第12話◇ちょっとだけ明かされた秘密


人馬セントールの神、クレセントよ。俺の失言を赦したまえ。この失言で不幸を被る者あれば、俺に罰を与えたまえ」


 サーラントが跪いて、人馬セントールの加護神に祈りだした。

 どうやらサーラントは星来者セライノについて口にしないと過去に加護神に誓っていた様子。

 まぁ、人馬セントールの神がどうかはしらないが、神様も杓子定規ではないからうっかり失言くらいで加護を無くすことは無いだろうけど。

 この失言で星来者セライノが全滅の危機とか人馬セントール全体の不利益とかなったら、サーラントは加護を失うかもしれない。

 祈り続けるサーラントの代わりにふよふよと浮く黒いてるてる坊主に挨拶する。


「初めまして、グリンの孫、ドリンだ。こっちの人馬セントールはサーラント」

「お孫サン、ということはグリンさんの子供の子供ですカ。我々は黒浮種フロート。私の名前はセプーテン、デス。ドリンさんも星来者セライノを知ってるんデスカ?」

「いや、初耳だし黒浮種フロートという種族にも初めて会った。星来者セライノって?」

「ソレは我々の種族の言葉デス。それを知っているサーラントさんハ、我らの同胞を知っているのですネ? 教えてくだサイ、同胞のことヲ」

「どこで会ったのですカ? それはいつのことですカ?」


 2体の黒浮種フロートはサーラントに詰め寄るが、サーラントは困った顔で、


「すまないが話すことはできない」

「なぜですカ?」

「詳しくは話せないが、これは彼らを守るためでもある。許してほしい」

「それは同じ星来者セライノにもですカ?」

「彼らがどこにいるかを話すことはできない。しかし彼らは無事に安全なところで暮らしている。元気でやっているし、けっして奴隷のような扱いなどされてはいない。それは信じてほしい」

「ということワ、そこにかつての我々の主人ワ?」

「それはもういない。だから安心してほしい」

「わかりましタ。ではあなたが再ビ、我らが同胞と会うときがあれバ、我らのことを伝えてもらえますカ?」

「それは問題無い。俺がかのセ……、黒浮種フロートと出会う機会があれば必ずや伝えよう」


 ん? 問題あるぞ?


「ちょっと待てサーラント。ここのことを秘密にする誓いを立てたら、伝えるなんてできなくなるぞ?」

「あ、」


 俺もサーラントも揃ってシノスハーティルの顔を見る。シノスハーティルは眉を寄せて困っていた。両手で銀の杖を握りしめて、かなり悩ましい様子。


「ほんとにどうしましょう? まさかここ以外にも黒浮種フロートがいるなんて。しかもお知り合いだなんて……」


 監視の4人と伯母さんのミュクレイルの白蛇女メリュジンが、じっと俺達を見る。ミュクレイルがぼそりと、


「お父さんが族長いじめてる……」

「まてまてまて、お前のお父さんは俺のじいちゃん。俺はお前の甥。お前のお父さんの孫。それにシノスハーティルをいじめてなんかいない、そうだろ?」


 見ればシノスハーティルはなんか泣きそう。


「あとで紫のおじいちゃんと相談しないと。まさか私の代でこんな事件が起きるなんて……、もう、どうしましょう?」

「あー、シノスハーティル。俺もサーラントもここに住む者に迷惑になるようなことはしない。それは誓ってもいい。な、サーラント?」

「そうだな、それに俺は黒浮種フロートにも縁がある。悪いようにはしない」

「それにあの紫のじいさんを怒らせるようなことは怖くてできないからな。これは信用してくれとしか言い様がないが」


 見ているとシュドバイルがシノスハーティルの肩をポンと叩いて慰める。


「心配無いって、遊者の集いが来たときだってなにも無かったじゃない」

「シュドバイルがグリン様と仲良くなって子供ができて、長を引退したじゃない」 


 恨みがましくシュドバイルを見てる。


「まぁまぁ、私も恋なんて病にかかるとは思ってなかったし」

「遊者の集いが来てから地上に興味をもつ白蛇女メリュジンが増えるしぃ」


 シノスハーティルがミュクレイルを見る。ミュクレイルは俺の背中に隠れる。

 いや、ミュクレイルのほうが背は高いし尻尾長いから隠れられてないけどな。

 シノスハーティルは、


「お願いします。本当にお願いします」


 と言って、一粒涙をこぼした。


「あー、甥さんが族長を泣かせた……」

「俺のせいなのかよ?」

「いや、俺達のせいだろう」


 シノスハーティルは族長としてしっかりしてる、と思ってたがどうやらいっぱいいっぱいだった様子。落ち着くまで少し待つ。


「ドリン、族長に謝らないと」


 ミュクレイルがなんか言い出した。


「ここで俺が謝ったところで事態は変わらないぞ」

「私がドリンの叔母さん?」

「そういうこと、みたいだな。それが?」

「甥なら叔母さんの言うことを聞くべき、じゃない?」

「初めて会ったその日に頑張って叔母さんらしく振る舞わなくてもいいから」


 可愛らしくキョトンとするミュクレイル。なんだか年下の妹みたいな異種族の叔母さんなんて、俺もどんな態度で接していいか解らないぞ。

 ふよふよと浮く黒浮種フロートのセプーテン、だったか? 次々出てくるから名前が憶えきれん。と、もう1体「私の名前はトリオナイン、デス」に、黒浮種フロートの住むという洞窟の奥へと連れられて。


「我々は、ここで生活してイマス」


 立派な扉がある。白いが、なんだこれ?


「この扉、なにでできてる? 金属じゃ無さそうだけど」


 白蛇女メリュジンの鎧と似たようなものか? あっちもなんだか素材が解らない。石に近いが石の鎧なんてあるわけないし。

 セプーテンが胸を張って答える。


「セラミクスでス!」


 聞いたこともない。なんだその素材?


「テクノロジス!」「テクノロジス!」


 黒浮種フロートが喜んで叫ぶが、その言葉、


「テクノロジス、だと?」


 サーラントをじろりと見ると、目を反らされた。ほーう。テクノロジスね。


「グリンさんのおかげさまデ、我々はこの地で新たなテクノロジスの研究が一段飛躍したのデス」

「その成果をお見せしまショウ」


 扉がシュインとカッコ良く開き奥へと進む。なんだこの扉? 勝手にスライドしたぞ? これがテクノロジスか? その奥はけっこう広い。なんだこの作り?


「遊者の集いに身体の大きい大鬼オーガさんがいまシタ」

「なので、大鬼オーガさんがしゃがまなくてもいいサイズに作り直しまシタ」


 扉と同じセラミクスとかいう素材で作られた通路は、床、壁、天井がきれいな平面。天井には等間隔で明りが灯る。

 丸いガラス状の明り窓。完璧な平面で作られた白い通路。繋ぎ目が無い。巨大な一枚板のように。謎の素材セラミクス。俺の知らない技術で作られた、見たことの無いシンプル過ぎる建築様式。テクノロジス、か。


 サーラントの出身地、魔術排斥国家ドルフ帝国。その国が人間ヒューマンの魔術に対抗するために作られた技術、それがテクノロジス。

 人馬セントールシャロウドワーフが開発した、ということになってはいるが異質すぎる技術のその名前がテクノロジス。そしてその出所は謎。ドルフ帝国の秘密。

 そのテクノロジスの産物は人間ヒューマンに対しての抑止力になり、怖れられている。

 テクノロジスで作られた武器、カノンなどの製造法はドルフ帝国で秘匿されているが。

 なーんか繋がってきたな。


「皆さーン、グリンさんの子供の子供がいらっしゃいましター!」

「グリンさんノ?」

「いらっしゃいまセー!」

「ようこソ! ようこソ!」


 奥からふよふよふよと飛んでくる黒いてるてる坊主の集団。

 頭の派手な帽子以外ではぜんぜん見分けが付かない。ひととおり挨拶などする。このとき黒浮種フロートと握手もした。

 手が無いように見える黒い身体から、にゅーっと伸びて出てくる黒い細い触手。先端は6つに別れている。出し入れ自在の手か。

 俺達でいうと小指の隣にもうひとつ親指があるような感じ。細い触手状で骨がない手と握手する。ふにゃふにゃしてて触った感じは意外と気持ちいい。

 黒浮種フロートはミュクレイルの頭の上に乗ったりと白蛇女メリュジン達とも仲のいい様子。


黒浮種フロート達がいろいろ作ってくれますので、いつも助かっています」

「我々も白蛇女メリュジンの音楽や歌を楽しませてもらっていマス」

「我々、芸術方面、いまいちですユエ」

「そして我々がテクノロジスで作れるものが増えたのモ」

「グリンさんと遊者の集いのおかげさまなのデス」

「じーちゃん達がなにしたってんだ?」

「お見せしまショウ。我々のテクノロジス!」

「テクノロジス!」「テクノロジス!」


 黒浮種フロート達の住みか、その更に奥へと。黒浮種フロート達がサーラントにまとわりついている。

 どうも、かっこいい合体生物が気になるようで、サーラントの許可をとってペタペタと触手の手で触っている。

 洗練された簡素な独特な建物の中、飾り気はないが明るく清潔。ゴミひとつ無い。

 継ぎ目の無い平面が続く。コレどうやって作ってんだか。


黒浮種フロートってどんな種族なんだ? 俺はじーちゃんからなにも聞いてないし、見るのも会うのも初めてだ。あとテクノロジスにも興味がある」

「でハ、説明しまショウ!」

「我々は遠い昔、他の星からこの星に来まシタ」


 他の、星? いきなり理解不能。


「我々、もとは奴隷でシタ」

「我々の主人が遠い昔、この星に降りまシタ」

「というか落ちまシタ」

「なのでこの星の住人に侵略しまシタ」

「我々、侵略戦争を手伝わされまシタ」


 なんかでかい話のようだが、そんな歴史は知らないぞ?


「で、我々の主人が負けまシタ」

「そのとき、我々逃げだしまシタ」

「以来、こっそり隠れて生きてマス」

「我々がこの星に来たのワ」

「6千年前になりますネ」


 ずいぶんと昔だな、6千年前か……、あ?


「ちょっと待てえーーーー!」

「アハハハハハハ」

「グリンさんとおんなじリアクションですネー」


 俺達には五千年前より昔の歴史が無い。

 暗黒期。

 神の使いと悪魔との大戦争があったという。

 古代種エンシェント達、暗黒期より前からいるというドラゴンや各種族の古代種エンシェント、エルフやドワーフや小妖精ピクシー達の旧き種。

 神の使いと共に悪魔と戦ったという彼等は、今はひっそりと身を隠し過去のことを伝えてはくれない。

 暗黒期以前にあったという技術や魔術は失われた。たまに地下迷宮の中からその時代のものが見つかるが、それは今では再現のできない失われた系統の魔術と技術の産物。

 悪魔を封印するために神々がひとつ別の世界を作ってそこに悪魔を追い出した。

 その世界を改変する神の奇跡の影響でこの世界も大きく変わった、と言い伝えられている。それが暗黒期。

 ということは、


黒浮種フロート古代種エンシェント、なのか?」

「その時代よりこの星にいるのですガ」

「我々、もともとこの星の住人ではありまセン」

「我々の祖先も意図的に記録を削除しまシタ」

「それに古代種エンシェントと紫サンとの約束で詳しく話すことはできまセン」

「話せるのは我々の由来ト、この星で新たに創り直したテクノロジスについテ」

「この星は我々の星とは法則が違うのデ、再現したテクノロジスは過去の母星のものとは違いマスガ」

「ソウソウ、その法則が違うせいで我々の祖先の星渡る舟がこの星に落っこちたんでスネー」


 俺の理解力を越えた話がポンポン出てくる。だがわかったことは、


「つまり、テクノロジスとはもともと黒浮種フロートの技術だったってことか?」


 サーラントを見ると、


「俺からはなにも話せん、聞くな」


 ムスッと返すサーラント。そういうことか、脳筋の人馬セントールシャロウドワーフの技術にしては、テクノロジスは異質すぎると思ってたよ。

 金属加工の得意なドワーフにしても、あれはなにか違う理論でできている。

 理論が違うどころかなにやら法則の違うところの技術からできているなら、そりゃ異質なわけだ。


「かつての支配者から逃げた我々の祖先は散り散りになりまシタ」

「ここに住む我々の祖先は、過去に古代種エンシェントのお手伝いしまシタ」

「そのお礼に隠れて住める場所をもらいまシタ」

「以来、紫サンに守られながら暮らしていマス」

白蛇女メリュジン達にも可愛がられて、生きてマス」

「メデタシ、メデタシ」


 サーラントの野郎、どこまで知ってやがった?

 なんか育ちが良さそうだから、ドルフ帝国の貴族の出身かなーと思ってたが。ドルフ帝国は黒浮種フロートからテクノロジスを教えてもらい、おそらくは黒浮種フロートの一族をどこかに隠して保護している、と推測する。

 それを知ってるサーラントは政治的にかなり上位の貴族か?。

 本人が語りたくないようなので聞いてないし、興味も無かったから知らないことだが。

 俺がドルフ帝国とその貴族に関わることなんて無いと思ってたし。


 というか、なんでこんなとこでドルフ帝国の国家機密に関わるような話になるんだ?


『地下迷宮では予測不能の事態が起きる。それにどう対処して楽しんで遊べるかが探索者の醍醐味ってやつだ』


 わかってるってじーちゃん。

 こんなおもしろいものと出会えるなんて。

 探索者って最高だ。

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