第5話◇値上げだと? いつの間に?


 街側出口のある部屋で女性陣と合流。

 そっちもきゃいきゃいと今回の収入の使い方を話してたようで盛り上がっている。

 こういうとき、男連中よりも女の集まりのほうが華やかな感じがするな。


 奥から貨幣の入った袋を重そうに持ってノクラーソンがやって来た。

 カウンターの上にドチャリと置いて、


「先にあの大きな魔晶石について聞きたい。場所と相手について」


 いちおう聞いてくるのか。ま、珍しいサイズで今後出てくることもあまり無いだろうが。

 あのエリアを秘密にするべくでっち上げておくか。


「俺たち白髭団が41層探索中に出会ったボス級の大蜘蛛だ。場所は41層の南側。前に探索したときにはいなかったから、さ迷うタイプワンダリングのボス級と思われる」

「今までそんな奴がいたと聞いたことが無いんだが?」

「俺たちだって初めてだ。慌てて逃げてるところを灰剣狼と猫娘衆と合流できて助けてもらった。でないと討伐どころか俺たちが危ないところだった」

「41層にうろつくボス級、か。危険な相手か?」

「30層ボスの骸骨百足と同等、といったところか?」

「解った。他の探索者にも警告を出して置こう」

「魔晶石のサイズで予測すると何十年と未発見の珍しい奴らしい。目撃が今回だけなのか、それとも下層から来てこれから増えるのかはわからんが、注意した方がいい。俺達も縁のある奴等に話しておく」


 口から出任せだが、こういうことにしておく。これで未探索の隠しエリアをじっくり調べられるということで。


「さて、今回の査定結果だが」


 ノクラーソンの説明が始まる。


「ミスリル銀のラウンドシールド、5万cs カッパーシード、小剣、2万cs 」


 盾はディグンのものだから後で分けておくとして。


「銀製のスープ皿5枚にフォーク4本とナイフ4本、純金製のティースプーンが6本、極楽鳥の羽根ペン2本、これが4900cs」


 まぁ、こんなものか? ティースプーンがけっこう高値がついているようだ。


「銀粒、金粒、プラチナ、重量換算で30万1200cs 」

「おおー!」

「銀粒だけで42キログラム、よく運んでこれたものだな。次に宝石各種に土精石、久し振りに星石を見たぞ。3万2千cs」


 メッソとボランギがうむうむ、と頷いている。妥当な査定らしい。ボランギから見せてもらったメモの予想金額より400cs 高い。というか400しかずれてないあたりは流石ドワーフ。


「そして、巨大魔晶石。これが9万8560cs」


 細かいなぁ、ノクラーソン。


「だがこのサイズの魔晶石の買い取り例が無い。なので10万csだ」


 お?


「珍しいなノクラーソン。いつもはきっちり細かいのに」

「部下に指示して過去の記録を調べさせている。過去の巨大魔晶石の換金例を見つけて今回の査定より高値だった場合には差額を払おう。その時は灰剣狼、猫娘衆、白髭団の部隊長パーティーリーダーに伝えればいいか?」

「あぁ、それなんだが」


 白髭団リーダーのメッソが髭をいじりながらノクラーソンの前に出る。


「白髭団は今日でここから引き払う。俺のかわりにドリンに伝えてほしい」

「……そうか。白髭団のような堅実な30層級がいなくなるのは残念だ。で、触るな凸凹は? お前らも白髭団だろう?」


 俺達がいなくなるとさみしいのか?


「俺とサーラントはまだ残るが?」

「それは残念だ」


 どういう意味だ? このやろう。

 しかし、そうなるとあの大蜘蛛は前回はいつ討伐されたのか? 1メートル越えの魔晶石が記録に残っていればわかるかもしれないが、古すぎて残ってない可能性が高いな。


「今回の査定、総額50万8100cs 。異存が無ければ支払いに移る」

「問題無い」


 これはカゲン。


「いいよ」


 これはグランシア。


「これでいい」


 これはメッソ。カゲンとグランシアは流石に平然としているが、まわりがはしゃぎはじめている。メッソはよく見れば涙ぐんでいるし、ヤーゲンは狼尻尾がワサワサ、ゼラファも豹尻尾がクネクネしてる。


「50万越えたかー」

「かなりのレアボスだったってことね」

「しばらくは遊んで暮らせるな、おい」


 興奮したパリオーが走りまわって、シャララが空中で踊り出す。

 いつ死ぬかわからないような地下迷宮に潜ってるのだから、それ相応の見返りが無ければやってられない。

 探索者によってはこれで引退して故郷に帰ることも考える額ではあるが。

 ただ、問題はここから。

 これで探索者のやる気が減少する。


「この金額から地下迷宮ダンジョン税50%を引いた25万4050csが支払い分になる」


 そう、地下迷宮ダンジョン税。アルマルンガ王国大迷宮で入手した財宝にはすべて関税がかかる。

 せっかく手に入れたお宝も全部持っていける訳では無い。

 これが高いんだよなー。50%かぁ。

 

 ん? 50%? おい50%? 今50%とか言ったか?

 ちょっと待ておい。


「ちょっと、50%ってどういうこと?」


 グランシアが代表してノクラーソンに詰め寄る。


「やはり知らなかったか」


 ノクラーソンは黙って俺達の背後を指差す。振り向けば壁には貼り紙が貼られていた。そこには、


地下迷宮ダンジョン税が変わります。47%から50%に』


 と、書かれていた。


「3日前から税率が変わった。議会からの通達だ。お前達は地下迷宮にいたから知らなかったんだろうが」


 シャララが空中からみんなに合図する。

 さん、ハイ、


「「えーーーーーー?」」


 不満の合唱。


「おい、ノクラーソン。3ヶ月前に45%から47%に上がったばっかりだぞ? どういうことだ?」

「私に聞かれても困る。アルマルンガ王国議会に聞いてくれ」


 50%、これからはきっかり半分持ってかれるようになるわけだ。


「47%じゃ計算がめんどくさいからすぐに変わるんじゃない? とか、噂はあったよね」

「でも3ヶ月でまた値上げって……」

「うーわー、厳しいのぅ」

「やっぱ人間ヒューマンの戦争準備?」


 みんなぶつくさ言っている。いや、当然か。5日間地下迷宮に潜ってたから、増税なんて知らねぇよ。まったく。


「悪循環だな」


 サーラントがノクラーソンに言う。


「税率を上げた結果、探索者が減る。探索者が減った分の税収を確保するために税率が上がる。また探索者が減る。魔晶石の採取量が減って困るのは王国ではないのか?」


 実際、地下迷宮税の値上げで探索者は減った。昔はいたという50層級の探索者は、今はもういない。


「それはわかっている。地下迷宮管理局からは優秀な探索者確保のために、値上げをやめるように議会に意見書は出した。だが、議会はもう決定を出した。私はそれに従うだけだ」


 まー、ここでノクラーソンに文句言ってもどうにもならんし。


「みんな落ちつけ。俺達がここでグダグダ言ってもこの王国の法は変わらん。はらわたが煮える気持ちなのはおれも同じだ、だから――」


 ここまで言ったところでまわりは静かになった。静かになったが、なんで不安そうな目で俺を見る?


「ドリン」

「なんだ? サーラント」

「覚悟を決めたなら、手を貸してもいい」

「? なんのことだ?」

「これから議会に乗り込むのだろう?」


 なにを言ってるんだ、この欠陥フレイルぶん回し機能付きは。


「おいドリン。頭に来てるのは分かるが、人間ヒューマンの貴族の暗殺とかヤバイことはやめておけ」

「カゲンは俺をなんだと思ってんだ? 人間ヒューマンを追い出して百層大迷宮を俺のものにしようとか、そんなバカなことは考えてない。子供じゃあるまいし」

「え? 子供のときは考えたことあるの?」

「グランシア、子供心に思いつく自由で柔軟な発想を考察することで、魔術は発展するんだぞ。ばかばかしいと笑って可能性の芽を摘むのはよくないことだ」

「ドリン! お前は否定したいのか? それとも私を脅しているのか?」

「ここでノクラーソンを脅して俺になんの得がある? みんな俺の話をちゃんと聞いているのか?」

「俺はいち探索者として議会に訴えるだけのつもりだったが、ドリンがこれほど過激とはな。魔術以外の常識も頭に入れておいた方がいい」

「サーラント! お前少し黙れ。お前がおかしなこと言い出すからみんなが引いてるんだろうが」


 まったく、理性的に考えられる常識があるのは俺だけか?


「とにかく、ここで揉め事は避ける。稼いだ分を受け取って街に戻ろう。今ここでぎゃいぎゃい騒いでも1度決まった税率は変わらないからな」


 見るとノクラーソンが大きく息を吐いていた。税率アップでこれまで探索者の文句を聞かされていたのだろう。疲れた顔をしている。


「支払いの額が多いので金貨を使いたいが良いだろうか?」

「両替がめんどうだから、銀貨のほうがいいんだが」


 街で生活するのに金貨は使い勝手が悪い。両替が手間だ。


「銀貨2千枚以上をすぐに用意することが出来ない。金貨ならすぐに出せる。全額銀貨にすると明日か明後日まで待ってもらうことになるが」

「仕方ないか、但し金貨は18の倍数で。頭数で割りたいからな」

「それで用意してある。25万4050cs だから、金貨36gsゴールドシード、銀貨1460ssシルバーシード、銅貨50cs カッパーシード、確認できたらこちらの書類に部隊長のサインを」


 やっと金を受け取って、部隊長が3等分して財布に納める。


「おい、ホントにいいのか?」


 メッソがミスリル銀の戦斧を指差して確認する。

 ミスリル銀の戦斧の査定は1万6千。税金の分の8千csと所持者登録手数料を俺とサーラントと灰剣狼と猫娘衆で出して、この戦斧を白髭団への餞別にすることにした。


「こっちは斧使うのいないし」


 グランシアは軽く言い、


「それなら故郷の奴等に自慢できる土産になるだろ?」


 カゲンも笑って答える。俺も、


「ま、世話になった礼だ」


 メッソは目をウルウルさせてボランギに背中を叩かれている。


「ボランギとルノスとリックルには何か別の餞別を用意する」


 サーラントが白髭団のメンバーに話すと、


「気にすんなよ。余計な荷物は増やしたくねぇし。今回の稼ぎで十分さ」


 小人ハーフリングのルノスは意外と謙虚。


「もらえるものはもらうけどさ、私が持っていける分でね」


 小妖精ピクシーのリックルが持っていける分ってかなり小さくないとダメか? なにがいいだろうか。


 迷宮管理局の建物を街側の扉から外に出る。

 迷宮から魔物が出てきたときの対策のために町外れにこの砦はある。

 迷宮の出入り口を守るために作られた砦。

 迷宮から魔物が出たときの守りのためとかいってるが、実態は迷宮の宝を他所に持ってかれないように守る砦。

 騎士団がべったり張りついて守っている。王国の魔術研究局からも砦を守る人員が来ている。税金を払わずに宝とか魔晶石を持ち出すのは不可能、だろうなぁ。

 過去挑戦した探索者はバカみたいな金額の賠償金を請求され、払えなければ強制労働か死刑。

 見た目のいいエルフや小妖精ピクシーは他の人間ヒューマンの国に売られるとか。

 アルマルンガ王国は智者憲章を守ると言ってるから異種族の奴隷と食用は禁止のはずだが、東の方の人間ヒューマンの国ではいまだに奴隷制度のある野蛮なところが多い。売られた者はどうなったことやら。


 みんなでぞろぞろと街に向かって進む。

 途中に大鬼オーガ1本角ユニ種のディグンと部隊パーティー白角が待っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る