第69話◇ネオール主役回◇大草原の戦争、1日目

◇◇部隊パーティ白角の一人、鷹人イーグルスネオールの視点になります◇◇



「ふぅ」


 つい、口から溜め息が漏れる。俺が鷹人イーグルスだからって丸1日空を飛んでたら疲れるって。首から背中と翼がピキピキする。

 それにこれは身体の疲れだけじゃ無い。俺にしては珍しく、精神が疲れているんだ。ストレスだ。


 ドルフ帝国の多種族連合軍とアルマルンガ王国軍の人間ヒューマンの戦争。その1日目。昼の前から始まって、夕方になりついさっきお互いに兵を引いた戦場。

 その戦争を上空から俯瞰して見ていたことで、なんというのか、身体が疲れたというより気持ちの方がすげえ疲れた。

 人間ヒューマンの軍隊の動きを見てはそれを味方に伝えに降りる。ドルフ帝国軍の偵察と伝令をちょいとお手伝いしたわけだ。

 しかし、障害物の少ない大草原で、俺はどれだけ役に立ってたんだろうか? ドルフ帝国製のテクノロジスの双眼鏡を借りているけど、これはかなりいいものだし。

 この双眼鏡があれば地上でも遠くまで見えるだろうし。俺の上空からの偵察ってあんまり役に立ってなかったんじゃねえの?


 そして人間ヒューマンの軍隊。なんなんだろうなアレ。あいつらを見てると人間ヒューマンが可哀想になってくる。あれが戦争って奴なのか?

 俺は鷹人イーグルスに生まれてきたことを今日ほど神に感謝したことは無いわ。


 俺は昔は怖がりで、同郷の鷹人イーグルスの中では空を飛べるようになるのが遅かったけど。

 それで姉貴にメチャクチャしごかれたけど。おかげで怖い姉貴に似た女が苦手になったけど。

 それで今も甘えてくるような妹のような女がタイプで、ロリコン気味とか言われたりするけど。それは俺の姉貴のせいだ。

 やっぱ白蛇女メリュジンは可愛いよなぁ。早く隠れ里に戻って癒されたい。翼ふっかふかー、って言いながら背中に抱きついてきて欲しい。


 大草原の戦争。あんな戦場に突撃させられる人間ヒューマンを今日は1日見てた。この世界アルムスオンで人間ヒューマンに生まれたら、悲惨なものだということを、1日でたっぷりと見せられた。はぁ。

 とにもかくにも、1日目が終わり日が落ちる大草原。ドルフ帝国の多種族連合軍のテントの集まる中に空から降りる。

 まるで祭りのような賑やかさ、まぁ百年に1度の戦争もみんなが集まる祭りみたいなものなんかね?


 ドルフ帝国の人馬セントールがメインだけども、同じドルフ帝国に住むシャロウドワーフに小人ハーフリングが多い。

 やたらと元気に盛り上がってるのは人馬セントール亜種の人熊グリーズ蛇女ラミア亜種の蜘蛛女アラクネか。ちょっと見た目が怖い種族。

 どちらも住んでいた土地を人間ヒューマンに追われて、ドルフ帝国の庇護に入って、で、その恨みを晴らせる戦争を待ち望んでいたって聞いてる。

 今はどれだけ活躍したかを自慢話しながら、串焼き肉を食って酒を飲んでるのもいる。


 そりゃまぁ、自分が住んでいたところを焼き払われたって想像してみたら、人間ヒューマン皆殺しにしてやれってなるわな。

 その向こうにいるのは丘巨人ヒルジャイアント。ドルフ帝国の首都、城塞都市ドルフォスの建造をドワーフと一緒にしてたとか。やっぱデカイな巨人は。

 争いが嫌いで重カノンやら物資の運送を手伝ってて、戦闘は参加してない後方支援って聞いて驚いた。

 巨人ジャイアントは戦闘好きだと思ってたけど、それは亜種の青巨人トロール単眼巨人サイクロプスで、丘巨人ヒルジャイアントは温厚で優しい種族というのは話してみて初めて解った。気は優しくて力持ちな種族。

 

 ドルフ帝国の種族だけでも賑やかなのに、ここにはエルフの森から駆けつけたエルフ各種族に小妖精ピクシー達もいる。

 ドワーフ王国からはドワーフの戦士団も。

 大草原に住む小人ハーフリングの義勇隊。更には猫尾キャットテイル狼面ウルフフェイス大鬼オーガもいる。まさしく多種族連合軍だ。

 人間ヒューマン中央領域から逃げてきた、もと奴隷という小鬼ゴブリン犬鬼コボルトも僅かにいる。


 マルーン西区も混沌としてたが、昼間の戦闘後でその熱気が冷めずにみんな盛り上がってる。これも百年に1度の種族間交流会という感じ?


「お、鷹人イーグルスだ」


 人馬セントールのひとりが手を上げるのでハイタッチして挨拶する。


小妖精ピクシーより高く速く飛べるのがひとりいるだけで随分助かるもんだ」

人間ヒューマンの騎馬が回り込もうとしてもすぐ解るからね」

「おい、鷹人イーグルス。1杯飲んで行けよ」


 ここにいる鷹人イーグルスが俺ひとりで珍しいのもあって、みんなに口々に誉めてくれたり誘われたりと嬉しいもんだ。俺もそこに混ざって飯にしたいとこだけど。


「悪いな、先に報告してくることがあるから」


 多種族連合軍の大将、ドルフ帝国のシュトール王子のテントに向かう。

 テントの前で見張りの人馬セントール小人ハーフリングに挨拶して中に入る。

 俺が特別偵察兵ってことでドルフ帝国の王子様のテントにも顔パスっていうのが、なんだかむず痒い気分。俺、そんなに偉く無いっての。


「おぉ、戻ったかネオール。今日はよく働いてくれた」


 出迎えたのはふたりの人馬セントール。どちらもゴツい体格で160センチの俺だと見上げる高さ。

 ドワーフの作った立派な鎧に身を包んだ、歴戦の戦士という感じ。

 ひとりはセルバン。ちょっと怖い顔でサーラントの武術の先生だったと聞いた。もうひとりがサーラントの兄。

 ……いや、あのサーラントがドルフ帝国の王子って聞いて、ウソ? え、マジ? ドルフ帝国大丈夫か? と心配になってたけど。

 そのサーラントを更にひとまわり大きくしてたくましく鍛えたような人馬セントール

 ドルフ帝国の三兄弟王子の次兄で今回の多種族連合軍の総大将、シュトール王子。

 そしてテントの中にはダークエルフの戦闘部隊、闇牙隊長のディストレックに人馬セントールの女兵士がふたり。

 まずはシュトール王子に報告を。


「日も落ちたってことで人間ヒューマンの兵は引き上げていった。とは言っても奴等は数が多い。今回は総数5万ってところなのか?」


 セルバンが腕を組む。


「今までに無い数ですな。今日でかなり人間ヒューマンの数は減らしたところですが」


 シュトール王子は冷ましたお茶を1杯俺に持ってくる。見た目はサーラントより大きくて筋肉とかスゴいんだが、王子っていうわりにはけっこう気安い。

 固くならならずに楽にしていいってことで、俺も気軽に話をしてる。この頼れる兄貴分って感じはカゲンと似たとこあるか。

 シュトール王子がセルバンに応える。


「今日は一当てしたという前哨戦だ。それにこちらは総数1万。負けることは無いが数の差がある。奴等が引くまで殺すのに時間がかかる。これまでの戦史でも1日で終わったことは無いだろう」


 椅子に座ったディストレックが頭の後ろで手を組んで伸びをする。


「5万対1万で数の少ない方が有利でほとんど損害が無いっていうのは、奇妙なもんだ」


 それだけこの戦争が異常ということなんだろう。人間ヒューマン古代魔術鎧アンティーク・ギアはあっても、ドルフ帝国にはカノンがある。向こうの最強戦力を簡単にぶっ壊せるのだから。

 俺はシュトール王子からお茶を受け取って一息に飲み干す。


「で、夜はどうするんだ? 俺も偵察した方がいいのか?」

鷹人イーグルスは夜目が効くのか? 鳥目で夜は見えないとか無いのか?」

「そこは鷹人イーグルスであって鳥じゃ無いし。ただ、ドワーフや猫尾キャットテイルほど闇視ができるわけじゃ無いから」

「だったら休んでくれ。夜は猫尾キャットテイルとドワーフ、蜘蛛女アラクネに頼んでいるから心配はいらん。ネオールの昼間の働きには感謝しているし、明日も頼みたいのでな」

「それなら飯にして休ませてもらうとするか。外は宴会みたいになってて誘われてもいるし」


 テントの外からは楽器の音色も聞こえて歌ってるのもいる。ほんとに祭りみたいだ。今日、初めて会う種族もいるのでちょっと話をしてみたい。

 鷹人イーグルスが俺しかいなくて、みんなの頭の上を飛んでたから目立ってたみたいだし。なんだろ、白蛇女メリュジンに出会ってから俺、モテ期到来?

 そんなことを考えてたらシュトール王子が俺の肩をポンと叩く。


「まぁ待て。ネオールには明日のためにも今日は疲れを癒して欲しい。なので上着を脱いでそこに横になれ」

「は? なんでここにベッドがあるのかと思ってたけどいきなり脱げって」

人馬セントールは治癒の魔術はできんがその代わりに発達した技術がある。そこのふたりはマッサージが上手い。あぁ、ネオールは他の種族に触られるのは苦手か?」

「そんなことは無い」


 シュトール王子に返事をしながらふたりの人馬セントールの女を見る。

 ひとりはキリッとしててカッコいいお姉さまタイプ。俺のちょっと苦手なタイプ。もうひとりは優しい雰囲気のふんわりしたかわいい女性。

 ふたりともマッサージに使うのか、洗面器にお湯を入れてなにか薬のようなものを溶かしている。

 人馬セントールの美女ふたりが俺のマッサージ? それもドルフ帝国の王子お付きの? え? なにこの素敵なサービス?


「えーと、翼は優しく扱って欲しいな」


 俺は気がついたらいそいそと服を脱ぎ、上半身裸になってうつ伏せになってた。いや、これは男ならば当然のこと。

 人馬セントール鷹人イーグルスより大きくて、女でも手は俺より少し大きい。それがかなり優しい手つきで俺の背中をそっと揉む。


「ネオール様、力加減などお好きにお申し付けください」


 そっか。鷹人イーグルス相手が初めてで加減が解り難くて、そっと優しくしてるのか。人馬セントールから見たら俺は華奢で脆そうに見えるのか? そして強そうな見た目の女戦士なのに繊細な気の使い方ができる女の子達。いい、すごくいい。


「俺に様なんてつけなくていいよ。もうちょい強くして」

「このくらいですか?」

「はぁ~~、うん。そこそこ~~」


 翼の付け根の背中を優しくほぐされていく。背骨に添って指でぐにぐに押されて、いいわーこれは。癒される。

 ディストレックが呆れたように言う。


「ネオールよ。蜜の罠ハニートラップって聞いたことあるか?」

「んは~? 俺に罠を仕掛けてなんの得があるって? 鷹人イーグルスになんか期待してんのか?」


 俺の様子を見ながらシュトール王子が教えてくれる。


「ネオールを通して鷹人イーグルスと交流できないか、とな。ドルフ帝国は梟人オウルスに使者を送っているが、なかなか上手くいかん」

梟人オウルスには1度会ったことはあるが、なんか高慢ちきな奴だった。梟人オウルスはみんなそうなのか?」


 ディストレックが思い出したようにぼやく。故郷の同族の鷹人イーグルスを思い出すとなんかわかる。空を飛べるってそんなたいそうなものなんかね?

 俺は美女ふたりの人馬セントール流マッサージでほぐされるという至福を背中に感じながら。


「んー。鷹人イーグルス梟人オウルスも住んでるところが人間ヒューマン領域からは遠いから。人間ヒューマンの脅威を実感してはいないってとこがある。俺はそこのところはマズイんじゃないかって心配なんだけど。あと、鷹人イーグルス梟人オウルスもプライド高くて、空を飛べない種族を侮るとこがある」

「ネオールは違うのか?」

「探索者やってると空を飛べるって利点が役に立つところが少ないんだよ。地下迷宮の中だと。それに俺は故郷の鷹人イーグルスのはみ出しもんだから」

「ほう、なにか悪さでもしたのか?」

「いやいや、空を飛べるってだけでなんか偉そうな同族に疑問を感じててさ。鷹人イーグルスって種族を見れば、戦闘が強いわけでも無いし、魔術が得意ということも無いし。空を飛ぶという利点はあるけれど」


 実際、戦闘訓練でも飛行できない状況だと、俺は邪妖精インプのパリオーにも勝てないんだよ。けっこう鍛えられたから鷹人イーグルスの中では強い方のはずなんだけど。地上戦だとなあ。

 俺も一応30層級なんだけどな。灰剣狼と猫娘衆、触るな凸凹と比べられると格が違う。

 シュトール王子が、ほう、となんだか感心したように。


「ネオールは同族の鷹人イーグルスに疑問があると?」 

「疑問というよりは不安かな。大鬼オーガ人間ヒューマンの脅威から種族を守るために、異種族喰いって習慣を止めて他の種族と共存する道を選んだって知ったから。知者憲章を守って他種族と協力するってなったわけだろ。鷹人イーグルスもいつまでもあのままだと先が不安でさ。それで俺は鷹人イーグルスが他の種族と仲良くやれないかなって考えて、他の種族と会って話せる探索者やってるんだ」


 俺が同族の女からはモテなかったからっていうのも、ちょっとある。そう、できれば可愛い女の子と仲良くなりたい。もちろんそれだけじゃ無いんだけど。いや、男ならモテたくて当然のハズ。


「ネオールはいろいろ考えてるんだ」

「ディストレックだってダークエルフのこと考えてるだろ。それに故郷を離れて探索者やってる奴ってのは、皆それなりになんかあるもんだ」


 俺は猫尾キャットテイルのグランシアほどの使命感とか責任感とか無いけど。あれが最強の双剣グランシアの強さの秘密のひとつなんだろうなぁ。


「ネオールにはドルフ帝国と鷹人イーグルスの架け橋になって貰えないか、と期待している」

「シュトール王子の思惑は解ったけど、鷹人イーグルスってプライド高くて頑固なの多いから俺がどうほぉぉぉぉ!」


 はあん、俺の太股の裏の敏感のとこにぐりっと親指をおおおおお。ふたりがかりの人馬セントールマッサージがスゴクいいぃ。


「すみません、強かったですか?」

「いやぁ。良いです。キモチイイ」


 会話の途中でタイミング良く、絶妙なところをぐりっと押されたのは、きっと気のせいだよな。


「種族の利点に誇りを持つのは当然でしょう。人馬セントールも大地を駆けることにはアルムスオンいちとの自負があります」


 セルバンの言うことにシュトール王子が続ける。


「とは言っても俊敏さでは猫尾キャットテイルなどに劣るのだが。鷹人イーグルスが他の種族を見下すというのは背高ハイエルフや丘巨人ヒルジャイアントに通じるものがあるか?」

「んー? 背高ハイエルフが気位高いのは解るけど、丘巨人ヒルジャイアントもなのか? あいつら話してみたら優しい奴等だったけど?」

丘巨人ヒルジャイアントから見ると、我らは小さくて力も弱くて可哀想な種族らしい。だから彼らは、力持ちの丘巨人ヒルジャイアントが可哀想な種族の手助けしてあげないと、という気分になるそうだ。これはある意味で我らを見下したが故の優しさというものだろう」

「ふうん。でもそれで協力しあえるならいいんじゃないのか」


 様々な種族が住むのがこの世界アルムスオン。それぞれの種族がそれぞれの特徴を持ち、誇りを持ち、種族の加護神に祈りと感謝を捧げて生きる。それならば、


「それなら、人間ヒューマンの利点と人間ヒューマンの誇りってなんなんだろう?」

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