第31話◇黒浮種、ノスフィールゼロの決意


 地上に出てかつてドワーフの兄妹が経営してた宿屋へと。好きに使って構わないということで借りた鍵で中に入る。

 奥の部屋に入って荷物を置く。


「カームとバングラゥは一応建物の中、見といてくれないか?」


 ふたりはわかった、と返事をしてカームは2階に、バングラゥは1階に。

 万一にもこれは見つかる訳にはいかないし。閉店した宿屋の中に入り込んでいる者は無し。

 さて、と。サーラントのおろしたバッグの中から約50センチの悪魔像を取り出す。

 地下迷宮の宝で故郷へのみやげにするので買取り、と言ったら徴税所の職員は変な顔をしていた。

 亜人の考えることは解らん、とか呟いていたが聞こえてんぞ。

 魔術仕込みでも無いのに5千csカッパーシードの査定。買取りにして持ってきた。

 こんな悪魔像、売れるとは思えないんだが5千csとはね。悪魔教の信者には売れるかもしれないが、そういう危ない奴らと関わりたくはないし。

 机の上に置いた悪魔像の右目を押して、左目を押して、また右目を押す。カチカチカチ。そして鼻を捻る。パチン。

 パカリと悪魔像が割れる。中にいるのは黒浮種フロートがひとり。目を閉じているので顔を寄せてみると、


「……スー、……スー」


 寝ているようだ。振り向いてサーラントとグランシアとアムレイヤに小声で、


「急いで起こすことも無いから寝かしとくか?」


 それなら、とグランシアが、


「交代で大衆浴場に行こうか。女が先でいい?」

「そうするか。地下にも水浴び場以外に作れたらなぁ」

「そのうち作ろうよ。じゃ、アムレイヤ行こう。カームも呼んで」

「大衆浴場があるからだけど、地上に出たらまずお風呂って習慣になっちゃってるよね」


 女性陣が外に出て、かわりにバングラゥが入ってくる。


「地下に風呂を作るなら、温泉で混浴にしたいもんだな」

「バングラゥが女性陣に直接提案するなら止めないぞ」

「行ってみただけだ、怖いこと言うな」


 サーラントはしれっと


白蛇女メリュジンなら混浴も受け入れて喜びそうだ」

白蛇女メリュジンだけならな。でも彼女達には暖かい湯に漬かる習慣も、蒸気で汗を流す習慣も無いから、まず風呂と水浴びの違いの説明から必要になるか?」

「今の水浴び場が混浴みたいなものでは無いのか?」


 戦闘訓練後のみんなの様子を思い出す。

 火照った身体に水をかけて汗を流す白蛇女メリュジン。俺はなんとなく危険を感じて素早く逃げたが、少年エルフのファーブロンは捕まって裸に剥かれて洗われていた。きゃいきゃいと盛り上がる白蛇女メリュジンに囲まれて。目を回していた。


『え、あの、ちょっと、なんでー?』


 このあたり探索者として経験の足りないファーブロンには危機感知能力が足りない。

 邪妖精インプのパリオーは解った上で自分から堂々と捕まっていたけどな。


『わはははは、くすぐったいけどいいな! 王様気分だ!』

『自分で! 自分で洗えますからー! そこ摘まんじゃダメエ!』


 それを戦闘訓練に参加できなかった大鬼オーガのディグンとドワーフのバングラゥが羨ましそうに見ていた。

 このふたりにはそこに裸で飛び込んで、俺も混ぜてくれ、と言う度胸は無い。

 狼面ウルフフェイスのカゲンとヤーゲン、ダークエルフのスーノサッドもそこに入ってはいかないし、白蛇女メリュジンもこの三人は先生として尊敬しているようで遠慮するらしい。

 俺は俺で後でミュクレイルに取っ捕まってミュクレイルの尻尾を洗わされたけどな。

 バングラゥはため息ついて、


「たまにファーブロンになってみたいと思うことがある」


 サーラントがあの現場を思い出しつつ、


「ファーブロンはファーブロンで、おもちゃにされて一人前の男として扱われてない、という不満があるが」

「そんな些細なプライドなんてどうでもいいだろうに。まぁ、ファーブロンのすれて無いところが可愛いとこなんだろうよ」

「バングラゥの作った酒も好評で白蛇女メリュジンから誉められたんじゃ無いのか?」

「あれなぁ。ガディルンノの知恵を借りて、黒浮種フロートに道具を作ってもらってやっとできたのがあれだからなぁ。俺は専門の酒職人でも無いし、白蛇女メリュジンが地上の酒を知らないからあの程度でも喜んでくれたがな」

「いや、それほど酷くも無かったぞ」

「まぁ、次はもう少しはましなのを作る。ほろ酔いの白蛇女メリュジンの色っぽいとこ見れたのは至福だったし」


 俺もあのときの酒の味を思い出す、独特な風味があったがわりと飲める。


「バングラゥの動機はともかくも、トンネル掘りのかたわらによくやるな」

「手伝ってくれる探索者が増えたからできる。それに力だけなら大鬼オーガのディグンがやっぱり凄い。そのディグンが酒が好きでも地下で手に入らないから、作ってみようってことになったんだ」

「あれ、そうだったのか」

「まぁ、俺も飲みたかったし。しかしいい酒作るのは難しいな」

「デスネ、発酵については黒浮種フロートも研究してますカラ、前回のデータを生かして次はバングラゥさんも納得できるのではないカト」


 寝ていた黒浮種フロート、ノスフィールゼロが起きていた。


「起こしてしまったか。悪い」

「イイエ、問題ないでスノ」


 ノスフィールゼロは割れた悪魔像から畳んだ帽子を取り出して、広げて被る。お出かけ用の紫色の船のような形の帽子だ。


「無事に地上に出られましタノ?」


 ふよふよと飛んでおれの頭の上に着地する。黒浮種フロートは誘拐対策で最近よく頭の上に乗る。みんなも頭に黒浮種フロートを乗せるのに慣れてしまった。黒い色で重そうに見えるけど、これが軽いから負担にならない。そしてなぜか黒浮種フロートを乗せると肩こりがとれる。


「地上には出られたが、街から出るときに検問で調べられるから、そのときはまた悪魔像に隠れてくれ」

「わかりましたノ」

「しかし、いいのか? ノスフィールゼロは長なんだろ?」

「長だからこソ、種族の代表として挨拶に行くのでスノ。あとのことはセプーテンと各研究班の班長に任せまスノ」


 地上に出てドワーフ王国とエルフ同盟の森に行く、それにノスフィールゼロがついて行くと言い出したのだ。


「もし、私が囚われて同胞への人質となるならば自決する覚悟も決めましタノ」


 ここまで言われたのならば、俺達も手を貸すことにした。それに種族の長がドワーフ王国とエルフ同盟に協力を求めに行く。話が速い。

 俺とサーラントが白蛇女メリュジン黒浮種フロートの代理として話をするよりも、筋が通って良いかもしれない。

 問題は護衛が俺とサーラントのふたりだけ、というところか。

 白蛇女メリュジンも行きたがったし、長のシノスハーティルも使者を送るつもりみたいだったが、白蛇女メリュジンを隠して街の外に出す手段が無かった。

 シャララの魔術で隠しても、それは魔術で探知される。魔術無しで隠した方が見つかる可能性は低いだろう、と。

 古典的な密輸のようなやり口でやってみた。


『魔術の探知がどのようなものかは解りませんガ、我々の祖先の星渡る船の外壁は各種レーダー、超音波、赤外線、紫外線、重力波、次元振動波に対してのステルス性がありまスノ』 


 言ってることはテクノロジスの用語が多くてわからなかったが、この悪魔像に関しては探知、解析の魔術で中の空洞は見つけられなかった。

 あとは叩いたり揺すったりしてもバレないかを徹底的にチェックして完成した。

 最悪、バレたときは俺がサーラントの背に乗って街を脱出。他のみんなは地下迷宮にとって返すという強硬手段も考えていたが。

 徴税所で調べられても、あっさり通れて拍子抜けだった。

 ノクラーソンに徴税所の交渉を依頼してみたのも良かったのかもしれない。

 ネチネチともと部下に書類の不備を突っつき『これは魔術関係では無く、彫像、芸術関係の書類だろうが』とか、書き方の間違い、『悪魔像なら芸術関係でも扱いは美術品では無く、信仰彫像だ。お前は何年ここで仕事をしてる?』とかやってたので査定官は歯をぎりぎり食いしばってたなぁ。

 その査定官の顔がおもしろくて徴税所を出たらグランシアがまた笑いだして、ノクラーソンに代理交渉の礼を2倍にして払ってた。


『あはははは、ドリン以外で査定官の顔色変えられるなんて、やるねノクラーソン。おひねりあげないとね』


 サーラントはサーラントで、


『やはりドリンとノクラーソンはどこか似たところがあるな』


 とか言い出して俺とノクラーソンを不機嫌にさせる。あ、思い出したら腹たってきた。俺の何処があのカイゼル髭に似てるんだ。


「街の外の風景を見るのが楽しみでスノ」


 頭の上で浮かれたノスフィールゼロが身体を揺らしている。サーラントがノスフィールゼロの背をチョンと叩く。


「なにがあってもノスフィールゼロのことは守る。安心して地上を観光するといい」


 と言って俺を見る。そうだな、


「俺とサーラントのコンビはそこそこ強いらしいから、任せてくれ。それにサーラントの足ならたいていの奴らからは逃げ切れる」

「お願いしまスノ。それに覚悟を決めたとはいえ、できれば自決したくはありませンノ」


 そりゃ、そうだろう。バングラゥが小声でなんか言ってる。


「いや、触るな凸凹は規格外だろうに、そこそこってなんだよ」


 ツッコミならもうちょい大きな声でしてくれんかな。

 戻ってきたグランシア、カーム、アムレイヤにノスフィールゼロの護衛を頼んで、俺達も大衆浴場へ。

 久しぶりのマルーン西区の街並みは寂れていた。そりゃそうか。

 店長などを地下に引き抜いたのもあるが、兵士を集めて戦争準備しているのだから、不穏な空気を感じて故郷に帰る者が増えたからな。

 地下迷宮ダンジョン税の増税から探索者の数も減っているし。

 人間ヒューマンは今後、地下迷宮の魔晶石回収をどうやって続けるつもりなのか。

 食いつめた人間ヒューマンを集めて地下迷宮に放り込んでも、ろくに深く潜ることもできないだろうに。

 異種族を亜人と蔑む人間ヒューマン至上主義、ユクロス教の教えに染まった人間ヒューマンには、現状を認識して理解するのは無理なのかもしれない。


 大衆浴場の帰りに食料品を買う。宿でなにか調理して飯にしようと見てみれば、さらに物価が上がっていた。

 サーラントが手に取った萎びたニンジン、その値段を見てサーラントの目が半目になる。

 街の外の草原で食事の加護を神に祈れば、無料で食事が得られる俺達には、調理してない食材を高値で売買するのが意味不明だ。

 だが、加護の無い人間ヒューマンにとって食料の価値は高く、それに合わせてこの西区の物価も決まる。それにさらに税が底上げをしてくれる。

 バングラゥが芋の入った袋を持って、


人間ヒューマンは本気で大草原をぶん盗るつもりなのか?」

人間ヒューマンは毎回、本気だ。そして毎回、返り討ちにあう」


 サーラントが呆れたように言う。俺も続けて、


「例え人間ヒューマンが大草原を手に入れても、奴らが人口調整できないなら大草原を開拓して農地を広げたところで、また百年後に食料危機で侵略戦争だ」

「それで戦争になって人間ヒューマンを殺したドルフ帝国と多種族連合軍が人間ヒューマンに恨まれる、と。いつまで繰り返すのやら」


 サーラントがフンと鼻息鳴らす、


「さあな、それに寿命も短くて60年と生きられない人間ヒューマンには百年先の未来のことなど考えられないのだろう」


 だからと言ってそれに付き合わされるのはたまったもんじゃない。

 増えすぎた人口を異種族に殺してもらって数を調整。そして異種族に恨みごとをぶつくさ言いながら人間ヒューマン領域に引っ込んでおしまい。

 ここ千年はその繰り返しだ。

 いいかげんこの鬱陶しい付き合いをどうにかしたいもんだ。でないと、地下迷宮に潜ることもじーちゃんを探すのもやりにくくてしょうがない。

 宿に戻るとそこにはネオールとシャララがいた。速いな、もう戻ってきた。


「ただいまー」

「帰ってきたぜ、ドリン」

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