第103話◇カーム主役回◇気に入らない救出作戦
◇◇
「なんでそんな危険なものを調べてたんだ?」
どうやってそんなものを見つけて持ち出したかは解らないけど、それでは暗部商会に狙われるのか。
ジェリノスは天井を見上げて言う。
「それは、まぁ、許せなかったからですよ」
「なにを?」
「お義父さんを、ノクラーソンを死に追いやったマルーンの貴族が」
その面影を思い出しているような感じで。
「人付き合いに関しては不器用な人でしたけどね、俺もお義父さんに怒鳴られたりしましたけどね。俺が唯一尊敬できる、貴族と認める男はお義父さんだけなんです。それが、あのクソマジメなお義父さんが、お宝の横流しなんてする訳無いでしょう。そんな罪を被せて身分階級を落とすなんて。そんな工作をした奴が許せなくて、冤罪を晴らせないかとそいつを調べてたんです」
それは、ドリンとサーラントとノクラーソンが言ってたブタ貴族のことか?
「それで、調べてみたらこんな危ないものが出てきてしまったんですよ。ほんとに何やってたんだ、あのブタ野郎は」
そこに繋がるのか。
そのブタ貴族は異種族を傭兵にしようとしてる、とか言ってたっけ。
ん?
そいつが異種族を兵隊にしようとしてて。
魔術研究局と繋がりがあって。
魔術研究局はボーティス教団とも繋がりがあった。
亜人を支配しようと研究したという刻印系統。
応用したっていう悪魔の贄に刻む従属刻印。
異種族を悪魔の贄に使おうとした、新開発の悪魔の召喚の系統。
行方不明になった西区の住人。
血統と身分と裏工作だけが取り柄の3級貴族。
これは、いろいろと嫌な符丁が揃って合っている。
戦争の中でやった規模の大きさから、アルマルンガ王国の軍は知っていて、悪魔関係の計画をした奴、もしくは知ってて泳がせてた奴は、首都のアルマーンの1級王族か2級大貴族なんだろうけど。
そのブタ貴族がいろいろとやっていたのは間違いなさそうだ。ドリンとサーラントに話をして、居所を調べて、拐って聞き出すか?
その証拠の書類とやらを調べるのが先か?
ジェリノスを見ると、その目は涙ぐんでいる。
「結局、危ないところに足を踏み込んで、
フォリアはジェリノスの手を握っている。
「いいえ、ジェリノス。きっとお父さんはジェリノスのことを褒めてくれるわ。人の意思を奪って、悪魔の贄として使うなんて、貴族どころかそれは人がしてはいけないことです。お父さんがこんなことを知ったら、絶対に許さないわ」
あ、もしかして、それでノクラーソンを遠ざけようとしたのかも。
ノクラーソンは探索者の相手をマジメにしてた男だ。異種族を贄にしようなんて計画を知ったら何をしただろうか。
ジェリノスは片手を奥さんのフォリアに握られて、もう片方の手で目を覆う。
「お義父さんの名誉を守ろうとして、俺にはその力が無かった。お義父さんが俺に残してくれたキスハルト家の財産も無くなってしまった」
「ジェリノス、あなたは悪くないわ。悪いのは邪悪な企みをした貴族。そしてその報いを受けてマルーン街は滅ぶのです」
「だけど、それでお義父さんが暗い地下迷宮の中で、死んでしまうなんて」
「いいえ、お父さんはそれを幸せだって、楽しかったって」
ふたりの目に涙がじわりと浮かぶ。
ノクラーソンの娘、フォリアが懐から手紙を取り出す。
あれって、もしかして……、
「探索者の
その手紙をそっと胸に当てて、
「冤罪をかけて、クビにしてくれたおかげで念願の探索者になれた、なんて。異種族の探索者と、共に戦い、酒を飲み、地下迷宮を共に冒険した、ですって。うふふ。貴族をやめたことで、人生最後に素晴らしい出会いと冒険ができた、なんて。お父さんったら……」
「なんでだよ。地下迷宮の中で、骨のバケモノに瀕死の重症を負わされて、死ぬ前に、なんでそんな手紙を書けるんだよ、お義父さん。俺たちに負い目を感じさせないように? 俺たちのことを気遣って? 薄暗い地下の中で、寂しく死んでしまうなんて。う……俺は、俺は、あなたの名誉も、あなたの娘も、守ることのできない、情けない男です。すみません、お義父さん……」
手を握り合い、しくしくと泣き出す夫婦。執事のおじさんも片手で顔を覆って泣いている。
「旦那様。この街が落とされたなら、この街にどれだけ財産があろうとも意味はありません。それどころか、その財産を使ってクライハルト家に仕えていた者を、もとキスハルト家の者を、その家族、友人までマルーンから逃がすのに使ったのです。ノクラーソン様も旦那様のことを誉めてくれることでしょう」
「そんなのは貴族として当たり前だ。それにエルディーソン、お前とピルリアが本当に仕えるべきはお義父さんなんだ。ふたりがお義父さんの側にいれば、死なずに済んだのかもしれない」
「ノクラーソン様が、私どもにフォリア様と旦那様を頼むと仰せになられました。もしかしたらノクラーソン様は、旦那様が暗部商会に狙われることを予想してたのかもしれません。ならば私はノクラーソン様の意思に従い、我が身を楯に旦那様とフォリア様をお守りします」
メイドのひとりが執事に近づいて、
「私も夫と共に旦那様とフォリア様をお守りします。今は亡きフィールン様と約束しましたもの」
と決意を口にする。
どうやらこのメイドは執事の妻らしい。
執事とこのメイドとノクラーソンと亡くなった奥さんのフィールンには、何か私の知らないドラマが有りそうだ。
そしてノクラーソンの娘のフォリアとその旦那が手を取り合って泣いている。
なんだか一家で盛り上がっていて、口を挟みづらい。
残るふたりのメイドも目に涙を浮かべている。もと財宝監査処の女職員のふたりも。
「ノクラーソン所長……、マジメでいい人ほど早く死んでしまうのね。所長のおかげで仕事につけて、そこを辞めても今度は娘さんに雇ってもらえるなんて。でもその所長が冤罪でクビになって酷い目に会うなんて」
「でも奥様。ノクラーソン所長は、探索者のこと文句言いながらも、財宝の査定で探索者と言い合いしてるときが楽しそうでしたから。探索者と一緒に冒険して、楽しかったって、う、本当、だと、ううう、思います……」
今は亡きノクラーソンを想い、娘さんのフォリア一家が哀しみに包まれる。ランプの明かりに照らされた地下室は、故人を偲ぶ葬式のような。
なんとも言えない重い雰囲気。シクシクと泣く声が静かに流れる。
なんだろう、この雰囲気は。
私はリアードに近づいて声を潜めて聞いてみる。
(リアード、ノクラーソンが生きてること、教えてないのか?)
(言えるわけ無いだろう。死んだことにして娘さんを守ろうとしてるんだから)
(それはマルーンの街が健在で、ノクラーソンの娘が貴族として普通に生活してる場合だ。今はもう違うだろう)
(そうは言ってもこの雰囲気で、あのノクラーソン生きてますよー、地下で元気にやってますよー、って、言えるか?)
(あー、それは、ちょっと言いづらいか)
(それに生きてるって伝えても、会わせることができないだろう。あの地下に
(……そうだった。私はその話をしに来たんだった)
(カーム?)
私が
渡しは咳払いしてノクラーソンの娘の一家に話す。
「コホン、えー、ノクラーソンと同じ
ノクラーソンを
フォリアはハンカチで涙を拭いて気丈に。
「はい。リアード様から聞いております。友人のいない父に、そこまで思いをかけてくれる仲間が、友ができたなんて、母もきっと喜んでいるでしょう」
また、泣き出した。やりにくいなこれは。
泣き虫だ、そこは親子なのか。
また咳払いして、気を取り直して。
「これまで探索者の為に尽力してくれたノクラーソンに、恩を返したいという探索者はけっこういる。中にはノクラーソンに命を救われたという者もいる。その中で地上のマルーン街はこれから戦争という有り様だ。そこで探索者一同はノクラーソンの娘、フォリア一家を地下迷宮内の探索者拠点に避難させることに決めた。住居や生活に必要なものはこちらで用意できる」
リアードが慌てて、
「おいカーム、いつそんなことが決まったんだ?」
「いつって、リアード達が地上で情報活動してるときだけど」
「そうと決まったのなら先に言ってくれ。俺が気まずい空気に押し潰されそうになっても、我慢して黙ってたのはなんだったんだ?」
「それが辛いのは私も今、味わった。よく耐えたなリアード。流石、我らが
ノクラーソンの娘フォリアは驚いている。
「そこに避難してもいいのですか? 探索者に
「確かに
「あぁ、お父さん。お父さんのことを認めてくれた方がいます。
またポロポロ泣き出す。そのフォリアの肩を抱く夫のジェリノス。
「解る人には解るんだ。人付き合いは不器用で、細かいことにはうるさくて、頑固だけど、誠実さと優しさと真面目さでお義父さん以上の貴族なんていない」
あなた、フォリア、と抱き合ってオイオイ泣く夫婦。
えぇと、地下でのノクラーソンの今の評価は、法律とか内政でノクラーソンより詳しいのがいないから任せるか。あいつマジメだしキッチリやりそうだし。見てるとあいつっておもしろいよなー。意外とバカだよね。なんせあいつ勇者だから。無言で俺のおっぱいに手を出すなって主張の仕方を発明する男。とんでもねぇ奴。最近はイチャイチャしてるよねー勇者ノッくん。あいつひとりでなんか美味しくね?
だいたいこんな感じなんだけど。
「えーと、話を続けると、探索者拠点に行くなら、もうアルマルンガ王国には戻れない。これからアルマルンガ王国は滅亡する予定だから、貴族にも戻れない。それで良ければ私達が地下迷宮内の拠点、
「お願いします。お父さんを蔑ろにしたアルマルンガ王国にも、貴族にも、もはや未練はありません。それと、私に教えてください。お父さんが地下迷宮で探索者と何をしていたか」
「それを聞いてどうする?」
フォリアはノクラーソンの手紙を大切そうに持つ。そこに書かれているノクラーソンの遺言を、ちょっと見てみたいところだ。
「わずかな期間ですがお父さんは探索者でした。それで
「そういうふうに考えるのか。そしてそれを知りたいと」
「教えてください。わたくしはそれを知らなければいけないのです。お父さんのしたことでわたくし達一家が救われるのならば、わたくしは道半ばで倒れたお父さんの後を継がなければなりません。わたくしがお父さんの続きを務めます」
フォリアが覚悟を決めた目で私を見る。その本人はまだ現役で、毎日元気にやってるんだが。今もバリバリと書類仕事してるんじゃないか。とは、言い出し難い雰囲気。
「ノクラーソンが
どう説明しようか。いや、そういうのは
ノクラーソンが隠れ里で何をしてたかというと、ノクラーソンの見張りの
『ノッくん、はい、あーん』
『ふ、フラウ、ここではちょっと』
『え? なんで? リンゴ好きでしょ?』
『いや、こういうことは、他の者が見てるところでするのは、マナーに反するのだ』
『それは地上のマナーでしょ。
『いや、これは、私が恥ずかしいのだ』
『えー? ふたりの時はしてくれるのに』
『それは、ふたりきりならば、な』
『もー、恥ずかしがりやさんなんだから、ノッくんは』
『すまんな、フラウ。だが公私のケジメはつけないといかんのだ』
『マジメなんだからー。じゃふたりのときは、ね』
『フラウ……』
『ノッくん……』
思い出したらイライラするなあ。あのカイゼル髭は。
「ノクラーソンは地下の秘密拠点を作る為に尽力してくれた」
「やっぱり」
「朝から晩までバリバリと働いて、顔つきが変わった」
「お父さん、また、無理をして……」
「毎日、ご飯が美味しいとしっかり食べてるから、痩けてた頬に肉がついた」
「え?」
「机仕事ばかりなので、たまに運動した方がいいと、肉体労働もさせたりした」
「お父さんが肉体労働?」
「百層大迷宮の30層ボスの骸骨百足に突っ込ませた」
「え? えええ?」
「
「お父さんが30層ボスを討伐した?」
「そのあとは一緒にボス討伐した探索者達と飲み会だ。運動しても、そのあとに揚げ物と酒を飲むからダイエットにはなってないか」
「地下迷宮のボス討伐がダイエット?」
「いつもは仕事終わりに酒を飲んでるが、最近は帰るのが早くなったか」
「え? お酒? 最近は?」
「新しい美人の奥さんがいるからな、ノクラーソンには。あいつ
「ふえ? 再婚? 全裸? 美人? 変態さん?」
「新しい美人の奥さんと手を繋いでアハハウフフって散歩してた。ちなみにそのとき奥さんは肩に飾り布1枚かけてるだけの真っ裸だ」
「お、お父さん、なにやってんのーー!?」
「あとは、」
「おいカーム、そのへんでやめとけ」
リアードに止められて、改めてフォリア一家を見る。
フォリアは目を白黒させて、お父さん? 再婚? 全裸? とか呟いている。
「お、お義父さんが?」
「ノクラーソン様が?」
「所長に何が?」
他の一家も驚き過ぎて混乱している。
しまった、つい言ってしまった。
だけど、お父さんにいったい何が? と混乱してるフォリア一家を見てると、ちょっとスッキリした。
八つ当たり気味だったとこは悪かったと思う。ちょっと反省しよう。
ノクラーソンがまだ生きてることは秘密にして、
旦那のジェリノスがリアードに聞いている。
「本当にお義父さんがそんなことを? 新しい妻を裸で連れ回すなんて、いったい何が?」
「嘘……じゃ、無いんだよなぁ。どう説明すれば、
そうだ、ここで細かい説明は無しだ。そういうのは後回しだ。
「詳しいことは
フォリア一家を
さっさと終わらせて猫娘衆に戻ろう。
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