第35話◇ドルフ帝国の機密?


 場所を移して大きい方のテントの中に、人馬セントール3名に小人ハーフリングふたりが入るとちょっと狭いか。

 草原をあちこち移動して定住しないのが小人ハーフリング。その小人ハーフリングの主な住居はテントになる。白くて丸い草原のチーズケーキなんて呼ばれるのが小人ハーフリングの伝統的なテントだ。その作りを大きくしたものがドルフ帝国でも使われ、ドルフ帝国の軍隊でも小人ハーフリング式テントをよく見かけることになる。


 改めて面子を見る。

 人馬セントールはセルバン、ローゼット、サーラント。

 小人ハーフリングは俺とミトル。

 蝶妖精フェアリーのシャララ。

 あと俺のリュックの中に黒浮種フロートのノスフィールゼロ。


 みんなで座ってミトルの入れたお茶を飲む。外ではローゼットの部下が食事の準備をしている。急に来た俺達の分も用意してくれるというのでありがたい。

 更には俺達のためにひとつテントを建ててくれている。今日はここで1泊する予定。

 サーラントが改めて紹介してくれる。


「セルバンは俺とローゼットの武術の師であり、ドルフ帝国の将だ」


 偉いさんらしいとは感じてたが将軍だったか。


「昔は若の1党を鍛えたり追いかけたりしていたものです。ローゼットも若の1党の副官でしたな」

「若の1党ってなに?」


 シャララが無邪気に聞くがサーラントはそっぽを向いて答えない。ミトルが、ふふふ、と、


「まぁ、若気のいたりというか。やんちゃ坊主の人馬セントールが集まって、あちこち走り回っては魔獣退治したり山賊退治したり、激駆隊って旗を振って駆け回ってたりしてたんですよー。ねーサーラントさん」


 サーラントは答えないまま、そっぽを向いて茶を飲んでいる。サーラントの恥ずかしい過去か? 激駆隊? 代わりにローゼットが苦笑しながら、


「そう言われると恥ずかしいものがあるなぁ。だけど悪いことしてたわけじゃないし、それで鍛えられて今は帝国兵士になってたりするんだ。なぁ、もと隊長?」

「まぁ、そんなこともあったな」


 若気のいたりで旗を掲げて集団疾走する人馬セントール、その隊長?

 サーラント、なにやってたんだか。


「ということはローゼットは昔からこのサーラントに引っ張りまわされていたのか?」

「いや、俺が突っ走るサーラントについて行ってたと言うべきか。目を離すと心配だし。ところでシャララも探索者なのかい?」

「そうだよー。こう見えても40層級、マルーン西区ではトップクラスの部隊パーティ猫娘衆が一人、幻術師シャララとはシャララのことよ。サーラントとドリンとは30層ボスと40層ボス相手に共闘した仲だよー」 


 シャララがサーラントの馬体の上でエッヘンと胸を張る。赤い蝶の羽を自慢気にパタパタと。


「40層級? それは凄いですな。私も百層大迷宮に挑んだことはありますが、30層がやっとでした」


 セルバンが感心するがサーラントが訂正する。


「セルバン、マルーン西区とドルフ帝国では同じ百層大迷宮があっても、中身は違う。事情も違うから簡単に比較はできない」


 ローゼットが割り込んで、


「いや、それでも40層級はドルフ帝国でも少ないから自慢していいだろ。というか、サーラントも40層級か。俺も地下迷宮に挑んでみたい。シャララの部隊パーティはメンバー募集してないのか? 俺とかどう?」

「ローゼットには悪いけど、猫娘衆は女だけの部隊パーティだから」

「それは残念、だけど女性部隊パーティで40層級か」

「いかついの想像してる? 猫娘衆はみんな美人だよー」

「それは是非会いたい。そんな部隊パーティと顔見知りかサーラント。羨ましいぞ」


 こんな感じで近況報告のような、サーラントの過去話を聞くようなお喋りでなごやかに。


「そろそろ紹介してもいいかな?」


 俺はリュックの口を開けようとすると、


「あ、ちょっと待って」

「どうした、シャララ?」

「さっきミトルが言ってた機密文書とかの話になるなら、シャララは外に出ようか? シャララは隠し事は苦手だし、キッチリ秘密にするならシャララには教えない方がいいかもよ?」

「それなら俺も外に出た方がいいか?」


 俺もドルフ帝国とは無縁だし。

 サーラントが引き止める。


「いや、シャララもドリンもここに居てくれ。あの地のことを説明するのにふたりの話を聞かせて欲しい。それと、シャララの魔術で外の兵士にここの会話を聞かれないようにできるか?」

「テントの回りでなにか音楽流せばいいかな? あとは覗かれても何も見えないようにしとこうか。優しく、楽しく、心地よく、ギターはアムレイヤ、笛はカーム、どうぞー」


 テントの回りでギターと笛のセッションが始まる。これ、聞いたことあるな。アムレイヤとカームが酒場で演奏してやつだ。


「幻覚系魔術であの演奏、再現できるのか」


 ただ音を鳴らして敵の注意を引き付けるのは見たことあるが、これ程の複雑なメロディーを再現するシャララの魔術の細やかさに感心する。


「私が憶えてるのは再現できるよ。あとは、種、種、つぼみ、お花いっぱい」


 テントの幕の内側が1面花で覆われる。シャララが得意な花の幻覚だ。

 セルバンとローゼットとミトルが唖然とする。シャララが慌てて、


「あ、ドルフ帝国って魔術嫌いだったっけ?」

「いや、頭の固い奴らが魔術は悪魔の残した技術という迷信を信じているだけだ」


 サーラントがシャララを落ち着かせる。ミトルも頷いて、


「ドルフ帝国には魔術が得意な種族が少ないんですよ。それにテクノロジスの中には魔術を打ち消すものもあって、テクノロジス信奉者の中には魔術が敵、とか考えてる方もいるので。あたしはシャララさんの魔術の速さと美しさに驚きましたよ。これはいろいろと応用できそうですね」


 セルバンが同意して、


「ドルフ帝国にも魔術師はいますぞ。地下迷宮の発掘品を調べるために。ただ、国が認定した解析系と刻印系で、ドルフ帝国地下迷宮探索局に所属しなければなりませんが」


 ローゼットは幕の内側に咲いた花を手で触ろうとしてすり抜けている。


「花のカーテンとは優美な目隠しだ。幻覚系魔術か、これは火とか風とか飛ばすより使い方によっては怖いことになりそうな魔術だな」

「それ、ドリンにも言われたけど、その使い方ってのを考えるの苦手なのよねー。あと得意なのはこれー」


 直後にシャララが分身したように見える。5つに増えたシャララが横に並ぶ。


「本物どーれだ?」


 回避用の写し身だ。サーラントがシャララを指して言う。


「どうだセルバン。この魔術の使い手をカノン無しでどう戦う?」

「む、視覚と聴覚が惑わされたなら、気配を探るしかありませんな。なんとかなるにしても苦戦します。なるほど、魔術などカノンで散らせばよいと考えていましたが、特殊なものは知らねば対策も思い付きませんな」

人間ヒューマンにシャララ程の独創的な魔術の使い手はいないだろうが、それでも警戒を怠るわけにはいかん」

「なんだか凄い誉められてる? えっへへー」


 受かれて五体に増えたシャララがクルクル回って踊りだす。蝶妖精フェアリーのひとりラインダンスだ。

 サーラント以外は派手な幻覚系魔術を見たことが無いようで、シャララの作った花のカーテンとテントの外から聞こえるギターと笛の音に驚いている様子。ローゼットがテントの外に顔を出して外の兵士に、


「これは客人の魔術で危険は無いから」


 と説明してる。これで内緒話を初めていいかな? 俺はリュックの口を開けて中のノスフィールゼロを見る。


「起きてるか?」

「ハイ、起きてまスノ」

「サーラントが話があるって。あと、サーラントの知り合いで、ドルフ帝国の将軍がいる」

「リュックの中で聞いてましタノ。黒浮種フロートの代表としてご挨拶しまスノ」


 なんだか緊張して固くなってるな。

 俺はリュックの中で帽子を被らせて、ノスフィールゼロを両手で持って俺の頭の上に乗せる。黒浮種フロートはフワフワと飛べるけど。ここが落ち着くというのなら。それに、


人馬セントールと目線を合わせるにはこの方がいいか?」

「ありがとうございまスノ。ドリンサン」


 ローゼットが目を見開く。


「え? 喋った? あ、いや、失礼」


 黒浮種フロートを初めて見たのはこの中でローゼットだけ、ということかな?

 黒浮種フロートほど俺達と違う種族はいない。全長40センチの真っ黒なてるてる坊主で黄色い目がふたつ。顔には鼻も無い。口も閉じてると見えない。喋る音は胸の辺りから聞こえてくる。食事のときだけちっちゃな丸い口を開けるが、その口は食事用で発音するのは違う器官だったりとか。俺達と口の使い方が違うんだ。見える口は食事用で発声しない。

 ミトルがぼそりと、


「えーと、連れて歩くとか、正気ですか?」


 どうやらミトルは知っているようだが、なぜかサーラントの正気を心配している。まぁ、サーラントはおかしいのが通常だから。


「初めましテ、黒浮種フロートのノスフィールゼロと申しまスノ。皆さんには星来者セライノと言えば解りやすいでスカ?」


 まずはミトルが、


「初めまして、小人ハーフリング南方スパイシー種のミトルです。サーラントさんの家の使用人です。どーぞよろしく」


 1度大声で驚いたセルバンは、


「若、念のためにお聞きしますが、まさか星来の離宮から連れ出したのではありませんか?」

「そんなことできるわけがないだろう。星来の離宮とは別口だ」

「……でしょうな。ということはこれまで見つからず隠れて生き延びていたのを、若が見つけだした、ということですか」


 納得したのかセルバンはコホンと咳払いして、


「初めまして、人馬セントールのセルバンと申します。先程は驚かせてしまい失礼しました」


 ローゼットはサーラントとセルバンとノスフィールゼロの顔をチラチラ見て顔をしかめる。


「なーんか星来者セライノとか星来の離宮とか、いち兵隊長が聞いてはいけないような単語が飛んでる気がするんだが?」

「兵団黒所属なら聞いたことはあるか?」

「サーラントよ、そこは聞いても知らない振りをするような、とてもデリケートなところなんじゃないのか?」

「それでは話が進まん。いいから挨拶しろ」

「はぁ、あ、初めまして、サーラントの後始末係のローゼットです」


 とりあえずサーラント主導で、セルバン、ミトル、ローゼットにこれまでの経緯を説明。俺とシャララが捕捉しながら。


「なんとも信じられませんな。しかし、ここにノスフィールゼロ殿が居て、見たことも無いような大きな鱗もある」


 セルバンは手に大きな紫の鱗を持って眺めている。俺が持ってきた紫じいさんの鱗。虹色に光る古代種エンシェントドラゴン実在の証。ミトルは、


「あたしはサーラントさんから少し事情は伺ってます。ただ、ノスフィールゼロさん。黒浮種フロートはこれからどうするおつもりですか? 小妖精ピクシーのようにエルフ同盟の庇護下に入るつもりでしょうか?」

「それについてでスガ、我々黒浮種フロートはひとつの独立した種族としテ、これまでどうり白蛇女メリュジンと共にありタイ、と願いまスノ。そのためにエルフ同盟、ドワーフ王国、ドルフ帝国、そして地上のさまざまな種族と友好的な関係を作りたいのでスノ」


 セルバンが悩む。もともと厳めしい顔が更に悪人ぽくなる。裏の世界の親玉のような。


「ドルフ帝国がその存在を隠している、あなた方の同族に合流する、というのはいかがですか? ドルフ帝国は喜んで受け入れますぞ」

「遠い過去に別れた同胞と再会したい気持ちはありまスノ。しかシ、我々は自由に新たなテクノロジスの研究もしたいのデス。ドルフ帝国に守ってもらうというのは魅力的な案でスガ、ドルフ帝国の1角に隠されてしまうのは遠慮したいでスノ」

「ですが、地上の種族にとってあなた方のテクノロジスは魅力的かつ危険なものです。特に人間ヒューマンにテクノロジスを奪われることだけは避けなければいけない」

「そこでこれだ」


 サーラントが金属の小さな筒を出す。


「ノスフィールゼロ。これで黒浮種フロート黒浮種フロート自身の力でテクノロジスを守って欲しい。どう使うかは黒浮種フロートに任せる」


 サーラントは金属の筒をノスフィールゼロに渡す。ミトルが慌てて、


「あ、あのー、サーラントさん。ドルフ帝国からの友好の証とか、恩を売るとか貸しひとつとか、そういう話はしないんですか?」

「そんなみみっちいことを口にするなミトル。底が知れる」

「えぇ?」


 ノスフィールゼロは細い触手腕を胴体から伸ばして金属筒を開ける。中からは紙が。


「ドリンさん、広げてくだサイ」


 俺はノスフィールゼロから紙を受けとって、


「俺とシャララが見てもいいのか?」

「かまわん。だが外ではまだ話すな」


 サーラントの返事を聞いて、巻かれた紙を広げる。みんなに見えるように床に置く。

 パッと見にはなにかの設計図。ただ書かれている文字が読めない。


「なんだこの文字は? 暗号か?」

「違いまスノ!」


 俺の頭の上からノスフィールゼロが飛び降りる。設計図の不思議な文字列を触手腕でなぞって、その手が震える。


「これハ、我々の、故郷の文字でスノ。これハ我々の同胞が書いたものでスノ」


 ノスフィールゼロが涙ぐむ。

 黒浮種フロートにとって過去に散り散りになった同族が、今もドルフ帝国に居る証か。そしてこの設計図を作るようなテクノロジスの研究も続けている。

 ドルフ帝国に守られて。


「で、これってなんなの?」


 シャララが設計図を見ながら首を傾げる。

 ドルフ帝国の将軍が出すのを嫌がった、ドルフ帝国の星来者セライノの書いた、テクノロジスの設計図。ミトルが言った、国家機密文書。

 サーラントの言葉で途中から予想はついてはいたが、こんなものを持ってこいというサーラントに、あっさり持ってくるミトルのふたりが何者だってとこなんだが。

 設計図に書いてある文字は読めなくても、形はおぼろ気に見えてくる。

 サーラント、お前なあ……、


「ドルフ帝国が秘匿する星来者セライノが作り出したテクノロジス。星来者セライノシャロウドワーフが協力し研究開発して、シャロウドワーフの金属加工技術で創れるようになったモノ」


 腕を組むサーラントが堂々と、これでどうだ、と言うように、


「ドルフ帝国の対魔術兵器、カノンの設計図だ」


 なんというか、まったくもって、

 サーラント、お前って奴は、

 正真正銘本物の雑じり気無しの純粋な大バカ野郎だ。

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