第7話◇送別会は賑やかに


「かんぱーい!」


 場所は酒場、踊る子馬亭。

 みんなが好きな飲み物を掲げてジョッキを合わせて鳴らす。単眼大蜘蛛討伐祝いに、マルーンの街を出る白髭団の送別会だ。


「今回の手助けをしてくれた灰剣狼と猫娘衆に改めて礼を言わせてくれ。そして大物討伐の機会とお膳立てに尽力してくれたドリンとサーラントには重ねて感謝を」


 涙目をうるうるさせて話すメッソに林檎酒の入ったジョッキを掲げて返事にする。

 踊る子馬亭は大サイズの種族も入れるが、人馬セントールのサーラントと大鬼オーガ1本角ユニ種のディグンは床に座ってテーブルと高さを合わせている。

 小人ハーフリングのルノスと小人ハーフリング希少種魔性小人ブラウニーの俺はちょっと高めの椅子。他の種族の子供用というところか。

 小妖精ピクシー達はテーブルの上に置いた小さなクッションの上にちょこんと座っている。

 メッソの話のあとはみんなわりと好き勝手に飲んだり食ったりだ。4部隊パーティーの人数が集まるとにぎやかなもんだ。

 それぞれが交代に白髭団のメンバーに餞別というかお土産をわたす。

 白髭団の小妖精ピクシーのリックルが猫娘衆から小妖精ピクシー用の小さなネックレスをもらって泣き出してしまった。


「いいのか? 俺達奢ってもらって」


 ディグンがデカイ図体をして小さいことを言う。気配りのできる大鬼オーガ


「いいんだよ。俺達、今回けっこう稼いだから」

「すまんなぁ」

「持ちつ持たれつだ。困ってたんなら先に言えよ」


 俺とディグンは小声でボソボソ話す。

 なんでもディグンがかなりのケガをして部隊パーティー白角はしばらく休業状態。治療費もかかって金に困ってたと。久しぶりの復帰戦のお宝があのミスリルの盾で、金にならないとピンチだったそうな。


「そっち、治癒術使えるのいないんだっけか?」

「いるにはいるが、まだまだでなぁ。これからに期待だ」


 ディグンは隣にいるエルフの少年の頭をがしがし撫でている。ディグンがこのエルフを庇ってケガをしたとか。少年は肩を竦めて小さくなってる。

 で、その少年エルフは妙にキラキラした目で俺を見ている。


「あの、あなたが噂の触るな凸凹のドリン様ですか?」


 おい、どんな噂だ? 様づけってなんだ?


「ディグン。俺達のことをなんて話してんだ?」

「あー、まー、仲良くなるととても頼りになる、とか?」


 言いながらこの店の天井を見上げる。ポッカリ開いた大きな穴。

 つられて少年エルフも天井の穴を見る。


「日頃の行いが評価に繋がる。ドリンもこれで少しはいつもの行動に気をつけるんだな」

「サーラント、しれっと言ってるがあの天井の穴はお前の仕業だろうが」

「あぁ、そうだな。ずいぶん高く飛んだものだ」

「天井から大鬼オーガの首から下がプラーンとぶら下がってるのを見て、お前が新しいイカれた芸術に目覚めたのか心配になったぞ」

「俺の視界に入るところで俺を不愉快にさせるほうが悪い」


 確かに「酔っぱらっちゃったー」とか言いながら給仕の猫尾キャットテイルの女の尻をなで回して尻尾を引っ張ってたあの不埒な大鬼オーガは不愉快ではあったが、


「だからって大鬼オーガをかち上げて天井にめり込ませるのはやり過ぎだろう」

「そう言うドリンこそ、相手がスリとは言え、大通りで魔術を使って追い込んで公衆の面前で足の骨を折るとか、やり過ぎだろうが」

「あれは小人ハーフリングのおっさんが人間ヒューマンの子供のふりして同情買おうと気持ち悪い演技をするから当然の処置だ。片足で済ませた分優しいだろうが」

「ドリンがあの男の足を折ってるとき、回りがどんな目で見てたか憶えてるのか?」

「サーラントが大鬼オーガを天井に突っ込ませたとき、楽しいはずの酒場がどれだけ凍りついたか憶えてるのか?」

「とにかく」


 俺はまわりを見渡していつの間にか注目してる周りの連中に一言いっておく。


「「こいつは頭がおかしいが、俺はまともな常識人だ」」

 …………………………

 ハモってしまった。サーラントと。

 見ればサーラントは俺を指差している。俺もサーラントを指差しながら言ったんだが。

 お互いに指を指しあったまま、しばし睨み会う。

 まぁ、客観的に見ればどっちがまともかは、すぐにハッキリするだろう。

 ジョッキに残ってる林檎酒を一気に飲み干しジョッキを掲げる。


「「おかわり」」


 またハモってしまった。サーラントはエールのジョッキを掲げている。そのサーラントとまた目が合う。


「ドリン、その頭にたまには魔術以外の知識を入れろ。道徳とか常識とか倫理とか」

「サーラント、突撃欠陥フレイルぶんまわし機が常識を語るんじゃない。正気を疑われるぞ?」


 まったくサーラントのくせに俺に道徳を語るとか、常識の無い奴。俺とサーラントを見る狼面ウルフフェイスのヤーゲンが、ディープドワーフのメッソとボソボソと。


「よくあれをまとめていたなぁ」

「いや、その、ドリンもサーラントもいい奴なんだ。ただちょっとキレるところが分かりにくいのと、二人とも譲れない主義が俺達には理解しにくいだけで」


 ヤーゲンがメッソのグラスに酒を注いでいる。あれはブランデーか? 高い酒飲んでるなー。

 というか、誰がどう見てもサーラントの方がおかしいのは一目瞭然、なのに触るな凸凹と俺がサーラントとセットで呼ばれるのは理解できないし、納得いかん。

 納得いかないついでにこの酒場の店長の猫尾キャットテイルのおっさんに聞いておく。


「あの天井の穴はいつ直すんだ?」

「あのままにしとくつもりだけど? 屋根まで貫通してるわけでないし、あの穴を見た酔っぱらいがうちの店員に手を出さなくなるからさぁ」


 焼き鳥と林檎酒のお代わりを持ってきながらさらっと言う。インテリアとしては物騒な。

 そのときお尻を触られてた猫尾キャットテイルの娘さんはサーラントに野菜スティックとエールのお代わりを持ってきてる。で、サーラントを見る顔がポッと赤らんでたりする。

 なんだかなぁー。


「あの大角軍団を壊滅させたってホントですか?」


 少年エルフが聞いてきたので、その口に焼き鳥を突っ込んで訂正しておく。


「壊滅じゃなくて、解散な。それにあれは俺達だけじゃ無くてここにいる全員でやったことだ」


 なんでそれが俺達ふたりでやったことになってんだ? おかしいだろ。


「いやいや、少年。あたしらはたいしたことはしてないよ?」


 グランシアがいつの間にか俺の後ろにいて俺の頭に顎を乗せて話し出す。

 なんでいつも近いんだ? グランシアは。


「あたしら猫娘衆はドリンとサーラントを止めただけ。あたしらが止めなかったら大角軍団は壊滅じゃなくて全滅になってたからねぇ」

「おい少年、真に受けるなよ。酔っぱらいのたわごとだからな。グランシアも新人に適当なこと言ってんじゃない」


 部隊パーティー大角軍団がたちの悪い連中だったからみんなで潰しただけのことだ。たいしたことじゃない。

 それに全滅なんてやってない。ただ部隊長パーティーリーダー大鬼オーガ二本角バイ種とそのシンパがサーラントのフレイルでひき肉になっただけ。

 わざわざ大げさに騒ぐことでも無いことなのに、あの一件以来呼び名が凸凹コンビから触るな凸凹に変わったような。


「で、あの蜘蛛なんだけど、白髭団が抜けた戦力は白角にやってもらう?」


 グランシアがこそこそと、


「そうだな。まだ先のことだけど、それでいいんじゃないか? 話すのは次回の討伐前でいいだろう」


 こっちもボソボソと。あの蜘蛛が復活する前にあのエリアを調べておかないと。グランシアはグラスのワインを呑みニンマリ。


「こっちも43層から先に進まないからさ、なにかまたおもしろいことあったらすぐに教えてよね」

「わかってるって。しかし期待されても困る。ただ閉鎖されただけのエリアならおもしろいものなんてないだろうよ」

「そんなことは無いね。だってドリンが気になるところなんだろう?」


 確かに、あのエリアを調べたのもダンジョンの構造から見ても30層だけが少し東側にズレている。なので西側の端になにかあるのかと探して見つけたものだから。

 西側に隠したエリアがあれば、宝物部屋とか見つかるかも知れない、そんな理由。

 それがただ放棄されただけのエリアなら大蜘蛛以外はなにも無いんじゃないかな。念のため確認するだけで。


「触るな凸凹に触れば、何が起きるかわからない。期待してるよ」

「俺達はびっくり箱か?」

「そんな可愛いもんじゃ無いくせに」


 獅子の耳をピクピクさせながら楽しそうに言うな。

 サーラントが割って入ってくる。


「グランシア、おもしろみ優先で触るな凸凹の悪評を広めるのはやめた方がいい。ドリンが可哀想だろう?」


 お前が言うのかよ?


「サーラントが筋違いの騎士道根性をやめたら悪評は無くなると思うんだがなぁ」

「そうやって責任転嫁するのをやめれば、悪評はドリンひとりのものになると思うのだが」

「頼むサーラント。鏡を見て言ってくれ。お前の評判を俺にお裾分けしてくれなくていいから。で、何がそんなにおかしいんだグランシア?」

「わからない? もー、ふたりともうちに来ない? 猫娘衆に入らない?」

「やめてくれグラ姐、猫娘衆は男子禁制」


 猫娘衆の猫尾キャットテイル稀少種豹種のゼラファが入ってきた。

 猫娘衆は女のみでやってきた部隊パーティーだから当然だな。 


「ゼラファ、私はそういうのはどうでもいいけど?」

「触るな凸凹がうちに来たら、漫才に気をとられて探索が進まなくなる」

「あはははは!」


 まったく俺達をなんだと思ってやがんだか。漫才ならパリオーとシャララの領分だろう。

 俺とサーラントにおもしろトークや小粋なジョークなんて期待すんなよな。


「きゃ、パリオーちゃんのえっち。えい」


 むぎゅん。

 見るとパリオーがタユンエルフ、いや、失敬、訂正、グレイエルフの種族特徴の巨大乳に身長50センチの上半身を挟まれていた。全身で埋もれていた。


「うおーっ!おっぱい!おっぱい! 今俺は全身でおっぱいを感じているーっ! ここに天の扉が開かれたー!」


 その後舌打ちしたサーラントに追いかけられて取っ捕まったパリオーはビタンと壁に叩きつけられていた。

 なんかこの一連の流れがそろそろパターンになってきた気がするなぁ。


「女の身体をおもちゃにするな、このおっぱ邪妖精インプ

「おっぱ淫婦いんぷ? それどこの女神だ? 会いたい!会わせてくれ! ちょ、おい、サーラント、待った、やめて、お、あーーーっ!」


 ビターン!


 壁に張り付くパリオー。ここでパリオーを殺すなよサーラント。

 バカ騒ぎは明け方まで続いた。

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