第22話◇黒浮種、その過去と後悔


 灰剣狼、猫娘衆、白角。みっつの部隊パーティは怪しまれないように交代で地上に行くようにしてもらう。地上から隠れ里に必要なものをコソコソと運ぶ。

 移動の手間を省くために30層の本来のボス、骸骨百足をみんなで討伐。不死系の大ムカデもこの面子なら楽勝。これでボスが復活するまでボス部屋の先の転移陣がわりと安全に使える。


 出てきた魔晶石は直径8センチ。頻繁に討伐してるボスだとこんなものだ。これは黒浮種フロートに渡す。金粒銀粒なども白蛇女メリュジンに保管してもらう。地上に持ち帰る分は少なくして。地下迷宮ダンジョン税に半分取られるなんて、やってられない。そして、ボス部屋奥の転送陣で地上に行き来することにする。

 トンネルを掘り、花畑を造り、トイレや調理場、鍛冶用などの建物を造り、預かり所に商店、食事処の建築準備と、それなりに揃ってきたかな?

 そろそろ地上の探索者達の中から何人か呼んでみようか。


 隠れ里に住む種族、黒浮種フロートにとってなにかを造ることはとても好きなことらしく、喜び勇んでいろいろと造ってくれている。テクノロジスと言いながら。

 なんでも白蛇女メリュジンの要望から造ったものには車輪のついたソリとか他にも遊び道具とか、茶器、楽器、ゼンマイ仕掛けで動く音楽が出る箱とかいろいろあった。


「デスガ、もっと複雑で役に立つものが造りたかったのデスヨ」


 セプーテンが話してくれる。どうも魔術を使えない黒浮種フロートにとっては不満と諦めの数千年だったらしい。魔術が無い代わりに発展した技術がテクノロジスなのか?


「それでもかつて侵略の手伝いなんてしてた我々がこうして生きていけるダケ、まだ恵まれていると思いマス。紫サンと白蛇女メリュジンには感謝してイマス」


 彼ら黒浮種フロートのテクノロジス。それに必要な動力源となるものは見つからなかったようだ。そのうえ彼らのテクノロジスはこの地、彼らが言うところのこの星では法則の違いから完全に再現することは不可能だと。


「それが魔晶石を動力源にすることにヨリ、我々にも使える新たな法則が解明サレ、新たなテクノロジスが可能とナリ、我々の創造欲は今、爆発中なのデスヨ!」


 今もトンネル掘りで活躍中。金属の奇妙な塊が動いている。略して『奇塊キカイ

 8個の車輪のついた黒浮種フロート用の乗り物、それに黒浮種フロートがふたり乗っている。顔の部分が透明な板で覆われた兜をつけた黒浮種フロートが乗り物のレバーやらスイッチを操作して動かしている。


「ひとりが足回りの操作をシテ、ひとりが作業用アームの操作を担当しマス」


 乗り物から伸びた金属の腕の先には螺旋状の溝がある小型のランス。それがギュンギュン回って岩を削ってゆく。

 身長約40センチで魔術の使えない黒浮種フロートがどうやって洞窟を改造してたのかが、今、目の前で実演されている。見たことの無い技術の産物が動くのを見て、胸が高鳴る。カッコいいぞこれは。


「我々の先祖はもとからある洞窟を手作業で掘って改築しまシタ。テクノロジスが使えれバ、と悔し泣きしながら我々の住み処を造ったのデスヨ。かなうならばご先祖にこの奇塊『トンネルメーカー』を見て欲しいものデス」


 トンネル建設予定地に持ち込んだ80センチ魔晶石から伸びたコードが、2台のトンネルメーカーとディグンの持つ削岩機に繋がっている。その3台はやかましい作動音をガガガと鳴らして洞窟内に反響させながら岩を砕く。

 蟲人バグディスのエルカポラが四本腕で図面を持ってくる。


黒浮種フロートのおかげで作業は進んでいますが、やはり人手が足りませんぞ」

「そろそろ地上から探索者を引っ張ってくるか」

「ドワーフが来てくれると嬉しいですぞ。それとドワーフ王国の方ですな」

「1度直接行って話をつけてみるか」

「その前に、移動の速いサーラントかネオールに手紙を持たせて行ってもらっては? 白髭団に頼んで建築や鍛冶の職人を紹介して来てもらうことはできますかな?」

「その手があるか。あとはメッソとボランギにドワーフ王国の貴族の知り合いとかいたら助かるんだが」

「ドワーフ王国にとっても百層大迷宮とそこから出る魔晶石に古代の品は魅力があるでしょうな。問題はいかに信じてもらえるかであります。横道が掘れる地下迷宮などこれが初めてでありますからな」

「エルカポラには悪いが、今の人員で無理せずに進めてくれ」

「そのつもりですぞ。落盤や崩落への対策も必要でありますし」


 やはり1度地上に出て、エルフ同盟とドワーフ王国に話をつけて協力を頼んでくるか。

 そんな日々のなかやることばっかり多くて慌ただしい中、俺とサーラントは黒浮種フロートに呼ばれた。


 黒浮種フロートの洞窟奥地、星渡る船の残骸、その中に案内される。これが空を飛び星々の間を旅した、というのが信じられない。

 彼らにとって大切なもののようで、外観を見せてはくれたが中を見せてはくれなかった。その星渡る船の中に初めて案内される。


黒浮種フロートのものにしては通路も扉も大きいな」

「かつての我々の主人のサイズで造られていますカラ」


 案内するセプーテンの後ろについて、星渡る船の中を進む。通路は広く人馬セントールのサーラントも普通に入っていける。かつての黒浮種フロートの支配者がサーラントくらいのサイズだったのだろうか?

 灰色の金属で造られた通路を進む。全てを加工の仕方も解らないような特殊な金属で造られた巨大な船。これが空を飛んでいたというのだから、黒浮種フロートのテクノロジスは俺の想像を越える。しかし、法則の違いから今は動いているところはほとんど無いらしい。この辺りもよくわからない。

 先導するセプーテンの持つ灯り、テクノロジスの光を頼りに薄暗い通路を進む。黒浮種フロートの故郷とこの世界アルムスオンは違うらしい。

 開けっ放しの扉を抜けて広いところに出る。


「ココが星渡る船の艦橋になりマス」


 テクノロジスの灯りに照らされた空間には幾つかの椅子と机。

 身体の大きい種族が座るための椅子は円柱状で背もたれは無い。机の上には黒浮種フロートが座る椅子と操作のためのレバーやらハンドルやらがゴチャゴチャとついている。

 壁は磨きあげた黒曜石のような1枚岩が前後左右天井を囲んでいる。灯りに照らされてその黒い鏡のように磨きあげられた面に俺とサーラントが映っていた。


「なるほど。まるで異質の技術だ。ぜんぜんわからん」


 サーラントを見るとなにやら緊張している様子。


「どうしたサーラント。おとなしいな」

「……ここを俺達に見せる理由がわからん。黒浮種フロートにとっては先祖の大切な遺産にして、信奉する先祖のテクノロジスの固まりだ。俺達で言えば加護神の神殿の奥のようなもの。それを俺達に見せてどうするのか」

「お待たせしまシタ」


 トリオナインが来た。もうひとり黒浮種フロートを連れて。

 黒浮種フロートはパッと見には黄色い目の黒いてるてる坊主が、宝石のような石を飾りにつけた豪華な帽子をかぶっている。

 帽子の形や色で彼らの役職やら役目を表しているという。

 セプーテンとトリオナインはオレンジ色の台形の帽子に赤色と青色の石がついている。

 交渉役というか外交担当というような役回りらしい。黒浮種フロートは個体の見分けがつきにくくて、最近になってようやくセプーテンとトリオナインの見分けがつくようになってきた。帽子が無いとわかりにくいんだ。

 トリオナインが連れてきたのは一際派手な帽子を被っている。白地に銀の枠がついた、まるで3本角のような帽子に黒い石と赤い石が飾りつけられている。


「ワタシはノスフィールゼロと申しマスノ、黒浮種フロートのまとめ役のひとりでスノ」

「初めまして、グリンの孫のドリンだ」


 初対面と思い挨拶すると、


「初めてではありませんノ、違う帽子をかぶってお会いしたことがありまスノ」

「そうなのか? 俺には帽子以外で黒浮種フロートの見分けがつかないからわからなかった」

「異種族から見るとそうなるのでスカ? 今回は黒浮種フロートの代表としてのお話があるのデ、この帽子で来ましタノ」


 ノスフィールゼロは机の上の黒浮種フロート用の椅子にチョコンと乗る。


「少し長い話になりそうですノデ、おかけになってくだサイ」


 人馬セントールのサーラントも足を折りその場の床に座りこむ。

 かけると言っても俺のサイズに都合の良さそうな椅子は無いので、俺はサーラントの馬体の背中に横向きに座る。


「それで、話とは?」


 ノスフィールゼロが両隣にいるセプーテンとトリオナインを見てから話を始める。


「我々、黒浮種フロートのテクノロジスについてでスノ」


 何やら真剣な話らしい。気楽で陽気な黒浮種フロートの声が、少し低くなる。


「我々は2度と侵略用兵器は造りませン。それを知っておいてほしいのでスノ」

「侵略用兵器というのがどういうものか知らないが、理由を聞かせてもらってもいいかな?」

「これから、我々の種族の愚かさを晒しマス。その上で我々との交流を慎重に考えて欲しいのデス」


 そう言ってノスフィールゼロは黄色い目を閉じ、静かに語り出す。黒浮種フロートの苦難と後悔の歴史を。


「遠い昔、我々の祖先はひとつの星で暮らしていまシタ。こことは違イ、他の知恵ある種族がいない黒浮種フロートのみの星でシタ。我々の祖先は技術テック論理ロジックの探求者であり、その性は今の我々にも受け継がれていまスノ。

 他の種族との交流も無ク、悩み事も問題モ、全てをテクノロジスで解決しようとする我々の祖先ハ、戦争という概念を持っていませんでしタノ。

 なにか問題があれば、それはテクノロジスで解決法を探る良い機会と考える祖先にハ、問題の当事者を殺害するとカ、相手を力ずくで言うことを聞かせル、という乱暴な発想ができませんでしタノ。

 我々の祖先は、ある日訪れた異星の種族と出会いましタノ。その種族と交流を持ち、その種族のためにテクノロジスを使いましタノ。

 その種族ガ、『素晴らしい』『凄い』と褒めてくださったのデ、我々の祖先は嬉しくなりその種族のためにいろんなものを造りましタノ。

 気がついたときにはその種族ガ、他の星を攻め滅ぼして侵略支配するための戦力を造ってしまったあとだったのデス

 我々の祖先は自分達の造ったものに初めて恐れを感ジタ、と伝えられていマス。ですがその頃にハ、その異星の種族に同胞を人質にとラレ、言うことを聞かなければ家族を殺すと脅サレ、彼らのために兵器と星渡る船を造リ、船を操作するだけの種族へと堕ちてしまったのデス」


 ここまで語るとノスフィールゼロは俯いて身体を震わせた。黄色の目が開き涙がひとつ溢れる。

 黒浮種フロートがかつて奴隷だった、というのは聞いていたが、黒浮種フロートとは思考も俺達とはかなり違うところがあるようだ。

 俺はノスフィールゼロに聞いてみる。


「何故、黒浮種フロートの祖先はその異星の異種族と戦わなかったのか?」


 ノスフィールゼロは少し声を震わせながらも、応える。


「我々には戦いというものガ、よく解らないのデスノ。論理的な解決を諦メ、力づくで全体最適解から遠ざかる意味が理解できないのデス。ですが奴隷となった1件デ、ときには同胞を守るために分からず屋と戦う必要もあることを学びまシタ。しかシ、それまで戦争を知らなかった我々の祖先にハ、どうやって戦うのカ、どうすれば戦って勝てるのかが解らなかったのでスノ」


 なんというか、言葉が無い。なるほど、異種族がいない単一種族で仲間同士で競争はあっても、戦争が無ければ、そういうこともあり得るのか。

 そして黒浮種フロートにとって初めて出会った異種族が、侵略欲のある戦闘種だったのが不幸なんだろう。


「ドリンサン、サーラントサン、どうかお願いしマスノ。我々はテクノロジスを信奉しテ、新しいものを造るのが生き甲斐の種族。今も新しい動力、魔晶石エネルギーで新技術の作成に歯止めのきかない状態。ですが我々に侵略用の兵器を造らせないでくだサイ」


 サーラントが振り返って俺を見る。


「これで解ったろう。黒浮種フロートを地上に出してはならないことが。彼らに悪気は無くても危険な種族なのだ」


 俺はサーラントの目を睨む。


「それでお前とドルフ帝国は星来者セライノを隠して秘密にしているわけだ」

「そうだ。そこにドルフ帝国の軍事力強化の目的もあることは否定しないが、重要なのは危険な技術の漏洩を防ぐためだ」

「うるさい、バカ野郎!」


 俺はサーラントの頭を平手で叩いてサーラントの背中から降りる。


「ドリン?」

黒浮種フロートは危険な種族じゃない。この隠しエリアで紫のじいさんと白蛇女メリュジン達と何千年と平和に暮らしていた種族が、危険な筈が無い。本当に危険な種族なら、古代種エンシェントの紫じいさんが何故、黒浮種フロートを滅ぼしてしまわずにいっしょに暮らしている?」

「む、それは……」

「危険なのは黒浮種フロートじゃない。黒浮種フロートのテクノロジスを何かに利用しようとする俺達が危険なんだ」


 どうしようも無いことだが、この世界には馬鹿がいる。だからと言ってその馬鹿に気を使って頭のいい奴が遠慮してたら、なにもできない。なにも造れない。

 黒浮種フロートは頭が良くて理想が高いのだろう。すべてを技術と論理で解決しようとして。ただ、頭が良すぎて、理想が高すぎて、力ずくでしか物事の解決法を知らない馬鹿の気持ちが解らないだけだ、と俺は思う。


 俺はノスフィールゼロに近づいてその黒い身体をそっと優しく両手で持ち上げる。ノスフィールゼロはびっくりしたようで、


「アノ、ドリンサン?」

「悔しかったろうな」

「エ?」

「俺は魔術師として、魔術の研究とか開発とか好きでやってる。魔術もテクノロジスも形は違えど技術のひとつだと思う。自分達が信奉する技術をろくでもない使われ方して、汚されて貶められて、黒浮種フロートの先祖は悲しくて悔しかっただろうな」

「……ドリン、サン」

「本当は俺達が黒浮種フロートにお願いしなきゃいけない。危険なものを、危ないものを俺達に触らせないようにしてくださいって。黒浮種フロートが喜んで造ってくれるからそれに甘えてしまっていた。だからノスフィールゼロが危険だと考えるものは、黒浮種フロートだけの秘密にして俺達には教えないようにしてほしい。こちらからお願いする」

「…………」

「その上で、虫のいい話ではあるが、その上で俺達を手伝ってほしい。これは黒浮種フロートにとって、黒浮種フロートの益になるものと判断したものだけでいいんだ。できれば黒浮種フロートにとって長年の友である白蛇女メリュジンと紫じいさんのためになるものを含めて考えて欲しい」

「ドリンサン……」


 ノスフィールゼロの黄色い瞳が震える。興味が抑えきれず、研究してしまう。だけどそれで誰かを不幸にしたいわけでは無い。そのために研究したり作ったりしてるんじゃ無い。


「サーラント。頼みがある」

「なんだ、ドリン」

「カゲンとヤーゲンと協力して黒浮種フロートに戦いを教えて欲しい。彼らが彼らの力と判断で同胞を守るために」

黒浮種フロートなりの戦闘技術を考えて教えればいいのか?」

「そのひとつ手前の事だ。戦うことと無縁だった種族に俺達の過去の戦闘と戦争を教えればいい。特に人間ヒューマンとの戦闘の多いドルフ帝国の戦争の歴史とかだな。黒浮種フロートならその情報から、彼らなりの手段をテクノロジスで造るだろう。それで、ノスフィールゼロ」

「ハ、ハイ」

黒浮種フロートは自分達のテクノロジスで自分達のテクノロジスを守れるようになって欲しい。黒浮種フロートの祖先を愚かだとは俺は思わない。もっと愚かで我が儘な奴らに振り回されただけなんだ」


 両手に持ったノスフィールゼロの身体がプルプルと震えて、


「ウワーーーーン!」


 ノスフィールゼロが俺の胸に飛び込んで、身体からニューッと伸びた触手腕が俺の服を掴む。そのまま黒い頭を俺の胸にこすり付けながらワンワン泣き出した。


「「ウワーーーーン!」」


 つられたのかセプーテンもトリオナインも飛んできたので、俺は黒浮種フロート3人を抱き抱えて泣き止むまで背中を撫でる。

 この黒浮種フロート達が自由にいろいろなものを造ることができれば、星から星へと旅をすることもできるのだろう。

 他の種族に利用される心配が無ければ、いったいどれだけのことができるのか。それを馬鹿な奴らに利用された。魔術を研究する者として、できた結果だけをいいように使おうなんてのは気にくわない。黒浮種フロートは悪くない。

 俺達を見てたサーラントがポツリと言う。


「ドリン、お前は危険な男だ」

「あ? なに言ってる。俺のどこが危険なんだ?」

「考え方だ。だが危険ではあっても正しいのだろうな。黒浮種フロートの技術は黒浮種フロート自身で守るべき、か。解った。黒浮種フロートの戦闘方法に訓練方法、俺も考えてみよう。カゲンとグランシアと相談してみるか」

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