第30話◇ノクラーソンの鑑定屋

 

 地上に出るために地下迷宮出入り口へと。

 今回のメンバーは俺とサーラント、ディープドワーフのバングラゥに猫尾キャットテイル希少種獅子種グランシア、人間ヒューマンレッド種カーム、グレイエルフのアムレイヤ。

 揃って進むと地下迷宮の出入り口近くにはノクラーソンがいた。

 地面に座ってその前に看板を立てている。


『財宝鑑定ならびに徴税所の交渉承ります。応急処置の治癒術承ります』


 頑張ってんなぁ、ノクラーソン。

 そのノクラーソンが俺達に気がついて手招きする。近づいてグランシアが、


「迷宮監理局辞めたとは聞いたけど、こんなとこでなにやってんの、ノクラーソンは?」

「見てのとおり、新しい商売に挑戦中だ。ファーブロンから聞いたが、ドリンのアイディアだ」


 アムレイヤがノクラーソンを心配するような目で見る。


「ノクラーソンが大迷宮監理局やめたって聞いてびっくりしたわ。ノクラーソンが徴税所の検査室を男女別にして、女性の探索者を調べるために女性職員を増やしたって、あとで聞いたんだけど」


 なんだそれ? 初耳だぞ。ノクラーソンは、小さく頷いて。


猫尾キャットテイルグレイエルフには女性探索者が多いから当然のことだ。男の職員に身体検査されるのは嫌だろうとな」

「女の探索者でこれを知ってるのはみんなノクラーソンに感謝してるよ。はいお礼」 


 アムレイヤがノクラーソンの腕を抱えてその巨乳に挟み込む。むぎゅん。


「お、おい、やめろ。はしたないだろうが。グレイエルフはそうやって値切ったりするんだろうが、私には通用せんぞ!」


 ノクラーソンは慌ててアムレイヤを振り払う。


「あら? ずいぶんと可愛い反応。確かにグレイエルフにとってこの胸は交渉の武器のひとつだけど、ノクラーソンに感謝してる気持ちは本当よ」


 そう言ってアムレイヤはノクラーソンにウィンクする。ノクラーソンは咳払いしてるが耳が赤くなってる。


「私をからかうな」


 プイっとあさっての方を向くノクラーソン。少年エルフのファーブロンとどっこいどっこいか? オールバックのカイゼル髭が照れても気持ち悪いだけだろうに。


「で、ノクラーソン」


 俺はノクラーソンの看板を指差して、


「思い付きで言ったことだけど、どんな感じだ? 鑑定屋は」

「初めの内は警戒されたがな。最近では10層級と20層級の探索者に依頼されるようになった。料金の設定なんかも探ってる状態だが、査定のときの交渉ごとなどでアドバイスを求められるようになった。治癒術の依頼もある」

「長年大迷宮のお宝を見てきたんだから、目利きはマルーン街では1番だろうしな。徴税所の奴らも困ってるんじゃないか?」

「かつての古巣の部下達がボンクラ揃いだというのが、こうして見るとよく解る。ドリンの真似をして交渉して探索者の利益になるようにしてるからか、最近では親しく話をする探索者も増えた」

「俺の真似ってなんだ? 俺は普通に交渉してただけだぞ?」

「あの行為を普通と言うか? それにしても、ドリンにサーラント、お前らいったいなにをやっている?」


 ノクラーソンが声を潜めて顔を近づけてくる。


「いったい何のことだ?」

「とぼけるつもりか? 30層級の探索者の様子がおかしい。以前より熱心に地下迷宮に潜っているのに、持ち帰る財宝も魔晶石も少ないようだ。それにお前達、触るな凸凹と灰剣狼に猫娘衆、あとは白角か? 部隊パーティメンバーがデタラメじゃないか。鷹人イーグルスのネオールと蝶妖精フェアリーのシャララの姿も最近見かけない。お前達、百層大迷宮でいったい何をやっている?」


 ここまで言ってじろりと俺達を見る。流石ノクラーソン、よく俺達を見ている。

 そのノクラーソンの視線がグランシアの獅子耳と獅子尻尾、サーラントの馬尻尾を捉えて、


「なるほど、隠れてなにかやってるんだな」


 レッド種のカームが忌々しげにノクラーソンを睨む。


人間ヒューマンのお前には関係無い。引っ込んでろ」


 俺はカームとノクラーソンの間に入る。


「カーム、抑えてくれ。それにその言い方だと、いかにもなにかやってますって聞こえるだろ?」


 ノクラーソンの奴、ほんとによく見ている。猫尾キャットテイル狼面ウルフフェイス小妖精ピクシーは嘘が苦手な種族だ。

 本人の感情が耳や尻尾や羽の動作に出てしまう。

 そのため喋りたく無いことは黙っていることはできても、つい耳や尻尾が動いてしまう。サーラントの馬尻尾も同じ。

 嘘が苦手だからこそ信頼できる種族ということで、人間ヒューマンとは真逆ではある。しかし、


「ノクラーソンはよく見てる。ずいぶんと異種族について調べたようだな?」

「まぁ、できれば部隊パーティのひとりとして探索者稼業をしてみたいからな。そのために異種族の習慣や風習など文献で調べ直している」


 ノクラーソンは俯きため息をついて、


「だが、そのせいでお前達が私に隠し事をしていることにも気がついてしまった。少し残念だ」


 サーラントがノクラーソンの前に立つ、おい、


「ノクラーソン、俺達が秘密にしていることはノクラーソンに隠している訳では無い。人間ヒューマン全てに隠していることだ」

「ちょっと、サーラント」


 グランシアが割り込もうとするのを、俺はグランシアの尻尾を引っ張って止める。


「グランシア、ここはサーラントに任せてみようか」


 俺が口先で誤魔化そうかと考えたが、今のノクラーソンにはサーラントの方が良さそうだ。サーラントの方が向いている。この辺り、俺には足りないとこだ。

 ノクラーソンはサーラントに詰め寄る。


人間ヒューマン全てに隠しているだと? この百層大迷宮で? なにをやらかすつもりなんだ!」

「それはまだ言えん。だが、俺個人としては人間ヒューマンの中で異端であるノクラーソンには、打ち明けて仲間に引き込むのもありだと考えている」

「なんだと?」

「だが、そうなるとノクラーソンには人間ヒューマン全ての裏切り者になってもらう覚悟が必要になる。アルマルンガ王国全ての人間ヒューマンを敵に回す気があれば、俺の知ることをノクラーソンに教えるが、どうする?」

「いったいなにをやっているんだ? お前達は?」

「それを聞きたいか? ノクラーソン。よく考えて返答してくれ」


 ノクラーソンはうつ向いて右手で青くなった顔を撫でる。考え込む。

 意外だ、すぐに断ると思っていたが。

 同族の裏切り者になるかもしれないことを本気で考えている。

 それだけノクラーソンにとって同族の人間ヒューマンと異種族の探索者の価値が近づいたのか。それとも同族のことが心底嫌いになったのか。

 なにか言おうとするカームをアムレイヤとグランシアが止める。不安な顔をするバングラゥには手を振って黙って見てもらうことにしてもらう。ノクラーソンはずいぶんと悩んでから口を開く。


「……私には、同族は裏切れん。貴族や古巣のボンクラ共がどうなろうとかまわんが、この街には娘がいる。娘とその旦那には平穏に暮らして欲しい」

「そうか、わかった。ならば頼みがある。俺達が怪しいということは人間ヒューマンに黙っていてくれ。探索者のことを気にかけるノクラーソン以外には、まだ気がついた人間ヒューマンはいないだろうから」


 言いながらサーラントは右手の手甲ガントレットを外す。その右手をノクラーソンに差し出す。


人間ヒューマンに話せる時がきたなら、俺が真っ先にノクラーソンに話す。約束しよう」


 ノクラーソンは視線をサーラントの右手と顔をいったりきたりさせて、天井を見上げて、息を吐いて、またサーラントの顔を見てから、サーラントの右手を握って握手した。


「わかった。お前達のことは黙っておこう。とは言っても私には友達はいないからな。こんなことを話せる人間ヒューマンの知り合いなどいないからそこは安心してくれ」


 その安心する理由はノクラーソンのことが心配になるんだが。大丈夫なのか? ノクラーソンは。


「サーラント、そいつは人間ヒューマンなんだぞ」


 カームが火を吹きそうな目でノクラーソンを睨む。サーラントは怒るカームを目で制す。


「カーム、この件は俺に預けてくれ。俺はノクラーソン個人は他の人間ヒューマンと違うと信じている」


 グランシアも同意して、


「そうだね。カーム、これはサーラントに任せようか。それにノクラーソンは、同じ職場の同僚に嫌われてもこれまで探索者の為に頑張ってくれてたんだ。ノクラーソンだけ特別ってことにしようか」


 アムレイヤがカームに抱きついて、抑えながらノクラーソンに顔を向ける。


「ごめんねノクラーソン。レッド種は人間ヒューマンにいろいろ思うことあるみたいで。カームもノクラーソンが他の人間ヒューマンとはちょっと違うって、もう知ってるでしょ?」


 カームはまだ不満そうだが不承不承に。


「わかった。グランシアに従う」


 まとまったか。今のノクラーソンにはおかしな誤魔化しよりも、サーラントの突撃騎士道根性の方がいいかなと、考えたというよりはそう感じたんだが。

 しかし、正直というかバカ真面目というかぶっちゃけ過ぎだろがサーラント。すっきりして気持ちいいぐらいだ。

 それにノクラーソンが口にしなくてもそろそろ気がつく人間ヒューマンが出てきてもおかしくない頃か。

 俺もノクラーソンに右手を出す。


「まぁ、そういうことだノクラーソン。サーラントの説明だけだと解りづらいだろうから、その時は俺が解説する。それに俺達がなにか企んでいるのなんて、いつものことじゃないか?」


 ノクラーソンは俺と握手して苦笑する。


「お前達はいつも心臓に悪い。何をやらかすのか見せてもらうことにするか」

「そう言うわりには、ノクラーソン、眉間のシワも薄くなって額に青筋も出ないな」

「む? そうだな。ボンクラ部下とバカ貴族から離れたら、ずいぶんと楽になったからなぁ」


 余裕を取り戻したのかノクラーソンは口の端を上げて笑う。よく笑うようになったもんだ。俺はその笑顔を見ながら、


「話せるときがきたなら、そうだな、またみんなで酒でも飲みながら話すとするか」

「それは楽しみだ。踊る子馬亭が閉店したのが残念だが」

「あ、今、ピーンと来た」


 グランシアがいきなりなんか言い出した。俺とサーラントとノクラーソンを見てニヤニヤとする。


「ノクラーソン、触るな凸凹に触ったね? 握手しちゃったね?」


 なんだその言い方。俺達は呪われた悪魔像か?


「予言するよ。ノクラーソンがこのマルーンの街の人間ヒューマンの中で1番トンデモない目に会う。間違い無い」


 グランシアは人指し指でビッとノクラーソンを指し示して、碌でもない予言をする。

 ノクラーソンが首を傾げる。


「グランシアは占い師だったか? 予言などと大げさなことを」


 カームとアムレイヤが否定して、


「いや、グランシアが言うことは、けっこう当たる」

「野生の勘なのかな? はっきり言うのは珍しいけれど」

「バカバカしい。俺とサーラントに触ってトンデモないことになるんだったらお前達はどうなるんだ?」


 俺の言うことにバングラゥとカームとアムレイヤは、何かに気がついたような顔をして額をくっつけてコソコソと話す。

 いや、これは真面目に検討することか? 俺とサーラントは呪いを振り撒く邪悪な置物かなんかか?

 バングラゥとカームとアムレイヤはこっちを見て、声を揃えて、ハッキリと


「「かなりトンデモない状況になってる」」


 俺はサーラントを見る。サーラントは苦虫を噛み潰したような顔で俺を見ている。サーラントの目は俺のせいだ、と訴えるが、いや、これはサーラントのせいだろう。


「あははははははははははは!」


 グランシアの笑い声が響く。


「お、おい? 本当なのか?」


 ノクラーソンが悲鳴を上げる。

 いったいなんだってんだか。俺達は災いを振り撒く悪魔じゃ無いぞ。どういう扱いなんだか。失礼な。

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