第70話◇ネオール主役回◇大草原の戦争、二日目
◇◇
「それなら、
俺の言葉に、俺の背中と足をマッサージしてる女の子達の手が一瞬止まる。明日も空を飛んで、あの戦場を見るならシュトール王子には言っておいた方がいいかな。
「正直、1日戦争を上空から見てたらけっこう気分が悪い。気が滅入った」
あれが百年に1度の戦争。大草原の大虐殺。
ろくに武装もしてない、戦闘経験も無さそうな
槍を持つというより持たされて、半狂乱で多種族連合軍に突撃する
重
その
『草原の恐怖』の代名詞、ランスを装備した
単体の戦闘力が比べることすらバカらしいくらいに強い戦闘種。槍を持っただけの
それでも向かってくる
逃げようとすれば背後の同族に殺されて、逃げずに突撃すれば前方の多種族連合軍に殺される。
泣き叫んで同族に射たれて殺される
味方に刺されるよりは、と前に突っ込んで、
戦場に嫌気が刺したのか自分の首をナイフで切って自死する
多種族連合軍と
「あれは戦いにもなってない、一方的な虐殺じゃ無いか」
ついうんざりした口で言葉を吐く。総大将のシュトール王子にこんなこと言うのは良くないと解ってはいるけども。
シュトール王子もふぅと息をついて、
「
「なんでそれを俺たちがやらなきゃならないんだか」
「
「命を無駄にしてか?
「だがそれを
「
「
「大規模な戦争もまた貨幣経済と同じく、
聞いていたディストレックが口を挟む。
「
「そんなものがあれば千年も同じことを繰り返してはいない。変化があったのは
ドワーフ王国やドルフ帝国にも王族、貴族というものはある。だけどそれは群れを纏める頭が誰だっていうもので、他の種族の族長とか長老なんてのとあまり変わらない。
それを1級から8級までの階級を厳格に定めて、上の階級は下の階級を殺してもいい、なんて恐ろしいシステムを作ったのは
纏める上を決めるのでは無く、処分する下を決めるのが
たとえ理解できたとしても、俺はあんなのは受け入れられない。
死にに来るくらいならどっかに逃げろよ、とも思うが、どこにも逃げるところが無いから死にに来るのか? はー。
ドリンとサーラントは前からこんなことを考えてたっていうのか? ただ百層大迷宮に都合のいい探索拠点を作って、ダンジョン税を無くす為に
いや、アルマルンガ王国をどうにかしないと、
なんで俺が
ただの探索者のはずだったのに。
触るな凸凹、本当に触ると何が起きるか解らないな、あいつら。
「あ、そうだ。サーラントがやってること、シュトール王子は知ってるのか?」
「ミトルから聞いた。あいつはまた妙なものを見つけたらしいな」
「それ絡みであのドリンとサーラントが言ってたんだけど、地上のくだらない戦争をどうにかできるかもしれないって」
「サーラントがそんなことを?」
「目的は違うけれど、アルマルンガ王国を引っくり返すもののついでにやってみるか、とかなんとか。ドルフ帝国も手伝ってくれないかなーって言ってた」
「ついで、で千年続いてることがどうにかなるのか。あとドルフ帝国をなんだと思っている」
「いやー、あいつらそんなノリでドワーフ王国とエルフ同盟を動かしたから」
ほんとにあいつらなんなんだろ。皆でディストレックを見る。ドリンとサーラントに動かされた
「ドリンとサーラント、あのふたりは、あれは頭がきれる、というかぶちきれてるというか。禁忌のはずの地下迷宮改造はするし、
「まるで、ドリンとサーラントに脅されてエルフ同盟が動いたみたいじゃ無いか?」
「そこは百層大迷宮のお宝が目当てで、
やっぱあいつらの評価ってそうなるよな。
「トンネル開通したらあのふたりがシュトール王子に話をするんだろ。セルバンもサーラントから聞いてるんじゃないか?」
「大筋のところは。百層大迷宮をアルマルンガ王国より奪い、
「触るな凸凹が言うには、
一部のエルフとドワーフが
半端な親切心が
シュトール王子が、うむう、と唸る。
「あの二人は
「
背中だけじゃなくて足の方も足の裏までやってもらったし。
背中についた薬液を拭いてくれる女の子を見てみると、キリッとした方の美人さんが俺の翼から落ちた羽をひとつ指に摘まんで見ていた。よかったらどうぞ、というと嬉しそうに「ありがとうございます」と笑顔でお礼を言われた。
え? 俺の羽なんてもらって嬉しいの?
なんだろうこの幸せな気持ち。隠れ里の件に関わってから、やたらと忙しく都合よく使われてるけど、幸福体験ばかりで嬉しすぎる。
可愛い
やっぱ俺もこのままこの伝説級の1件にネオールの名を残して、他の
引き込もってる同族にアルムスオンの楽しさを教えてやらないと。
「トンネルが開通したらその隠れ里に住む者に挨拶に行かねばな。そのときにサーラントから直接話を聞くとしよう」
シュトール王子とセルバンは夜間の警備体制の確認に出て行った。
「こっちは飯にするか」
「おう」
ディストレックとふたりでテントの外、祭りのような賑わいを見せる野営地で食事にする。
様々な種族と杯を重ねて話をする。まともな戦いにならない不満、気分の悪い戦争、そのやりきれなさを晴らそうと盛り上がっているような宴だった。
翌日、日が昇り大草原が明るくなって二日目の戦争の日。
シュトール王子が2万人ほど殺せば終わると言っていたが、1日2千人殺せば10日で終わるのか?
夜間には小規模の夜襲があったようだけど、
夜の暗闇の中で
上空へと飛び双眼鏡で
朝から列に並んで食糧を受け取りスープをすすってパンを食ってるが、どいつも下を向いてて暗い顔だ。どうやら美味くないらしい。
最後の食事になるかもしれないのに美味くも無く楽しくも無さそうだ。
こちらが大雑把と噂の
それができる数も大きさも毎回違うという。
昨日のパンの最大記録は直径1メートル3センチ。
食事を終えた
多種族連合軍がそれを待ち受ける。ボロい装備で進む
多種族連合軍の方は派手な装備で士気も高い。
もとは
鎧の上に絵を描いたり豪華な刺繍の入った
薄汚れたボロい服で鬱々と進む
文化の違いなんだろうけれど、俺達と
俺達と
でも俺は俺で、翼の無い種族とも身体の大きさの違う奴等とも、足が無い種族とも、足の数の多いあいつらとも、それなりに付き合っていけるんだけど。
なんで
戦場は昨日と同じ。ガボン、ガボーンと鳴り響く重
軽
ボロボロになって
前線はそんな感じで何も問題なし。
魔術と飛び道具の届かない上空から、
騎馬兵がちょろちょろ出てきたら重
今日は昨日よりも動きが少ないような? 前線に送り込む
ただ
あれは、
こんなところでいったい何の魔術を? ここから多種族連合軍まで届くような魔術は無いはずだろ。普通の攻撃魔術なら射程距離は
新型の防御か支援の魔術なのか?
もしかして今までに無いような、超長射程の魔術攻撃でも開発したっていうのか?
それだと不味い。くそ、俺は魔術師じゃ無いからこんなの解らないぞ。
重
巨大魔術陣形の中央にある青い光。あれは、魔晶石なのか? あの大きさの魔晶石なんて隠れ里でしか見たことがない。
遠すぎて解りずらいが、あの台座に乗ってる魔晶石は、直径50センチくらいあるんじゃ無いのか?
魔術陣形の一角には倒れたエルフと
そして辺りにうっすらと漂って来た匂い。枯れた草のような乾いた匂い。錆びた鉄のようなざらつく臭いは。怖気の走るこの気持ち悪い臭いは。
憶えがある。思い出して背筋が泡立つ。
「おい、ふざけるなよ!
不味い、これは不味いぞ! 振り返って多種族連合軍へと全速で飛ぶ。
多種族連合軍の前線、弓矢をかわして低空飛行で叫びながら飛ぶ。
「撤退! 全員撤退しろ! ここから引け!」
シュトール王子を探しながら俺は撤退! 撤退! と声をかける。シュトール王子のいる本陣に辿り着く。
「ネオール! 何があった!?」
「シュトール王子! すぐに全軍撤退させてくれ!
「
「無理だ! そこまで届かない! しかもその魔術でエルフと
このアルムスオンで贄を使うなんて魔術の系統は、俺はひとつしか知らない。
この匂いも昔、
振り向けば巨大魔術陣形のあった辺りの空が暗くなっていく。
魔術に詳しく無いが、あの魔術陣形と参加する魔術師の人数の規模。戦局をひっくり返すつもりの一手なら。あの魔術が成功すれば、この戦争は俺達が負ける。
そして
アルムスオンの未来なんてどうでもいいっていうのか?
シュトール王子の指示で昨日の美女
シュトール王子が号令する。
「全軍撤退! お前達は突出している
数は少なくても圧倒的に優位だったはずの多種族連合軍が、転進撤退。
数が多くても下位なら多種族連合軍でどうにかなるかもしれない。だけど上位なんて来た日には、ラァちゃんに頼んで
再び上空に飛び上がり巨大魔術陣形のある辺りを見る。
空は晴れているのにそこだけ薄暗くなっている。まるでそこだけが光を嫌って押し退けているかのように。
多種族連合軍は急な撤退命令を
魔術師じゃ無い俺には、どれだけの規模でどんな結果が出るのかまるで予想がつかない。ただ、ろくでもないことになることだけは俺にも解る。
集団魔術は時間がかかって発動が遅い。多種族連合軍が退いて、少しは離れることもできるだろう。ただ、時間がかかるほどに、それはあいつらがそれだけの大物か、または数を大勢呼び出そうとしているということになるんじゃないか?
あぁ、もう。呪われろクソ
大草原、
この日、大草原に巨大な黒い影の柱が地上から天に聳え立つ。
大草原に悪魔界との扉が開く。
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