第27話◇ネオールとシャララ、闇夜に飛ぶ


「じゃ、行ってくるか」


 夜中、俺の泊まってる宿の2階の窓を開けてネオールが言う。


「ネオール、シャララ、行けるか?」


 外は暗い。雨は降ってはいないが雲が月と星を隠している。雲の切れ間からは星が見える。地上はマルーン街の西区。魔術の明かりが灯る街灯がポツポツとあるが、深夜ともなればうろつく者は見かけない。

 シャララがえっへんと胸を張る。


「任せてドリン。消える消える、見えない聞こえなーい。シャララはかくれんぼが上手なの」


 ネオールのバッグ。翼の邪魔にならないように腹の前に装着したバッグのポケットにシャララがいる。小さな身体の下半身をバッグのポケットに収めて腰から上が出ている。赤い蝶の羽をパタパタさせて。

 シャララの呪文に合わせてネオールの全身が薄くなって消えていく。


「どうだ? ドリン」


 ネオールが聞いてくる。じっくりとネオールのいたところを見る。


「集中して注目すれば、微かに輪郭が見えるけれど透明だ。向こうの壁が透けて見える」


 シャララの幻覚系の魔術、姿隠し。シャララの得意な魔術のひとつ。


「でもねー。探知の魔術には引っ掛かっちゃうのよねー」


 なにも見えないとこから声が聞こえるのは妙な感じだ。


「街の外壁は地下迷宮出入り口の砦よりも警戒されてないから、なんとかなるだろ。範囲も広いし魔術研究局の奴らが詰めてるわけでなし」

「それでも飛翔魔術の警戒はしてるんじゃない?」


 シャララは不安そうだが、ネオールの自信有りそうな声がする。


「俺が飛ぶのは魔術じゃ無いし。外壁に沿って侵入者を警戒する結界があるんだろ? それでもあの雲の上までは届かないんじゃないか?」

「そこまで飛べるのか?」

鷹人イーグルスの飛翔力、なめるなよ」

「じゃあ、頼んだ」

「任せろ。シャララはバッグの中で寝ててもいいぞ」

「外、見たいから顔だけ出してるね。行け! ネオール発進!」

「おぉ! 俺の速度の記録更新するぜ!」


 羽ばたきの音さえ消して、ネオールが窓から飛び立つ。

 念のために見つからないようにしてネオールとシャララにはエルフ同盟とドワーフ王国に行ってもらうことにした。

 白髭団のメッソに宛てた手紙を持って届けてもらう。他にも灰剣狼のディープドワーフ、ガディルンノの昔の部隊パーティ仲間でドワーフ王国の貴族にも1通。


『貴族の家柄と言ってたが、どれくらい政治に関わってるのかまでは、ワシは知らんのだが』


 ガディルンノはそう言ってたが、少ないツテでも頼るしかない。あとは猫娘衆のグレイエルフ、アムレイヤのおねーちゃん宛に1通。


グレイエルフはエルフ同盟の中で数は少ないけれど、一目置かれているから。おねーちゃんからエルフ長老会に話を通してもらうね』


 そして、シャララ。


蝶妖精フェアリーはエルフ同盟の庇護下だけど、おばーちゃんに会えたらなんとかなるかもー』


 伝を頼ってエルフ同盟とドワーフ王国に話をつける。白蛇女メリュジン黒浮種フロートがエルフ同盟の庇護下、となれば百層大迷宮の所有権を持つ人間ヒューマンのアルマルンガ王国を相手にできるか。

 隠しエリアの出入り口の防衛が整ったら、俺とサーラントでエルフ同盟まで行ってこないとな。

 窓を閉めて部屋を出て、1階のサーラントの部屋に行く。


「サーラント、いるか?」

「ドリンか、入れ」


 サーラントの部屋には小人ハーフリング南方スパイシー種のミトルがいた。


「ありゃ、まだ話は終わってなかったか?」

「サーラントさんとの話は終わりました。ドリンさんに挨拶しておこうかと待ってました。ドリンさん、サーラントさんに振り回されて困ってたりしてないですか?」

「以前ほど、悪発見突撃即撲滅とかしなくなったからな。最近はそんなでも無い」

「ミトル、ドリンに振り回されているのは俺の方だ」


 サーラントがなんか言ってるが無視して、


「ミトルが来たってことはドルフ帝国でなんかあったのか?」

「そろそろなにかありそうだから、サーラントさんには1度、実家に戻ってくれないか、との伝言を。あと、サーラントさんの近況伺いですよ。今は忙しいから実家には帰らないって返事をもらったとこです。これであたしがサーラントさんのご家族に文句言われるわけですねー」


 ミトルがサーラントを横目で伺うとサーラントはぷいっと横を向く。子供か。


「ドリンさんにもいちおう警告を。東の人間ヒューマンの領域からアルマルンガ王国に兵士が移動中です」

「いよいよキナ臭くなってきたわけだ」

「ドルフ帝国兵士が人間ヒューマンの開拓村を焼いたことへの抗議でしょうね。実質はここ百年、大きな災害も疫病も無く数の増え過ぎた人間ヒューマンを集めて大草原に送るつもりなんでしょ」

「大草原を占拠して麦畑でも作るつもりか?」

「もしくは、ドルフ帝国のカノンで間引きをしてもらうつもり、なんじゃないですか?」


 呆れたように言うミトルにサーラントが注意する。


「ミトル、人間ヒューマンの集団戦闘力を侮らない方がいい。特に戦争用の集団魔術の運用については、人間ヒューマンが得意とする分野だ」

「今のところ調べた限りでは、人間ヒューマンカノン対策はありませんよ。やたらと大きい盾をえっちらおっちら運んでるみたいですが」


 俺は気になるとこを聞いてみる。


「ミトル、東の人間ヒューマン領域の様子はどうなんだ?」

「食糧不足が深刻になってるみたいですね。例年より不作だった地域から移動した人間ヒューマンが他の地域の人間ヒューマンと争いがあったことはわかってます」

「なるほど。その人間ヒューマンを集めて大草原送りにしてるのか」

「私達に見つからないまま、村を作れたら幸運、とかいう奇妙な博打をやめるつもりは無いみたいです。飢えて死ぬのも嫌だからというのも解るんですけどね。だからって私達の住むところを盗まれるわけにはいかないですし」


 人間ヒューマンはすぐに数を増やして食糧危機になる。それを解決しようと大規模な開拓と農業をしようとする。

 人間ヒューマン以外の種族も農業はするが、人間ヒューマンの農業は規模が違う。人間ヒューマンの大規模農業による自然破壊は、神の加護を受ける土地を無くしてしまう。地形を変化させて徹底的にぶっ壊して、後のことも他の種族のことも考えない。

 そうやって昔は住むところを失った種族がいる。

 ドルフ帝国の蛇女ラミア亜種蜘蛛女アラクネはかつての住みかの森を失ったその恨みも深くて、ドルフ帝国の尖兵として人間ヒューマンとの戦争を待ち望んでいたりするとか。


「これまでと同じならちまちま小競り合いしたあと、ドルフ帝国主体の多種族連合で人間ヒューマンの軍隊を追い返して終わりになるんだが」

「それに人間ヒューマンが甘えちゃってるんじゃないですか? 追い返して終わりにしてるから」

「しかし、人間ヒューマンの荒らした領域を手に入れてもなんの得にもならんからな。ドルフ帝国にしろ、エルフ同盟、ドワーフ王国がこのアルマルンガ王国を占領したところで、百層大迷宮以外の役に立つものが無い。回りは人間ヒューマンばかりで防衛も難しいし」

「いっそこのマルーンの街を更地にして草原にしてしまいましょうよ」

「それはそれでたいへんだからな」

「草原の小人ハーフリング人間ヒューマンを見つけしだいドルフ帝国に連絡して、大草原で好き勝手させないように巡回してます。これでいくつか人間ヒューマンの隠れ開拓村が見つかってるからドルフ帝国の兵隊さんも忙しくなりそうですよ」


 サーラントは腕を組んで考えてる。


「本格的に交戦してない以上、戦闘せずに死人も怪我人も出さないように立ち退きさせて、隠れ開拓村をもとの草原に戻す作業か。立ち退きさせた人間ヒューマンがおとなしく帰ってくれるならばいいが」

「それは無理でしょ。彼らを受け入れる人間ヒューマンの国が無いから、追い出された彼らは大草原に出てくるのですし。あぁ、彼らにはドルフ帝国の人間ヒューマン孤児院が人気のようですよ」


 俺は床に敷いてあるサーラントの寝床に座る。サーラントの部屋には椅子が無いし、机にはミトルが座っている。


「なんか、頭痛くなってきたな」


 人間ヒューマンが追い出した人間ヒューマンが大草原に居座って、その人間ヒューマンを追い出しても彼らに行くところは無い。国境を越えて勝手に村を作る人間ヒューマンを追い返したら人間ヒューマンの王国が文句言い出して兵士を集めて戦争準備。なんだこれ。

 ミトルが、


「さっさと戦争始めて、力ずくで追い返すしか方法は無さそうなんですけどね。それでも寿命の短い人間ヒューマンは百年経ったら世代交代してケロッと忘れて、また同じこと繰り返すんでしょ」


 親の世代がした約束なんかを、次の世代が無視したり忘れたりするのは、人間ヒューマンの得意技のひとつだからなぁ。

 戦争終わる度に大草原にもエルフの森にもドワーフの山にも入るなって言ってんのに。人間ヒューマンという種族はたちが悪い。

 サーラントが、


「俺とドリンがやっていることが上手く行けば、なにか変わるかもしれん。だからミトル」

「わかってますよ。頼まれたものは持って来れるようになんとかします。サーラントさんだから引き受けるんですからね」

「頼む」

「ドリンさんもよくサーラントさんに付き合えますねー。無茶ばっかり頼まれたりしませんか?」

「無茶をするのがドリンで、それを押さえるのが俺の役目だ」

「サーラント、なんで俺が答える前に割り込むんだ。しかも間違ってる。現実を正しく認識しろ」

「現実を見たからこそ、俺がドリンを監視して暴走を止める役を担うことにした」

「俺が暴走なんてしたことあるか? 暴走担当はサーラントだろうが」

「俺は暴走などしていない。ただ、目標に向かって突き進むだけだ。正しく真っ直ぐに走っている」

「それで誰もついてこれなかったら暴走してるって言うんだよ」


 ミトルが感心したように、


「はー、ドリンさんありがとうございます」

「え? なんでいきなり礼を言われるんだ?」

「若、いえ、サーラントさんが昔より丸くなって他人の話を聞くようになったのって、ドリンさんのおかげだと思うんですよー」

「聞いたかサーラント、ミトルには誰がまともな常識を持っているか解ってるみたいだぞ」


 ミトルがまじまじと俺を見て、


「これが毒を持って毒を制す、というものですね」


 それを聞いたサーラントが大声で笑い出した。


「どういう意味だ? ミトル。あと、サーラント! なに笑ってやがる。お前が毒呼ばわりされてんだぞ」

 

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