第10話◇異文化交流は裸のつきあい


 少しばかりショックから立ち直るのに時間が必要だったが、なんだか気が抜けた。


「ちょっと聞きたいんだが、じーちゃんがここに来たのは何年前のことなんだ?」

「そうね、もう52年も前のことになるのね」

「ということは、そこの叔母さん、ミュクレイルの年齢は?」

「今年で50歳になるわ」

 

 そーかー、50歳か。

 俺が56歳だから年下の叔母さんになるわけだ。じーちゃんは俺が6歳のときにこの百層大迷宮に挑んでいた。

 で、俺が6歳のときにじーちゃんはこの美人の白い蛇女ラミアさんとイチャイチャしてたわけだ。

 俺はじーちゃんから魔術とか探索者の話とか地下迷宮ダンジョンのこととかいろいろ聞かされて育ったけれど、よそに家族がいるなんて話は聞いたこと無いぞ?


「それでね、ドリンさん?」

「なんでしょう、シュドバイルさん」


 あ、つい敬語になっちまった。


「そう! そのシュドバイルって名前で呼んで欲しいの。グリンとはそういう仲だった訳なんだけど、だからっておばあちゃんって呼ばれるのはちょっと嫌だから。これからも名前で呼んでね、ドリン。呼びにくかったらシュドでいいから。グリンはそう呼んでたのよ」


 確かにおばあちゃんとは呼べないな。この種族の寿命とか知らんけど、シュドバイルは綺麗なおねえさんにしか見えないし。


「わかった。シュドバイルさん。じーちゃんが世話になったようで。それでじーちゃんは他にもなんぞやらかしたりとかしてるのか?」


 まさか他にも知らない家族がいるんじゃなかろうな?


「我らはグリン様にはいろいろよくしていただいたものです」


 長のシノスハーティルが応えてくれる。

 あー、いろいろ、しちゃってんのね、じーちゃんが。


「そのグリン様のお孫さんならば、歓迎いたします。ただし、」


 お、長のシノスハーティルがまじめな顔になった。ようやく本来の話に、俺達を逃がさないようにしてる話になるのか。


「私達のことを秘密にして欲しいのです。地上で誰にも話さないで下さい」

「理由を聞かせて欲しい。納得できれば秘密にしてもいい」


 シノスハーティルは語る。


「我らはこの地下迷宮のこの隠れ里で昔から住んでいます。我らの種は、蛇女ラミア亜種の白蛇女メリュジン。そして我らの主食とするものは異種族の血」


 異種族喰いの種族だったか、しかしそれを異種族に話すとは。


「あなた方が魅了チャームと呼ぶ我ら一族の瞳の力は、異種族を捕らえその血を啜るための力です。ですが我らは争いを好みません。故に異種族と関わらぬよう地下に潜み、我らが神の加護と飼育するヤギの血とミルクで生き永らえております」


 ん? ちょっと待った。


「俺の知る異種族喰いの種族ってのは、戦闘とか狩りとかが好きな種族なんだが。白蛇女メリュジンは違うのか?」


 大鬼オーガ2本角バイ種の一派とか巨人ジャイアント青巨人トロール種とかの異種族喰いは、戦闘とか略奪とか好きな危険な奴等だ。


「異種族喰いで生き残る種が、戦闘種なのでしょうね。異種族を襲い食らう種が争いや殺戮を嫌えば、そのまま滅ぶのでしょう。それに異種族の血を飲む種は他の種に恐れられます。さまざまな種が生きる地上に我らが住むところなど無いでしょう」


 それで地下迷宮の中に隠れ住むか、なんとも変わった種族だな。


「ですから我らのことは決して地上で話さないで欲しいのです。我ら一族が安寧のために」

「その約束を守れないとしたら?」

「我らとて一族を守るためには戦います。かつてこの地に来た探索者で、約束を守れない者がどうなったか知りたいですか?」

「その約束を守るというのは、やっぱり」

「ええ。あなた方の種族の加護神に誓っていただきます」


 加護神への誓い、か。まぁそうだろうな。誓いを破れば加護を失うリスクがある。


「ドリン、俺は誓ってもいいと考えるが」

「サーラント、ちょっと待て」

「待ってもいいが、俺はこの白蛇女メリュジンの生き方に感銘を受けた」

「おおげさだな」

「生き残るためとしても種族としての性を越えて己を律するとは、並大抵のことではない。その上、俺達も約束を守れば開放するという。ドリンの祖父殿グリンも、彼女達の為に加護神に誓いを立ててここを出たのだろう? 違うか?」


 シノスハーティルもシュドバイルも深く頷く。


「俺達ふたり始末すれば簡単に解決するだろうに。それを種族としての主義かもしれんが、争わずに解決しようとする。そこに高潔さと慈愛を感じる」

「あぁ、だけど俺達だけが秘密を守ると約束しても、俺達がここを調べてるのは猫娘衆も灰剣狼も知ってるんだぞ? そっちはどうすんだ?」

「なにもなかった、ととぼけるか?」

「それにここを調べるやつは少なくても、俺とか俺のじーちゃんみたいに気がつく奴もいる。この先はどーすんだ?」

「そこまで俺達が干渉するのか?」

「お前の国、ドルフ帝国でもと異種族喰いがいるだろ。それが異種族喰いをやめて智者憲章を守るってことで、今ドルフ帝国の傘下で仲良くなってる。そいつらどうやって懐柔した?」

蜘蛛女アラクネ人熊グリーズのことか? あれは人間ヒューマンとの戦闘で数が減ってドルフ帝国に庇護を求めたからだ。彼ら肉食種族と他の種族との軋轢を無くすために、豚と牛の放牧もしている」

「そういうこともこの白蛇女メリュジンには必要かもしれないだろう」

「だがそれは種族全体、国家レベルの話だ。俺達ふたりが今どうこうできることでは無い」

「それでも白蛇女メリュジンがそういうことを知ってるかどうかだ。ずっと地下生活なら地上のこととかあまり知らないんじゃないか?」

「では、どうする?」

「考える時間が欲しい、すぐに結論は出せない。加護神への誓いとなればリスクもあるからな」


 長のシノスハーティルを見る。今回はしっかりと目を見て。魅了チャームに気を持ってかれそうになるのを気合いでこらえる。錬精魔術師のメンタルを侮るなよ。

 しかし、シノスハーティルもめんどうなことを。迷いこんだ探索者を始末すれば済むかもしれないのに、種族のことを話して約束を守れば殺さないとか。甘いと言えば甘い。

 サーラントの言う高潔さと慈愛、なるほどね。処世術のひとつかもしれんが、やたらと殺すのは嫌いらしい。

 異種族喰いと隠さずに話すのも誠実さ、か。

 それとも他の種族との交渉経験の無い素朴さなのか。

 じーちゃんもそこに好意をもったのだろうか。俺もこの白蛇女メリュジンは好感が持てそうだが、その純朴さが心配にもなる。なんせこの百層大迷宮の所持者は人間ヒューマンの王国だからな。

 ここに住んでいる、ということはこの白蛇女メリュジン達はアルマルンガ王国の所有物ということになる。

 しかし、シノスハーティルは睫毛が長いな。真っ白な肌で、その白い顔の中で唇だけがやたらと赤くて色っぽい。その瞳はまるで琥珀のように静かに輝いて。

 一族の責任を背負った凛々しい眼差しが、

 おっとー、あぶなーい。

 俺もサーラントもこの魅了チャームに影響受けてんのか?

 じーちゃんがこの村から無事に出てるのは知ってるってのもあるが、どうもこの白蛇女メリュジンを警戒する気が薄くなっている。


「わかりました」


 シノスハーティルの結論は?


「答が決まるまでこの村で過ごしていただきます。約束を守ると誓うならば開放しますが、それまでここから出すわけにはいきません。ドリン様とサーラント様には監視をつけさせていただきます。監視を振り切って逃げようとするなら、大恩ある方のお孫さんといえど無事に帰すわけにはいきません」

「わかった」

「それで監視の者は」


 シノスハーティルが言うと周りで見てた白蛇女メリュジン達が一斉にハーイハーイハーイと全員が手を挙げる。


「くじ引きで決めます」


 あれ? 異種族の注意するべき訪問者に対して意外と警戒してない?

 なんかキャイキャイ騒ぎながらくじ引きをしてる白蛇女メリュジン達を見つつ、


「ずいぶん楽しそうだな」


 サーラントが呟く。それを聞いたシュドバイルが、


「シノスハーティルは長の責任があるからああ言ったけれど、ここに探索者が来るのは珍しいから。過去に約束してくれない探索者と戦ったこともあるけれど大昔の話だし。私もグリンとその部隊パーティとしか会ったことが無いのよ」

「ということは俺達の前ってのは?」

「グリンとその部隊パーティ、遊者の集い。最後にここに来たのは40年前ね。だから40年ぶりのお客様。グリンも優しくて、遊者の集いのみなさんも楽しい方ばかりで。そのグリンの孫とそのお友達でしょ? だからみんな期待しちゃって」


 なんだそのハードルの上げ方は? 何を期待されている?


「監視役が決まりました」


 シノスハーティルが4人の白蛇女メリュジンを連れている。俺にふたり、サーラントにふたりつくようだ。


「監視といっしょならば里の中では好きにしてください。それと、晩餐の前に会わせたい方がいます」


 シノスハーティルの後をてくてくついて歩く。監視のはずの白蛇女メリュジンがいろいろ聞いてくる。


「服って着てて暑くて動きにくくない?」「鎧なら解るんだけど」

「グリン様みたく魔術いっぱい使えるの?」「人馬セントールっていうの?」

「背がたかーい」

「足が4本あるー」

「尻尾がふさふさー」

「4本足で前に進むってどんな感じ?」

「触っていい?」

「二人とも男? 男なの?」

「女とどこが違うの?」

「シュドバイル様が惚れた男の血は美味しいって言ってた」

「そうなの? ね、ちょっと血を味見させてもらっていい?」

「あ、ずるーい」

「私もー、ひとなめでいいから」

「男の裸って見たのシュドバイル様だけ?」「足、触っていい?」

「地上の種族ってみんな足が生えてるの?」「地上って女が2本足で男が3本足って本当なの?」

「え? じゃ4本足ってどうなの?」


 とにかく、いろいろ、聞いて、くる。

 子供か? あと習慣とか文化とか服を着ないとか男がいないとか下半身が蛇体とか、違いが大きすぎて答えに困る。


「ドリン、あとは頼む」

「逃げるなサーラント、これもじーちゃんと遊者の集いの通った道だ。あと、敵以外の女子供には優しくするってのがサーラントの言う常識なんじゃなかったか?」

「ぐ、ぬ、しかしこれは」


 下半身蛇とはいえ真っ裸の女が近い近い。

 あけっぴろげで羞恥心も無いから俺はなんのエロスも感じないが、サーラントが困ってるのは珍しい。

 あとでこのことはカゲンとグランシアに話してやろう。白蛇女メリュジンの質問にまじめに考えて応えようと頭を悩ませるサーラント見て思う。

 これは酒のつまみのいい笑い話になりそうだ。



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