第23話◇ちょっと地上に、ファーブロンはお年頃?


「宿屋、というよりは簡易宿泊所か?」


 サーラントが見たままの感想を呟く。俺は白い立方体の建物を見ながら返す。


「ぶっちゃけ、雨も降らないここなら寝るだけなら白蛇女メリュジンの敷物と毛布で足りる。本当に必要なのは荷物の預り所だな」


 探索者にとって宿屋で重要なのは、安心して荷物や予備の装備品に金目のものを保管してくれるところだ。

 俺達が使ってた地上の宿屋でも、もと探索者のシャロウドワーフの兄妹がしっかりしてた。おかげで盗難の心配は無かったが、そのぶん預り賃は少し高め。


白蛇女メリュジンに預かり所の経営をやってもらうか」

「これまで貨幣と縁の無いと暮らしをしてた白蛇女メリュジンには難しいのではないか?」

「そのあたりは俺達で教えていくしか無いな。ただし、アルマルンガ王国貨幣で取引は無しだ」

「どういうことだ?」

「この場所が探索者の拠点として活動が始まれば、地上の人間ヒューマンの王国は警戒するだろう。そうなると俺達が地上に出て王国貨幣シードで買い物ができなくなる可能性がある。それにこの先、順調にいけば白蛇女メリュジンが取引する相手はエルフ同盟だ。エルフ同盟なら今も金粒銀粒で取り引きしている。ここでの取り引きは金粒銀粒に宝石、あとは魔晶石ということにしておこう」

「なるほど。それにアルマルンガ王国貨幣を集めたときに地上で戦争が始まり、人間ヒューマン以外の種族がアルマルンガ王国圏で商取引できなくなってるかもしれんか。そうなると、数は少なくなりそうだがドワーフ王国の貨幣オーバルとドルフ帝国の貨幣ヘキサでのやり取りはあったほうがいいか」

白蛇女メリュジンにしろ黒浮種フロートにしろ、まずは商売に慣れてもらう必要があるか。黒浮種フロート製セラミクスの鎧に武器、白蛇女メリュジンの布、このあたりと交換で魔晶石と金と銀を集めたいところだ」

「魔晶石はわかるが、金と銀は必要か?」

「金と銀は魔力の伝導体として優秀なんだよ。俺の持ってる簡易魔術回路も銀製だし。洞窟で使ってる削岩機にトンネルメーカー、どちらも魔晶石から繋がってるコードは銀線の表面をコーティングしたもの、と黒浮種フロートから聞いている」

黒浮種フロートの魔晶石エンジンを使ったテクノロジスには銀が必要か」

「それに金と銀と宝石は取り引きにも使えるからな」


 ふとキッタンキッタンと音のする方を見ると、白蛇女メリュジン達が機織り機で布を織っている。

 黒浮種フロートの合成繊維で作っているとか。あとで聞いたことだが、黒浮種フロートの帽子は白蛇女メリュジンが作っていた。

 白蛇女メリュジンにとって黒浮種フロートの帽子を作って飾りたてるのは人形遊びに近いのだろうか?

 今は敷物と寝具用を作っている。ここに探索者が増えることに備えて。ついでに白蛇女メリュジン用の目隠しも。可愛いまたは格好いい目隠しの刺繍を競って作っている。白蛇女メリュジンの刺繍はその出来の良さから地上に持って行けば人気がでそうだ。


「さて、俺達は一旦地上に行くか」

「そうだな。宿屋のシャロウドワーフ兄妹に踊る子馬亭の店長が話に乗ってくれるかどうか」

「なんとか引っ張りこみたい。それに地上で預けてある赤線蜘蛛の稼ぎがまだ残っているから、これも貨幣から現物に替えてここに持ち込みたいしな」

「ところで、ドリン。黒浮種フロートのことだが」

「なんだ? まだなにか心配か?」

「彼らの言う侵略用の兵器についてだが」

「テクノロジスがこの地で完全再現できないのなら、黒浮種フロートがどこまで造れるのか怪しいとこだが」

「そこじゃ無い。道具と兵器の線引きの話だ」

「そりゃ、難しいな。包丁で料理もできるが誰かを殺すこともできる。昔からの命題のひとつだな」

「茶化すな。確かに戦闘の達人ともなれば鍋の蓋で相手を殺すことも可能だ。だが戦争用の兵器ともなれば話は違う。しかし、侵略用の兵器と防衛用の武装、どこで区切るんだ?」

黒浮種フロートはその判断を俺とサーラントに委ねようとした。だから先祖の遺産の中で先祖の恥を晒したんじゃないか? 自分達の最も大事な神聖なところで。俺達がそこまで信頼されたのは光栄だが、俺はその判断は黒浮種フロート自身にしてほしいと考えている。それでサーラントに戦争の歴史を黒浮種フロートに教えて、彼らの判断材料を増やして欲しいと言ってるんだが?」

「彼らがどこまで理解できるか。命のやり取りをする戦いそのものが原始的で、知恵のあるものの問題の解決方法にふさわしくありません。非論理的デス。とか言われたぞ」

「それならもっと解りやすく例を出すんだな。黒浮種フロートをエサと見る野生の獣からどうやって身を守るか、とかだな。彼らに必要なのは知恵も論理も通じない相手から身を守る方法だ」

「それなら1度、黒浮種フロートを連れて地下迷宮に行くか。問答無用で襲ってくる奴らには困らない」

「それはいいな。ついでに魔晶石も集めて見せてやるといい」


 サーラントとお喋りしながら待っていると、目的の相手が来た。


「おまたせー」

「準備できたぞ」


 蝶妖精フェアリーのシャララと鷹人ネオールイーグルスの飛翔コンビが飛んできた。一緒に地上に行くことになっている。

 狼面ウルフフェイスのカゲンと部隊パーティ白角の少年エルフ、ファーブロンも来た。


「あれ、カゲンも行くことにしたのか?」

「あぁ。地上の預かり所に預けてある貨幣を持ち込みたいからな。数回に分けて宝石や調味料、生活用品に替えてここに持ってくる算段だ」

「灰剣狼なら、相当溜め込んでるだろ?」

「それなりには、な。43層からの雪原用の防寒装備品にかなり注ぎ込んではいるが」

「ファーブロンは?」


 俺は金髪の少年エルフを見る。ファーブロンは元気よく、


「白角の荷物を取りに行きます。部隊長パーティリーダーのディグンはトンネル掘りとか力仕事があるので、ディグンの代わりに」

「そうなのか? ファーブロンにもいろいろと」


 ここまで言ったところでカゲンが俺の肩を掴んでしゃがむ。指先をチョイチョイと動かして呼ばれたサーラントも屈んで顔を近づける。なんだ?


「ファーブロンはな、ここで白蛇女メリュジン達に可愛いとおもちゃにされるのが、どうも男のプライドにさわるらしくてな」


 こそこそと小声で。サーラントがなるほどと、


「早く一人前になりたい少年には、子供扱いはカンに触るか」

小人ハーフリングの俺には解らん話だな。異種族の女性に可愛がってもらえるのは友好関係が作れるいい機会だろう?」


 カゲンとサーラントがしばし見つめ合って、カゲンが言う。


小人ハーフリング小妖精ピクシー以外の男は、可愛いと呼ばれるよりもカッコいいと呼ばれたいものなんだ。可愛いと弄ばれるのは、まだまだ未熟な子供と扱われてるように感じる年頃でもあるか」

「ふむ、背の高い種族の成長期の悩みのようだな。同族に一人前扱いされなくて、イラつくのと同じようなものか?」


 ふたたびカゲンとサーラントが見つめ合う。俺、なんかおかしなこと言ったか?

 ふたりは声を揃えて、


「だいたい合ってる」


 と言う。そういうものか。俺はファーブロンに近づいて、


「ファーブロン、白蛇女メリュジンに可愛がってもらえるなら、それは彼女達の好意だから素直に受けとめるといい。ディグンとバングラゥが知ったら羨ましがるぞ、なぁネオール」

「そうだな。大人になるとできないことだから、そこはドリンとパリオーを見習うといい」

「おい、俺がパリオーと同じ扱いか? 俺は奴ほど突き抜けてない」

「え? ある意味でパリオー以上だと思うけど? 白蛇女メリュジン達は一言ことわってからだけど、俺の翼とかみんなの身体にペタペタ触ってくる。だけど彼女達が遠慮無くぐるぐる巻きにするのはドリンだけだろ?」

「それは俺が白蛇女メリュジンにとって親戚みたいなもんだからだ。血が美味しいって人気があったのはカゲンとヤーゲンとサーラントだろ」


 試しに何人かで白蛇女メリュジンに血を飲ませてみたところ、カゲンとヤーゲンとサーラントが高評価だった。

 これにモテたい三傑衆が、『モテる奴は血液から違うんだ』とガックリうなだれていた。サーラントがフォローする。なんでお前が?


「祖父の威光があるとはいえ、彼女達はドリンに期待している。それにドリンは、シュドバイルとミュクレイルのものだそうだ」

「なんだそりゃ。まぁ、あのふたりは家族みたいなもんか?」


 ミュクレイルは俺の叔母さんで、シュドバイルはじーちゃんの恋人。ま、俺ともちょっと遊んだ仲だし。……あ、俺とじーちゃんが兄弟になっちまったのか?

 シャララが割って入ってくる。


「それでグラねーがオモチャとられたみたいな不機嫌にちょっとなってたよ。だけど、グラ姐とシュドバイルとミュクレイルの3人で話してて仲良くなってた。ドリンは今のところこの3人の共有オモチャだってー」

「流石はドリンさんですね!」


 ファーブロンが目をキラキラさせて言うが、いったいこれのどこが流石なんだか。俺はオモチャか。小人ハーフリングとしては可愛がられるのは喜ばしいが。見かけからどうしてもアダルトな雰囲気が似合わないから仕方無いか。


 俺とサーラント、カゲン、シャララ、ネオール、ファーブロンの6人で30層の転送陣から地上へと。雑魚のネズミや大カマキリに骸骨兵を倒して、魔晶石とお宝を怪しまれない程度の量を持って行く。

 地上の大迷宮監理局の徴税所をいつもの査定、いつもの検査で通りすぎる。なんだか監理局の職員がいつもより弛んでいた。

 ノクラーソンを見かけなかったから、あのカイゼル髭、休暇でもとったのか? 厳しい上司がいなくなってだらけていたのだろうか。


 久しぶりの地上、マルーン街の西区、みんなで大衆浴場に行く。

 隠しエリアにも水浴びできるところは作ったが、風呂はまだ無い。暖かいところだから今のところは不都合は無いし。でもそのうち隠れ里にも大衆浴場は欲しいところだ。


 その後、カゲンとファーブロンはそれぞれの部隊パーティの荷物を預かり所へと取りに行った。俺とサーラントはシャララとネオールを連れて宿屋まで。

 なじみの宿屋、いつものシャロウドワーフから預けてある荷物と貨幣を引き取ろうとすると、


「サーラントさん、ドリンさん。やっと会えましたー!」


 小人ハーフリング南方スパイシー種の女が駆け寄ってきた。にこやかに言う。


「ずっと地下迷宮に潜っていたんですか? 西区中探しましたよー」


 肌の色の濃い小人ハーフリングの女。ミトルがいた。ずいぶんと久しぶりだ。サーラントが眉をしかめて嫌そうに、


「ミトルか。いったいなんの用だ?」

「あたしが来たからには、サーラントさんに用があるに決まってるでしょ? あ、こちら今の部隊パーティのお仲間さんですか? はじめまして小人ハーフリングのミトルと申します」


 シャララとネオールにペコリと挨拶する。シャララとネオールも挨拶を返して自己紹介などするが、サーラントが割って入る。


「ミトル、俺達は忙しいんだ。要件はあとで聴く」

「分かりました。あたしもこの宿に泊まることにするので。そーですねー、夜にでもまた。……もー、露骨に鬱陶しいって顔をしてもダメですよ。ではまたのちほどー」


 さーっと言うだけ言ってすぐにちょこまかと出て行った。久しぶりに会ったというのにミトルも忙しいのだろうか。彼女が来たということは、


「サーラント」

「言うな。解っている」

「なにが解っているんだか。サーラントは今回荷物持ちだ。必要なときには呼ぶからそれまでにミトルとの話を終わらしとけ」


 宿を出ていったミトルを見てたシャララが振り返る。


「ねーねー。あのミトルって昔の部隊仲間パーティメンバー?」


 シャララが聞いてくるのにサーラントがため息混じりに応える。


「俺の実家の関係者だ。あー、あまり聞かないでくれるとありがたい」

「あ、そうなんだ。ん、わかった。でも家族になんかあったのなら、早く話を聞いてあげたほうがいいよ」


 話が後回しでもいいというあたり、緊急では無いみたいだが。サーラントの実家、ねぇ。

 前にも人馬セントールのひとりが来てサーラントのことを『若』とか呼んでた。サーラントはあれでいいとこのぼっちゃまのようだ。

 だけど本人が語りたがら無いので突っ込まないでいるが、サーラントに実家からの話をミトルが持ってきた。

 ふむ、ドルフ帝国とアルマルンガ王国の間でまたなんかあったのか?



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