第33話◇大草原紀行、セントールの背中から


 吹きわたる風が心地よい。見渡す限りの大草原。人馬セントールのサーラントの背に乗って草原を駆ける。サーラントの4本足は力強く草地を蹴り、人馬セントールならではの脚力で走る。

 すばしっこさでは狼面ウルフフェイス猫尾キャットテイルが上だが、持続力で人馬セントールに勝てる種族はいない。


 空は晴れて日差しも暖かい。風の中に草の青い匂いがする。草原は小人ハーフリングにとっても故郷。地下の草原も加護は得られるのだけれど、太陽輝く地上の大草原はより力強く生命力を感じられる。ここぞ我ら小人ハーフリングの住まう処。

 サーラントも大草原を駆けることに喜んでいる様子。力を持て余す種族は、街暮らしのせいで運動不足になりストレスになったりする。


「コレが大草原……、地上の風景でスノ」


 マルーンの街の検問を抜けてからは、ノスフィールゼロは隠れていた悪魔像から外に出た。今は俺の背中のリュックから頭を出して景色を見ている。風で飛ばされないように帽子は被ってない。流れる景色になにやら感動しているようだ。


「速いでスノー。サーラントさん疲れませンノ?」

「このくらいなら問題無い。天気が良ければ3日でドワーフ王国に行けそうだ」

「ドワーフ王国まで300キロぐらいあるんじゃ無かったっけ?」


 すぐ近くからシャララの声がする。シャララは俺のチョッキの中に入って、襟から顔を出している。


「サーラントって、1日100キロ走れるの?」

「草原で雨が降らなければ、人馬セントールならば簡単に行ける」


 サーラントが薄く笑って応える。

 サーラントも全速力というわけでは無く、今は長距離のペースで走っている。

 俺はサーラントの鎧の背につけさせた取っ手を掴んでその馬体の背に座っている。サーラントはプレートメイルもつけて、馬体の左右に荷物を下げて、鎖を畳んだ両手持ちの大型フレイルもぶら下げている。

 その荷物に加えて俺とシャララとノスフィールゼロを乗せて1日100キロ走れるんだから、人馬セントールの脚力ってのは凄いもんだ。

 俺の尻の方が危険かもしれないので、クッションも用意してるし、たまにサーラントの背に立ち乗りしたりしてる。


 戦闘練習も兼ねて、サーラントの背中で立ったままバランスを取りつつ、魔術触媒を取り出し魔術を使うイメージトレーニングなどもしつつ。

 疾走するサーラントの背中から魔術を使うのが俺達コンビの戦闘方法。右手はサーラントの鎧の取っ手を掴んだまま、左手でポケットから魔術触媒を出したりしまったりと。こういうときの地味な練習というのが後で役に立ったりする。


「鎧が軽くなった分、前より少し楽だ。セラミクス製の鎧とはなかなか良いものだ」


 新しい鎧は地上で怪しまれないように、色は金属に見えるように塗装されている。サーラントは新型のセラミクス鎧が気に入ったようだ。シャララが、


「ネオールも速くて凄かったけど、サーラントも速いねぇ」

「短距離なら豹種のゼラファには負けるが、長距離ならば人馬セントールを越える種族はまずいない」


 サーラントが自慢気に語る。呑気にお喋りしながらの大草原の旅。


「おーい! サーラントさーん! ドリンさーん!」


 遠く左の方から声が聞こえる。そちらから人馬セントールがひとり走ってくる。サーラントが速度を落とすと近づいてくる。


「ノスフィールゼロ、隠れててくれ」

「わかりましタノ」


 ノスフィールゼロがゴソゴソとリュックの中に潜って身を隠す。

 近づく人馬セントールは鎧を着こんで兜は無い。長髪をなびかせて走ってくる。

 その背中に乗っているのは小人ハーフリング南方スパイシー種のミトルだった。じゃあこの人馬セントールもサーラントの家の関係者かな?

 並走する人馬セントールはドルフ帝国の兵士の装備。上位のような感じ。隊長クラス? ドルフ帝国の軍の階級とか詳しく無いからわからん。

 サーラントが挨拶する。


「ローゼットか、久しぶりだな」


 並走しながら足も止めずに手を上げるサーラント。人馬セントール流か? サーラントは走りながら左の拳を向けると、ローゼットと呼ばれた人馬セントールは右手の拳をサーラントの左拳にコンと当てる。手甲ガントレットが鳴る。速度は落としても、ふたりとも並んで走りながら会話する。


「サーラントも変わりないなぁ。どうだ? 世直し正義の旅は順調か?」

「いや、そんな珍奇な旅などしていない。だが世界は広い。まだまだ俺の知らないことばかりだ」

「まったく羨ましい。俺も気ままに武者修行の旅とかしてみたいもんだ」

「行けばいいだろう? 見聞を広めるのはいいことだ」

「サーラントが居なくなったあとを、誰が仕事してると思ってんだ? まったく、やらかすだけやらかして後始末は俺とかミトルがやってんだぞ?」


 友人かな? そのローゼットの背中のミトルがゴホンと咳払いする。


「お久しぶりです。ドリンさん、それにシャララさん、でしたか? マルーンの街を監視してて、出てくるのが見えましたので」


 それでマルーンの街を離れたところで近づいてきたのか。ローゼットが俺を見る。


「お、あなたが噂のドリンか。俺はローゼット。サーラントとは昔なじみの腐れ縁だ。このひとり特攻隊とコンビを組む傑物とは一度会ってみたかった」

「初めまして、ドリンだ。ところで噂っていったいどんな噂なんだか」

「ミトルからいろいろと聞いている。無限の魔術師グリン=スウィートフレンドの孫にして、魔術特化の希少種魔性小人ブラウニー。そして唯一このサーラントを止められる男だと。どうやったらこの自分本位の頑固者を止められるのか、是非ともその秘訣が知りたい」

「いや、秘訣とか言われても。というかサーラント、お前は過去になにをやってたんだ?」

「まぁ、俺も昔はやんちゃな子供だった時代があったということだ。それにドリンは俺を止めたりはしない。俺のやることを理解して共に行動している、というところか。どちらかと言うと俺がドリンを止める立場だ」

「なに言ってやがる。お前が突撃するだけじゃ解決しないから俺が知恵を出してんじゃないか。サーラントが自滅しないように俺が誘導してやってんだろうが」

「そのドリンの知恵から出る策はいつもやり過ぎだ。俺がその分を抑えているからこそ丸く収まってる」

「サーラントに任せたらなにもかもがフレイルで木っ端微塵だろうが」

「ドリンの策を止めなければ、根こそぎに問題以外もなにもかも無くなってしまうだろうが」

「俺は見境無く雑草枯らす失敗作の除草剤か?」

「似たようなものだ。どこかに危険、取り扱い注意と書いておいてくれ」

「自動欠陥フレイルぶんまわし機より危険なものがあるものか。サーラントは寝るときにはちゃんと子供の手の届かないところに行けよ」


 俺のチョッキの襟から顔を出すシャララが言う。


「またはじまっちゃった。あ、こんにちわ、シャララでーす。蝶妖精フェアリーだよー」

「ローゼットだ。よろしく可愛いお嬢さん。ところでこのふたりはいつもこんな感じかい?」

「だいたいこんな感じ。なんというかシャララから見ると、ドリンがサーラントのストッパーのようでいてサーラントがドリンのストッパーのようでいて、それなのにおんなじ方向に突っ走っていくからストッパーにはなってないの。逆に煽りあってるよーな」

「いや、サーラントがここまで遠慮無く目前の相手を罵るところは、俺は初めて見た。本気で気に入らない相手なら黙って殴るか蹴り飛ばす男だから」

「あ、やっぱり昔からそうなんだ」


 ミトルが遠慮がちに、


「えーと、皆さん盛り上がってるのはいいんですけど、ちょっと寄って欲しいんですよ。サーラントさんに頼まれたものを渡したいので」


 ローゼットが指でピッと示す、


「俺の部隊がこの先にいる。案内するからついて来てくれ」


 ローゼットが走る速度を上げてサーラントが追いかける。

 しばらく走り続けて行くと草原の中にテントが見えてきた。小人ハーフリング北方スウィート種の白いちょっと平べったい円柱テント。他の種族からは丸いチーズケーキみたいで可愛いと好評。小さい方は小人ハーフリング用で大きい方は人馬セントール用か。

 テントの外には小人ハーフリングが4人、人馬セントールが3人。

 ドルフ帝国の大草原巡回警備の部隊か?


 俺達に気がついたひとりの厳つい人馬セントールがやって来る。険しい顔で固まったような男。サーラントに恭しく頭を下げる。


「若、お久しぶりです」

「セルバン、若はやめてくれ」

「では、サーラント様」

「様づけも無しだ」

「……………………」


 ふたりはしばし無言で睨み会う。

 サーラントが視線を下げてため息ひとつ。


「若、でもいい」

「では若、壮健そうでなによりです。一段と逞しくなられましたな」

「探索者というのはいろいろと鍛えられる。だが俺は道半みちなかばの未熟者だ」


 これは珍しい。サーラントの方があっさりと折れた。しかも何やらやりづらそうだ。なんだろ、サーラントの叔父さんとか先生とか? それとも昔の上司的な?

 俺はサーラントの背中に座ったまま、セルバンと呼ばれた人馬セントールに挨拶する。


「初めまして、ドリンだ」

「おお、あなたがドリンですか。ミトルから聞いております。若がお世話になっております」


 セルバンは頭を下げて右手で左胸を押さえて俺に敬意を示す。


「セルバンと申します。若への助力、感謝しております」


 なんか大げさだ。ミトルは俺のことをなんて言いふらしてやがんだ?

 セルバンはサーラントに向き直る。


「若、今回の件についてですが」

「そうか、それでセルバンがここまで出てきたのか」

「左様です」

「そういうことか、ドリン」


 どうやら内密の話がある様子。サーラントの実家関係か。人の家の中にまで、入り込む趣味は無い。


「わかった。じゃサーラント、また後で」


 俺はサーラントの背中から降りてローゼットとミトルの方に行く。


 ローゼットはふたりの人馬セントールになにか話していた。そのふたりは俺に目礼してテントに向かう。

 いや、俺は別にドルフ帝国兵士に敬礼されるような憶えは無いんだが。


「ローゼット、この部隊ってドルフ帝国の偵察部隊か?」

「偵察、巡回、警備、人間ヒューマンの隠れ開拓村探し、のなんでも部隊だよ。今はミトルのお使いの護衛だ」

「ドルフ帝国の部隊を護衛にしてお使いするミトルって何者なんだよ」


 そのミトルがひょっこり現れて、


「いえ、あたしひとりなら護衛いらないんですけどね。セルバンさんが来るとなるとそれなりに護衛も必要になって」


 あのいかつい人馬セントール、偉いさんかな?

 シャララが俺の服の中から飛んで出てローゼットの馬体の上で「むーん」とか言いながら背伸びして赤い蝶の羽根を伸ばす。ローゼットはそれを見て微笑む。


小妖精ピクシーとは会ったことがあるが蝶妖精フェアリーとは初めてなんだ。噂どうりの美しい羽根だね、お嬢さん」


 シャララは黒い縁取りの赤い蝶の羽根をパタパタさせて、


「ありがとー、自慢の羽根だからねー。ローゼットってば、お上手なのね。ドルフ帝国って女の子を大事にするって噂は本当なのねー」


 ミトルが手を振って、


「いえいえ、ドルフ帝国というよりは人馬セントールの方々の風習ですよ」

「女子供を大切にってマッチョ思考はサーラントだけじゃ無いってことか」


 俺がローゼットを見上げながら言うとローゼットが慌てて、


「待った。全ての人馬セントールがサーラントほど極端じゃ無いからな」

「そうですね。可愛い娘さんはまず褒めるというのはローゼットさんの流儀ですから」

「いや、ミトル。俺は可愛いものを可愛い、美しいものを美しいって素直に言ってるだけなんだけど? そんなおかしいことでも無いだろ?」


 人馬セントールにもいろいろいるみたいだ。しかし、フェミニスト気質の人馬セントールの、女子供や弱い者は守るべき、という思想があって、人間ヒューマンの侵略から小人ハーフリングやエルフを守るためにドルフ帝国が誕生した。人馬セントールの王族が治める多種族国家。ドルフ帝国。

 このドルフ帝国とテクノロジスのカノンのおかげで俺の故郷の大草原も守られている。魔術排斥国家で無ければ行ってみたいんだがな。


「若は事の重大さが解っておられるのか!」


 おわ? サーラントがセルバンに大声で怒鳴られている? サーラント、怒られるようなことでもやらかしたのか? 厳つい顔のセルバンがサーラントに詰め寄って、サーラントはなにか言い返している。


「サーラントの奴、なにかやらかしたのか?」


 ミトルが呆れたように、


「いえまあ、セルバンさんも頭が固い方ですからね。それでもサーラントさんが無茶なこと言い出したから、セルバンさんがついて来ちゃう嵌めになったんですよ」

「サーラントが無茶苦茶なのはいつものことだろうに、いまさらなにを?」


 ミトルはにっこり笑って、


「あたしはサーラントさんがまっすぐな方と信じてますけど、今回はちょっと事が大きいですかね。あ、サーラントさんこっちに来ますよ」


 あいついったいなにやってんだ? それがミトルのお使いってやつなのか?

 サーラントがてくてくとやって来て、


「ドリン、荷物を下ろすのを手伝ってくれ」


 サーラントの馬体の両側には旅荷が積んだままだった。地面に座ったサーラントの荷物に手をかけて下ろしながら、


「荷物下ろしてここで1泊するのか? まだ日も落ちてないのに」

「急がねばならないのに俺の都合ですまんな」

「別にいいけど、その都合ってのがなんなんだ」

「俺がミトルに頼んだものが原因ではあるが」


 そう言ってサーラントがミトルをじろりと見る。ミトルはしれっと、


「サーラントさんはなにかあれば『責任は俺ひとりで負う』とか言うんでしょうけどね。今回のことはお兄さん達に話を通してあります」

「兄貴が知ってるのか? ミトル、ふたりに話したのか?」

「いえ、話すでしょこれは。そしてこれがお兄さんからの手紙です」

「あるなら先に渡してくれ」


 サーラントがミトルから封筒を受けとる。


「渡す前にセルバンさんに捕まっちゃったでしょ。それにこの方が状況も早く理解できるでしょ」


 手紙を読むサーラントにローゼットが首を傾げる。


「なぁサーラント。俺はいったい何を運ぶのを護衛してたんだ? ミトルもセルバンも教えてくれない。それでかなりヤバイのかと予感してるんだが、俺を巻き込むなら中身を教えて欲しいんだが?」

「そうか。ではセルバンと決着がついたらローゼットも計画に引き入れるとするか」


 決着? サーラント、お前なにするつもりだ?


「セルバンと激突戦をすることになった。セルバンに勝たねば俺は目的の物が手に入らない。俺の上の兄貴がセルバンに預けている」


 サーラントが読み終わった手紙を畳む。


「兄貴が言うには、『これが欲しければセルバンを説得しろ』と」


 お前の兄貴は説得しろ、と言ってるのだろう。だけどお前の口から出た言葉は決着だ。相変わらずサーラントの頭はおかしい。

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