ダンジョン税をぶっつぶせ!! ドリン&サーラント

八重垣ケイシ

第1話◇ボス戦開始、未発見エリアの隠れボス

 未探索エリアの奥にいるのはデカイクモだった。

 全身真っ黒、その表面には赤い線が模様のように描かれている。緑色のひとつ目を薄く光らせて、身動きせずにそこにいる。

 単眼の大蜘蛛。

 でかいなー、全長3メートルは越えている。腹の厚み、高さも人馬セントールのサーラントより頭ひとつは高い。

 俺たちはボス部屋手前の門の脇から、頭を出して覗いて見てる。


「どうよ?」


 部隊パーティー灰剣狼のリーダー、カゲンに聞いてみる。


「俺らが別の小迷宮の30層でやった奴に、似てはいるな」

「あぁ、だけどそいつは全身黒で赤い模様は無かった」


 灰剣狼のリーダー狼面ウルフフェイスのカゲンとその弟のヤーゲンが応える。

 ボス部屋は十分に広くて明るい。壁も床も岩肌で障害物も無いからこの人数でも展開できるし、サーラントも全力でやれるだろう。

 その部屋の中央に黒い体毛に赤いラインをおしゃれに決めた大蜘蛛1匹は、静かに身動きもしないでおとなしい。その蜘蛛を小型にした全長50センチくらいの子蜘蛛が10数匹。こちらはわしゃわしゃと大蜘蛛の周囲をうろついている。


「単眼大蜘蛛、とでも呼ぶか。まずは回りの子蜘蛛からだが……」


 口にしながら後ろを見ると、


「ふふ、盛り上がってきたねぇ」

「さぁ、やろうか」

 部隊パーティー猫娘衆の猫尾キャットテイル希少種コンビ、獅子種のグランシアの姉御は2刀を擦るように鳴らして、妹分の豹種のゼラファは槍を回してヤル気満々。

 血の気の多い戦闘種はこれだから。

 猫娘衆の小妖精ピクシー亜種蝶妖精フェアリーとエルフ亜種グレイエルフのふたりが防御と攻撃の支援魔術を次々とかけている。

 気が早いだろうが。まぁ、40層ボスを倒してからはその先の探索が進まなくて、灰剣狼も猫娘衆もストレス溜まってたみたいだし。

 何よりこの隠しボス、これまで見つけた奴はいないようだ。だから情報はカケラも無い。弱点も特技も解って無いのは危険だが、誰も倒したことの無いボスの討伐には、俺も高揚している。

 新発見、初討伐に盛り上がる。これに興奮しない奴は探索者辞めちまえ。


「いつでもいいぜ」


 部隊パーティ灰剣狼のリーダー、狼面ウルフフェイスのカゲンがミスリル銀の剣を抜いて言う。


「くく、楽しませてもらうよ」


 部隊パーティ猫娘衆のリーダー、猫尾キャットテイル希少種獅子種のグランシアが牙を見せて笑う。


「準備万端だ」


 白髭団のリーダー、ディープドワーフのメッソがメイスを肩に担ぐ。

 相棒のサーラントも左肘の小盾の位置を直して両手持ちのフレイルを握って俺を見る。

 この場の全員が俺を見る。

 ん?


「ちょっと待て、何で俺が指揮するみたいになってんだ?」 

「いまさら何言ってんの?」


 何を当たり前のようにいってんだ? この獅子種は。後を次いでカゲンが言う。


「この隠し通路とあのボスを見つけたのは『触るな凸凹』だろう?」

「カゲン、俺たちは今は白髭団だ。あれを見つけたのは白髭団の手柄だ」


 俺は白髭団のリーダー、ディープドワーフのメッソを指差す。メッソは、


「しかしなぁ、ここが怪しいから調べてみたいと言ったのはドリンで、偶然とはいえ戦闘中に壁を殴って隠し通路を見つけたのはサーラントだしなぁ。あと、人数集めて策を立てたのもドリンだし」

「白髭団だけで勝てるわけないだろうが! あとお前らが突っ込んで殴る以外の案を出さないからだ!」

「まぁまぁ、ドリンは景気よく開始の合図を出してくれたらいい」

「前から思ってたがな、お前ら、面倒なことは俺にやらせとけばいいとか考えてないか?」


 全員が目をそむけて壁とか天井を見始める。

 こいつら……、


「適材適所、だ。実際ドリンに任せたからこの人数がすぐに集まった。初手に効果ありそう案もドリンが考えた。戦闘でも指揮飛ばすのは、後衛で全体を見て判断できる奴がいい。これを任せられそうなのはドリンだからな。その信頼を受けて、ごちゃごちゃ言わずにさっさと始めようか」


 サーラントがまともなことを言ってるように聞こえる。いや、こいつはバトルしたいだけで適当に言ってるだけだ。ばかデカイフレイルをカチャカチャ鳴らしやがって。

 確かに面子集めに灰剣狼と猫娘衆誘ったのは俺だけど。バトルジャンキーばっかりで交渉とか前準備を俺がひとりでやってたような気がするな、おい。

 

 ま、ここまできたらやるだけなんだけどな。

 改めて全員を見る。

 灰剣狼6名

 猫娘衆6名

 白髭団、俺とサーラントを入れて6名

 即席集団の18名は気合十分、やる気満点。40層級の灰剣狼と猫娘衆に30層級の白髭団が集まれば、軍団と言っても通用しそうだ。

 なぜか猫娘衆のリーダー、グランシアが俺の背後から俺の頭に顎を乗っける。俺が背の低い小人ハーフリングだからって、おもちゃみたいにするんじゃ無い。おい、グランシア、近い、鼻息がくすぐったい。じゃ、説明すんぞ。


「初手のやり口はざっと言ったよな、それが決まったら前衛は大蜘蛛を集中だ。後衛で子蜘蛛を潰して前衛で大蜘蛛を叩く。あと、情報がまるで無いボスだからな、何をするか解らん。俺が撤退の合図をしたら全員撤退するように」


 ボス部屋の前、全開に開いた門のあったところに並ぶ。俺は服の上から全身のポケットを叩いて、仕込んだ練精魔術用の魔術触媒を確認する。

 さて初お目見えの隠れボスだ。サクッと決めよう。で、こいつらの気分が上がりそうな言い回しはと、


「じゃあ、やるか。いいか? 俺達は探索者だ。だからお宝は?」

「根こそぎいただきだろ?」

「違うそうじゃあ無い。長い年月ボスの腹の中に閉じ込められたかわいそうな金銀宝石を、解放して優しく地上にエスコートしてやるんだ」


 振り向いて見渡せば、みんなケラケラ笑ってる。どいつもこいつも頼もしい奴らだ。

 俺は右手を振り上げる。


「そのためにも、独り占めしてるあのボスは?」

「「ぶっ潰せ!!」」


 右手を振り下ろしながら、陽気に号令、


解き放てリベレイト!」


 アルマルンガ王国の100層地下迷宮ダンジョンその30層。

 隠しボスの単眼大蜘蛛との戦闘開始だ。


◇◇◇◇◇


 右側から狼面ウルフフェイスのカゲンとヤーゲンが、左側から猫尾キャットテイルのグランシアとゼラファが突進。

 単眼大蜘蛛もこっち気づいて動き出す、子蜘蛛が大蜘蛛を守るように前に出る。

 カゲン、ヤーゲン、グランシア、ゼラファの足の速い4人は手に持った袋の中身を子蜘蛛にぶっかけるようにばらまいて、転進後退。

 すかさず、4人のばらまいた金属の粉と乾燥させた植物の種に俺が錬精魔術の増幅をかける。

 なんの金属と植物の種かは、練精魔術のネタとして秘密だ。

 灰剣狼のダークエルフが火嵐の魔術を子蜘蛛の群れに叩き込む。俺の錬精魔術の増幅が火嵐の効果を跳ね上げる。

 激しく吹き荒れる炎が子蜘蛛を焼き、何体かは炎の勢いにぶっ飛ばされる。


「お、すげぇ!」


 火嵐を使ったダークエルフ本人が驚いている。まぁ、他人の魔術を支援して効果を上げる魔術は珍しいからな。

 これで子蜘蛛がいなくなればいいんだが。

 大蜘蛛をみれば腹から下を上に持ち上げている。まるで目玉のように見える赤い模様を俺たちに見せつけるように。なにかやるなアレは。

 目玉模様が鈍く赤い光りを点す。


「大蜘蛛に気をつけろ!」


 俺が叫ぶと同時に大蜘蛛の目玉模様から赤い光線が走る。狙われたのは狼面ウルフフェイスヤーゲンか。


「なんだ?」


 身を捻ってかわそうとしたが間に合わず、ヤーゲンの脇腹を赤い光線が貫く。


「ぐうっあ!」


 白髭団のディープドワーフと小人ハーフリングがヤーゲンの両脇を抱えて後ろに引き摺り下げる。代わりに白髭団リーダーのディープドワーフ、メッソが前に出る。

 ヤーゲンの治療は白髭団の小妖精ピクシーと猫娘衆のグレイエルフに任せるとして。

 蜘蛛のくせに光線かよ? 蜘蛛なら糸とかなんじゃないのか? 手前に子蜘蛛を並べるから何かしら遠距離攻撃するだろうとは予想してたが。


「シャララ!」


 猫娘衆の小妖精ピクシー亜種蝶妖精フェアリーを呼ぶ。


「なに?なに?」

「お前の得意の幻覚系、なんでもいいから蜘蛛の模様の上にかけろ」

「え? 敵にかけるの?」


 シャララを見ればその姿は写し身の魔術で3重に見える。敵の狙いを外して回避する為の幻覚系統の魔術だ。


「シャララの幻覚は空間の光を歪めて作ってる。それならあの赤い光線も歪められるかもしれないからな」

「ワカラナイけどわかった! 種、種、つぼみ、咲いて咲いて、お花いっぱい!」


 大蜘蛛の体、赤い目玉模様の上に色とりどりの花が咲き乱れて花びらが舞う。大蜘蛛が少しだけファンシーになった。なんでもいいとは言ったが大蜘蛛を花畑にかよ。


「創水!」


 俺は俺で前衛に道をつけるために錬精魔術で水を作り降らして火嵐を消す。ついでに燃えてる子蜘蛛も水で流す。ほとんどの子蜘蛛が火嵐で死んだか吹っ飛んだ。

 大蜘蛛が地面につけた脚の先に緑の魔方陣が浮かぶ。光る。


「大蜘蛛に子蜘蛛を召喚させるな! 前衛突撃! 後衛は魔方陣を邪魔して子蜘蛛の生き残りを!」


 子蜘蛛の守りさえ無ければなんとかなるんだが、まだ数匹がこちらの前衛の邪魔をしてくれる。

 ただ、大蜘蛛も子蜘蛛もこちらの前衛を近づけさせないようにして、背後の守りが薄くなっている。

 予定どおりの展開で思わずニヤリと笑ってしまうな。さぁ出番だサーラント。


「るぅーるるるるるるるるる!!」


 ボス部屋の外周に沿って走って大蜘蛛の背後に回り込んだ人馬セントールのサーラントがいつもの奇声をあげて突進する。


「水弾!」


 サーラントの援護に水弾を飛ばして子蜘蛛をひっくり返す。ついでに大蜘蛛の魔方陣に干渉して子蜘蛛召喚を邪魔してやる。

 今だやっちまえサーラント。


「るるるらららららぁ!!」


 サーラントが咆哮をあげてジャンプする。ガタイの大きい人馬セントールのサーラント。突進の勢いを乗せた両手持ちの大型フレイルの一撃は最強だ。一発の破壊力ではこの100層地下迷宮ダンジョンに挑む探索者の中でも、勝てる奴はいない。

 跳び上がって大蜘蛛の目玉模様にフレイルを叩きつける。

 轟音、真上から叩きつけられた大蜘蛛は地面でバウンドして宙に浮く。一発で目玉模様はぐっちゃぐちゃに潰れて、幻覚の花束が飛び散って花弁が舞う。

 シャララの幻術は無駄に作りが細かいな。

 宙に浮いた大蜘蛛はひっくり返って地面に落ちる。巨体が地面に落ちた振動で足下が揺れる。


「今だー!」

「おぅらおらぁ!」

「しゃああ!」

「はっはー!」


 狼面ウルフフェイス猫尾キャットテイルディープドワーフ、人間ヒューマンレッド種、蟲人バグディス人馬セントール、総勢10名が大蜘蛛を取り囲んで、剣槍斧鎚フレイルとメイスでどつき回す。

 これで決まったかな?

 ドカグチャメキャバキと物騒な打撃音パーカッションがボス部屋に響いている。

 俺は下がって狼面ウルフフェイスのヤーゲンの様子を見る。


「どうだ?」

「生きてるよー」


 ヤーゲンに治癒魔術をかけているグレイエルフが応える。赤い光が脇腹を貫通したように見えたが、けっこう元気そうだな。


「くっそ、俺、出番無しかよ」


 ヤーゲンが狼の口で歯ぎしりして文句を言う。


「傷は塞いだけど、お腹貫通して内臓にダメージあるからしばらくはおとなしくしててねー」


 グレイエルフの女魔術師はヤーゲンの狼の頭をいいこいいこと撫でながら。


「念のため待機だ。追い詰められた大蜘蛛がなにか隠し技でもかますかもしれんからな。これ飲んで休んでろ」


 俺が治癒と痛み止めの黒い丸薬を投げると、ヤーゲンは狼の口でキャッチしてそのまま飲み込む。


「うっわ、苦ぁー」


 けっけっと咳き込むヤーゲンの背中をグレイエルフがポンポンと叩く。

 大蜘蛛の方は、と


「ありゃ、起きたか」


 なんとか起き上がって反撃しているが、脚が何本か無くなって白い体液をボタボタ、全身ズタボロ。しかも10名が代わる代わる殴って突いて斬りつけているからか、子蜘蛛は召喚できないようだ。目玉模様も潰れて赤い光線も無い。

 苦しまぎれに糸を吐いているが、ダークエルフの火魔術で糸は的確に熱で溶かされている。


「これは、終わったかな?」


 油断はできないが、大蜘蛛は足を振り回すだけでこっちが圧倒的優性だ。


「なんだよ、俺だけ格好つかねぇの」


 ぶつくさ文句言うヤーゲンに、俺はすみっこの闘いを指差す。


「あれはどうなんだ?」


 そこでは灰剣狼の小妖精ピクシー亜種邪妖精インプがレイピアで子蜘蛛と1対1で熱戦を繰り広げていた。


「あれはあれで、ちゃんと子蜘蛛の足止めになってんだろ」

「遊んでるんじゃないのか?」

「パリオーは盗掘担当。探索と罠と鍵が本職で戦闘力はあてにしてないが、それでも自分と同じ大きさの蜘蛛を1対1で相手にできるのは、なかなかすごいことじゃないか?」


 言われてみればそうか? 身長50センチの邪妖精インプがレイピア1本で体長50センチの蜘蛛を相手にしているわけで、自分に置き換えて考えたらすごいことかもしれない。


「パリオーちゃん、がんばってー」


 グレイエルフが声援といっしょに支援の魔術をかける。

 パリオーのレイピアが一閃して子蜘蛛の脚を1本切り飛ばす。


「おぅ、俺の勇姿を伝説に語り継ぐと俺、嬉しいぞー!」


 やっぱ遊んでんじゃねぇか。


「おっしゃあああ!!」


 白髭団のメッソの大声が響く。メッソのメイスが大蜘蛛の頭にめり込んで、白い体液が飛び散る。

 この一撃で大蜘蛛の動きはピタリと止まった。静かになったボス部屋の中、大蜘蛛はその巨体の端々に光りを灯し、ゆっくりとバラバラに分解してゆく。

 大蜘蛛の身体が空中に溶けるように消えていった。


「「やったーーーー!!」」


 誰も死なずに討伐成功、か。ホッと一息。

 肩にフレイル担ぐサーラントがこっちに近づいて来る。


「気負いすぎだ、ドリン」

「なんのことだ?」

「ドリンが引っ張ってきたとは言え、こいつらは好きでやって来たんだ。何かあってもドリン1人のせいにしたりはしないだろう」


 みんなを見れば拳を突き上げ吠えたり、怪しいステップで踊る奴がいたりと、はしゃぎ過ぎだお前ら。


「そんなこと、気にしたこともねぇよ」

「だったら喜べ、素直にな」

「お前こそ、だ。それにこの面子なら勝って当たり前だ」

「まったくだ」


 ヤーゲン以外には目立った被害も無く、単眼大蜘蛛の討伐終了。

 誰も死ななくて安心したところをサーラントに見透かされたこと以外は、結果上等、気分上場だ。


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