第102話◇カーム主役回◇ノクラーソンの娘

◇◇部隊パーティ猫娘衆のひとり、人間ヒューマンレッド種、女探索者のカーム視点になります◇◇



 廃墟となった貴族の屋敷に隠れて潜む。ここで合流予定。リアードが来るのが遅れているようで心配になる。


「こちらから迎えに行こうか?」


 ルドラムに聞いてみる。ルドラムは割れた窓から外の様子を伺って。


「ちょっと心配だけど、日も暮れる。明日までここで待機して、戻って来なければこちらから動こうか。カーム、地下に行こう。無人のはずの屋敷の中で明かりは使えないから」


 地下室に下りて今晩はここで過ごすことになりそうだ。

 こっそり窓から貴族街の様子を伺う。

 首都アルマーンに逃げたのもいるから、住人は少なくなったか。

 ということは3級の貴族はいなくなって、残るのは4級の貴族に5級の商人に上級市民というとこか。鼻のきく商人なら、とっくに逃げてるだろうし。

 兵士と騎士が西区に行き、今のうちという感じで馬車が走る。逃げるつもりかも知れないが、マルーン街は今、希望の断罪団が包囲しようとしているハズ。

 どこにどうやって逃げるつもりなんだろう。それとも国を捨てて希望の断罪団に行くのだろうか。

 

 ワイン置場か酒蔵のような地下室に下りる。

 ランプに明かりをつけて、レッドの同胞がくつろいでいる。

 レッドの地下通路を抜けて、希望の断罪団の進行状況を調べて来た同胞。ルドラムと話ながら地図に書き込んでいる。

 私も話を聞きながら地図を見てるけど、


「なんでこんなに早いんだ? 希望の断罪団は?」

「やる気に満ち溢れているから、としか言いようが無い。すぐにでもマルーン街に突っ込みたがっていたんだけど、小妖精ピクシー蝶妖精フェアリーが、彼らに包囲しての持久戦の兵糧攻めを提案。希望の断罪団2万5千はその作戦で動いてるところ」

「希望の断罪団は3万いたんじゃ無いのか?」

「今はもっと増えてる。残りは占領したロウメンの町を中心に周囲の村と町を取り込んでいるよ。ロウメンの町の近くの村の中には、さっさとアルムス教に改宗して、自分から希望の断罪団に入るところもあるから」

「なんて勢いだ、アルムス教。できたばかりでなんでこんな勢いがある?」

「1番の理由はアルマルンガ王国のシードの暴落なんだけど。アルマルンガ王国に騙されていた、ユクロス教に騙されていた、もう許せない。というのが希望の断罪団の雰囲気。で、アルムス教に改宗して聖教国アルムシェルに入ると今なら特典がつく。戦争理由に上がっていた税から解放される。優先的に新貨幣〈スケイル〉が使えるようになる。新貨幣では仲良くなった他種族からいろんなものが買えるようになる。あとは幼き司祭の布教活動が効いてる」

「幼き司祭? なにそれ?」

「アルムス教の子供なんだけどね。エルフの森で作られたクッキーとかお菓子を、小妖精ピクシー蝶妖精フェアリーと仲良くお喋りしながら食べるんだ」


 グレイエルフの町にいたという人間ヒューマンの子供か? あの町ではその光景は日常のことで、べつに珍しくも無いもののハズ。

 グレイエルフの子供たちと仲良くなって、小妖精ピクシー蝶妖精フェアリーと一緒におやつしてた、と聞いている。


「それを人間ヒューマンに見せてアルムス教の信徒が言うんだ。『これがアルムス教の未来。餓えに悩むことの無い、他の種族と共に生きる未来です』それを見て感動して、ユクロス教の神官を追い出して、改宗する村とか町がある」


 聞いていたルドラムが首を捻る。


「うーん。飢えに悩まないは言い過ぎじゃないかな。アルムス教に改宗しても人間ヒューマン人間ヒューマンなのに」


 それに対して情報を持って来たレッドの同胞が苦笑いして言う。


「いや、最初は上手くいくと思う。なんというか、足りないものは邪教徒ユクロス教徒から奪えっていう感じになってるんだ。邪教徒相手には何してもいいってノリで。家も畑も土地も家畜も奪ってしまえ、と。今は虐殺とかしないように小妖精ピクシーとエルフが見てるけど」

「アルムス教、怖いなぁ」


 アルムス教なんてものができるとは思わなかった。なんでもサーラントが人間ヒューマンの男をひとり、天高く蹴り飛ばしたら誕生したとか。

 触るな凸凹が蹴ったら宗教爆誕か。

 あいつら本当になんなんだろう。

 でもこれでドリンの描く絵図に近くはなったのか。


「カーム、どう思う?」

「どう思うって、これでいいんじゃないのか。人間ヒューマンには西方領域と中央領域で争ってもらう。その戦争で自分達で人口調整してもらう。数が減れば食料問題も解決して、他の種族に対して侵略もしなくなる。人間ヒューマンという種族を滅ぼすまで戦うよりもマシだろう、というのが触るな凸凹の話。それが、アルムス教とユクロス教の対立という構造になるだけで」


 ルドラムがため息をつく。


「アルムスオンの平和の為には、人間ヒューマンには人間ヒューマン同士で殺しあって、数を減らしてもらわなければならない、か」

人間ヒューマンだから仕方無い。他の種族が巻き込まれるよりはずっといい」

「もしも、ユクロス教が無くなりアルムス教の1教支配になったら?」

「そう簡単にはユクロス教は無くならないんじゃ無いか? こっちでアルムス教の勢いがあっても、それは大草原の戦争の反動だし。中央領域ではユクロス教の天下だろう」

人間ヒューマンが自力で人口問題も食料問題も解決するのは無理だから、今はこれが最善なのか」

「バカバカしい理由の戦争が無くなって、人間ヒューマンがその領域の外に出なければ、アルムスオンは平和になる」


 そうなれば1部でも他の種族との共存を考える人間ヒューマンがいる。

 今のところはアルムス教。

 そして、ノクラーソン。

 あのときノクラーソンが泣きながら願った、人間ヒューマンが他の種族に恨まれない未来。

 それは不可能だ。他種族を食い物にしてきた過去がある。既に恨まれて憎まれている。

 それでも未来を願うなら、今はこの方法しか無いだろう。

 自分達で自分達を律してくれ。そうすれば、それができれば。

 ノクラーソンの涙。あいつは真剣だった。

 レッドの祖先もあんな風に泣いたのだろうか。


「すまない、遅くなった」


 リアードが戻って来た。赤鎖レッドチェインのリーダー。とは言っても今はみんな赤い髪を黒く染めている。

 リアードも後ろに続く同族も。

 

 その後ろについてくるのは6人の人間ヒューマン

 貴族の夫婦に、その執事。そしてメイドが3人。

 ん? そのメイドのうちふたりになんだか見覚えがある。誰だっけ?

 ジロジロ見てたらそのメイドふたりも私をまじまじと見て。


「あれ? もしかして、カーム?」

「カーム、だよね? 髪と肌の色が違うから解んなかったけど。そっか、レッド種の部隊パーティならカームがいても不思議はないのか」

「探索者はいなくなったから、猫娘衆はみんな故郷に帰ったと思ってた。また会えるなんて。ね、グランシアは?」


 あ、あー、思い出した。


「なんで大迷宮管理局、財宝監査処の職員がメイドになってる?」


 顔は思い出した。だけど名前は出て来ない。ただの女職員、としか憶えてない。

 ボンクラ貴族の多い財宝監査処では珍しくしっかり仕事してた女職員。

 身体検査で財宝を隠し持ってないかボディチェックしてた。

 背の高いのと背の低いのと。ふたりがパタパタと近寄って来て。


「あら、人間ヒューマン嫌いっていうカームが私のことを憶えててくれた? やだ、嬉しい」

「黒い髪に白い肌のカームって、なんだか変な感じね」


 なんで嬉しそうなんだ。そんなに親しくしてた憶えは無いのに。


「なんで変装してるのに解るんだ?」

「それはまぁ、髪の色と肌の色を変えても、カームはカームだし」


 クスクス笑う背の低い方。


「私達はカームのこと、いいなぁ、うらやましいなぁって、憧れて見てたし」


 こんな風に話をするのは初めてなんだけど。私を憧れて見てた? 何故?


「大迷宮管理局、財宝監査処の職員が、なんで私に憧れる?」

「だって探索者の中でもトップクラス、憧れの猫娘衆の一員だし、素敵だし」

「私も人間ヒューマンレッド種に生まれてたら、平民だ女だってバカにされずに、ひとりでも逞しく生きられたのかなって、カームを見てたら思うし」

「え? 平民? あの部署は貴族が働いてるとこじゃ無いのか?」


 二人のメイドは顔を見合わせて。


「違うわよ、私は5級市民。ノクラーソン所長が身体検査の為に女性職員増やしたときに、務めることになったの」

「ノクラーソンがやってた職場改善か」


 女性探索者の為に身体検査の部屋を男女別に改築して、そのための女性職員を雇ったってアレか。


「5級市民だったのか。貴族のお嬢さんの気紛れかと」

「私も5級市民よ。貴族のお嬢様が気紛れでも、異種族だらけの職場に来るわけ無いじゃない」


 どうりでちゃんと仕事してたわけだ。


「それなのにあそこのボンクラ貴族どもは、ノクラーソン所長がいなくなったらやりたい放題」

グレイエルフが地下迷宮から戻ってきた部隊パーティにいたら、『お前らは引っ込んでろ。グッフッフ、私、自ら身体検査してやるー』とか言い出すし。あームカつく」

「日頃は亜人だなんだって言ってて、おっぱい触れればなんでもいいのか、死ねエロボケ貴族」

「まともに仕事もできないで、財宝ちょろまかそうとしてばっかりで、私が帳簿の誤魔化しを直してあげたら『お前はクビだ』って、ふざけんじゃないわよ、下衆貴族」

「あげくに宝石をくすねて、無くなったのは私が盗んだせいにしようとかして、そんなとこだけ小賢しい腐れ貴族。盗人にされる前に逃げて正解だったわ」

 

 本当に酷いとこだ。ノクラーソン、よくそんな所で所長やってたなぁ。

 それでノクラーソンは白髪増やして青筋立てて部下を怒鳴って。

 思い返すと今のノクラーソンは、所長やってるときより白髪が少なくなって、額に青筋も出なくなって、なんか若返ってるか。

 笑う顔をよく見るようになったし。

 まぁ、今は幸せバカップルだから? フラウノイルと腕を組んで、シャララの作った花園をデートしたりしてるから?


「その経緯もありまして、仕事を無くしたお二人は我が家で働いてもらうことにしました。父のもとでしっかりと務めてくれた方を無下にはできません。私になにかできないかと考えまして」


 近づいてきて優雅に微笑む貴族のお嬢さん。こちらは貴族で間違い無いだろう。


「初めまして。レッドの皆さんには危ないところを助けていただいて、感謝するばかりです」

「えーと、 もしかしてあなたが?」

「カーム様ですね。貴女の武勇伝、メイドより聞いております。会えるのを楽しみにしてました」


 うん、ぜんぜん似てない。いや、頑固そうな目だけちょっと似てるか?


「わたくし、フォリアと申します。ノクラーソンの娘です」


 たぶんノクラーソンが自慢してた、身体は弱いけど優しくて美人の、今は亡き奥さんに似たのだろう。

 ノクラーソンの娘さんと初めて会った。パリオーが、あんな娘を泣かしたとこだけは、ノクラーソン許さんって言ってたか。


 疲れてる様子のフォリアさん一家を休ませる。旦那さんと執事が疲労してる。

 椅子に座らせて水を持ってきて。


「リアード、なんで遅くなった?」


 髪を黒く染めて肌を白く塗った同族のリアードもちょっと疲れてる。


「いや、暗部商会とやりあって来てた。クライハルト一家は暗部商会に狙われてるから。撒いたハズだけど、ルドラム、見張りを頼む。また来たらカームは迎撃してくれ」

「暗部商会? なんでここで出てくる?」

「あ、そこは俺から説明します」


 立ち上がろうとする貴族の男、フォリアの旦那を手で止める。


「ここで礼儀はいらない。座ったままでいい」

「ありがとうございます。俺はジェリノス、フォリアの夫です。お義父さんのノクラーソンがお世話になったとか、ありがとうございます」

「そこで礼を言われるとは。それで、暗部商会とやりあうわけは?」

「俺もいろいろ調べてみたんですよ。それがどうも良くないところに踏み込んだみたいで。それで暗部商会に狙われてます。レッドの皆さんが助けてくれなかったら、我がクライハルト家は潰えてましたね」


 リアードが手を振って、


「いや、執事さんとメイドがいないと守りきれてない。ただの執事とメイドじゃあ無いな。ジェリノスもそこそこ鍛えてるし」


 確かにこの執事のおじさんはなかなかやれそうだ。どこで鍛えたのか、見た感じ執事が20層級、ジェリノスが10層級で使えそうだ。

 メイドのひとり、3人いるうちのひとり、もと財宝監査処の職員では無い方も隙が少ないし、こっちも10層級、いやギリで20層行けるか。

 立ち方、歩き方、視線の置き方でなんとなく解る。

 こういうのはグランシアに教えてもらった。私は猫尾キャットテイルほど鋭くは無いが。

 この3人は人間ヒューマンにしてはなかなかできるようだけど。

 リアードがフォリアを見る。


レッドとしては魔術研究局とか調べる伝が欲しくて、貴族の協力者が欲しかったところだ。それにレッドはノクラーソンと縁のある探索者から、娘さんのことを頼まれてもいた。まさか先に旦那がいろいろと調べてて、それで暗部商会に狙われていたとは予想外だったが」

「その縁で夫もわたくしも助かりました。その上、レッドには家の者を逃がすのに手を貸していただきまして、本当にありがとうございます」

 

 レッドがノクラーソンの娘さんから、マルーン貴族とか魔術研究局とかの情報を探れないか、というのが先にあってリアードがフォリアに接触。

 その後、マルーン街が危機になる前に、娘さんが家で働いてる使用人とかその家族とか街の外に逃がしたい、というのでレッドが手伝った。

 そこまではルドラムから聞いている。


「暗部商会に狙われるような貴族の秘密でも探っていたのか? 不正とか税のごまかしとか」

「ま、ちょっと違いますね。でもこれはきっとレッドの皆さんの役に立ちますよ」


 こっちはノクラーソンと違ってマジメ堅物という訳じゃ無いのか。

 しかし、暗部商会に狙われてレッドの役に立つもの?


「俺達がこの街から脱出するのを手伝ってくれたら、これを渡します」


 ジェリノスが上着のボタンを外して、服の中に隠した巻物何本かをチラリと見せる。


「マルーン街の1部の貴族とマルーン魔術研究局、そいつらと悪魔崇拝のボーティス教団の密約の証拠になりそうな、書類。それとマルーン魔術研究局が、亜人支配の為に研究してた刻印系統の魔術の史料です」 


 ……なんだか予想外のものが出てきた。


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