セントールの神に愛される者などいないだろう』と。だからサーラントさんが生き方を変えなければ、加護を失うことも無いでしょ」


 言うとミトルは立ち上がり、テントの外に向かう。


「あたしも祈りを捧げてきます。それと、ドリンさんのことを相棒と思うなら、次は初めから巻き込んでしまわないと。あたしはてっきり今回のこともドリンさんが知ってると思ってたからビックリしましたよ」

「あいつがドルフ帝国から追われることが無いように気を使ったつもりなんだがな」

「そのドリンさんが、そんなちっさいことはどうでもいいって言ってたでしょ。それもどうかしてると思いますけどねー」


 言うだけ言ってミトルはテントから出て行った。

 ミトルには幼いときからめんどうを見てもらっている。小人ハーフリングだが俺にとっては乳母のようなもので、なんというか、ミトルにはいろいろと見透かされているような。


 ノスフィールゼロがふよふよと飛んで目の前に来る。頭を下げて一礼する。


「サーラントさん、ありがとうございまスノ」

「約束したからな。これで黒浮種フロートの自衛手段の役にたてばいいのだが」


 魔術の使えない種族、またその体格から武器を持って戦うことも苦手な種族、黒浮種フロート

 星渡る船の中で黒浮種フロートの戦闘訓練や自衛方法を考えるとは言ってみたものの、思いつかなかったし、試したものはひとつも上手くいかなかった。

 パリオーの小妖精ピクシー流誘拐対策講義の方が役にたったくらいだ。


「私の一存でスガ、このカノン設計図、ドルフ帝国よりもたらされたものの誰から受け取ったかは、秘密にしまスノ」

「どういうことだ?」

「我々には神の加護はわかりまセン。ですガ、神の加護が大事なものというのは理解できまスノ。私が秘密にすることでサーラントさんが誓いを破ったということヲ、ここにいる関係者以外には広めないことができるのではないでスカ?」

「ノスフィールゼロが気にすることでは無い」

「イイエ、気にしまスノ。もし、サーラントさんが加護を失いドルフ帝国より追われることになれバ、我々黒浮種フロートが全力でサーラントさんを守りまスノ。シャララさんの昔話のように共に暮らしまスノ」


 ノスフィールゼロは俺の目を見る。黄色い丸っこい二つの目が。黒浮種フロートは話すときも口は開かない。なのでその表情も解りにくいときがある。泣くときは涙でわかるのだが。

 それでもノスフィールゼロの本気の気持ちは伝わってくる。

 そのときは、世話になることにするか。

 加護を無くせば目的も果たせなくなる。だが、


「俺にはカノン以外に黒浮種フロートに相応しい武装が思いつかなかった。魔晶石を動力にできる黒浮種フロートには、いずれはそのテクノロジスで開発できたのかもしれんが」

「イイエ、このカノン設計図によると燃料は火精石。我々の知らない鉱石でスノ」

「マルーン西区の百層大迷宮では少ないか。だが43層からの雪原では水精石がとれる。33層からの森林では土精石、希に光精石も出る。これを火精石の代わりに使えないだろうか」

「研究しないと解らないでスノ」


 ドルフ帝国の百層大迷宮の火山エリア。そこに出現する魔獣からとれる火精石。

 これを研究した星来者セライノカノンの原型を作った。現在は試作中だが手投げ爆弾も実用化目前だ。

 しかし、ドルフ帝国の星来者セライノには魔晶石を動力にするテクノロジスは無い。

 ドリンの祖父殿。無限の魔術師、グリン=スウィートフレンド。彼ほど魔術回路に詳しい魔術師の協力者がいたからこそ、黒浮種フロートは魔晶石エンジンの開発に成功したのだろう。

 魔術師、魔術特化の希少種、魔性小人ブラウニーの錬精魔術師、か。


「アノ、サーラントサン?」

「なんだ?」

「ドリンさんと仲直りできまスノ?」


 心配させてしまったか? 


「気にするな。俺とドリンが言い合うのはいつものことだ。それにまだ加護を失うと決まった訳では無い」


 こればかりは神の御心しだいだ。誓いを破ることになったが、後悔は無い。

 黒浮種フロートにはドルフ帝国の星来者セライノのことを伝えてやりたいし、可能ならば遠い過去に離れた彼らを会わせてもやりたい。

 今となっては子供の頃の俺の浅はかさが残念でならん。

 ノスフィールゼロが小さく頷く。


「私も祈りまスノ。人馬セントールの神様ニ」

「感謝致します。ノスフィールゼロ殿」


 セルバンが胸に右手を当ててノスフィールゼロに敬意を示す。


「若も良き友に恵まれましたな」


 友、か。ドリンは友と言うには少し違うような気がする。


「若が少し変わったのもドリン殿の影響でしょうか。ミトルから聞いたのは魔術師として一流、ただ少し頭がおか、ゴホン、失礼、卓越した頭脳の持ち主だと。若にいろいろと助力なさってくれているそうで」

「あいつが思い付くことはやり過ぎになる。ドリンが俺の手助けをしてるというよりは、俺がドリンの行動でまわりの被害が増えないように注意してるだけだ」


 俺が言うとセルバンは片方の眉を上げて妙な顔をする。眉間に人指し指と中指をあてて考え込み、


「昔は私とミトルと若のお兄様方が、そのような気持ちで若を止めようとしてたものですが、若がそう言う日が来るとは思いませなんだ」


 セルバンは俺をなんだと思っているのだか。


「幼い若が星来の離宮に侵入したこともありましたな」

「隠されたものがあれば見てみたくなるだろう。あまり昔のことをほじくり返すな、俺とて子供のころの幼稚なガキ大将のままではない」


 セルバンは昔を思いだしたのか口元が笑っている。セルバンとて少年時代にはなにかやらかしているはずだろうに。

 セルバンはミトルが使っていた茶器を手に取り、ノスフィールゼロの器に茶を注ぐ。


「ノスフィールゼロ殿には不自由させますが、外の兵士に見られませぬよう、このテントの中に居てもらいます」

「わかりましたノ。人馬セントールの神への祈りは昼の草原が良いとドリンさんが言ってましたノデ、明日の昼に人目のないところで祈ることにしまスノ」

「若のために、ありがとうございます」


 シャララの昔話を聞き、ドリンが言い出したとは言え、俺のために祈ってくれる者がいる。ありがたいことだ。

 しかし、あのドリンが俺のために祈るというのは、なにか落ち着かない。もやもやする。


 ドリンを見ていると、たまにイラつく。

 俺は事を成すときは正々堂々と正しく有りたい。たとえ目的を果たせなくても俺の在り方が正しければ、俺が倒れても後に続く者が現れるだろう。

 そう考えていた。だからドリンのやり口というのが小狡い策にも見える。いや、見えていた。

 1度決めたならばなにがなんでも達成する、その目的に対する執着心。

 これには負けてはいないと自負はある。

 俺がドリンに勝てないのはふたつ。

 ひとつは気づくこと。

 あいつが魔術師だからかもしれんが、俺が見過ごすようなことに気がつく。

 あの隠しエリアのある30層西側も、ドリンが怪しいと言い出したから白髭団で探索した。そして見つけだした。

 もうひとつは、思い付くこと。

 策にしろ手段にしろ効果的なやり口を思い付くのはいつもドリンだ。

 大角軍団のときも、赤線蜘蛛のときも。

 隠しエリアの街づくりも、やったこと無いとか言いながら班長を指名して、ちょこちょこと見回っては気がついたことを口に出す。

 これで全体が上手く進んでゆく。あいつの頭の中はどうなっている?

 黒浮種フロートのテクノロジスを見て、こんなものを作ってくれ、と言えば削岩機やテクノロジス食材ができる。あいつが思い付いて言ったことが切っ掛けだ。

 発見と発想。ドリンの卓越した才。

 それに感じる俺の感情、言葉にしづらい思い。うむう。


 例えて言うならば、俺が許せぬ悪を見つけてそこに向かって突撃しようとする。

 いざ行かんと方向を見定めれば、既にそこにドリンがいる。

 俺の行く道をドリンが先回りして、障害物は取り除き、地面は石畳で舗装して、川には橋がかけられている。

 そしてドリンはこう言うのだ。


『さぁ、サーラント。これで目的地までまっすぐ走れるぞ』と。


 これがなんというか、悔しいのだ。

 あいつの知恵で助かったことは何度かある。

 それにドリンが指し示す方向と俺が進むべき方向が逸れたことは無い。

 ひねくれた奴だが腹の底には俺と同じ正義がある。そう感じるから今もコンビを組んでいる。


 あいつとは同じ山の頂を目指している。

 これは俺が勝手にそう思っていることではあるが。

 ただ、俺と奴では登る道も登り方も違うだけだ。

 俺は持ち前のガタイで強引に突破しているだけで、あいつはあの小さい体で1ヶ所ずつ確実に足場を作り堅実に進む。

 やり方は違えど行き着く先は同じ山の頂上。

 それが解るからあいつの指差す方向へと俺は駆ける。全力で駆けることができる。

 そこに悔しさを感じるのは、子供じみた嫉妬心だろうか?

 俺が考えつかなかったことを思い付くドリンに対しての。


 今もドリンの策は白蛇女メリュジンの里、黒浮種フロートの研究所でひっそりと進んでいる。

 これが成功したならば、人類領域に大打撃を与えることができる。

 その先に俺の目標のひとつ、東方人類領域で奴隷とされている犬人コボルト小鬼ゴブリンの解放へと繋がるかもしれん。


 人間ヒューマンレッド種と小人ハーフリングの多種族連絡網も、今回の件で役に立つと解れば力をつけるだろう。

 今まではレッドの種族的な親切心で運営されていたが、ドワーフ王国、エルフ同盟、ドルフ帝国が手を貸せば種族の垣根を越えて対人間ヒューマンの連絡網を密にできる。

 交流の少ない種族、蟲人バグディス鷹人イーグルスなどとも交流が増やせるかもしれない。

 そうすれば、かつて住む森を焼かれた蜘蛛女アラクネの悲劇を繰り返さないようにできる。異種族食いを止めなかったとはいえ、人間ヒューマンに狩りつくされ今ではどこにいるかも解らない豚鬼オーク。そんな種族も助けられるかもしれん。


 そのためにも、まずは今の計画を成功させる。まだ、俺はこんなところで立ち止まるわけにはいかん。

 ドリンが言うところの乗り物としての役に立たんのかもしれんが。

 チビのあいつの短い足では、辿り着くまで時間がかかる。ドリンを乗せて駆けるのは俺の役目だ。

 だから、

 人馬セントールの神、クレセントよ照覧あれ。俺とドリンの行き着く先を。

 そのために駆ける力を与えたまえ。

 この世界アルムスオンを駆け続ける力を。

 俺に。


 今頃ドリンも祈っているのだろうか?

 奴はなんと祈っているのだろうか?


 ……なんだか背中がかゆくなってきた気がするな。

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