第32話◇出発前夜、いざドワーフの王国へ


「ネオール、ずいぶんと早かったな」

「言ったろ? 最速記録更新するって」


 鷹人イーグルスのネオールが背中の翼を広げて自慢気に言う。ネオールとシャララが戻って来るまで、ここで2、3日待つつもりだったが。


「ドワーフ王国の方だが、白髭団のメッソには直接ドリンの手紙を渡した。で、ボランギが何人か建築、工事、鍛冶のできるディープドワーフを連れて来てくれることになった」


 ネオールの報告に続けて、シャララも赤い蝶の羽を広げて、


「白髭団みんな悔しがってたよ。あと少し西区に残ってたら俺達も祭に参加できてたのにって」


 祭か、祭みたいなもんか?

 ボランギがドワーフ連れてきてくれるのは有難いな。


「ガディルンノのもと部隊パーティメンバーというのはすぐには見つからなかった。なのでガディルンノの手紙はメッソに預けて、メッソに探してもらうことにした。で、メッソもドワーフ王国の貴族に話を通すようになんとかするって」

「なんとかなりそうなのか?」

「どうなんだろうな?」 


 ネオールは俺には解らんと素直に言う。シャララが言うには、


「なんとかなるんじゃないかな? 白髭団は百層大迷宮の30層ボスを倒してミスリルの戦斧を手に入れた、って有名になってるみたい。リックルがそれでお屋敷に呼ばれて冒険談をせがまれたって」


 ドワーフ王国には60層の中迷宮があるから、30層級の探索者もいるのだろうが。

 今のところみっつしか見つかっていない百層大迷宮、その30層級というのはドワーフ王国でも珍しいのだろうか。

 しかし小妖精ピクシーのリックルがお屋敷に呼ばれて冒険談を披露ね。あいつ詩人みたいなことしてるのか。引退した探索者が本とか自伝とか書いたり、講演したりとかあるけど、リックルはまだ引退する気無かったんじゃ?


 カームがみんなにお茶を淹れてくれた。

 テーブルの上にはネオールが持ってきた、ドワーフ王国みやげの猪の薫製肉の薄切りと堅焼きせんべいがある。

 

「ドワーフ王国はこんなところだ。エルフ同盟の森は、アムレイヤのおねーちゃんに会えた」

「あ、おねーちゃん元気だった?」

「あぁ、1度戻って顔を見せて欲しいって伝言だ。心配してたぞ。で、手紙を渡した」

「ネオールはアムレイヤのおねーちゃんの胸ばっかり見てたね」

「仕方ないだろう? あの凶器からは視線が剥がせないんだよ! グレイエルフに囲まれたときは、足から力が抜けてしゃがみこんで立てなくなってしまうし……」


 思い出したネオールが右手で目を覆う。口元がにやけている。思い出しニヤケだ。そうか、タユンエルフに囲まれて圧倒されたのか、ネオール。そんなに凄かったのか。

 ニヤケるネオールを不思議そうに見るグランシアが、


グレイエルフがおっぱいデカイのは知ってるけど、アムレイヤの故郷って、そんな凄いの?」


 アムレイヤがえへんと、


「男性にとっては、白蛇女メリュジンの里に近いんじゃない? 白蛇女メリュジンと違って全裸じゃ無くて服は着てるけれど。タユンエルフとか呼ばれてるのは伊達じゃないってこと、うふん」


 言いながら胸を張ってぷるんと揺らす。


「たわわなんだよ……、右も左もぷるんぷるんなんだよ……」


 ネオールが呟く、背中の翼がわさわさと落ち着かない動き方。ネオールお前はただのエロいおっさんかよ。グレイエルフについてはその生態に俺も興味はあるが。

 ぷるんぷるんの灰世界からネオールが正気に帰るのを待つ間に、


「シャララのほうはどうだった?」

「うん。蝶妖精フェアリーの族長にエルフ長老会に話を通して欲しいってお願いしてきた。それでうちの族長にはけっこういろいろ話すことになったんだけど、蝶妖精フェアリーもこの1件には絡みたいと」

「どういうこと?」

蝶妖精フェアリー白蛇女メリュジン黒浮種フロートと仲のいいお付き合いをしたいってこと。ひとつは百層大迷宮のお宝が目当て、ふたつめは黒浮種フロートのテクノロジスが目当て、みっつめはドラゴンの紫じいさんと仲良くなるため。ぶっちゃけるとこんなとこ」

「ずいぶんとぶっちゃけたなー」

「そんなの隠してもしょうがないことだし。そのためにシャララは蝶妖精フェアリー代表として、全力尽くして恩を売ってきなさいってことで、シャララはがんばるよー。あと故郷の蝶妖精フェアリー全員でおばーちゃんの捜索開始。なんとか見つけて報告しなきゃって」

「ん? おばーちゃんってのが族長なんじゃなかったのか?」

「おばーちゃんはおばーちゃんだよ? 族長も頭があがらないみんなのおばーちゃんだよ? どこふらついてるかわかんないけど」


 蝶妖精フェアリーの長老というところなのか? シャララのおばーちゃんは?

 ようやく正気に帰ったネオールが、


グレイエルフはアムレイヤのねーちゃんから、グレイエルフの族長に紹介してもらった。で、グレイエルフ族長がエルフ族長会と長老会に話しといてくれるってよ。あとグレイエルフは、トンネルの出入り口をどこに掘るかをあとで揉めないようにしなきゃ、と言ってた」

「出入り口か? やっぱり揉めたりするのか?」


 アムレイヤがうーんと小首を傾げる。


「エルフ同盟と言っても、ライトダークグレイ背高ハイ、の種族が集まってるからねー。百層大迷宮のトンネルは近いほうが良さそうだし、それぞれの種族が取り合いしちゃうかも」


 ネオールが頷いて、


「それでアムレイヤのねーちゃん主導で、もう掘りはじめている。エルフ長老会には事後承諾で納得させると」

「さすがおねーちゃん! グレイエルフが勝手にすれば背高ハイエルフは文句言うだろうけど、ダークエルフは味方になってくれるから結果オーライだね!」


 アムレイヤがパンと手を打って嬉々として言う。エルフ長老会無視してそっちからトンネル掘り進めて大丈夫なのか?

 エルフ各種族の同盟組織、エルフ同盟。それなりに種族間でいろいろとありそうだが、そこはエルフで無いと解らないな。


「アムレイヤ、そのおねーちゃんにトンネル掘り任せて大丈夫なのか?」

「おねーちゃんが穴掘り得意な訳じゃないけど、どこに掘るかで種族間協議とかやると、工事始めるまでに時間がかかっちゃうよ。だからおねーちゃんは『もう掘り始めちゃった、てへ』でごり押しするつもりなんだろうね。そうなると早いうちに専門家を応援に送らないと」


 アムレイヤのおねーちゃんて、なかなか凄いな。それで押し通せるのか。てへ、と、ぷるんぷるん、でどうにかなるのかグレイ。エルフ同盟ってどんなんだ?

 サーラントが、それならば、と


「先にドワーフ王国に行き、トンネル工事ができるものを雇ってアムレイヤの姉上に送る必要があるか。その後、エルフ同盟の森へ」


 俺は悪魔像の中から宝石を取り出す。ダイヤモンド、ルビー、星石、ゴロゴロと、旅費としては充分だが、ドワーフ達を雇う手付けとなるとどうかな? あとは紫じいさん、古代種エンシェントドラゴンの鱗。これは売れない。これは古代種エンシェントドラゴン実在の証明で、交渉道具。


「と、そうだ。ネオール、これだ」


 俺は悪魔像から取り出した1辺2センチの立方体、中央に赤いボタンが埋まっているサイコロのようなものをいつつネオールにポポイと渡す。


「なんだこりゃ?」

「トンネルポインターでス!」


 ノスフィールゼロが胸を張って応える。


「ココからトンネル出口予定地点まデ、できれば直線上にそのポインターの赤いボタンを押して土に埋めて隠してくだサイ。そのポインターを目印にしてトンネル工事しますノデ」

「こいつがトンネル工事の目印になんのか。へー」


 ネオールはサイコロのようなトンネルポインターを片手に持ってしげしげと眺める。


「アムレイヤさんのおねーちゃんさんのところにそのポインターの探知機があれバ、マルーン側とエルフの森、両方から掘り進めても合流できマス!」

「ということでネオールにはそのポインターを埋めて来て欲しいんだけど」

「えー? 地下の白蛇女メリュジンに会いたかったけど、仕方ないか。ちゃっちゃと埋めてくるとするか」

「みんなは俺とサーラントが留守の間、地下のことは頼む」

「任せて。ふたりがいない間はカゲンに仕切ってもらうんだよね?」

「カゲンに頼んではあるが、グランシアには緊急時のときの対応なんかを」

人間ヒューマンの斥候が来たら、捕らえるか殺すでいいんでしょ」

「そうだな。ひとりも逃がさず、可能であれば捕らえる。ただ、それで被害がでたらそっちのほうが問題だ。なので基本は全殺し、かな」

「そこは臨機応変にいくとしようか。今なら軍隊が来てもなんとかなりそうだけどね」

「侮ってやられるのは腹ただしいから、油断しないでやってほしい」

「わかった。それとふたりがいない間は10層級と20層級の探索者も里に呼ぶからね。今なら受け入れできるし。食料の問題も無くなって踊る子馬亭の営業も始まったことだし」

「そうだな。次は踊る子馬亭のためにも酒作りか?」


 バングラゥがビッと親指を立てる。


「改良していいものにする。セプーテンに手伝ってもらえば、なんとかなるだろ」

「酒についてはシュドバイルとも相談してくれ。白蛇女メリュジンの酒ならシュドバイルが知ってる。特殊だから他の種族には人気無いかもしれないけど」


 血のカクテルの味を思い出す。俺はなかなかいけるけれど、血の風味の酒というのは好みの別れるところだろう。


「シャララは触るな凸凹について行くよ。シャララひとりなら荷物にならないだろうし、シャララがドリンとサーラントを蝶妖精フェアリー族長に紹介するから」

「よし、シャララは猫娘衆代表でふたりのサポートを頼んだ」

「まかせて、グラぇ!」


 グランシアとシャララがチョンとハイタッチする。


 街で買ってきた芋と鶏肉で、アムレイヤとカームがシチューを作ってくれたので皆で夕飯だ。閉店した宿屋を好きに使わせてもらっている。アムレイヤから芋の値段を聞いたグランシアが顔をしかめる。


「え? ずいぶんと値段が上がってるね。この街の人間ヒューマンはどうやって暮らしているんだか」


 サーラントがほかほかシチューを食べながら。


人間ヒューマンの軍隊が遠征用に糧食を集めた結果、品薄になり更に値上がりしているのだろう」

「なんだかあれだね。ギャンブルで負けが続いて、最後の金で一発逆転狙いでもするみたいに食料集めてるんだね」


 人間ヒューマンにとって大草原を手に入れることが勝ちの、これまで人間ヒューマンが勝ったことの無いギャンブル。

 いや、人間ヒューマンにとっては余剰人口が間引きできても目的達成かで勝ちか。


「サーラント、前回の百年前はどういう結果で終わったんだっけ」

「正確には113年前か。人間ヒューマンの軍隊約3万は何度も突撃を繰り返して、その5割が死亡したところで戦争集結。散り散りに逃げた兵士はエルフの森に隠れたり大草原の水場に住み着こうとしたが、人間ヒューマン領域に帰れと言っても彼らを受け入れる国が無いからと交戦になり、ほとんど殺すことになった」


 アムレイヤがうんうんと、


「エルフも人間ヒューマンの敗残兵狩りしてたけど、そのときのことは後味の悪い戦いだったって。負けたんならさっさと逃げ帰ればいいのに」

「逃げ帰った兵士もほとんど餓死したようだ。アルマルンガ王国各地の街壁の外で街に入れて貰えずに餓えて死んだ者が多い」


 ネオールが翼をすくめて、


「俺も聞いたことあるなそれ。確か、同じ人間ヒューマンなのにアルマルンガ王国の国民じゃないから、受け入れないって理由なんだよな」

「兵士と言っても集められたのは税を納められなかった村の住人達で、最初から死んでこいと大草原に送られている」


 バングラゥが嫌そうに言う。


「なんでその人間ヒューマンは逃げないんだ? 殺されたいのか?」

「逃げても行くところが無く、従軍行動中ならば食料も貰える。戦って殺されるまでは食べるものが貰えるからついて行った、と語った人間ヒューマンがいる」


 グランシアが、あーと頭をかいて、


「なんかもー、ほんと気持ち悪いなぁ、人間ヒューマンは」


 人間ヒューマンには加護を与える神がいない。俺達にはそれぞれの種族の加護神がいる。

 この違いからお互いに理解しあうことも、共に住むこともできない。それだけ加護が有るか無いかの違いは大きい。

 これは未だに解決できない。

 ただ問題点が明確になれば、いくつか案は出る。俺もいくつか考えつくことはあるが、実行不可能だったり違う問題があるのでまだ口にはしない。

 それまで静かにシチューを食べていたノスフィールゼロが訊ねてくる。


「いろいろと聞かせていただきましたガ、疑問がありまスノ。どうして人間ヒューマンは自分達の数の調整を自分達で行わないのでスカ?」

「それは俺達が聞きたい」


 人間ヒューマンが自分達でそれができたら、ひとつの知恵ある種族としてつきあっていけそうなんだけどな。ところで、ノスフィールゼロが自前の調味料をかけた、ノスフィールゼロのシチューが辛そうなオレンジ色になってるのだが。


「ドリンサン、使いますノ?」


 黒浮種フロート用の調味料を進められるが、丁寧におことわり。黒浮種フロートの好み辛さは、俺には辛すぎる。


「このトンネル計画が上手く行けば、この地下迷宮から人間ヒューマン領域を牽制できる。人間ヒューマンの大草原侵攻にとってはめんどうな足枷になるだろうな」


 俺が言うとネオールが、


「やっぱりドリンは怖ぇな」

「なに言ってんだ? もちろん1番の目的は白蛇女メリュジン黒浮種フロートと紫じいさんが平穏に暮らせる街づくりだ。ついでに、完成したトンネルを通って、エルフやドワーフの一団が地下迷宮出入り口からマルーンの街を脅かすなんてのは、目的にくっついてきたおまけみたいなもんだ」


 バングラゥがぼそりと、


「地下から街に侵攻する方法がおまけってどういうことだよ」


 サーラントが空の皿をおかわりと出して、


人間ヒューマンが脅威を感じる手段で無ければあの里を守ることはできん」


 おかわり、と差し出したサーラントの皿にカームがシチューをよそう。

 カームがにやりと、


人間ヒューマンから百層大迷宮をひとつぶん盗って、それを拠点に人間ヒューマン領域を脅かすなんて、これで人間ヒューマンの侵略が無くなるかもね」


 それはどうかな? 問題の根本が解決しないままなら、それは無さそうだが。


 翌朝、悪魔像に隠れたノスフィールゼロをリュックに入れてサーラントに乗る。いや、俺ひとりで乗れるからグランシアに持ち上げてもらう必要は無いんだけどな。なんだ、グランシア?

 グランシアが俺を持ち上げついでにぎゅっと抱き締めてくる。ん?


「本当はあたしがついて行きたいんだけどね。触るな凸凹が私の知らないところで、また面白トンデモない事件を起こしそうで」

「なにかことが起きるならそっちの方かもしれないぞ。そのときは頼んだ」

「任せて。ドリンもサーラントも早く戻ってきなよ」

 

 グランシアは俺をサーラントの背に乗せる前に、一度額を俺の頬に擦りつける。獅子の耳がちょっとだけへんにゃりとしてる。


 こうして俺とサーラントとシャララとノスフィールゼロは百層大迷宮のある街、マルーンから外に出た。

 まずは目指すはドワーフ王国へと。

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