第109話◇星渡る船の中で、秘密会議


 明かりをつける。テクノロジスの白いライトに照されて、まわりを囲むのは大きな黒い大理石のような平面。

 そこにサーラントに机と椅子を運んでもらった。

 ここでやる必要は無いかもしれない。だけど、ここほど秘密を語るに相応しい場所は無い。雰囲気重視、あとは秘密にするため。

 もうひとつ理由はあるけれど。

 祭りのために他所からけっこう集まって来てるし。でも、ここなら侵入するのは難しい。


 ここは黒浮種フロートの研究所の奥の奥。黒浮種フロートの過去の遺産の中。

 星渡る船、その艦橋。

 異なる星、異なる法則でかつて動いていたテクノロジスの産物。星から星へと旅する巨大な金属の船。

 その中は、理解不能な違う世界の技術に囲まれた、すこし不気味な不思議な空間。

 今は動かない異星の技術が沈黙した広い艦橋、様々な情報を写し出すという黒い大理石のような平面には、俺達の姿が黒い鏡のように映る。そこで俺達は丸いテーブルを囲んで椅子に座る。


 ドワーフ王国第2王女、ディープドワーフ、激流姫ディレンドン。


「この金属の塊が空を飛んでいた、というのが驚きですわ。ワクワクしますわね」


 エルフ同盟、蝶妖精フェアリー族長ソミファーラ。


「私は、ちょっと怖いです。ぜんぜん解らない異界の技術に囲まれているというのは」


 身体の小さい彼女はテーブルの上のクッションに座る。


 エルフ同盟、グレイエルフ族長レスティル=サハ。


「同感だ。しかし、研究所の奥の奥、隠された古代の遺跡の中とは、秘密の話をするにはうってつけだろう」


 エルフ同盟、ダークエルフ、族長の息子で次期族長、ディストレック。


「こんなデカイのが夜空の星から星へと旅をしてたって? そして黒浮種フロートはあの夜空の星から来たっていうのか? 信じられない。信じられないが、これを見ると納得もできる。どうりでテクノロジス、よく解らん訳だ」


 多種族連絡網情報組織『赤鎖レッドチェイン』リーダーのリアード、副リーダーのルドラム。


「動いているところを見てみたいが、もう動かないというのが残念だ」

「まだこんなドッキリネタを隠してたんですか、白蛇女王国メリュジーヌは」


 ドルフ帝国、第2王子、人馬セントールシュトール。

 ドルフ帝国の3兄弟王子の次兄でサーラントの兄。


黒浮種フロートには過去の遺産に招いてくれたことに感謝する。まさか、ここまでの形を残した星渡る船が隠されていたとは。古代種エンシェントドラゴン、黒浮種フロート白蛇女メリュジン、この国には他にも世界から隠されてるものがあるのでは無いか? もう何が出てきてもおかしくない」


 白蛇女王国メリュジーヌ、女王、シノスハーティル。


「これまでこの地下に隠れ潜んできましたから、いろいろと驚かせてしまいますか。もう、隠してるものはありませんよ。無いハズです。ねぇシュドバイル?」


 白蛇女王国メリュジーヌ、神官長、シュドバイル。


「そうですね。ただ、私達はこの地下迷宮の隠しエリアで5千年と暮らしてます。地上のことを知らないので、地上の方から見て、まだこんなものを隠してたのか? と言われるものに気がついてない、ということもあるかもですね」


 黒浮種フロート、調査と計画と作成の3権の長、ノスフィールゼロ、セプーテン、トリオナイン。

 丸いテーブルに近づけたボードの前、テーブルの上に立つ。

 ノスフィールゼロが代表して、


「本日はお越しくださいましテ、ありがとうでスノ。私は黒浮種フロートの長のひとり、ノスフィールゼロと申しまスノ。今回、我々からお話することハ、これまでのアルムスオンに気がつく者がいなかったことになりまスノ。そのため説明が長くなりまスノ。なので飲み物など用意してまスノ」


 俺とサーラントとシュドバイルで、皆の前にお茶の入ったポットとカップを置いて準備する。

 その間もノスフィールゼロが話を続ける。


「今回の件、その発端はエルフ同盟と白蛇女王国メリュジーヌで使える貨幣、スケイルを作成する際、調査したことにありまスノ。人間ヒューマン中央領域の情報を調べてくれた赤鎖レッドチェインにハ、ここでお礼でスノ、ありがとうでスノ」


 ルドラムが頭をかいて応える。


「シード暴落の件で商人、商会と伝手ができて、そこから人間ヒューマン中央領域の経済がちょっと解っただけ、なんだけどね。役に立ったなら嬉しいよ」

「とても役に立ちましタノ。その情報から貨幣と貨幣経済を調べてみましタガ、黒浮種フロートだけでは解らズ、人間ヒューマンの社会に詳シイ、人間ヒューマンにして白蛇女王国メリュジーヌ国民、ノクラーソンの知識を借りましタノ」


 丸いテーブルにはノクラーソンが緊張した顔で座っている。ディストレックはノクラーソンを一瞥して、


「それでここに人間ヒューマンがいるのか。人間ヒューマンなのに白蛇女王国メリュジーヌ国民とは。シノスハーティル女王、そのノクラーソンという男は信用できるのか?」

「ノクラーソンとその家族は私の国の大事な民です。これまでも私の国の為、国の未来の為、真剣に考え働いてくれました。ノクラーソンは信用できます」

「だが、白蛇女メリュジンは地下に隠っていたから人間ヒューマンのことには詳しく無いんじゃないか?」


 ディストレックの言葉にシュドバイルが説明する。


「確かに私達、白蛇女メリュジンは地上のことに疎いです。人間ヒューマンの脅威にも詳しくはありません。そこは皆さんに教えて欲しいところです。ですがノクラーソンとその家族は特別です。彼は白蛇女メリュジンとつがいとなった、白蛇女王国メリュジーヌの一員です。それにノクラーソンから得られる人間ヒューマンの情報は役に立ちます。地上でのマルーン街侵略戦のときも、北区、東区の地理にマルーンの貴族議会の情報など、いろいろと教えてもらいました」


 話を終えるとノクラーソンにニコリと微笑むシュドバイル。

 ノクラーソンは頷いて立ち上がる。


「私は人間ヒューマンです。ですが同じ人間ヒューマンの群れからは在らぬ罪をかけられて追放された身。その私と私の一家を受け入れてくれた白蛇女王国メリュジーヌに恩を感じています。私は白蛇女王国メリュジーヌの為に生き、白蛇女王国メリュジーヌに骨を埋めるつもりです」


 一礼するノクラーソン。ノスフィールゼロはノクラーソンを見てから、


「デハ、ここに人間ヒューマンノクラーソンが同席することに異議のある方ハ?」


 ディストレックは少し考えて、


「異議は無い。女王が信用すると言うなら信じよう」


 シュトール王子は、


「正直に言うと気に食わんが、人間ヒューマンのアドバイザーが必要ならば仕方無い」


 レッドのリアード、


「ノクラーソンは人間ヒューマンらしく無い人間ヒューマンだ。信用してもいい」


 ディレンドン王女、


「まずは話を聞いてからですわ。ノクラーソンという男の評価はこの話を聞いた後にしますわ」


 蝶妖精フェアリー族長ソミファーラ


「ディレンドン王女と同じく、お話を伺ってから判断させていただきます」


 グレイエルフ族長レスティル=サハ


「アムレイヤから少し聞いている。なんでも人間ヒューマンにしておくのが惜しい程の変わり者だと。私も異議は無い」


 ノクラーソンは、ありがとうございます、と、一言いって椅子に座る。

 ノスフィールゼロは続けて、


「マタ、この貨幣経済というシステムの解明ニハ、ドリンとサーラントのふたりの知恵と発想が必要でしタノ」

「だろうなー」

「ですよねー」

「当然ですわね」

「やっぱりか」

「他にいないよな」

「そして今度は何をする気だ?」

「もしや、また他の国も?」

「あの、皆さん? もしかしてこの弟が何かご迷惑を?」


 なんだろうこの言われよう。なんだか釈然としないものを感じる。またってなんだよ。

 サーラントがシュトール王子のカップにお茶を注ぎながら言う。


「シュトール兄貴よ、俺は他の種族の迷惑になるようなことなどしていない」

「サーラント、お前が他の種族の為にしたことで、それを見た奴等が、うわぁ、と言って引いたことは?」

「……そのときはそれが必要だっただけだ」

「それが我ら人馬セントールの評価に繋がる。お前は曲がったことはしない男だが、ちょっとはやり方を考えろ」

「俺は毎回、被害を抑えようとしてるのだが、相方が限度を知らなくてな」

「おいこら、サーラント。しれっと俺のせいにしてんじゃ無い」


 エルフの俺達への評価は、俺よりも一緒にエルフもどきの相手をしたサーラントのことだろうに。

 あとサーラント、シュトール王子の話は間違ってないからちゃんと聞け。なんでも俺のせいにしようとするな。まったく。


「さすがは弁論ひとつで人間ヒューマンに国を作らせた魔性小人ブラウニー

「今もその国を影で操っているのでしょう?」

人間ヒューマンの西方領域を崩壊、混迷に追い込み、次は何を企む?」

「まあ、また、ただ事では済まないのだろうな」


 ……確かに計画首謀者は俺だけど。想像以上におかしな言われ方されてるみたいだ。

 あんたらは何を期待してるんだ?


 レスティル=サハと目が会うと、彼女は小さくひとつブルリと震える。


「本当に言った通りに人間ヒューマンの経済を崩壊させて、その上、悪魔の存在を利用して人間ヒューマンの狂信的な暴力組織を結成。それを手玉に取るなど、なんて恐ろしい……」

「アムレイヤか? シャララか? あいつらがおもしろがって大げさに言ってるだけだからな。あいつらだって楽しんで俺の策に乗ってんだから」


 俺ひとりが闇で全てを仕組んだ暗黒策士のように言われるのは、なんか違う、と思う。

 喜んで参加してくれたのが想像以上に多くて、なんか規模がデカくなっただけだし。


「えー、改めて小人ハーフリング希少種魔性小人ブラウニーのドリンだ。俺と黒浮種フロートとノクラーソンで説明していく。解りにくいこともあるだろうが、その都度説明していくので」


 コホンとひとつ咳払い。


「まず、新貨幣を作るにあたり、人間ヒューマンの貨幣経済を調べて、その現状と行く先を黒浮種フロートの計算で予測してもらった。その結果として人間ヒューマンが戦争を起こす理由が解った」


 シュトール王子が、ふむ、と言って、


人間ヒューマンの戦争の目的は食料不足の解決に人口の調整が目的、なのではないのか?」

「俺もそう思っていた。増えすぎた人間ヒューマンを殺して数を減らす為にしていることだと。だが、この人口減らしは本当の目的のついでにやってるようなもんだった」


 人間ヒューマンの戦争。戦争の目的。勝てない侵略。勝てなくてもいい戦争。虐殺のような戦場。

 千年前より百年周期で起こる大草原の戦争。

 大草原に、ドワーフ王国に、エルフの森に、人間ヒューマンの領域を広げようと突っ込んで来る。その人間ヒューマンを追い返す為の戦争。

 その戦争の本当の目的がこれだというのなら。

 人間ヒューマンという種族はあまりにも命をバカにしている。生命を軽んじている。


人間ヒューマンが百年に1度の周期で大草原に侵攻する侵略戦争。その目的は、

 ――人間ヒューマン中央領域の貨幣経済の維持がその目的だ」


 同族の命よりも、金貨と銀貨と銅貨の価値を守ること選んだ人間ヒューマン

 ただの金属の塊を、価値があると崇めたい、崇め続けたい。

 そのためには同族の命をゴミのように捨てる戦争。

 人間ヒューマン、お前たちは狂っている。

 だが、その狂気は俺達には届かない。

 届かせてなるものか。


「これは、人間ヒューマンの作った貨幣。その貨幣の中に潜む人間ヒューマンの呪いの話だ」

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