第29話◇隠れ里に増えた新住人


 古代種エンシェントドラゴンの紫じいさんの泉にいくと、白蛇女メリュジン達が演奏をしていた。緩やかに流れる竪琴の音色。音楽と刺繍に関しては白蛇女メリュジンはレベル高い。他に楽しみが少ないからだったのかもしれないが。


 地上の道具屋の小人ハーリングとか、レッド種のルドラムの持ってきた楽器を見た黒浮種フロートが真似をしてテクノロジスで再現。新しい楽器が増えて、いくつかは白蛇女メリュジン用に改造されている。

 音楽と刺繍の好きな白蛇女メリュジン達は探索者達の故郷の唄とか知りたがって、新しい音楽が増えたことを喜んでいる。


 そんな音楽をバックミュージックに紫のじいさんが目を細めて戦盤をしている。

 どうやらふたりの挑戦者を同時に相手をしているようだ。

 ひとりは人間ヒューマンレッド種のルドラム。隣でリアードが応援している。

 もうひとりは、あれは部隊パーティ双鬼だったかな? ライトエルフがウンウン唸ってその後ろで部隊パーティメンバーが応援している。白蛇女メリュジンと一緒に笛を吹いてるのもいる。

 紫じいさんは楽しそうに手を進める。


「ふぉふぉふぉ、守りが固いのう。これでどうじゃ」

「え、ちょ、そう来るか?」

「こちらは果敢に攻めてくるが、ここに魔術師を置くと」

「あ、不味い、槍士と連携される」

「攻める前にもう少しこちらの守りを削るべき、じゃったかのー?」

「赤の剣士で王を守るか」

「そこ、騎馬兵が効いとるよ。ほい」

「あー!」

「これは攻めをとぎれさせたら負ける! 斧士を進める!」

「いや、そこを開けたらダメじゃろ? 神官で割り込むわい」

「いやー!」


 対戦者ふたりは声を揃えて、


「「参りました……」」

「ふたりともなかなかやるのう。楽しかったわい。ふぉふぉふぉ」


 俺はルドラムに近づいて聞いてみる。


「どうだ? 紫のじいさんの戦盤は」


 ルドラムは頭をかいてぐったりと、


「いやー、私はマルーン西区のレッドの中では1番と自信があったんだけどね。圧倒されたよ」


 やっぱり紫のじいさんは強いよな。


「ま、ワシは長生きしとる分の知識があるからのー。ワシの考えた詰め戦盤とか本にしたら人気あるかの?」

古代種エンシェントドラゴンの書いた詰め戦盤の書……、伝説の魔術書クラスの価値だと思うけど」


 俺は首を捻る。どうかな?


「冗談だと思われて本気にされないんじゃないか?」


 リアードが、


「そうだな。本人と会ったことが無いと信じて貰えない奇書扱いされそうだ」


 部隊パーティ双鬼の方を見ると、


「次は俺だ! 紫じいさんよろしくお願いいたします!」


 次は小人ハーリングが挑戦するらしい。双鬼の大鬼オーガ2本角バイ種が白蛇女メリュジンに銀粒を渡すと、その白蛇女メリュジンが紫じいさんの近くにある透明な箱に銀粒を入れる。


「ずいぶんと溜まったもんだな」


 1辺1メートルの箱の中には金粒銀粒が小山をつくってキラキラと輝いている。

 紫じいさんに戦盤で挑戦するときは、銀粒か金粒を賭けるようにした。

 これで紫じいさんに勝てたら、今までの挑戦者が貯めた金粒銀粒を総取りできる。

 それを目当てに紫じいさんに戦盤を挑む探索者が増えて紫じいさんも楽しんでる。

 現在も紫じいさんの連勝無敗記録は更新中で賭け金は貯まり続けている。

 探索者もこれで紫じいさんと仲良くなって戦盤談義で盛り上がったりしているので、古代種エンシェントと気後れされたりとかも少なくなってきたかな?

 俺は紫のじいさんにお願いする。


「少し落ちた鱗をもらってもいいか?」

「落ちた鱗など、好きにしてかまわんよ」

「じいさんはそう言うけどな、古代種エンシェントドラゴンの鱗ってだけで目のいろ変わるお宝だからな」

「そーゆーもんかのー。では、ミュクレイル」

「ん?」


 白蛇女メリュジンは交代で紫じいさんの身体を柄つきのブラシで洗う。今日はミュクレイルが当番だったのか、肩に柄つきのブラシを担いでいた。

 白蛇女メリュジンに頼んで紫じいさんの落ちた鱗は集めて黒浮種フロートの住み処に運んでもらっている。

 ドラゴンの鱗で盾とか鎧とか作れたら凄そうなので。


「ミュクレイル、そこに落ちてるワシの鱗を拾ってくれ」

「ん」

「そしたらその鱗、箱の中に入れてくれ」

「ん」


 ミュクレイルは言われるとおりに素直に5枚の鱗を透明の賭け金箱に入れた。ポイと入れてしまった。


「「あー!」」


 叫ぶ探索者達、金粒銀粒の小山の上に紫色の古代種エンシェントドラゴンの紫の鱗が虹色に輝く。

 部隊パーティ双鬼のメンバーのテンションが上がる。


「あ、おい! 賭け金が跳ね上がったぞ? 戦盤に強い探索者を呼んでこい!」

「次! 次は俺が挑戦する!」


 ルドラムも紫じいさんと小人ハーリングの対戦が見える位置に移動する。


「まずは紫さんの打ち筋を研究して……」

「ふぉふぉふぉ、楽しくなってきたのー。今度牙が抜けたらこの箱に入れようかの?」

「え? 紫じいさん牙が抜けるのか?」

「生え変わるんじゃよ。百年に1度くらい」


 古代種エンシェントドラゴンの生態は謎だらけだ。食事も月に1回、白蛇女メリュジンの作るシチューで十分足りるらしいし。


「まぁ、紫じいさんが楽しんでくれてるならいいけど、腰痛の方はどうなんだ?」

「腰巻きのおかげで楽になっとるよ。ワシの身体から漏れる魔力で動いとるし、壊れても黒浮種フロートが修理してくれるし。グリンには感謝しとるよ」

「そうか、俺のじーちゃんに会えたら伝えておく」

「また会いたいもんじゃのー」


 紫のじいさんはいつもと変わらない。いったい何千年ここにいるのか。

 少なくとも五千年、ここに住んで地上に出たことは無いらしい。

 聞いてはみたが、暗黒期以前のことは教えてはくれなかった。

 ただ、昔の約束を守るために白蛇女メリュジン黒浮種フロートを守るためにいるのだという。誰とのどんな約束かは秘密のまま。


『隠された過去とかあると伝説っぽくてカッコいいじゃろ?』


 お茶目に言ってたものだけれど。


「また戦盤しながら俺のじーちゃんがなにをしてたか話してくれ。しばらくは対戦相手に困らないだろうけどな」

「いいとも、いいとも。さて相手が増えたかの? 盤と駒があれば3人ならまとめて相手をしてやれるんじゃがのー」


 それを聞いたリアードが、


「よしわかった。ドラゴン用の特大戦盤駒を作るぞ。豪華なやつを」


 盛り上がってんなー。

 次は移転した踊る子馬亭の様子を見にいく。店長は猫尾キャットテイルの男。いつもにこにこ笑っている。


黒浮種フロートのテクノロジス食材の調理にも慣れてきたよ。調味料も辛くないのが揃ってきたし。でもいいのかい? 黒浮種フロートにはサンプルとデータが料金代わりって言われて材料も調味料も無料なんだけど?」

黒浮種フロートが納得いくものが作れたら改めて料金を決めることになるから、それまで協力してくれないか?」

「こっちはありがたいけれどね。それと白蛇女メリュジンにもうちで手伝いしてもらうことになったけど、服はどうしよう? エッチな酒場にする気はないんだけど、彼女達は肌にまとわりつくものは苦手みたいだしさ」

「調理するときにエプロンをするのは大丈夫みたいだったけど」

「目隠しに裸エプロンで給仕するのもどうなんだろうね?」

「全裸よりましだろ? 酒の方は?」

「全裸より危険かもよ? 酒はバングラゥとガディルンノが作ってるのは発酵中だって。まだ味見してないけど楽しみだね」


 店長は猫耳揺らしてにこにこと笑っている。


「地上で店を閉めてドワーフ王国で店を出そうか考えてたけど、まさか地下迷宮の中で酒場やるとは思わなかったよ。誘ってくれてありがとう」

「ここも人間ヒューマンが本気で攻めてきたら危険なところなんだが」

「それまでになんとかするんだろ? それにトンネルさえできたら逃げられるし。微力ながらお手伝いするよ。こんなところで酒場やってたなんて自慢できる。ただ、信じて貰えないかもしれないね」


 店長は、あははと笑う。店員のふたりの猫尾キャットテイル、店長の娘さんは新しい店の内装をどうするか話している。


「娘達も新しい環境を楽しんでるよ。白蛇女メリュジンとも黒浮種フロートとも仲良くなって、ただ」

「なにか問題が?」

「うん。私が白蛇女メリュジンに目を奪われると、うちの娘が冷たい視線で私を見るんだ」

「あー、それについてはそっちでなんとかしてくれ」

「どうすればいいんだい? ただでさえ美しくて魅力的、目隠しで瞳が見れないのは残念だけどその目隠しのせいでなにか背徳的なものがある。そんな美女が全裸でにっこり挨拶してくるんだから。ドリンはよく平気でいられるねぇ」

「なんか慣れた。ここではそれが当たり前なんだから。いつまでも慣れないのもいるけど、それはそれで白蛇女メリュジンのいいおもちゃになってる。共存共栄ってこのことだよな」

「それで私がおもちゃにされたらうちの娘が口きいてくれなくなっちゃうよ」


 店長はそう言うが店長の猫尻尾は機嫌良さそうに右に左に振られている。

 宿屋兼預かり所のシャロウドワーフの兄妹は、と。

 即席で建ち上げた立方体の建物は外壁が塗装されて青色に変わった。中に入ると妹ドワーフがいた。

 ドワーフは男は顎まで髭が生えるが女は顎髭は無い。鼻の下に髭が生える。最近ではドワーフの若い女性は髭を剃ったりして、それで『最近の若いもんは』と年配のドワーフに文句言われたりするそうな。

 妹ドワーフは鏡を見ながら鼻の下の髭を小さな鋏で手入れをしていた。口髭は剃らない派のようだ。


「あれ? 兄貴の方は?」

「兄さんならトンネル工事の手伝いに行きましたよ」

「その鋏どうだ?」

「いいですね。折り畳みできるこんな小さな鋏なんて初めて使うけど普通に使えますよ。これも黒浮種フロートの新作ですよね?」

「オシャレ用に持ち運び便利な鋏があるといいなって言ったのは誰だっけ?」

「私ですけどね、言って次の日に渡されるとは思ってませんでした。とんでもないですね、黒浮種フロートって」

「だからこそ仲良くしていきたいし人間ヒューマンから自衛できるようになってほしい。手伝ってくれるんだろ?」

「もちろん。ここなら税金もかからないし、今のところ金粒銀粒貯めても使うところないけれど、それもトンネルができたらエルフの森とやり取りできるんでしょ?」

「その予定だ。店の方はどうだ?」

「宿屋を利用する探索者はほとんどいませんね。外で敷物敷いて寝てます。預かり所だけ使う探索者ばっかり。ここだけだと倉庫が足りないですね。最近は白蛇女メリュジンに預かり所経営を教えてますけど」

「今建築中の建物ができたら、そこで白蛇女メリュジンの預かり所が始まる予定なんだが」

「ここって今のところ泥棒いないし、暇ですよ。それに利用者が30層級だから安全だし」

「30層級だと、なんで安全なんだ?」

「お金に困るのは10層級以下の探索者、あとはこそ泥を生業にしてるのが泥棒するのだけど、30層級の実力者を怒らせて敵にしたら街の外に逃げるしかないので。職業泥棒もここにはいないし」


 妹ドワーフは椅子の下から手斧を取り出してくるくると回す。


「ただ、こう暇だと腕が鈍るから、私も白蛇女メリュジンの戦闘訓練に参加してもいいですか?」

「いいぞ。こっちも助かる。その間、兄貴が店番していれば問題無い。白蛇女メリュジンとは仲良くやっていけそうか?」


 妹ドワーフはニヤリと笑う。なんだ?


「付き合いの浅いカップルの男が白蛇女メリュジンに目を奪われてそれで女の方が怒ったりしてます。なかなかに傑作ですよ」


 少し闇を感じる。この子、恋愛でなんかあったのか?


「私は白蛇女メリュジンとは仲良くやってますよ。美人でも素朴で嫌味が無いなんて卑怯だと思いません? それに私は『全裸会』の一員ですし」

「『全裸会』? 女が集まって南の方でなんかやってるやつか?」


 グランシアもここに探索者が増えてからは全裸生活をやめてたが、かわりに南の方で女だけで女子会とかしてるとは聞いていたが。


「あ、そうだ。その『全裸会』のためにも南の方に男性が来るのは遠慮してほしいんですけど」

「その会の名前でだいたい予想できるけど、どんな女子会をやってるんだ?」

「みんなで真っ裸になってお茶飲んだり、白蛇女メリュジンに刺繍を教えてもらったりごろごろしたりですけど」

「楽しいのか?」

「楽しいというか、なんなんでしょうねあの解放感は。広い草原の中で裸でいるとすべての束縛から解き放たれて、どこまでも自由に行けるような気がして。心が軽くなるんですよ。それで最近考えるようになったんですよ。服ってなんなんだろうって」

「そこに道具として以外の哲学的な疑問を入れられると、俺には答えようが無い」 


 グランシア、なにやってやがんだか。


「さすがに男性の目があるところで脱ぐほど吹っ切れてないですけど、『全裸会』は地味に会員が増えてますよ。女同士で身も心も裸になって語り合うのはいいものですね」


 グランシアはなにを目指してんだ? それともみんな心にストレスでも抱えてんのか?


「そんなわけで白蛇女メリュジンのおかげで昔ほど鬱々とはしなくなりましたよ。それにここだと税金とか生活費とかで頭を悩ませることもないですし。昔より楽になりました。探索者も地下迷宮ダンジョン税が無いから喜んでお宝持ち帰ってるから倉庫もすぐにいっぱいになるし、地上と違ってここはみんな明るくて楽しいですし」


 地上は税金高い、物価が高い、戦争が近いらしいと暗くなってるからな。


「兄貴の方は?」

白蛇女メリュジンに鼻の下伸ばしてます。それでモテるためにって今日もトンネル掘りに」


 モテたい三傑衆がひろめたのか? 人手が増えるのはありがたいことだが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る