第11話◇ドラゴンだと?

 

 かしましい白蛇女メリュジン達とお喋りしつつ、地下30層の草原を進む。

 族長のシノスハーティルとシュドバイルと4人の監視と歩いてゆく。ん、白蛇女メリュジンだと歩くって言うのか? 下半身は蛇だし。

 ぽつりぽつりと木が生えてる中、泉が見えてくる。湖というほどに大きくは無いかな。

 その泉のそばになんか大きいのがいる。表面が虹色に光る紫色の小山のような……


 ぞくりと全身に鳥肌が立つ。サーラントも足を止めて紫色の小山を見る。おいおいおいおい、なんの冗談だ?

 紫色の小山がもぞりと動く、丸めていた身体を伸ばす。長い首と尻尾が見えた。まるで帆船の帆のような巨大な羽を伸ばして、


「くふぁぁあああ」


 口を開けて欠伸をする。

 ドラゴン、だった。


 ドラゴン。暗黒期の前より生きていると言われる古代種エンシェント、伝説の存在。72柱の魔王を殺せるという最強の生物。目撃された話はあっても眉唾物ばかり。既に絶滅した、という説もあるが誰も来ないような火山や氷雪地、海の底、普通の生物がたどり着けない地でひっそりと世界を見守っている、という話のほうが人気がある。それが、


「なんでこんなとこにいるんだよ……」


 冷や汗が出る。

 頭の先から尻尾の先まで20メートル、は越えているか。その全身は紫水晶のような鱗に覆われて光のあたるところが虹色に煌めく。頭には大きな角が2本、その下に小さな角が2本の合計4本。かぎ爪のある皮膜状の羽が1対。前足2本後ろ足2本、太い尻尾が1本。

 ただ、後ろ足の付け根がオレンジ色、というかオレンジ色の短パンを履いている?

 その紫色のドラゴンが俺を見る。片目が赤く片目が青い。色違いの目をぱちぱちとまばたきしてから、


「おー、グリンかぁ。久しぶりじゃのー」


 間延びした声でのんきに言った。

 近づいてよく見ると……、なんだろう? ドラゴンという伝説上の存在に対しての、畏怖とか恐れとか憧れとかが薄れていく。

 紫ドラゴンの背中に俺の伯母さん、ミュクレイルが乗っていた。で、ミュクレイルと同年代か同じ大きさの白蛇女メリュジンがドラゴンの背中から尻尾を滑り台にして遊んでいる。背中に登るためのスロープが作られていて、そこにはロープが張ってある。

 何人かの白蛇女メリュジンが柄のついたブラシで紫ドラゴンの身体をごしごしと洗っているし、前足の近くでは竪琴と笛で音楽を奏でている。身体を洗っているからか、地面にはぽつぽつと手のひらサイズのドラゴンの鱗が落ちている。

 なんだこの光景? 神秘性とか物足りない。その紫色のドラゴンがのんびりした口調で言う。


「よぅ来たのぅ、グリン。今度はどこまで冒険に行っておった?」

「紫のおじいちゃん、この方はグリン様のお孫さんですよ」


 シノスハーティルが紹介してくれた。けど、紫のおじいちゃん? なんて呼び名だ。伝説の古代種エンシェントじゃないのかよ。


「ほぇ? グリンじゃろ?」

「違いますよ、おじいちゃん。お孫さんですよ。おーまーごーさーん!」

「孫? おー、孫、孫かぁ。グリンの孫。よぅ来たよぅ来た。グリンが自慢の孫って言ってたのー。名前はー、ノリン? ボリン? じゃったかのー?」

「ドリン様です。隣はドリン様のお友達のサーラント様です」

「おぅおぅ。人馬セントールかい。よぅこんなところまで来たのぅ」


 なんか、威厳とか物足りない。

 伝説のドラゴンとの邂逅ってこんなものなのか? 口を開いたら近所のおじいちゃんみたいじゃないか。


「初めまして、サーラントだ。あなたが伝説の古代種エンシェント、ドラゴンか?」

「ドラゴンじゃがのー、昔は伝説だったかもしれんが、今はただのもうろくじじいじゃよ」

「いや、お会い出来て光栄だ」


 あぁ、いかん。つい観察に気をとられた。挨拶しないと。


「初めまして、グリンの孫、ドリンだ。あー、うちのじーちゃんが世話になったようで」

「いやぁ、世話になったのはワシの方じゃよ。グリンの作ってくれた腰巻きのおかげでずいぶん楽になったしのー」

「腰巻き?」

「今もつけとるよ」

「ちょっと見せてくれ」


 走って紫ドラゴンの後ろ足の方に。柄つきブラシを持った白蛇女メリュジンの脇を抜けてオレンジ色の巨大短パンまで。

 これ、短パンじゃなくて腰巻きだったのか。オレンジ色の毛布のような布地、触ってみると暖かい。布地を重ねて中になにか仕掛けがある。わずかに震動している。腰巻きに刺繍でなにか書いてある。読んでみると、


『紫ドラゴン用腰痛緩和機 試作3号 グリン』


 これ、じーちゃんが作ったやつだったのか。

 腰痛緩和機? このドラゴンは腰痛持ちらしい。

 そりゃ長く生きてりゃいろいろあるだろうさ。だけどなー、なんつーかなー。


「でー、グリンの孫よ」

「なんだ? えーと、ドラゴンさん」

「ワシのことは紫じじいとかでいいわい。畏まられても尻が痒くなるしのー」

「あー、わかった。紫じいさん。俺のことはドリンで」

「おぅ、でー、ドリンよ。グリンの孫なら戦盤できるじゃろ? ワシと戦盤やろう」

「……ま、いいけど」


 白蛇女メリュジン達が戦盤の用意をしてくれる。盤状で駒を動かして互いの駒を取り合い王を落とせば勝ちのゲーム。運の要素の入らない知的遊戯。盤上戦争友誼。

 じいちゃんに仕込まれた俺は、じいちゃん以外にはふたりしか負けたことが無いので自信はある。

 しかし、紫じいさんに見えやすくするためなんだろうけどこの戦盤と駒、でかすぎないか? この駒、小妖精ピクシーよりでかい。


「駒は私たちで動かすね」


 いや、あんたら監視じゃなかったか? 楽しげに戦盤の駒を並べる白蛇女メリュジン達。柄つきブラシを肩に担いで見に来るのもいる。俺の叔母さん、ミュクレイルが大きな駒を手にしてワクワクと。

 座り込んで紫じいさんと戦盤で対戦。これで勝てたら、俺はドラゴンと戦って勝ったとか言えるのか? 

 やってみれば、まぁ、紫じいさんはもうろくじじいとか言ってたが頭はしっかりしているじゃないか。

 で、戦盤しながら紫じいさんは俺に俺のじいさんのことを聞いてくる。サーラントのことを聞いたり、ここを見つけるまでの一部始終を聞いてきたりする。

 俺は俺でドラゴンのこと、白蛇女メリュジンのこと、ここで俺のじいちゃんがなにやったか聞いたりしてたんだが、後半戦盤で攻めこまれてからはサーラントに受け答えを任せた。紫じいさん、随分と戦盤が強いじゃないか。

 どうも紫じいさんが俺達のことを聞き出して、その俺達の様子をシノスハーティルとシュドバイルが観察して、俺達の人柄とか性格を見抜いて把握しようとかいう意図がありそうだった。

 それに気をとられたとはいえ、戦盤でかなりコテンパンにやられたのでけっこう悔しい。俺、戦盤には自信あったんだがなー。この紫じいさんに勝てる気がしないぞ。


「参った。俺の負けだ」

「ふぉふぉふぉ。なかなかじゃったよ」

「俺のじいちゃんと比べてどうだ?」


 戦盤以外の評価も含めて、の意味で。


小人ハーフリングらしい好奇心、それでいて肝も座っておる。物怖じしないところはグリンと同じじゃの。サーラントもなかなか。戦盤に気を向けるふりをしながら、頭の中ではドラゴン相手に戦うならどうするかとか考えてるあたり、なかなかやんちゃ坊主じゃのー」

「む、見抜かれていたか」

「そしてふたりとも白蛇女メリュジン魅了チャームにやられたわけでもないのに、異種族喰いの白蛇女メリュジンを受け入れているようで、肝が太いのう。遊者の集いの奴らを思い出すのー」

「それは白蛇女メリュジン達がやたらと気安いせいだと思うんだが」

「ふたりとも探索者としては変わり者じゃろ? しかしたったふたりであの赤線蜘蛛を倒したのかの?」

「あの大蜘蛛のことか? そのときは3部隊合計18人がかりだ」

「ふうむ、ということは、そのときの18人、お主ら除いて16人にもここを知られるかもしれんのじゃな?」


 そう言ってシノスハーティルを見る。彼女は難しい顔をしていた。ここの長、だからなぁ。隠れ里は知られたく無いようだし。


「ま、慌てんでもよかろ」


 それもそうか。たぶんこの紫じいさんが本気出したら地上の人間ヒューマンの王国は壊滅だろ。こんな頼りがいのある守護者もいない。

 けれどここにドラゴンがいることを地上に知られると、それはそれで別の騒動の種になりそうだ。

 ここが隠されるにはそれなりの訳があったと。ドラゴンの紫じいさんは呑気に言う。


「ドリンの孫なら、あいつらも会いたがるじゃろ?」

「はい、きっと。ただの探索者ならば紫のおじいちゃんにも黒浮種フロートの方々にも会わせないところですが」


 紫じいさんとシノスハーティルが話しているが、まだなんかいるのか?

 黒浮種フロート? 初めて聞く言葉だ。

 俺のじいちゃんが加護神に誓いを立てて秘密にして俺にも話さなかったのは、ばぁちゃんに黙って愛人作って隠し子ができちゃっただけじゃ無い。

 ここは地上に出したらいろいろ危険なものを隠してた禁断の地のようだ。


 紫じいさんと別れて再び移動。なぜかミュクレイルもついてきた。

 で、草原の端は岩壁だった。この隠れ里に入る百層大迷宮とは反対側。見上げると天井まで届く高い岩壁。崖のようだ。ふむ、端までくると天井も少しだけ低くなっているらしい。

 岩壁には大きな洞窟があって、そこからふよふよと出てくるものがいる。

 ドラゴンなんて見たあとにはなにを見ても驚くことは無いだろうけど。なんて甘く見てた。


「彼らが黒浮種フロートです。もとは黒く浮く者ブラックフロートと呼ばれていました」


 洞窟から出てきたのは、確かに黒くて浮いていた。なんだこいつら?

 真っ黒なてるてる坊主?

 羽もないのに宙に浮いている。全長40センチ程、黄色い丸がふたつ、目なのか? 瞳孔とか無い黄色1色。頭には宝石のような飾りのある帽子をかぶっていて、手とか足とか無さそう。

 見たことも噂に聞いたことも無い姿。なんてヘンテコな奴らだ。


「お久しぶりデス、グリンさーん」


 こいつらも俺とじいちゃんを間違えている。

 2体の黒いてるてる坊主がふよふよと浮いたまま近づいてきた。大きさは少妖精ピクシーぐらいだが、これはまた奇妙な種族だな。


星来者セライノ!?」


 驚いたサーラントが大声で叫ぶ。

 え? なに、知り合い? サーラント、こいつら知ってんのか?

 その声に驚いて30センチほどビックリ高く浮いた黒いてるてる坊主の2体は、


星来者セライノを知ってるんデスカ? かっこいい合体生物サンッ!!」


 ふよふよとサーラントに詰め寄った。

 なんでサーラントがこんな奇妙な種族のこと知ってんだ? それにサーラントのことを合体生物っていう奴等も初めてだ。

 羽も翼も無いまま、ふよふよと空中に浮きながらサーラントに接近している黒いてるてる坊主が2体。

 まさかこんなにおもしろ楽しそうなものが詰め込まれているとは、この隠しエリアは大当たりのビックリ箱のようだ。

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