第24話◇ノクラーソン? なにやってんのオマエ?


 夕方に酒場、踊る子馬亭にてカゲンとファーブロンと合流の予定、なのだが。

 久しぶりの踊る子馬亭は時間のせいなのか客が少ない。というかカウンターにひとりの男がいるんだが、みんなそいつに近づかないようにしててカウンターに座るのはそいつひとり。誰もがカウンターの男から離れようという感じ。

 近づいて誰かと思いきや、ノクラーソンだった。こんなとこで人間ヒューマンが何をしている?


「あぁ、触るな凸凹か。なんだか久しぶりだ」


 すでにかなり酒を飲んでいるようで、目がとろんとしている。シャララがノクラーソンの目の前まで飛んでいって、


「うわー、仕事してないときのノクラーソンってこんな感じなの? お酒飲んでるところなんて初めて見た。ノクラーソンも休みのときは息抜きするんだね」

「いや、酒を飲むのは3年ぶりだろうか? ずっと休みなどなく働いていたから、休日の過ごし方など知らん。だが、これからは明日も明後日もずーっと休みだ」


 そう言ってワインを煽る。シャララがビックリ驚いて、


「え? ノクラーソン、大迷宮監理局辞めちゃったの?」

「あぁ、クビになった」


 ノクラーソンがワインのボトルを傾けてグラスに注ごうとするのを、隣の椅子に乗り上がって止める。


「なんだ? ドリン。邪魔をするのか?」


 ノクラーソンがじろりと俺を見る。俺は酒場の中を見渡してから、


「サーラント、ノクラーソンを奥のテーブルまで運んでくれ。店長、ちょっと奥の席を借りる」


 踊る子馬亭の店長は片手を上げてホッとして、


「助かるよ、ドリン」


 店長もノクラーソンの存在に困っていたようだ。サーラントに担ぎ上げられたノクラーソンが、やめろ、下ろせ、とか言ってるが無視して運ぶ。俺はノクラーソンのワインのボトルとグラスを持って奥に行く。


「あ、店長、カゲンとファーブロンが来たら奥に案内してくれ。シャララ、ネオール、行くぞ」


 奥のテーブル席、俺はノクラーソンの正面に座る。シャララはテーブルの上、俺の斜め前にクッションを置いて座る。ネオールが席についてサーラントは床に座る。

 酔ったノクラーソンが文句を言う。


「なぜ邪魔をする。私はあのカウンターで飲みたかったのに」

「あのな、ノクラーソンが知らないはずが無いんだが、この西区にはレッド種しか人間ヒューマンはいない。大迷宮監理局の奴らも仕事でたまに来ることはあるが、ちゃんと制服を来てる。それが人間ヒューマンの男がひとり私服でカウンターに居座っていたら、客もなにかあるのかと警戒して近寄ってこない。それも大迷宮監理局、地下迷宮財宝監査処の所長で、探索者にとっては悪い方で有名人だろ」

「……やはり、迷惑だったか」

「店長から見たら営業妨害だ。だけど追い出すこともできないから困っていた」


 猫尾キャットテイルの給仕が酒を持ってくる。手早くテーブルに置いて、俺達が料理を注文して、と。店の中で奥のテーブル席のここは、衝立もあってノクラーソンがいるとは分からないだろう。


「ここなら大丈夫だろ。ノクラーソン、気を使うならフードでも被って顔を隠したりとかするんだな」

「次からはそうしよう」


 ノクラーソンはまたワインを飲む。なんでここでこのカイゼル髭と酒を呑むことになったのか。ノクラーソンが地下迷宮財宝監査処の所長をクビになった? ヤケ酒か?

 遅れてファーブロンとカゲンがやって来た。


「あれ? ノクラーソンさん。お久しぶりです」

「なぜ、ここにノクラーソンがいる?」


 カゲンが言うことにノクラーソンが立とうとする。


「やはり私は邪魔のようだな」

「いいから座ってろノクラーソン。この西区じゃ人間ヒューマンはどこに行ってもいい顔はされないから」

「なんでノクラーソンが大迷宮監理局をクビになっちゃうの? あそこってノクラーソンよりしっかりしてる人間ヒューマンはいないと思うのだけど?」


 シャララの言うことにカゲンとファーブロンが驚いている。ノクラーソンがクビになったと聞けば驚くよな。ノクラーソンはカゲンの驚く狼の顔というのが珍しいのか、にやにやと笑いながら言う。


「シャララが私を評価してくれるとはな。だが、私が汚職で財宝を誤魔化して私腹を肥やしていた、ということになっている」

「えー? ノクラーソンがそーゆーことするようには見えないけれどー? 逆にそーゆー職員を閉じ込めて拷問したって噂を聞いたことはあるけど」

「拷問などしてはいない。反省を促すために3日ほど同じ部屋で仕事をしたことはある。食事とトイレ以外の外出を禁止にして、食事にもトイレにも私が同行した。帰宅も許さずに睡眠もその部屋で寝袋で隣に寝て、寝つくまで仕事と地下迷宮から出る魔晶石と財宝の大切さ、それを誤魔化すことなく国の財産とする作業の重要性をこんこんと説いてやった」


 いや、それは拷問だろう。3日間ノクラーソンとべったりふたりきりなんて。食事も睡眠も一緒だなんて。


「7日耐えれば汚職の件は不問にしてやると言ったのに3日で辞職した。根性無しが。だがこの1件で不正はかなり減ったはずなんだが」


 ノクラーソン、かなり過酷な職場改革をしていたらしい。カゲンがエールを飲みながら、


「俺がここに来たときには、既にノクラーソンが所長だった。だがノクラーソン就任前はかなりひどいと探索者から聞いている。職員が査定を甘くするために賄賂を要求するのが当たり前だったとか」


 俺も財宝監査処の悪評は聞いている。財宝の集まるところで金を稼ごうとする査定官。やる気の無い貴族のボンクラの集まり。金粒銀粒をくすねるのが当たり前だったとか。

 査定官が提示した金額を聞いてから、探索者に買取りか売却の判断をさせる昔のやり方も、ノクラーソンが復活させたという。


「地下迷宮から出た古代の遺物。便利なものも多く貴族が日常でつかう魔術仕込みの品も、魔晶石が無ければ動かん。魔晶石の採取は重要だ。そのために探索者が探索を円滑にできるように環境を整えることが、大迷宮監理局の仕事のひとつ、のはずなんだがな」


 ノクラーソンがワインをぐびぐびと飲む。俺は空いたグラスにワインを注いでやる。ワインの飲み方としてはおかしいのかもしれないが、今日はそんな飲み方をしたいのだろう。


「これまで、国のためにと働いてきたが……、その結果がした憶えもない地下迷宮の財宝の窃盗、所長の立場を利用した財宝の横流しの罪状でくびになるとはな。4級貴族の資格も無くして、今では5級市民だ。国の財産に手をつけた罪だから、死刑にならないだけマシか?」


 ノクラーソンが乾いた声で、ハハハと笑う。虚ろな笑い声だ。


「なんでそんなことになっちゃったの?」


 テーブルの上でシャララが身長30センチの小さな身体で、フォークを脇に抱える。ソーセージとか焼き肉をノクラーソンの取り皿に持ってくる。シャララのすることをノクラーソンは目を細めて見ている。

 俺には思い浮かぶことがひとつある。俺を呼びつけて紅茶をぶっかけたアイツ。偉そうな人間ヒューマンの貴族。


「あのデブ貴族か? ノクラーソン、アイツがなにかしたんじゃないか?」

「あぁ、そうだろうな。まったく頭は悪いくせに血筋と人脈は一人前の3級貴族の豚野郎が。4級貴族だった私の言いざまが気にくわなかったらしい。なんでああいう輩はろくに仕事もこなせないくせに、人を陥れる工作だけはできるんだろうか」


 それでクビか。


「やっぱり濡れ衣なんだ。ノクラーソン、マジメだもんね。ヒドイ話」


 シャララが飛んでノクラーソンの頭をよしよしと撫でる。ネオールが肩と翼をすくめて、


「寿命の短い人間ヒューマンは目先のことのためなら嘘と欺瞞が当たり前で、同族すら陥れるって本当だったんだな」

「いくら人間ヒューマンが嘘つきでこずるいからって、マジメにちゃんとやってるノクラーソンを冤罪でおとしめるなんて、ひどすぎるよ」


 ネオールとシャララに同情されたのが意外だったようで、ノクラーソンがゴホンと咳払いする。


「いや、その、あのな。人間ヒューマンにだってマトモな奴とか、いるからな」


 ノクラーソンが苦しげに言うが、サーラントがだめ押しする。


「シャララとネオールだからこの程度で済んでいる。ここにカームがいたらこんなものではすまないぞ」


 あー、人間ヒューマンレッド種の人間ヒューマン嫌いは相当なもんだ。おそらく全種族の中でも1番だろう。レッド種の過去になにがあったかは、カームも教えてはくれない。だが、カームは人間ヒューマンというだけで裏切者と罵るほどに嫌っている。

 だが、ノクラーソンが俺を抑える為にクビになったというのは。


「ノクラーソン、あのとき俺を止めなければ、こんなことにはなってなかったんじゃないか?」

「あのときってなんだ?」


 カゲンが聞いてきたので、俺がデブ貴族とヤセ魔術師に呼び出された1件を皆に説明する。ノクラーソンは少し考えて、


「いや、ドリンの件がなくても、あの豚野郎とはいずれ衝突してただろう。それにあのときドリンを止めなければ、死人が出たかもしれんし」

「いや、俺は紅茶をぶっかけられたくらいで殺したりはしないぞ」


 俺をキレたら殺す殺戮者みたいに言うな。サーラントじゃあるまいし。そのサーラントが訊ねてくる。


「ではノクラーソンが止めなかったらドリンは何をするつもりだったんだ?」

「俺に紅茶をぶっかけるなんてのは紅茶に対する冒涜だ。紅茶の大切さを思い知らせるべく、眼球と口内と鼻の穴から徹底的に水分を除去してやろうかと」

「そんなことしちゃったら失明するんじゃない?」


 シャララが少し身を引いて言うが、


「それでも死にはしないだろう? それに水をかけたらもとに戻る。水分を奪って干からびかけたところに、俺が熱い紅茶を全身くまなく優しくぶっかけて、紅茶のありがたさを教えてやるつもりだった」


 なぜか皆がひきつった顔で俺を見る。

 カゲンが追加で注文した焼鳥を、そっとノクラーソンの前に置いて、ボトルを掴みノクラーソンのグラスにワインを注ぐ。


「ノクラーソン、ドリンを止めてくれて助かった。ここは俺に奢らせてくれ」

「あの場で騒動を起こすのは、私としても困るからな」


 サーラントがふぅ、とため息をつく。


「ドリン、少しは後のことや他の探索者の迷惑も考えてから行動しろ」

「やかましい、サーラント。おまえがあの場にいたらもっと悲惨な事件になってたはずだ」

「やはりドリンの行いは探索者の中でもおかしいのだな。私の信じる常識がおかしいのかと不安になったが、少し安心した。やっぱり触るな凸凹が異常なんだな」

「ノクラーソン、同族に嵌められて追い出されたおまえも人間ヒューマンから見たら異常なんじゃないか? ノクラーソンが辞めるときに庇ってくれる同僚や部下はいなかったのか?」

「いるわけが無いだろうが。私がいるかぎり財宝のちょろまかしで小銭稼ぎなど絶対にさせんからな。私がいなくなることを喜ぶ輩はいても、惜しむ者などひとりもいるものか」

「うーわ、俺、鷹人イーグルスに産まれてこれて本当に神に感謝だ。人間ヒューマンマジ怖い」

「仲間を信じられないというのは狼面ウルフフェイスでは考えられないことなんだが、それが人間ヒューマンの普通なんだろうな」


 ネオールとカゲンが言う人間ヒューマンのこと。俺も少し考えてみる。


「なるほどな。不正と横領が当たり前の社会ではノクラーソンのマトモさが異常になり、排除されるわけだ」

「えー? でも、そのマトモな人間ヒューマンを追い落とす理由と罪状が無実の横領って、おかしくない? 気持ち悪くない?」

「シャララ、人間ヒューマンの社会とは、奇妙なもので気持ち悪いものらしい」


 俺の言うことにサーラントが人参スティックをポリポリかじりながら胡乱げに、


「ドリンが人間ヒューマンのことを言えるのか? 俺にはドリンとノクラーソンが似た者同士に見える」

「サーラント、私がこのズル賢い小人ハーフリングとどこが似てると言うのだ? 訂正しろ」

「そうだサーラント。俺をこんな一緒に酒を飲む友達もいない仕事中毒ワーカホリックのカイゼル髭と一緒にするな」

「ふたりともマトモであっても、その突き抜けたマトモさに誰もついてこれなければ、それは異常なんだと気づけ。そしてドリンは傷ついている者のために言葉を選べ」


 見るとノクラーソンは胸を押さえて苦しそうな顔をしていた。


「友達……何年も前にはいたはずなんだが……仕事中毒ワーカホリック……」


 とか呟いてうなだれている。


「サーラントがそれを言うか? おかしな騎士道根性で1度敵と決めたら突撃してくくせに」

「俺の正義は俺が知っている。それに理解も同意も求めはしない。俺が知っていればそれでいい」

「それに付き合って毎回頭を捻って考えてる俺の身にもなってみろ」

「ドリンの知恵で助かったことはあるが、無ければ無いで立ち塞がる者全て踏み潰すだけだ」


 少年エルフのファーブロンがポツリと不安そうに言う。


「あの、あれぐらい突き抜けてないと、一流の探索者にはなれないんですか?」


 カゲンが狼の頭を左右に振ってファーブロンのグラスに蜂蜜酒を注ぐ。


「あれは例外だ。本人なりの1本筋の通った信念を持つものは多いが、ドリンとサーラントは極端すぎて参考にするのはやめた方がいい」


 ネオールも心配した顔で小声でファーブロンに囁くように、


「理想の探索者なら、このカゲンを目標にした方がいいぞ。仲間の信頼も厚くて女にモテる。実力があっても頭おかしい奴は真似したらダメだからな」


 続けてシャララまで、


「そうよそうよ、ファーブロン。それは気持ちで判断するのよ。頭が良くても理屈が正しくても、気分悪いものは気持ち悪いんだから」

「おぉ、シャララはなかなか良いことを言う」


 俺は林檎酒を一気飲みする。


「そうだな、シャララの言うとおりだ。流石は魔法使いの蝶妖精フェアリーだ。感覚で真理を捉えている。ファーブロン、自分の気持ちが大事なんだ。自分の感じることを大切にするんだ」


 ファーブロンは、はいと俺の言葉に頷いて蜂蜜酒に口をつける。俺は続けて、


「そう、俺が気分良く生きられない世界なら滅びてしまえばいい」 


 ファーブロンが、ばしゅ、と口から蜂蜜酒を吹き出した。げふんげふんとむせている。なんでだ?

 酔っぱらったノクラーソンが、うむと頷く。お前がか?


「そうだなドリン。マジメな者が罪人となるような王国など滅びてしまえばいいのだ!」

「今日は飲めノクラーソン。遠慮せずにガンガン行け」

「うむ、3年振りの酒精で自分の限度がわからんが、今宵はとことん飲もうか。同僚に疎まれ異種族に嫌われるだけの仕事だと思っていたが、まさか探索者に慰められるとはな」


 俺とノクラーソンはグラスをカチンと合わせる。そこにサーラントがエールのジョッキをコツンと合わせて、


「では、飲みながらノクラーソンの言う豚野郎の抹殺計画を練るとするか。そいつは何処に住んでいる?」

「なんでお前がやる気だしてんだ?」

「道理の通らぬ無実の罪は、俺の正義に反している」


 3人で追加の料理と酒を注文して3級貴族の豚野郎の始末の仕方をつまみに酒を飲む。

 館に火をつけて拉致して樽につめて紅茶漬けにしてやろう、と言うとノクラーソンが声を上げて笑う。

 思えばノクラーソンの笑うところを見るのは今日が初めてだな。

 なぜかカゲンもシャララもネオールも少し離れて、ファーブロンに俺達の話を聞かせないようにしている。


「いいか、ファーブロン。経験で得られる知恵ならガディルンノに聞くといい」

「はい、カゲンさん」

「ドリンとサーラントはね、凄いは凄いんだけどね、真似したらあぶないから。見てる分には楽しいんだけどね」

「気をつけます。シャララさん」


 いや、酒の上のバカ話で本気で暗殺とか、するわけないだろうが。なにを不安に感じることがあるのやら。

 ノクラーソンの飲むペースの速さが心配だが、今宵は好きに飲ませてやるとするか。


「あぁ、こんなに楽しい酒は初めてだ」


 ノクラーソンの目尻に涙が浮かぶ。



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