第101話◇カーム主役回◇気に入らない変装と潜入
◇◇
まったく、なんで私がこんなことを。
口に出して呟きそうになるのを噛みしめて飲み込む。
それはまぁ、魔術無しで
だけどクソ
髪を染めて顔の肌の色も染めて変える。貴族の屋敷に使えるメイドの格好をして、手袋つけて赤い肌を出さないようにする。
エルフが耳を隠してみたら? と試してみたけど、やっぱりエルフは線が細い。骨格が
アムレイヤなんて全体的には細いのに胸だけスゴいとか、
いや、あんなに大きいと戦闘でジャマになるか。
結局、私がメイドの振りなんてして、マルーンの貴族街に潜入することになった。
まぁ、ノクラーソンが
あいつが他の
マジメに仕事してて、今も
いや、でも、あいつは最近はお目付け役だったハズの
仕事終わりで踊る子馬亭で飲み会になると、たまにポロッとのろけ話がこぼれたりする。
朝に弱い寝起きの
知ってるから、そんなことは。そんなことはノクラーソンに教えてもらわなくても、前から知ってるから。
改めて恥ずかしそうに幸せそうに言うな、ノクラーソンのくせに。なんか腹が立つ。
フラウノイルは幸せそうだけど。
っと、そんなこと考えてる場合じゃ無かった。軽く俯いて歩く。こっちをチラッと見た兵士とすれ違う。
貴族街に兵士が多い。西区の騒動が伝わればそっちに行くべきなんじゃないか?
なんで貴族街に兵士がこんなに彷徨いている?
サーラントと灰剣狼が百層大迷宮の出入り口に陣どって、今ごろは穴堀一徹がバリケード作成中のハズ。
グランシアも
マルーン街が混乱する前に、私の用事を終わらせるつもりでさっさと来てみたものの。既になにか街の中は混乱してる様子。
あっちもこっちも騒がしくて殺気だっている。
希望の断罪団はまだマルーン街には入って来てない。と、なればマルーン街は街壁と門の防衛に戦力が集まってるはずなのに。
百層大迷宮を取られたくないアルマルンガ王国は、マルーン防衛に戦力を集中させてる。
だけど今のマルーン街の騒がしさは、それとは違うような。
貴族街の様子を伺いつつ、目立たないように気をつけて進む。
何気ない様子で近づいて来る男をチラリとみる。商人の姿をした優男。
肌と髪の色を誤魔化した
私の横を通り過ぎるときに、
(ついてきて)
小声でポソリと告げて足早く進む。ざわざわとする貴族街の中。馬車に荷物を乗せる男達。
そこに駆け寄って荷物を調べようとする兵士ともめている。
傭兵を連れた貴族が屋敷の前で合図すると、その傭兵が屋敷の扉を壊して中に押し入る。
なにが起きている? 先に街に来ているルドラムと
ルドラムについて行くとひとつの貴族の屋敷の前に。ただ、扉は壊されて窓は割られている。
辺りを伺い裏手に回って素早く屋敷の中に入る。
中に入るとそこには髪と肌の色を誤魔化した
先に入ったルドラムが、帽子をとって振り向いて、
「久しぶりカーム。メイド姿なんて初めて見たけど、似合ってるよ」
「これが似合ってても嬉しくもなんとも無い。おかしなお世辞はいらないから」
「お世辞じゃ無いんだけど。仕える職の服なのに目付きが鋭くて、誰の下にも付きそうに無い感じのギャップに、これまでに無い新しい魅力を感じるんだ」
「ルドラムの趣味は置いといて、なんで街が混乱してる?」
「その前に、西区はさりげなく見張ってたけど、カームが出て来たってことは」
「
私達、
そんな
もともと西区にいる
その
戦争が近くなれば集まる人数、規模、どれだけの物資があるか、中央領域からなにが送られて来てるか、そんなことを調べてたりしていた。
とは言っても
他の地区のことはなかなか解らない。政治のことや亜人排斥宗教ユクロス教会の内部のことまでは解らない。
それが今ではドワーフ王国とエルフ同盟の支援を受けて、多種族連絡網情報組織『
これにはドワーフ王国第2王女、激流姫ディレンドン王女の、なんだか素敵な謎の秘密組織にしたい、という願望に引っ張られてるような気がする。
その趣味のおかげで支援があるのだけど。
そんな組織として情報活動、諜報活動がんばってみようかということになった。
トンネル開通後、エルフの森側から出て、何人か
マルーン街では
そうしてアルマルンガ王国並びに
いつの間にか大量の髪染めと肌を染めるドーランを用意してて。
ついでにドーランで肌が傷まないようにって、化粧水に皮膚の表面を守るコーティングクリームなんてものまで用意してもらった。
私はいいって言ったのに、
エルフもどきを見た後のドリンとサーラントが、エルフもどきの逆、つまり
試してみたら、潜入するのに
「それでルドラム。なんでマルーン北区の貴族街がバタバタしてるんだ?」
「うん、それが私も驚いているんだけどね。どうも
「? 意味が解らない。何をやり過ぎたって?」
「私達が
「まぁ、実際その通りにする訳だし」
「西方10王国同盟の内、主に食料面でドワーフ王国からの輸入に頼る1国と、エルフ同盟からの輸入に頼る2国の商人達にその話を教えたんだよね。ちょっと演出してみたりして」
「何をやった?」
「商会ふたつと話をして、一緒にドワーフ王国に買い付けに行ったんだよ。シードが使えなくなるタイミングでね」
「それって……」
ルドラムが片手を振って合図すると、同じ部屋に居た
テケテケテンテン、ツッテンテン。
「ドワーフさん、ドワーフさん。猪の肉を売ってください。保存のきくやつ、あるだけ全部売ってください」
「
「大草原で戦争中、食糧はこれから値上がりします。ドワーフさん、保存のきく、野菜の漬け物、干した果物、あるだけ買います。全部買います。これで私達、ガッポリガッポリ」
「戦争で、食べ物を高値で売るなんて、
「はっはっは、いやいやそれほどでも。お金はたっぷり用意しました。さあ食糧、売ってください」
「ん? この銀貨はシードだね?
「え? ドワーフさん? 今、なんと仰いました? シードが使えないと聞こえたような」
「
「ドワーフさん、ドワーフさん。バカなことをお言いで無いよ。銀貨もあるし、金貨もある。こんなにピカピカしてるのに、価値が無いとか言わないで」
「だけどこれは決まったこと。シードじゃ何も買えやしない。シードを欲しがるドワーフいない。ドワーフからなにか買いたけりゃ、オーバル貨幣を持ってきな」
「それでは今すぐ両替を、シードとオーバル、交換しましょう。そうしましょう」
「シードとオーバル、交換は無理。シードを欲しがるドワーフいない。シードは今じゃ、ただのゴミ」
「ああ! ああ! これはいったいどういうことだ? これはいったいなんてことだ! 私の貯めたシードがゴミに? 必死で貯めたお金がゴミに? 破産だ、破産だ、どうしよう! 私のお金がゴミになった!」
「シードはどこでも使えない。ドワーフ王国で使えない。エルフの森でも使えない。残念ながら
「これは困ったどうしよう? だけどこんなの知らなかった。これからいったいどうしよう? 待てよ、待て待て、ちょっと待て。他の
「
「ドワーフさん、ドワーフさん。教えてくれてありがとう。さっさとシードで買い物を。ほんとのゴミになる前に。宝石、指輪、ネックレス。彫刻、金塊、なんでもいい。シードじゃ無ければなんでもいい。価値あるものと交換しないと。シードがゴミになる前に。お金がゴミになる前に」
「やれやれなんとも騒がしい。あれが欲しい、これが欲しいと大騒ぎ。あれもこれもと手を伸ばし、大事なものはポトリと落とす。金貨をくわえて、あっちにフラフラ、こっちにフラリ。カラスみたいに騒がしい」
テケテケテンテン、ツッテンテン。
終わるとふたり一礼して、なにかやりきった感じのいい笑顔でこっちを見る。
ルドラムがパチパチと手を叩くので、私も軽く拍手する。
なんだろう、この小芝居?
ルドラムに視線を戻す。ルドラムは、
「こんなことを
「一足先に
「商人も危機感を覚えたみたいで、このあと急いで
「それをあの小芝居で広めたっていうの?」
「これは、これから情報組織
もう一人の相方が、
「翌日、次に来た商人がシードで買い物しようとして、村人にリンチされたりということもあったね」
「その商人が買うばっかりで、
私達が大草原で防衛戦したり、悪魔退治したり、
「そんなわけでカーム、今の小芝居はどうでした? どうすれば良くなるか研究中で、改善点とか感想とかあれば」
「え? あ、えーと」
それでこのふたりは何か待ち望む顔で私を見てたのか? 改善点? えーとえーと。
「解りやすくてテンポ良くて、良かったと思う。ただ、オチが弱いか。あとは楽器のできるメンバーがひとり入ればいいのかな。ふたりが会話してるときとか音楽入れて。そうすれば出だしと終わりに、テケテケテンテン、ツッテンテンって口で言わなくてもいいし」
なんで私がダメ出ししてるんだ? 私はそういう方面よく解らないぞ。
とりあえず思い付いたことだけ言っておく。目の前のふたりは、うんうんとなんか頷いてる。
「カームに聞いてみて良かった。オチ、オチかー。うーん」
「後は、楽器ね。そうだ、カームって笛が上手でしたよね?」
「私は人前で小芝居とか無理」
私はやらないから、そーゆーの。できないから。これを町の酒場とかでやってるのか? それで情報を広めていこうって?
解りやすく伝えるにはいいのかもしれないけれど。
多種族連絡網情報組織『
実質組織のナンバー2、ルドラムの顔を見る。これを考えたのルドラムかな。
ルドラムは眉を片方だけ上げる。
「
「それがこの慌ただしさの原因か」
「貴族街はまだマシさ。市民街では商人が物を売らなくなった。パンも芋も買えなくなった市民が、商人を襲って奪い始めた。シードを給料で貰ってた兵士は、浮き足だって逃げ出したりしてる。市民街は無法の暴徒の街になった」
「貨幣が今までのように使えなくなるのが、そんなに混乱するのか? ちょっと信じられないのだけど」
「どうも
「私達
「その上、
「なんというか、予想以上に
「切っ掛けひとつで簡単に壊れるものみたいだよ。マルーン街には防衛の為に軍が来てるけど、その軍の中にも貨幣パニックが広まってる。まともに戦える状態じゃ無いよ」
うーん。シードの価値が無いということになれば、アルマルンガ王国の
どうも予想よりも酷いことになってるみたいだ。
しかし、今さらだけど、
「ルドラム、ちょっと聞きたい」
「何を?」
「右手に銀貨を乗せて、左手にパンを乗せて、どちらかを捨てないといけない。そういうときにこれまで
「銀貨の方が大事だと思い込んでいたからだろうね。価値があるというのも思い込みなら、価値が無いというのも思い込みだから。ただ、私も西区で道具屋やってて毎日貨幣を扱っていると、騙されそうになる。価値があると刷り込まされそうになる。
在れば便利、というものは、無くなると困る。
だけどそれを無くなると死ぬ、というところまで育てたのは
それはまるで、大きく積み木を積み上げるような。
やがて崩すことを楽しみに、上に上に積み木を重ねていくような。
自分達の子供や孫やひ孫の世代が、混乱して飢えて泣きわめいて奪いあい殺しあう。
その時の悲惨と混乱を楽しみに、崩壊がより大きくなるように、積み木を高く高くと積み上げる。
自滅する姿を嘲笑うための悪趣味な遊戯。
人の形の黒い影が、破滅する未来を求めて、積み木を重ねる姿を想像して。
寒気を感じた。
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