第9話◇捕獲されて虜囚に


 あっさりと目前に剣と槍が突き付けられたわけだが、


「そこの小人ハーフリングひとり人質にしたところで、俺が止まるとでも?」


 ブンブンブンとフレイルを振り回しながらサーラントが言いやがる。楽しそうだな、このやろう。あとでみんなにこのことを話して酒のつまみの笑い話にするつもりだな。グランシアとかにウケそうだし。

 うん、知ってる。サーラント、お前ってそういう奴だ。信頼を裏切らない相棒って頼もしいよなぁ。

 さてここからどうするか、どう逃げ出すか。

 考えていると俺に突き付けられていた剣が離れる。槍の方はまだそのままだが。


「人質は効果がありませんか」


 俺の左後ろにいた人物がサーラントの前に進んで、最初に見つけた白い蛇女の子と並ぶ。

 こちらも下半身は白い蛇体の蛇女ラミアだ。しかし最初に見つけた者より背は高い。

 こっちが大人で最初のは成長中の子供なのだろうか? その背の高い白い蛇女は剣を腰の鞘に納めてサーラントに言う。


「我らが一族の者を助けていただき感謝します」


 頭を下げて礼を言った。そのまま少し背の低い白い蛇女ラミアの頭をポカリと拳骨で殴る。


「ひとりで外に出ちゃダメでしょ!」

「う、ぐ~~~」


 頭を押さえて涙ぐんでいる白髪の女の子。そうとう痛かったらしい。

 俺に突き付けられていた槍の方も引っ込んだ。見ればこちらも白い蛇女ラミア。3人とも胸当てにチェインメイル、剣を持ってた奴は肩当てもついている。

 しかしなんだ? この鎧。金属でも革でも無さそうだ。白っぽい灰色で素材が解らない。

 見てると剣を持った蛇女ラミアが、


「お礼をしたいのでついてきてくれませんか?」

「その前にその魅了チャームをやめろ」


 目を合わせると意識を持ってかれそうになるので、俺は視線を落として口とか顎を見るようにしながら言うと。


魅了チャーム?」


 蛇女ラミア3人は不思議そうに互いの顔を見てる。

 まさかこの魅了チャームは無自覚で勝手にに発動してんのか?

 なんだそりゃ、とんでもない種族だな。ということは俺に魅了チャームをかけたのは攻撃の意図は無かったのか?


魅了チャームについては我らが長が知っているかもしれませんね。我らの里にて長に聞いてみては?」


 にっこり笑顔で優しく誘われる。


「さて、どうする? サーラント」

「…………美しい」


 見上げるとサーラントがポーッとした顔で口が半開きになっていた。お前なぁ。注意したのに何魅了チャームくらってんだよ。

 サーラントの馬の背に飛び乗って後頭部をペチンとひっぱたく。


「正気に帰れ」

「痛かったぞドリン」

「やかましい、で、どうする?」

「すんなり帰す気は無さそうだ」


 剣を持った蛇女ラミアは笑顔だが、いつの間にか蛇女の援軍が近づいて来ている。遠巻きにだが、8人の武装した蛇女に囲まれている。下半身蛇体で足音が無いのか。

 サーラントの脚力で強引に突破するのも可能ではあるが。どうするかな。


「ドリン、と呼ばれましたか?」


 サーラントが名前を呼んだのを聞いたらしい、剣持ち蛇女ラミアが聞いてきた。


「あぁ、俺の名前がドリンだ」


 蛇女は俺をじろじろと見て、


「『無限の魔術師』グリン=スウィートフレンド様から聞いたお孫さんの名前と同じですね」

「は? じーちゃんを知ってるのか?」

「はい、我らが里に来られたことがあります。よく見たら似てますね」


 じーちゃんが来てた? 俺に百層大迷宮の話をよくしてくれたが、その中に白い蛇女ラミアの話は無かったぞ?

 今は行方不明のじーちゃん。まぁ、探索者としても魔術師としても一流なので、簡単には死んではいないと思うのだが。

 そのじーちゃんの手掛かりがあるかもしれないとなると。うーん、あとで忍び込むよりは招待してもらうか?


「じゃあ、その村に案内してもらおうかな」

「歓迎します。ついてきてください」


 剣持ち蛇女ラミアは子供? 少女? の白い蛇女ラミアと手を繋いで先に進む。

 逃がさないようにするためか、後方は白い蛇女ラミアの集団がガッチリ固めている。

 俺達を見ながらひそひそと話しながら。

 ただ妙に楽しそうでクスクス笑いも聞こえてくる。あまり緊張感は無い。サーラントが小声で、


「いいのかドリン」

「なに、いざとなれば逃げる手段はある」


 白い蛇女ラミアの里にお持ち帰りされて、異種族喰いの種族のご飯になるのはゾッとするが、そもそも地下迷宮ダンジョンの中で里ってなんだ? そこにじーちゃんが行ったことがある? 

 好奇心が湧いてくる。これは調べてみるしかないだろう。

 今のところ武器や魔術触媒を取り上げられたりはしていないから脱出する手はいくらでもあるからな。

 こっそりと呪文を唱えポケットの中で抗精神浸食の護符を2つ発動させて、ひとつをサーラントに持たせる。


「なるべくあいつらの目を見ないようにしろ」

 こそこそ

「わかった」


 前を行く少女蛇女ラミアがやたらと振り向いて俺を見るので、魅了チャームを回避するために目をそらしながら進んだ。興味津々という感じ。

 移動中に白い蛇女ラミアから少し話を聞いてみると、俺とサーラントが少女蛇女ラミアのあとをつけていたのを、さらに白い蛇女ラミア達がつけていたらしい。ぜんぜん気がつかなかった。足音とかまるで無いからな。

 少女蛇女ラミアが危険だったらすぐに飛び出す予定で、ついでに俺達の行動も、うかがっていたとか。相手側のことを探ろうとしてたのはどうやらお互い様のようだ。

 ボス部屋の隠し扉を開けてもらって通路を進む。長とやらに報告するのか、ふたりの蛇女ラミアが先行していった。


「じーちゃんが此処に来たのはいつのことだ?」


 先を行く剣持ちの蛇女ラミアに聞いてみる。


「そのあたりも長から聞いてください。私からはどこまで話していいものか」


 薄暗い通路を抜けて、明るさが増し目を細める。光に目がなれて見てみると、草原が広がっていた。

 見渡せば草原、地下30層なのに昼の陽光のように明るい空間。上を見れば青空。よくよく見れば相当高いところにある天井が、青空のように見える光を放っている。


「疑似陽光、か」

「33層からの迷宮内の大森林と同じようなものか?」

「たぶんな。ただ、ここには魔獣や不死者はいないようだ」


 地下迷宮内には地上の自然を模倣したエリアがある。

 33層から36層には森林が、43層から下は雪原が拡がっている。

 灰剣狼と猫娘衆が43層からの探索が進まないのは雪原という地形のせいだ。寒くて足場が悪いのが厄介なところ。

 そしてここはだだっ広い草原。ポツリポツリと木が生えている。

 ヤギが遠くに何頭かいる。小さい畑も見える。畑の側に川なのか水路なのか、水が流れている。ずいぶんと穏やかな風景だ。地下の世界とは思えない。

 で、俺達はというと30人ほどの白い蛇女ラミアに囲まれていた。全員女性のようだ。話に聞く蛇女ラミア蜘蛛女アラクネのように男のいない種族なのだろうか?

 鎧をつけて武装しているのは10人だが、鎧をつけていないのも剣とか槍とか持っている。警戒しているのか。

 ただ、どういうわけだ? 鎧をつけて無いのは服も着ていない。素っ裸だ。白い肌におへそが丸見えだ。肩から飾り布を下げて、それがかろうじて胸の頂点を隠している。いや、隠れてなくてチラリしてるのもいる。

 この種族、服を着ない真っ裸が当たり前の風習なのか? 

 見たところおっぱいがあってヘソがある。だから卵生では無く胎生か? 下半身蛇でも卵で産まれる種族ではないのだろうか?


「ぐ、ぬ」


 サーラントが唸って視線をキョロキョロさせている。白い蛇女ラミア達は好奇心溢れるまなざしで俺達を見てるのだが、その視線の魅了チャームから逃れようと目を反らすと、おっぱいとか白い肌とかヘソとかが視界に入ってくる。眼福。

 気にせずじろじろ見てもいいところだろうが、サーラントは落ち着かないようだ。こいつ女にはウブなとこあるよな。というかドルフ帝国ってのはフェミニストが多いらしいが。


「こちらへどうぞ」


 案内されるままについていく。草原に家具らしきものはポツリポツリとあるけれど、家は無い。なるほど、地下で雨や強風の心配が無ければ、家も服もいらないということなのか?


 細かな刺繍がされた豪華な敷物に座るように促される。肩から下げてる飾り布といい、細やかで見事な刺繍だ。敷物の上に椅子は無い。テーブルも無い。

 黙ってサーラントと並んで敷物に座る。対面には白い蛇女ふたりが下半身の蛇体をとぐろを巻いて座っていた。

 あの据わり方なら椅子はいらないなぁ。杖を持つ二人の白い蛇女ラミアが口を開く。


「初めまして、お客人。我らが村にようこそ。私が長、名はシノスハーティル」

「私は長の叔母、名はシュドバイル。一族の子を助けていただいたことを感謝します。お客人の名前をうかがってもよろしいですか?」


 対面に座るふたりはにこやかに語る。

 長と名乗るシノスハーティルは銀色の蛇が装飾された杖を持ち、ひときわ豪華な銀糸の刺繍が入った赤い布を首にかけている。

 長の叔母というシュドバイルは白い杖を手に持ち、こちらは刺繍の入った黒い飾り布を首にかけている。ふたりとも白い長い髪の美人ではあるのだが。

 首からさがる飾り布のおかげでかろうじて乳首は隠されているが、おっぱい丸出しなんだよなぁ。それを恥ずかしいと考える文化では無いようだ。

 回りも裸の白い美女達に囲まれて、座ったせいで視点の下がったサーラントは、おっぱいが視界に入らないように上を向いている。

 一応言っておくと、サーラントは女が苦手ではない。女は守って大事にするもの、というマッチョ思考なむっつりスケベだ。


「俺はドリン。小人ハーフリング希少種の魔性小人ブラウニーだ」

「サーラント。見てのとおりの人馬セントールだ」


 長のシノスハーティルが口を開く、


「サーラント様、我らは人馬セントールと会うのは初めてです。大きくたくましい種なのですね」

「俺は人馬セントールの中でも背は高い方だが、だいたいこんなものだ」

「お客人の晩餐にヤギの肉を用意させていますが、人馬セントールの口に合いますでしょうか? 食べられないものなどありますか?」

「肉も食えるが、できれば野菜が欲しい」


 どうやら飯を食わせてくれるらしい。食わせて太らせてから食べるつもりか? なんだかワクワクしてきたな。


「野菜ですね。わかりました。そしてドリン様、あなたの祖父がグリン様というのは本当ですか?」

「本当だ。証明しろと言うならじーちゃんのことを話せばいいのか?」


 長、シノスハーティルが考え込む。だが隣の長の叔母のシュドバイルが先に言う。


「証明など必要無いでしょう」


 と言ってシュルシュルとおれに近づいてきた。至近距離で俺の顔をじっくり見る。俺は俺で魅了チャームに対抗するべく平気なふりで腕を組んで、こっそり二の腕の肉を摘まんで捻る。地味に痛い。


「目もとがグリンにそっくり。グリンが帰ってきたみたい」


 シュドバイルは笑顔にっこりで俺の肩に手を置く。


「じーちゃんを知ってるんだな?」

「ええ、もちろん。そして紹介するわ、ミュクレイル」


 シュドバイルが呼んだのは、俺達が最初に見つけた白い蛇女ラミアの少女だった。その少女はおずおずと近づいてくる。


「ミュクレイル、ちゃんとお礼をいいなさい」

「……あ、ありがと」


 もじもじと照れているのだろうか? だがその目は興味と好奇心できらきらしてる。

 シュドバイルがミュクレイルの頭を撫でながら、


「この子、ミュクレイルが私とグリンの子よ。だからドリンの叔母さんね」


 ……………………………………?

 あ? 叔母? さん?

 えーと、あー、そーいうこと? 

 もしかしてそれが、じーちゃんが俺にこの白い蛇女ラミアの話をしなかった理由なのか?

 地下迷宮ダンジョンの奥で出会った異種族の女と子供を作ったことを秘密にしたかった、ということか? いや美女とはいえ下半身は蛇で、魅了チャームにやられた? いやまさかあのじーちゃんが? ばーちゃんに黙って? いやいかにモテたかを自慢してばーちゃんに頭を叩かれたりしてたけど。百層大迷宮内の現地妻? 俺がちと混乱しているとサーラントが呼びかけてくる。


「ドリン」

「なんだサーラント」

「お前の祖父殿は、やはり勇者だったのだな」

「サーラント、ちょっと黙れ、頼む」

 

 じーちゃんよー、なにやってんだ!?



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