第25話◇酒のツマミは世界の神話


「ところで、なんでノクラーソンが踊る子馬亭で飲んでいるんだ?」


 かなり酒精のまわったノクラーソンに聞いてみる。


「あー、探索者になろうかな、と」

「本気か?」

「一応、解析以外にも防御と支援の魔術が使える。あと治癒も少しならできる。それで部隊パーティメンバーを探してるところが無いかな、と……」


 治癒の魔術が使えるなら部隊パーティにひとり欲しいという探索者はいるだろうが。ただ、それが人間ヒューマンで無ければの話だが。

 人間ヒューマンは探索者としてはいろいろと問題がある。だからアルマルンガ王国では異種族を探索者として使ってるのだし。サーラントが眉を顰める。


「ノクラーソン、職を失ったとはいえ、いきなり探索者は難しくはないか? 家族はなんと言っている」

「妻はとうに死んだ。ひとり娘も嫁いでいる。我がキスハルト家は私ひとりで後継ぎもいないし、財産も取られる前にほとんどを娘の旦那の所有にした。なので私が探索者になってもいいだろう。娘には止められたが」


 俺は揚げた芋をつまみながら、


「ノクラーソン、人間ヒューマンを仲間にしようって探索者はまずいない。やめた方がいい」


 カゲンも頷く。


「もともと探索者向きでは無い種族だろう人間ヒューマンは。それにレッド種以外で人間ヒューマンを仲間として信頼ができない。評判が悪すぎる」


 サーラントが続けて、


「どうしても探索者をすると言うのなら、人間ヒューマンのみで部隊パーティを組むしかあるまい」


 ノクラーソンがワインを飲み、ため息をつく。


「昔は人間ヒューマンの探索者もいたという話だが」

「その昔の人間ヒューマンが今の評判を作ってしまったんだ。がめつい。嘘つき。仲間のものを盗む。飯ばっかり食ってる。他にも聞きたいか?」

「いや、結構だ。昔から人間ヒューマンは異種族に嫌われているから仕方ないことか」

「昔には人間ヒューマンが俺達を亜人と呼んで奴隷にしようって時代もあったけどな」


 俺はサーラントを見る。サーラントは魚の骨を取るのをシャララに手伝ってもらいながら言う。


「俺の祖国、ドルフ帝国が異種族連合の要となり、テクノロジスのカノンを使うようになって人間ヒューマンとの戦争に勝てるようになった。だから、いつまでも昔のことで根に持ったりはしない。今の人間ヒューマンの評判が悪いのは過去のことの責任だけでは無い」


 ファーブロンがチーズをもぐもぐしながら、聞いてくる。


人間ヒューマンて、また戦争準備してるんですよね? なんで人間ヒューマンって勝てないのに百年周期で戦争しかけて来るんですか?」

「あ、それシャララも不思議だった。ねぇノクラーソンなんで?」

「なんでと言われても。単純に領土と食料の問題だ。アルマルンガ王国の西に広がる大草原を開拓して農地にしたいのだろう」


 サーラントが呆れたように、


「大草原は小人ハーフリング人馬セントールの領域だ。他にもそこに住む種族がいる。そこに勝手に村とか畑とか作るな、迷惑だ」

人間ヒューマンの問題をごまかすなよ、ノクラーソン。ここ千年の戦争の目的は人間ヒューマンの人口減らしだ」


 俺は骨付き肉の骨の軟骨のところをかじりながら。ここが旨いんだよな。


人間ヒューマンは寿命が短くてその代わりに繁殖力がある。自分達で人口の調整ができなくて、数が増えすぎて食料の自給が追い付かなくなる。それで他の種族に戦争ふっかけて殺してもらって数を減らして調整する。これを百年周期で繰り返す。この戦争に付き合わされる種族のことを考えないから人間ヒューマンは嫌われるんだ」


 このマルーン街も食料の値段は上がった。今、食ってるものだって俺がここに来た2年前から比べて1.5倍くらいになってる。

 シャララが可愛らしく首を傾げる。


「ねえ、ノクラーソン。なんで人間ヒューマンはそんなに数を増やしたがるの? 後で自分達が困るの分からないの?」

「それは私の方が聞きたい。他の種族はそのあたりどうやっているんだ?」


 ノクラーソンが全員を見渡すが、


狼面ウルフフェイスは特になにもしてないが」

鷹人イーグルスも別になにも」

「シャララはそんなこと、考えたことも無い」

「エルフはなかなか子供が産まれないですね。他の種族のこと詳しく無いので、比べてどうかがよくわかんないです」

人馬セントールは血統を残すために子供を欲しがる夫婦はいるが、なかなか産まれないと悩む者が多い」


 皆が順にノクラーソンに応える。


「加護神のいる種族はそんなもんだ。むやみやたらと数が増えて同族同士で争うことの無いように神が守ってくれている。加護神のいない人間ヒューマンはだれも調整してくれないから、やたらと数が増える。それで人間ヒューマンが子供を捨てるのも、王国周辺の問題だ」

「そうだな、俺の祖国ドルフ帝国にはそうやって捨てられた人間ヒューマンのための孤児院がある。成人した人間ヒューマンを産まれた国に帰そうとしたが、受け入れられずにドルフ帝国に戻ってきた」

「「えー?」」


 シャララとファーブロンが声を揃える。じったりとした目でノクラーソンを見る。


「い、いや、私はちゃんと娘を育てた……、仕事ばかりで家庭を疎かにしてたことはあるが、乳母任せにしてた部分もあるが、親としての責任ははたした、はずだ」 

「ノクラーソンの家庭ひとつの問題じゃ無いだろ」


 俺は再びノクラーソンのグラスに酒を注ぐ。今度は俺の好きな林檎酒を。

 さっきからノクラーソンはワイン以外も飲んでいる。他の種族の好みとか聞きながら。

 で、飲むペースが早いような。大丈夫か? 今も林檎酒をグイグイ飲んで、


「加護神、か、人間ヒューマンの信仰するユクロス教は他の種族の神のように、目に見える加護は無いからな」


 シャララがサーラントの皿の魚を手で食べながら言う。


「加護も無いのにどうして信仰できるかわかんない。神様は困ったときには助けてくれるものだと思うのだけど? そして、いつも見てる神様に楽しんでもらうために、シャララは、私達は、おもしろ楽しく生きていくのよ」


 加護神のいない人間ヒューマンは神の加護が使えない。病気や怪我を治す高位の加護も無く、他の種族では当たり前の食事の加護も無い。

 人間ヒューマンの信仰するユクロス神、その実在を俺は疑っている。唯一神ユクロスが世界を創ったとする神話は人間ヒューマンだけに伝わるもので俺達の知る神話とは違う。

 在母神アルムと時父神スオンがこの世界を創り、この2柱から様々な種族の神々が産まれた。

 それがこの世界、アルムスオンの神話。

 人間ヒューマン以外の種族に伝わる俺達の神話。これを人間ヒューマンのユクロス教が否定する。

 俺の考えでは、ユクロス教は加護神のいない人間ヒューマンがでっちあげた神と宗教なのではないか、と。

 もともと加護が無い種族、人間ヒューマン。神への誓いを破っても加護を失う恐れの無い人間ヒューマンは、その特性を生かして嘘をつくことを得意としている。

 ノクラーソンがため息をつく。


「ユクロス神は加護も無く、代わりに試練を与えると教会の奴等が言っていた。試練を乗り越え神に近づくのだと。そして人間ヒューマンこそが神の姿の写し身で、その他の種族はそのでき損ないだとも」

「ノクラーソン、酔っぱらっても西区でそれは口にしない方がいい」

「そうだな、すまん。だが、他の種族を知れば知るほど、人間ヒューマンこそが生物としてでき損ないのように、思えてな。加護も無い、寿命も短い、老化が早い……。口先ばかりで外面はいいくせに、腹の中では狡いことばかり考えて、同族すらも嵌めて貶める。お前達は口ではいがみあっても、いざというときには仲間を信頼して命を預けて戦う。あまりにも真逆だ……」


 ノクラーソンはテーブルの上に突っ伏した。


「……私は、お前達が、羨ましい……」


 そして動かなくなった。飲ませ過ぎたか。

 シャララがテーブルに頬をつけるノクラーソンの鼻の頭をペチペチと叩く。


「寝ちゃったね」


 クビになってのヤケ酒とはいえ、ずいぶんと溜め込んでいたようだな、ノクラーソン、

 カゲンがジョッキのエールを飲み干す。


「酒のせいとは言えなぜ俺達に愚痴るのか。まったく、人間ヒューマンにしておくのは惜しい人物だ」


 ネオールが焼き鳥片手に呆れたように、


「だから人間ヒューマンの群れから追い出されたんだろ?」


 ファーブロンがおずおずと、


「あの、ノクラーソンさんのこと、どうにかなりませんか?」

「同情か?」


 問うてみると、ファーブロンは少し考えて、


「同情もあるんですけど、僕はノクラーソンさんに助けてもらったことがあるので」

「ノクラーソンが? 初耳だ」

「僕が前にいた部隊パーティが探索中の戦闘で先輩のエルフが死亡しました。ひとりがけっこう酷いケガもして、それでその部隊パーティは解散したんです。この時、僕も故郷に帰ろうかと迷いましたが。そんなときに泥棒にやられてお金も無くなってしまったんです」


 シャララがファーブロンの肩の上まで飛んで、ファーブロンの頬をスリスリと撫でる。


「けっこう苦労してたんだ、ファーブロンてば」

「僕がドジなだけなんですけどね。そんなときにノクラーソンさんがお金を貸してくれたんです。そして、魔術師が引退してメンバーを探してる部隊パーティ白角のディグンに紹介してくれて」


 ノクラーソン、そんなことしてたんだ。


「ノクラーソンさんは、『探索者が万全の状態で探索できるようにサポートするのも、大迷宮監理局の仕事だ』と言ってましたけど、ノクラーソンさん以外の監理局でそんなことするひといませんよね?」


 まったく、どこまで仕事にマジメなんだか、このカイゼル髭は。マジメに仕事をしすぎた結果に職場を追われることになると、そのときは知らなかったのかもしれないが。

 このとき、踊る子馬亭の扉が開いて人間ヒューマンレッド種のカームが入ってきた。先に地上に上がって話をつけたい相手がいたという。そのカームがやってくる。


「ドリン、サーラント、ちょっといいだろうか」

「少し待ってくれ、カーム。えーと、ファーブロンはノクラーソンのことを頼めるか? それとノクラーソンに伝えてくれ。探索者の部隊パーティに入るのは難しいだろうが、地下迷宮の出入り口で待機してだな、お宝を持ち帰った部隊パーティの徴税所の交渉とお宝の鑑定を引き受けるということなら、需要はあると思う。交渉事の苦手な奴等の代わりにノクラーソンが昔の古巣と交渉してやる、というのはどうだろうか?」

「いいですね、それ。ノクラーソンさんがそれを続けて探索者から信用されれば、ノクラーソンさんをメンバーにっていう部隊パーティも見つかるかもしれないし」

「一応言っておくが、白角にノクラーソンを入れることには」

「解ってます。いまの状況ではまだ人間ヒューマンに知られないほうがいいということは」

「そういうことだ。で、カゲンは」

「俺はこのまま、踊る子馬亭の店長と話をする。まぁ、乗ってくれるだろうがな」

「頼む。ネオールとシャララは少し休んでてくれ」

「わかった。少し寝ることにするよ」

「シャララはカゲンといっしょに店長とお話するね。シャララはネオールのバッグの中で寝るから」

「では、行くかドリン」

「待て待て、サーラントはミトルと話をつけてこい。ついでにドルフ帝国と周りの様子も聞いてこい。状況しだいでは、俺がサーラントの背中に乗ってドワーフ王国とエルフ同盟の森に行くのを急がないとならないからな」

「ではドリンひとりで行くのか?」

「カームが一緒だ。問題無いだろ」

「それなら、先にノクラーソンを宿まで運ぶとするか」

「そうしてくれ。待たせたなカーム。行くとするか」

「案内する。ついて来てくれ」


 カームの後に続いて西区の夜の街に出る。店舗と契約した魔術師の明かりの魔術が街灯に灯り、マルーン西区の夜を照らす。

 地上は日が落ちると少し肌寒い。

 カームの後ろ姿を追いかける。何やらカームは少し緊張しているみたいだ。


「カーム、どこまで行くんだ?」

「そんなに遠くない」

「なんか、固くなってるぞ?」

「……私の一存で、レッド種以外に迷惑をかけるかも知れない。それが不安なんだ」

「俺達は信頼できる人材が欲しい。カームの紹介なら安心できる」

「ドリンの信頼にどこまで応えられるかも不安なんだ。私達に大したことはできないから」

「弱気だな」

「戦闘は狼面ウルフフェイス猫尾キャットテイル、魔術はエルフに小妖精ピクシー、力仕事は人馬セントールにドワーフに大鬼オーガ虫人バグディスレッド種のできることは少ないから」


 カームも含めてレッド種は種族間では1歩引いてるところがある。

 妙に気を使うというか、自己評価が低いのか。


「カームは自信持っていいぞ。探索者でトップクラスの猫娘衆の一員だろ」

「あれはグランシアのおかげだから」

「その言い方はカームのことを認めて仲間にしてるグランシアをバカにしてるから、気を付けた方がいい」

「!……わかった。気を付ける。ありがとうドリン」




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