第6話◇五日ぶりの風呂、ダンジョンを出たらこれだ


「……なんだか暗いな。また買い叩かれたか?」


 デカイ図体の大鬼オーガのディグンがなんか心配している。


「ま、気にするな。で、盾なんだがー」


 ここまで言って部隊パーティー白角のメンツを見ると、みんな静かまじめに俺の言葉の続きを待っている。

 白角のエルフの少年がゴクリと唾を飲んだ。もしかして金に困ってて、俺に頼んできたのか?


「5万csカッパーシードで売れた」

「ほんとか? 3万越えたらいいなとか話してたんだが……」

「ろくに機能を調べもしないで魔力量だけ見てたボンクラ管理局員のおかげだ」

「いや、俺達じゃ上手くやれねぇよ。流石はドリンだ」

「税金で引かれた残り分、銀貨でいいよな? 250ssシルバーシード、ほい」


 俺が銀貨の入った袋を出すとディグンは地面に膝をついて受けとる。

 身長120センチの魔性小人ブラウニーの俺が身長2メートル超えの大鬼オーガを見上げて話してたんだが、ディグンは嬉しかったのか地面に両膝をつけて、背中を丸めて俺と目の高さを合わせる。


「いやぁ、助かる。感謝するぜドリン」


 ディグンは袋の中の銀貨を確認して、何枚か抜いてから白角のエルフに渡す。少年エルフは白角のみんなと額をぶつけるようにして袋の中を覗き込んでる。

 やった、とか、うひょーとか言ってる。


「ドリン、お礼だ」

「手間賃な」


 ディグンから銀貨を受けとる、20枚。


「おいこら、ディグン」

「なんだ? 足りなかったか?」

「違う、出し過ぎだ。こんな高値のつく仕事をした憶えは無い」


 半分返して手元に10枚、これでもまだ多いような気がする。なのでさらに2枚返して8枚残す。


「律儀だな、ドリン。暗い顔だったから、持ってきたお宝が金にならなかったのかと心配したんだが、違うみたいだな」

「ディグンが気にすることじゃない。俺達が暗いのは地下迷宮ダンジョン税の値上げを聞いたからだ」

「あの通知は3日前だったが、そのときお前ら潜ってたんだったか。それでも税金が上がるかもって噂は前からあっただろう?」

「お宝持って地上に上がってから聞かされた方の身になってみろ」

「あー、そりゃこたえるなー」


 白角と合流して街に向かう。俺達のような8級市民の探索者が集まるマルーンの街の西側。街に住む人間ヒューマンが亜人街と呼ぶ俺達の今の住処へと。


「そんなわけで故郷に戻ることにした」

「白髭団もいなくなると寂しくなるなぁ」


 部隊パーティ白角のメンバーと部隊パーティ白髭団のメンバーが話をしている。ディグンとメッソは仲がいいというよりはどこか競っているような感じだったが、今は横に並んで歩きながら話している。


ディープドワーフの故郷に帰ってどうするんだ? 鍛冶屋でもするのか?」

「しばらくは骨休めでもするさ。それからまた探索者でもするかもしれん」

「ここに戻ってくるのか?」

「俺達じゃ30層がやっとだからなぁ。ここは地下迷宮ダンジョン税も高いし、ここの王国の外の小迷宮か中迷宮でも荒らすことにするさ」

「白角も他所に移るかなぁ。税は高いし、物価も高いし……」

「百層大迷宮に魅力はあるが、ここで探索者続けるのが息苦しくなってきたからなぁ」

「触るな凸凹はどうするんだ? 白髭団とドワーフの国に行くのか?」


 ん? ディグンがこっちに話を向けてきた。


「その呼び方いつから定着してんだ? その触るな凸凹って別に部隊名でもコンビ名でも無いんだが。とりあえず俺はまだここに残るぞ」

「だったら白角に入らないか?」

「考えとく。今は少し調べたいことがあるからな」

「なんだ、じいさんの手懸かりでも見つかったのか?」

「どうだろうなぁ。見つかるかもしれんといったところだ」

「サーラントは?」

「何かあれば手を貸してもいい。だが今はドリンの手伝いを優先する」

「そうか」

「これから白髭団の追い出し会をやるんだが、白角も来るか?」

「いいのか?」

「メッソ、いいか?」

「いいとも。ま、ここで別れてもそのうちどこかの地下迷宮でバッタリ会うかも知れんが」


「んじゃ、また後でねー」

「踊る子馬亭だったな」

「そうそう、あの天井に穴が空いてる酒場」


 灰剣狼と猫娘衆と一旦解散。

 俺とサーラントも白髭団と使っている宿屋兼預かり所に行き金目のものを預ける。

 探索者を引退して預かり所をやっているシャロウドワーフの兄妹にメッソがミスリルの戦斧を自慢していた。

 ディープドワーフとシャロウドワーフは仲が悪いと聞いたことはあるが、こいつら仲良しだよな。

 サーラントは大サイズ用の個室に戻る。一応この宿には、一階に大鬼オーガ人馬セントールといったガタイのデカイ種族が使える部屋がある。

 俺も自分が借りてる部屋に戻って革鎧を脱いで、街でうろつくための軽い服に着替えるが、


「まだ、時間あるか」


 部屋から出てサーラントの部屋に向かうと、サーラントも鎧を脱いで部屋から出てきたとこだった。同じことを考えてたのかサーラントが言う。


「風呂に行くか」

「そうだな。たぶん灰剣狼も行ってるだろう」


 5日と地下迷宮に潜っていたので、汗と垢と汚れを落としに大衆浴場に。


 地下迷宮から出るお宝、それを目当てに集まった探索者、その探索者を相手に商人が集まったマルーン街西区。

 人間ヒューマンの街でありながらこの西区には人間ヒューマンはほとんどいない。地下迷宮管理局の奴等以外では、よほどの物好きか、レッド種の人間ヒューマンしかいない。


「少し寂れたか?」

「昔は賑わっていたらしいが、俺達が来た頃より探索者は数が減ったみたいだな」


 それでも薬屋に武器屋、各種の道具屋。それに屋台が並び、狼面ウルフフェイス猫尾キャットテイル、エルフ、ドワーフ、小人ハーフリング大鬼オーガ小妖精ピクシーとさまざまな種族が集まるこの西区は独特の活気がある。

 百層大迷宮が無ければこれだけ雑多な種族が集まる街も無いだろう。この混沌とした活気が、なかなか気に入っている。魔術の研究には少し騒がしい街だが。


 大衆浴場には同じこと考えてた灰剣狼がいた。

 膝から下を湯に浸けて蒸気風呂の湯気に身を晒す。

 サーラントは馬の脚を曲げて馬体を湯に浸ける。


「ふいーーー」


 パリオーと書いてある専用のたらいに湯を入れて、そこに褐色の全裸邪妖精インプが緩んだ顔で浸かっている。

 以前に踏まれかけた小妖精ピクシーがいたことから小妖精ピクシー用のたらいは貸し出しているのだが、パリオーは自分専用のたらいをこの大衆浴場でキープしている。

 なんでも座高と脚の長さを計って頭を乗せるたらいのふちの部分をこだわって作ったオーダーメイドの一品らしい。

 たらいというよりはパリオー専用の湯船、でも見た目は小さなたらい。いや洗面器か。


「ドリーン、今回は楽しかったぞー。その上なかなかの稼ぎになったし」


 たらいとパリオーを見てたら話かけてきた。


「そりゃ良かった。ところで灰剣狼は40層から下の探索はどうなんだ?」

「や、もー、ぜんぜんダメ」

「やっぱりか」

「ドリン、なにかいい方法は思いつかないかー?」

「思いついたら、とっくに試してるって」

「そっかー。なードリンとサーラントは灰剣狼に来ないのか?」

「灰剣狼は6人いるだろ?」

「別に8人でもいいんじゃないの?」


 地下迷宮ダンジョンでの戦闘は狭いところもあるから、人数が多くなるとやりづらいこともある。だいたい1部隊パーティー4名から6名といったところ。

 ボス相手には複数の部隊であたるが、ボスを相手にしないなら30層までなら俺とサーラントの2名でも行ける。

 40層から下を本格的に攻めるには、どこかのメンバー募集してる部隊に入ったほうがいいんだが。

 腕を組んで狼の目を細めるカゲンが聞いてくる。


「白髭団がいなくなるなら、俺からも改めて誘わせてくれ。どうだ? もちろん今の調査が終わってからでいいんだが」

「カゲンが俺達をかってくれるのは嬉しいが、そうだな、あのエリアの調査が終わったら返事をする」


 狼面ウルフフェイスのカゲンの顔は蒸気で濡れると痩せて見える。狼のような顔は毛がふさふさだから、濡れてぺちゃんとなると少し貧相な感じがする。


「そうか、あとひとつ頼みがある」

「なんだ?」

「風呂から出たら毛を乾かしてくれ」

「それは浴場付きの魔術師に頼めよ」

「ドリンの方が上手い。綺麗に乾いて整えやすいし、なにより毛が痛まない」


 確かに俺は水の系統が得意ではあるから、乾かすのも簡単だが。


「もしかして、乾燥機代わりに灰剣狼にひとつほしいということか?」

「はは、それもあるが、もちろんドリンとサーラントの実力を見込んで、だ」


 カゲンは笑って応えるが、乾燥機呼ばわりってのはなー。


「サイズも手頃で持ち運びも楽、乾燥機としては優秀だな」

「やかましい、サーラント。そうなるとお前は乾燥機を持ち運ぶだけの役目になるぞ」

「体毛の多い種族には需要あるだろう。あとで俺の尻尾も頼む」

「わかったわかった。いつもどうりやってやるよ。あとはヤーゲンもいっしょにやればいいんだろ?」

「おー、頼むぜ」


 男同士の裸の付き合い。地下迷宮ダンジョンから出たあとはこの大衆浴場で疲れを落とす、というのがお約束となってきた。


「猫娘衆との飲み会だから、身体を綺麗にしないとなー」


 パリオーが鼻歌しながら褐色の肌をごしごし洗う。

 いやまて、お前が身体を綺麗にして猫娘衆になにをするつもりだ? またサーラントに床に叩きつけられても知らんぞ、俺は。

 風呂上がりにカゲンとヤーゲンの毛皮と、サーラントの馬体と尻尾を俺の錬精魔術で乾燥させる。


「こっちも頼むぜ」


 メッソとボランギもいたので、そのドワーフのもさもさした髭もついでだ。

 乾いた毛がパサパサにならないように、先に俺の作ったハーブオイルを毛に含ませて。


「なんかいい匂いがする」

「新しい調合を試してみた。もう少し濃い目で作っても良かったか」


 公衆浴場で垢擦りとかマッサージとか乾燥をやって小銭を稼いでる奴が見に来るので、簡単に説明しとく。

 乾燥をやってるのか公衆浴場付きのエルフの魔術師が熱心に聞いてきた。このハーブオイル、商品になるかもしれない。余った魔術触媒の廃品利用なんだが。


「水分除去、微調整、ふんわり仕上げ」


 呪文を唱えて魔術発動。

 じーちゃんがかつての仲間のために開発したというオリジナルの魔術、優しい乾燥は体毛の多い種族からはいつも好評だ。


 公衆浴場を出て商店や屋台を見ながら踊る子馬亭へ。白髭団のメンバーへの餞別を灰剣狼と被らないように選んで、と。


「だから、そんな気を使わなくていいから」


 遠慮するルノスを抑え込んで買い物をすませる。

 地下迷宮ダンジョン税で半分取られたが、稼いだばかりの今の俺達はかなり裕福なので買い物も楽しい。調子に乗っての無駄遣いには気を付けるか。


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