第26話◇赤種の集まり、秘密組織か?


 カームに連れられてたどり着いたのは小さな酒場。


「ここだ、入ってくれ」


 小さいだけで特に怪しくもない普通の酒場だ。客も何人かいる。


「こっちだ」


 カウンターの脇を抜けて奥に進み、カームは床の板に手をかける。一見ただの床板に見えるが、カームの手で開いて地下に下りる階段が見える。

 隠しアジトのようでわくわくするな。

 地下に下りると少し広いのか、いくつか部屋があるようだ。そのうちのひとつに案内される。

 カームが、コンコン、ココンココン、コンとノックをすると扉が開いて中に案内される。このノックの仕方も秘密の合図のようで、なかなかいい趣味だ。


「連れてきた。ドリンだ」


 カームが部屋の中に声をかける。部屋の中には2人の人間ヒューマンレッド種の男がいた。

 ひとりが「お疲れ様カーム」と声をかけてもうひとりが立ち上がる。

 俺の前まで来て、目線を合わせるためか片膝をつく。


「初めまして、俺はこの西区でレッド種のまとめ役をしている、リアードだ」


 右手を出してくるのでその手を握って握手する。


「俺は小人ハーフリング希少種、魔性小人ブラウニーのドリンだ。初めまして、じゃないな。30層級の黒夢斧の部隊パーティメンバーだよな」

「噂の触るな凸凹に憶えてもらえていたとは、光栄だ」

「どんな噂なんだか。悪評ばかりだろうに」


 もうひとりが椅子を持って来てくれた。


「私はルドラム。リアードの補佐、というところだ。探索者向けの道具屋をしている」


 小人ハーフリングの俺のために足の高い椅子を用意してくれるあたり、気が利いている。

 4人でテーブルにつく。小さな四角のテーブルの一辺にひとりづつ。

 リアードもルドラムも、カームと同じ人間ヒューマンレッド種だ。

 肌も赤っぽく髪も赤い。髪の赤さは濃淡が個人ごとに違うようで、カームは明るい赤色のショートカット。ルドラムは暗い赤色を後頭部で縛って流している。リアードは炎のような鮮やかな赤い髪を短くしている。

 ルドラムの淹れてくれたお茶をひとくち飲んで話を始める。


「カームから聞いているんだが、ここが西区のレッド種の集まりで、リアードがそのリーダー、ということでいいのかな?」

「そのとおりだ。レッドは数は少ないが種族としての情報交換の場として、ここに集まって話をしたりする」

「俺達、小人ハーフリングも同郷の同族で集まって飲み会とかする。他の種族もだいたい似たようなもんだ。それと同じようなものか?」

「だいたい合っている」

「それにしては、隠しアジトみたいなカッコいい地下の秘密組織みたいなのはどういうことだ?」


 ルドラムが指を組んで応える。


レッドには目的もあるから、こっそりしてるのさ。この西区からアルマルンガ王国の様子を探って、ドワーフ王国とエルフ同盟とドルフ帝国に人間ヒューマンのことを伝えているんだ」

「諜報活動か?」

「そこまでカッコ良くは無いなぁ。政治の中枢の情報までは無理だし。それでも、王国が武器や食糧を集めて、傭兵を集めるようならその規模とかを伝えている」


 リアードが大きく頷く。


「それがレッドの役割だからな」


 こんなところにスパイがいた。

 レッド種は特別な種族だ。人間ヒューマンでありながら加護神がいる。赤茶色の岩山が多い南方の種族。地形が岩山なら食事の加護を得られるし、寿命も小人ハーフリングと同じくらいの二百年くらいと聞いている。人間ヒューマンの亜種、レッド種。

 なぜか人間ヒューマンが大嫌いで、人間ヒューマン以外の種族を敬うという変わった種族。特にドワーフをまるで神の使いのように崇めるときがある。

 ドルフ帝国の異種族連合についても、このレッド種が種族間の仲を取り持ったという話だ。


「なぜレッド種は異種族のためにそこまでするのか、聞きたいんだが?」


 俺が聞くとリアード、ルドラム、カームは互いの顔をうかがってリアードが代表して、


「すまないが、それは話せない。俺達レッドにとって恥ずべき種族の過去であり、レッド以外に聞かせたくない」


 その過去にレッド種だけが加護神のいる秘密とかありそうだ。カームが、


「私達はその過去に置いて、異種族、とくにドワーフに恩義がある。レッドがドワーフのために働くのは当然のことなんだ」

「なるほど、レッド種の過去の歴史に興味はあるが、聞かないことにする。レッド種の義理堅さは知っているから、協力してもらえるとありがたい」


 リアードが、


「カームから聞いたのは、なんでも人間ヒューマンには絶対秘密で進めたい計画があるとか」


 ルドラムが肩をすくめて、


「大角軍団壊滅作戦の作戦指揮官、ドリンの計画ということで、正直に言うと私は少し怖いのだけど」

「ん? カームからはどこまで聞いてる?」


 俺達のことなんて話してるんだ? カームを見ると、


「詳しくはなにも。ドリンに直接リアードに話をつけてもらうべきだと考えた。私からは『人間ヒューマンに秘密を守れる信頼できる人手を、触るな凸凹が欲しがっている』としか。ことがことだけに慎重にするべきだと思って」


 ルドラムがお茶を淹れてくれる。


「脅かさないでくれよ、ここにレッド以外の客が来るってだけでもただ事じゃないのに」


 カームはキッとルドラムを見て、


「ただ事ではないからこそ、この1件にはレッドが手を貸すべきだと思う。上手く行けば人間ヒューマンがよその種族に戦争を仕掛けることも止められるかもしれないし」


 リアードが手を挙げて、


人間ヒューマンに秘密を守ることなら、レッドは大丈夫だ。クソ人間ヒューマンの所業を止められるならレッドは全力を尽くそう」

「そいつは頼もしいな、では聞いてくれ」


 俺は地下の隠しエリアのこと、そこの白蛇女メリュジン黒浮種フロートという未発見の種族のこと、その種族のためのトンネル計画を語った。

 古代種エンシェントドラゴンの紫じいさんのくだりでは、ルドラムが椅子ごとひっくり返った。


「と、いうことなんだが」


 ひととおり話してリアードとルドラムを見ると、リアードは腕を組んで目をキラキラさせてる。ルドラムは片手で頭を抱えてる。

 リアードがカームに尋ねる。


「なんとも信じられない話だが、本当、なんだよな?」

「言っておくが、リアードもルドラムも幸運なんだぞ。私はドリンに連れて行かれたとき、新発見の喜びを味わって欲しい、とかいう理由でなんの説明も無いまま古代種エンシェントドラゴンと対面したんだ」


 カームは深呼吸してお茶をひとくち飲む。ジロリと恨むような目で俺を見る。俺、なにかしたか?


「まるで神話の世界に迷いこんだような現実感の無さ。美しい白蛇女メリュジンに奇妙な黒浮種フロート。トドメは古代種エンシェントのドラゴン。なにもかもが理解不能で、恐怖心と好奇心でいっぱいになって頭がおかしくなったかと思った。ドリンは精神メンタル弱いとか言ったけど、いきなりあの紫のドラゴンと会って正気ではいられないのではないか?」

「そうだよなー、びっくりするよなー。そのドッキリを皆にも味わって欲しくて」

「ドッキリですむか。あのあと、謎のご馳走を食べて、白蛇女メリュジン黒浮種フロートに歓迎されて、踊って歌って、あぁこれは夢なんだ、現実感無いし、と考えて、一晩寝て起きて、やっぱり夢じゃ無かったとやっと実感した。私だけじゃ無いぞ。ネスファも頭を抱えて泣きそうだった」

「カームとネスファは繊細なんだな」

「待って。ちょっと待って。たぶんドリンの基準の方がおかしいから」


 あのとき、みんなに自覚しろよ! とか突っ込まれたっけ。カームとネスファは良識派だけど繊細そうだから、今後は気をつけようか。

 でもグランシアとカゲンは問題無さそうだったし、他の奴らも大丈夫だろう。たぶん。探索者がそんなにヤワなわけ無いし。


「地上の人間ヒューマンには秘密でトンネル工事のための人手が必要ということか」

「その通りだリアード。他にもいくつかあるが、まずはトンネルの開通が優先だ」

「200キロメートルの開通か」

「今のところ蟲人バグディスのエルカポラが指揮して進めてくれている」

「灰剣狼のエルカポラか。レッドと少しやりとりのある蟲人バグディスの巣がエルカポラの故郷だ。ルドラム、土系統の魔術師の蟲人バグディスを派遣してもらえないか聞いてみるか?」

「そうだな、時間はかかるが誰かに行かせて聞いてみようか」

「え? レッド種は、蟲人バグディスの巣ともやりとりできるのか?」


 探索者としては数は少ないし、独特の生活から謎も多い種族。蟲人バグディス


「彼らはハグレ以外は巣から出ないんじゃ無いのか? 魔術師の蟲人バグディスなんて俺は会ったこと無いぞ」


 ルドラムが言うには、


蟲人バグディスにとって巣の修理や改装のための土系統魔術師は、女王の側近だからね。めったに巣の外には出ない。でも他所の種族の動向も気になるから、ハグレを出して調べているんだ。彼らも人間ヒューマンは注意する必要のある種族ということは理解しているよ」


 土系統の魔術師でしかも蟲人バグディスの巣の専門家。本当に来てくれたならすごいことになりそうな。

 リアードが、


「まずは俺のいる部隊パーティで、その隠しエリアに行ってみたいんだが」

「黒夢斧か。1度、黒夢斧全員と話をしたいのだけど、いいか?」

「いいとも。早いうちに話をつけよう」


 俺はほっと一息つく。


「どうやら乗り気のようで助かる」

「隠しエリアの秘密の種族に伝説の古代種エンシェントドラゴン。俺は楽しみになってきた。この目で見てみたい」


 リアードがわくわくしながら言うと、ルドラムは、


「アルマルンガ王国がひっくり返るような騒ぎになるかもね、これ。レッドからドワーフ王国の貴族とエルフ同盟の長老達にこの件を伝えてもいいかな? トンネル掘りにも協力してもらえないか聞いてみるけど。あとはドルフ帝国に」

「まだ表に出ないように、こっそりとできるか?」

「そのあたりは、抜かりなく」

レッド種は頼もしいな」


 俺が言うとリアードもルドラムも誇らしげに微笑む。カームが補則してくれる。


「もともとレッドシャロウドワーフとディープドワーフの仲を取り持った経緯があるから。今は流浪の小人ハーフリングと協力して、対人間ヒューマン用の多種族連絡網を造ろうとしてる」

「へぇ、ドワーフは昔はシャロウディープで仲が悪いと聞いたことあるけど、確かにカームの前だと口げんかもしないよな」


 ドワーフはシャロウディープで、どっちが真のドワーフでどっちが亜種かでけんかしてたという話だが、今はあまり気にしてはいないらしい。


「しかし、多種族連絡網か。世界の裏側で暗躍する組織みたいでカッコいいじゃないか」


 リアードが頭をかいて、


「俺達はドルフ帝国に協力している草原の小人ハーフリングに乗っかってるだけで、たいしたことはしてないんだけどな」

レッドは他の種族のお手伝いが、生き甲斐のようなものだからね」


 ルドラムは軽く言うけれど、人間ヒューマン嫌いのレッド種が探索者としてこのマルーン西区に住んでいるのも、どうやら情報収集が目的、ということのようだ。

 過去の種族の恥。ドワーフへの恩義。

 なにか重いものを抱えた種族のようだ。悪いことでは無いけれど、少しは軽く考えてもいいんじゃないかな? でもそのおかげなのかレッド種を信頼する種族は多い。


「まぁ、協力してもらえるなら、楽しめることは保証する」 


 俺はニヤリと笑って言う。


「ふたりは戦盤できるか?」


 リアードが首を捻って応える。


「俺はできないが、このルドラムは強いぞ」

「あぁ、そこそこ自信はある。そうだ、私に戦盤で勝てたら私の店の品を1割引きで販売してあげるよ」

「それは楽しみだが、紫のじいさんも戦盤が大好きでかなり強い。対戦相手を欲しがってるから是非とも相手をしてやってほしい」

「え? 紫のじいさんって?」


 俺はニヤニヤ笑ってカームを見る。


「カームもどうだ? 紫のじいさんに戦盤で勝てたら、古代種エンシェントドラゴンと1対1で戦って勝ったと自慢できるじゃないか」

「実際、話してみたらのんびりした優しいおじいさんだけど、慣れるまではその存在感に圧倒されるよ。いきなり対面して戦盤はできないと思う」


 ルドラムは驚いて、


「え、古代種エンシェントドラゴンが戦盤?」

「そう。紫じいさん用の大きな盤と駒がある。隣で白蛇女メリュジンが楽器を鳴らして盛り上げてくれる。しかも紫じいさんはかなり強い。俺も自信あったけどコテンパンにやられた。どうだ? おもしろそうだろ?」


 リアードもルドラムもしばらくポカーンとしてたが、リアードが急に笑い出す。


「それはいいな。よしルドラム、古代種エンシェントドラゴンと勝負だ。勝てたらドラゴンに勝った男としてレッドの伝説になれるぞ」

「えー? ドラゴンと面と向かって戦盤? なんか途中で倒れそうだ。興味はあるけど……」


 カームがちょっと考えて、


「ルドラムもリアードも、戦盤の前に鼻血吹いて倒れないように気をつけたほうがいい。白蛇女メリュジン達は美人揃いの上に服を着る習慣が無くて、いつも全裸だから」

「「え?」」


 驚いて固まってる男ふたりの顔は、ちょっとおもしろくてつい笑ってしまった。


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