第29話◇隠れ里に増えた新住人
地上の道具屋の
音楽と刺繍の好きな
そんな音楽をバックミュージックに紫のじいさんが目を細めて戦盤をしている。
どうやらふたりの挑戦者を同時に相手をしているようだ。
ひとりは
もうひとりは、あれは
紫じいさんは楽しそうに手を進める。
「ふぉふぉふぉ、守りが固いのう。これでどうじゃ」
「え、ちょ、そう来るか?」
「こちらは果敢に攻めてくるが、ここに魔術師を置くと」
「あ、不味い、槍士と連携される」
「攻める前にもう少しこちらの守りを削るべき、じゃったかのー?」
「赤の剣士で王を守るか」
「そこ、騎馬兵が効いとるよ。ほい」
「あー!」
「これは攻めをとぎれさせたら負ける! 斧士を進める!」
「いや、そこを開けたらダメじゃろ? 神官で割り込むわい」
「いやー!」
対戦者ふたりは声を揃えて、
「「参りました……」」
「ふたりともなかなかやるのう。楽しかったわい。ふぉふぉふぉ」
俺はルドラムに近づいて聞いてみる。
「どうだ? 紫のじいさんの戦盤は」
ルドラムは頭をかいてぐったりと、
「いやー、私はマルーン西区の
やっぱり紫のじいさんは強いよな。
「ま、ワシは長生きしとる分の知識があるからのー。ワシの考えた詰め戦盤とか本にしたら人気あるかの?」
「
俺は首を捻る。どうかな?
「冗談だと思われて本気にされないんじゃないか?」
リアードが、
「そうだな。本人と会ったことが無いと信じて貰えない奇書扱いされそうだ」
「次は俺だ! 紫じいさんよろしくお願いいたします!」
次は
「ずいぶんと溜まったもんだな」
1辺1メートルの箱の中には金粒銀粒が小山をつくってキラキラと輝いている。
紫じいさんに戦盤で挑戦するときは、銀粒か金粒を賭けるようにした。
これで紫じいさんに勝てたら、今までの挑戦者が貯めた金粒銀粒を総取りできる。
それを目当てに紫じいさんに戦盤を挑む探索者が増えて紫じいさんも楽しんでる。
現在も紫じいさんの連勝無敗記録は更新中で賭け金は貯まり続けている。
探索者もこれで紫じいさんと仲良くなって戦盤談義で盛り上がったりしているので、
俺は紫のじいさんにお願いする。
「少し落ちた鱗をもらってもいいか?」
「落ちた鱗など、好きにしてかまわんよ」
「じいさんはそう言うけどな、
「そーゆーもんかのー。では、ミュクレイル」
「ん?」
ドラゴンの鱗で盾とか鎧とか作れたら凄そうなので。
「ミュクレイル、そこに落ちてるワシの鱗を拾ってくれ」
「ん」
「そしたらその鱗、箱の中に入れてくれ」
「ん」
ミュクレイルは言われるとおりに素直に5枚の鱗を透明の賭け金箱に入れた。ポイと入れてしまった。
「「あー!」」
叫ぶ探索者達、金粒銀粒の小山の上に紫色の
「あ、おい! 賭け金が跳ね上がったぞ? 戦盤に強い探索者を呼んでこい!」
「次! 次は俺が挑戦する!」
ルドラムも紫じいさんと
「まずは紫さんの打ち筋を研究して……」
「ふぉふぉふぉ、楽しくなってきたのー。今度牙が抜けたらこの箱に入れようかの?」
「え? 紫じいさん牙が抜けるのか?」
「生え変わるんじゃよ。百年に1度くらい」
「まぁ、紫じいさんが楽しんでくれてるならいいけど、腰痛の方はどうなんだ?」
「腰巻きのおかげで楽になっとるよ。ワシの身体から漏れる魔力で動いとるし、壊れても
「そうか、俺のじーちゃんに会えたら伝えておく」
「また会いたいもんじゃのー」
紫のじいさんはいつもと変わらない。いったい何千年ここにいるのか。
少なくとも五千年、ここに住んで地上に出たことは無いらしい。
聞いてはみたが、暗黒期以前のことは教えてはくれなかった。
ただ、昔の約束を守るために
『隠された過去とかあると伝説っぽくてカッコいいじゃろ?』
お茶目に言ってたものだけれど。
「また戦盤しながら俺のじーちゃんがなにをしてたか話してくれ。しばらくは対戦相手に困らないだろうけどな」
「いいとも、いいとも。さて相手が増えたかの? 盤と駒があれば3人ならまとめて相手をしてやれるんじゃがのー」
それを聞いたリアードが、
「よしわかった。ドラゴン用の特大戦盤駒を作るぞ。豪華なやつを」
盛り上がってんなー。
次は移転した踊る子馬亭の様子を見にいく。店長は
「
「
「こっちはありがたいけれどね。それと
「調理するときにエプロンをするのは大丈夫みたいだったけど」
「目隠しに裸エプロンで給仕するのもどうなんだろうね?」
「全裸よりましだろ? 酒の方は?」
「全裸より危険かもよ? 酒はバングラゥとガディルンノが作ってるのは発酵中だって。まだ味見してないけど楽しみだね」
店長は猫耳揺らしてにこにこと笑っている。
「地上で店を閉めてドワーフ王国で店を出そうか考えてたけど、まさか地下迷宮の中で酒場やるとは思わなかったよ。誘ってくれてありがとう」
「ここも
「それまでになんとかするんだろ? それにトンネルさえできたら逃げられるし。微力ながらお手伝いするよ。こんなところで酒場やってたなんて自慢できる。ただ、信じて貰えないかもしれないね」
店長は、あははと笑う。店員のふたりの
「娘達も新しい環境を楽しんでるよ。
「なにか問題が?」
「うん。私が
「あー、それについてはそっちでなんとかしてくれ」
「どうすればいいんだい? ただでさえ美しくて魅力的、目隠しで瞳が見れないのは残念だけどその目隠しのせいでなにか背徳的なものがある。そんな美女が全裸でにっこり挨拶してくるんだから。ドリンはよく平気でいられるねぇ」
「なんか慣れた。ここではそれが当たり前なんだから。いつまでも慣れないのもいるけど、それはそれで
「それで私がおもちゃにされたらうちの娘が口きいてくれなくなっちゃうよ」
店長はそう言うが店長の猫尻尾は機嫌良さそうに右に左に振られている。
宿屋兼預かり所の
即席で建ち上げた立方体の建物は外壁が塗装されて青色に変わった。中に入ると妹ドワーフがいた。
ドワーフは男は顎まで髭が生えるが女は顎髭は無い。鼻の下に髭が生える。最近ではドワーフの若い女性は髭を剃ったりして、それで『最近の若いもんは』と年配のドワーフに文句言われたりするそうな。
妹ドワーフは鏡を見ながら鼻の下の髭を小さな鋏で手入れをしていた。口髭は剃らない派のようだ。
「あれ? 兄貴の方は?」
「兄さんならトンネル工事の手伝いに行きましたよ」
「その鋏どうだ?」
「いいですね。折り畳みできるこんな小さな鋏なんて初めて使うけど普通に使えますよ。これも
「オシャレ用に持ち運び便利な鋏があるといいなって言ったのは誰だっけ?」
「私ですけどね、言って次の日に渡されるとは思ってませんでした。とんでもないですね、
「だからこそ仲良くしていきたいし
「もちろん。ここなら税金もかからないし、今のところ金粒銀粒貯めても使うところないけれど、それもトンネルができたらエルフの森とやり取りできるんでしょ?」
「その予定だ。店の方はどうだ?」
「宿屋を利用する探索者はほとんどいませんね。外で敷物敷いて寝てます。預かり所だけ使う探索者ばっかり。ここだけだと倉庫が足りないですね。最近は
「今建築中の建物ができたら、そこで
「ここって今のところ泥棒いないし、暇ですよ。それに利用者が30層級だから安全だし」
「30層級だと、なんで安全なんだ?」
「お金に困るのは10層級以下の探索者、あとはこそ泥を生業にしてるのが泥棒するのだけど、30層級の実力者を怒らせて敵にしたら街の外に逃げるしかないので。職業泥棒もここにはいないし」
妹ドワーフは椅子の下から手斧を取り出してくるくると回す。
「ただ、こう暇だと腕が鈍るから、私も
「いいぞ。こっちも助かる。その間、兄貴が店番していれば問題無い。
妹ドワーフはニヤリと笑う。なんだ?
「付き合いの浅いカップルの男が
少し闇を感じる。この子、恋愛でなんかあったのか?
「私は
「『全裸会』? 女が集まって南の方でなんかやってるやつか?」
グランシアもここに探索者が増えてからは全裸生活をやめてたが、かわりに南の方で女だけで女子会とかしてるとは聞いていたが。
「あ、そうだ。その『全裸会』のためにも南の方に男性が来るのは遠慮してほしいんですけど」
「その会の名前でだいたい予想できるけど、どんな女子会をやってるんだ?」
「みんなで真っ裸になってお茶飲んだり、
「楽しいのか?」
「楽しいというか、なんなんでしょうねあの解放感は。広い草原の中で裸でいるとすべての束縛から解き放たれて、どこまでも自由に行けるような気がして。心が軽くなるんですよ。それで最近考えるようになったんですよ。服ってなんなんだろうって」
「そこに道具として以外の哲学的な疑問を入れられると、俺には答えようが無い」
グランシア、なにやってやがんだか。
「さすがに男性の目があるところで脱ぐほど吹っ切れてないですけど、『全裸会』は地味に会員が増えてますよ。女同士で身も心も裸になって語り合うのはいいものですね」
グランシアはなにを目指してんだ? それともみんな心にストレスでも抱えてんのか?
「そんなわけで
地上は税金高い、物価が高い、戦争が近いらしいと暗くなってるからな。
「兄貴の方は?」
「
モテたい三傑衆がひろめたのか? 人手が増えるのはありがたいことだが。
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