第99話◇その名は白蛇女王国


『――聞け、人間ヒューマン。我らが女王より人間ヒューマンに挨拶がある』


 俺の合図でテクノロジスの照明がパッと点く。疑似陽光で充分明るいが、演出用の照明。

 大門の上、特設舞台の防壁の上に現れるのは目隠しで目を隠した女達。ズラリと白蛇女メリュジンが立ち並ぶ。

 白い髪に白い肌。色とりどりの目隠し布は金糸銀糸で刺繍が入る。

 裸で身に着けるのは肩から下がるリボンのような飾り布ひとつ。

 腰から下は白い鱗の蛇の身体。

 照明の光で白い鱗と飾り布のガラス繊維がキラキラと輝く。

 優しげな顔は薄く微笑み、人間ヒューマンを見下ろす。

 さんざん脅かしてからの裸の美女の集団のお出迎えに、口を開けてポカンと見つめる人間ヒューマン達。

 観客が状況についてきてないようだけど、次々行こうか。


 一際高い壇上にシノスハーティル登場。

 赤い目隠しに赤い飾り布を肩から下げる。頭には星石をあしらった銀のティアラ。

 演出担当、シャララの幻影の魔術で、その背後にはいくつもの花が色とりどりに咲き乱れる。

 視線の魅了無しでも何人もの探索者を虜にした、白蛇女メリュジンの美しき族長。

 目隠しで目を隠した微笑みには、妖しく引き寄せられるような魅力がある。

 息を飲む人間ヒューマン、思わずため息を漏らす人間ヒューマン

 シノスハーティルは白く流れる長い髪を片手で払い、銀の蛇が意匠された杖を一振りして、見下ろす人間ヒューマンに優しく語りかける。


『――ようこそ、人間ヒューマン。私の国へ』


 壇に仕掛けた集音器がシノスハーティルの声を拾って拡大、人間ヒューマンに届ける。

 シノスハーティルの柔らかな声が防壁に反響して、ちょいエコーがかかるのが、更に神秘性を高める。


『我らは蛇女ラミア亜種白蛇女メリュジン。五千年前よりこの百層大迷宮に住む一族。ここは我らの国、白蛇女王国メリュジーヌ


 優しく歌うように告げるシノスハーティル。練習の成果が出てる。あとはここでセリフを噛まないように祈るだけだ。頼むぞ族長。


『私は白蛇女王国メリュジーヌの女王、シノスハーティル。

 ――ようこそ人間ヒューマン、私の国へ』


 動揺する人間ヒューマン。百層大迷宮の中に住む種族がいて、そこに国がある。それを聞いたのが初めてなら驚くだろう。


『聞けば人間ヒューマンは、百層大迷宮の地上の出入り口に街を作り、百層大迷宮を人間ヒューマンのものだと、人間ヒューマンの王国のものだと言っているそうですね。我らがここに住んでいるというのに』


 人間ヒューマンの騎士、この集団の頭かな? ひとり前に進んで慌てて声を上げる。


「そ、そうだ。百層大迷宮はアルマルンガ王国の領土内にある。百層大迷宮はアルマルンガ王国のものだ!」

『違いますよ、百層大迷宮は人間ヒューマンのものではありません。百層大迷宮はここに住む白蛇女王国メリュジーヌが管理します』

「今さら地下迷宮の中に国があるなどと言われても、信じられるか! 百層大迷宮はアルマルンガ王国のものだ!」

『地下の財宝、領土内にあるその全てをアルマルンガ王国のものと言う人間ヒューマンよ、その傲慢は捨てなさい。百層大迷宮が己のもので無くなれば困りますか?』


 シノスハーティルは微笑みを絶やさず、聞き分けの無い子供に諭すように続ける。


『この百層大迷宮の財宝を担保に貨幣を発行していたアルマルンガ王国よ。ですが、あなた方が担保としていたものは、もともとあなた方のものでは無いのですよ。百層大迷宮を失い、貨幣の価値を支える後ろ楯を無くすのは、全てが本来の正しい姿へと戻るだけのことです』


 下で喚く人間ヒューマンの騎士を無視して、シノスハーティルが手を振る。

 その手の先に立つのは赤い猫尾キャットテイル風の戦舞衣ウォードレスに身を包んだディープドワーフの王女。金髪に金の口髭の激流姫。

 グランシアの着る戦舞衣ウォードレスに惚れ込んで、白蛇女メリュジンに頼んで作ってもらった赤い戦舞衣ウォードレスを身に纏ったのは、


『私はドワーフ王国第2王女。ディレンドン=白銀しろがね=マークディファト。ドワーフ王国を代表し、宣言しますわ。ドワーフ王国は白蛇女王国メリュジーヌを百層大迷宮の管理国と認めますわ』

「そ、そんな勝手な言い分など認められるか!」

人間ヒューマンに認めてもらう必要はありませんわ。それとアルマルンガ王国発行貨幣、〈シード〉はもはや価値も信用もありません。ドワーフ王国は今後、貨幣〈シード〉との取り引き、交易、すべてやめますわ。どうしてもドワーフ王国から食料や製品を買いたいということであれば、物々交換で。貨幣ならば〈オーバル〉〈ヘキサ〉〈スケイル〉であれば良いですが、無価値となった〈シード〉は受け付けませんわ』

「そんな横暴な! 人間ヒューマン西方領域の貨幣は〈シード〉だ! 〈シード〉が西方領域の経済を支えるのだ!」


 喚く奴等に注意しとくか。


『静かに聞け人間ヒューマン。聞き逃せば後悔するのはお前達だ』


 シノスハーティルは、次に反対側を手で指し示す。

 そこに立つのはグレイエルフ。髪を高く結い上げて、長い耳がよく見える。白蛇女メリュジンの作った身体の線を強調するようなドレスで、種族特徴の巨大な胸がより一段と迫力を増している。


『エルフ同盟、族長会、グレイエルフ族長、レスティル=サハ。エルフ同盟を代表して告げる。エルフ同盟は白蛇女王国メリュジーヌを百層大迷宮の管理国と認める。また、アルマルンガ王国発行貨幣〈シード〉はその価値を失ったものとして、エルフの森での使用は禁止とする』


「か、か、貨幣を失って困るのは、エルフ同盟では無いのか? エルフ同盟は貨幣を持っていないだろう? 作ってないだろう?」

人間ヒューマンに心配してもらう必要は無い。エルフの森はお前達ほど貨幣に頼ってはいない。それに代わりの貨幣もある。エルフの森では〈スケイル〉そして〈オーバル〉〈ヘキサ〉を貨幣として使う』


 下で喚いている騎士はひとり。その近くで青い顔をしてるのは数人。残りは今の話が解らないのかポカンとしてる。

 貨幣の価値が無くなるということにピンと来ない様子。俺は集音器を口の前に持ってきて説明しとく。


『今後は貨幣〈シード〉の価値は無い。百層大迷宮がアルマルンガ王国の所有物で無いことが広まれば、アルマルンガ王国貨幣〈シード〉の価値を支える担保は無い。これからは、〈シード〉ではパンもニンジンも買えなくなる。すでにエルフ同盟とドワーフ王国と交易してた商人連中は、知ってることだぞ。マルーンでも人間ヒューマンの商人がやたらと金貨ゴールドシード銀貨シルバーシードを使って物資を買い込んでいたんじゃないか?』


 目端の効く商人は既に動いている。価値の無くなる貨幣を手放して、資産になりそうなものに換えている。

 人間ヒューマンがざわついてきたから、それを知ってる奴が中に何人かいたみたいだな。俺は続けて、


『そこで代わりになりそうなものを用意した』


 下のディグンに合図する。ディグンがこっちを見て重々しく頷く。なんかやたらと貫禄あるなディグン。

 ディグンが鎧の中から袋を取り出す。中に入っているものを、人間ヒューマンの頭の上にバラまく。

 疑似陽光を浴びてキラキラと輝く金貨と銀貨と銅貨。

 どこの国の貨幣でも無い、正5角形のできたてホヤホヤの新品貨幣。

 真新しく黒ずみも無い、磨かれた表面は艶があり光を反射する。

 シノスハーティルが微笑みながら言う。


白蛇女王国メリュジーヌが新しく貨幣を発行します。単位は〈スケイル〉。他の国の貨幣と見分けがつくように5角形にしてみました。どうぞよろしく』


 これが秘密兵器その2。既にエルフ同盟、ドワーフ王国、ドルフ帝国には何枚か見本として送って話を通してある。

 トンネルを通してこれから交流があるエルフの森で、エルフに使ってもらうのが目的。

 これまでドルフ帝国は〈ヘキサ〉を作り、ドワーフ王国は〈オーバル〉を作って使っている。

 金属の加工が苦手なエルフは貨幣を作らず、基本は物々交換。

 そこに人間ヒューマンの〈シード〉が浸透してきて、人間ヒューマンの西方領域経済圏に飲まれそうになっていた。


 人間ヒューマンと違い自給自足できるエルフには貨幣の浸透は遅いが、危機感を感じたエルフは得意の木工で貨幣を作ろうとして失敗している。

 エルフの森が人間ヒューマンの経済的な侵略に対抗すべく、以前から独自の貨幣を欲しがっていた。

 そこで試してみた。黒浮種フロートのテクノロジスで、百層大迷宮から取れる金粒銀粒で貨幣を作れないかな、と。


 新貨幣〈スケイル〉、黒浮種フロートのテクノロジスの微細刻印に、芸術家肌のドワーフ職人が納得するまで絵柄を作り込んだ、出来立ての新しい貨幣。

 優しく微笑む白蛇女メリュジンが彫られた5角形。探索者と白蛇女メリュジンの要望に合わせて、金貨は先代女王シュドバイル、銀貨は現女王シノスハーティル、銅貨は姫ミュクレイルが彫られている。

 シノスハーティルが女王ってなると、先代族長シュドバイルは先代女王っていうことで。

 種族全体が家族のような白蛇女メリュジンに、王族なんてピンとこないみたいだけど。

 貨幣に顔を彫られた3人は、戸惑って照れていたけど、綺麗に作ってもらって嬉しそうだった。デザインしたドワーフ職人チームは3人に抱きつかれて感涙してた。

 そんな経緯でできたのが、この新貨幣〈スケイル〉

 初めて見る貨幣を見て驚く人間ヒューマン


「バカな! 白蛇女王国メリュジーヌなどと聞いたことも無い国の貨幣など、使えるものか! 信用できるか! 騙されるものか! だいたい何故ここにエルフの族長とドワーフの王女がいる? まやかしだ!」


 お、そこに突っ込んでくるのか。じゃあその説明もしようか。

 俺の後ろで集音器と拡音器、照明の操作をしてる黒浮種フロート達の演出班。それをまとめている舞台監督のセプーテンに合図する。


 大門の金属の格子がガラガラと音を立てて上がり、探索者拠点の街に繋がる門が開いていく。

 そこに並んでいるのは弓矢と剣で武装した金髪のライトエルフの集団。

 ぞろぞろ出て来て叡智守護者スプリガンと並ぶ。

 涼しい顔でひとり前に進みディグンに並ぶのはライトエルフの男。


「初めまして人間ヒューマン。私はライトエルフ、エルフの森の警護隊のエイルトロンです。私達は微力ながら白蛇女王国メリュジーヌの防衛などお手伝いをさせていただきますので、以後、お見知りおきを」

「エルフの森の警護隊が、何故ここに」


 人間ヒューマンに微笑むエイルトロン。


白蛇女王国メリュジーヌとエルフの森が秘密の通路で繋がりましたので。エルフの森からはライトエルフの森の警護隊、ダークエルフの戦闘集団『闇牙』、背高ハイエルフの神聖森警護団、小妖精ピクシーの魔術戦隊などなど。白蛇女王国メリュジーヌから地下迷宮を通ってマルーンの街に行けるようになりましたので、こらからはお気をつけ下さい」


 うん、こんなにニッコリ爽やかに脅すイケメンを初めて見た。エイルトロンは今後、怖エルフと呼ぼうか。


『ドワーフ王国からも白蛇女王国メリュジーヌに遊びに行けるのですわよ』


 防壁の上からディレンドン王女が合図すると、待ってたドワーフ職人軍団『穴堀一徹』が斧で武装した姿で大門から現れる。


「バカな……、秘密の通路だと? 百層大迷宮から、エルフとドワーフが、マルーンの街に……」


 青い顔をしてゾロリと出てきたエルフとドワーフを見る人間ヒューマン

 こういうのは現物見た方が解りやすいだろ。

 ドワーフとエルフの集団が道を開ける。大門から次に出てきたのは人馬セントールの集団。


「ドルフ帝国、兵団黒のローゼットだ。智者憲章を守り種族間の調和と平和を願う種族は、多種族国家ドルフ帝国の同胞。白蛇女王国メリュジーヌの為ならば馳せ参じよう」

「ドルフ帝国も……、そうか、それでカノンが……」


 あとは新貨幣〈スケイル〉の価値とか信用とか言ってたな、この人間ヒューマン。俺は手に持つ集音器を口に近づけて。


『さて、新貨幣〈スケイル〉は馴染みが無くて使うには不安がある、ということだが、〈シード〉とは違い価値の底上げは無いので金粒銀粒代わりにも使えるので、そこはご心配無く。また、〈スケイル〉の価値を保証するものとして白金プラチナ貨も作った』


 ディグンが鎧の中から取り出して高々と掲げる白金プラチナ貨。大鬼オーガの掌と比べても大きい、小妖精ピクシーでは持ち上げることも難しい大きさの1枚。

 紫のじいさん、古代種エンシェントドラゴンの顔とシノスハーティル女王が彫られた、白金プラチナと金で作られた5角形。

 ディグンが人間ヒューマンに良く見えるように見せてから、クルリと裏返す。

 裏面には紫色、日の光のあたったところは虹色に輝く不思議な光沢。


『この〈白金プラチナスケイル〉はその片面に古代種エンシェントドラゴンの鱗が1枚、塗り込めてある。この〈白金プラチナスケイル〉は〈スケイル〉貨幣としか交換しない』


 これで一定量以上の〈スケイル〉貨幣は、常に古代種エンシェントドラゴンの鱗1枚分の価値がある、ということになる。

 これが白蛇女王国メリュジーヌ独自の貨幣保証だ。

 紫の鱗の輝きに目を奪われる人間ヒューマン達に〈スケイル〉使用の説明をしとかないとな。


白蛇女王国メリュジーヌではこの新貨幣〈スケイル〉を使っての交易をする予定。人間ヒューマンの国とも取り引きをするつもりだ』

「〈シード〉の後釜を狙ってるのか? 乗っ取るつもりか? だが亜人の作った貨幣を人間ヒューマンが使うとでも?」

『そう言うだろうと予想はしてる。なので今のところは智者憲章を守り、異種族との協調を掲げる人間ヒューマンの国と取り引きする予定。今、マルーン街に進撃している希望の断罪団、その国、聖教国アルムシェルがその相手だ』

 

 希望の断罪団はいつの間に聖教国とか言いだしてた。進むペースが早いので、それに合わせるのにこっちも忙しかった

 アルムス教を掲げる聖教国アルムシェル、というのにするらしい。これから乗っ取る国にその名をつける予定だとか。

 情報が来るのに時間差があるからズレはあるけど、予定通りなら地上は希望の断罪団がマルーン街を包囲しようとしてる頃。


『聖教国アルムシェル、ならびにその同盟国とのみ〈スケイル〉での交易を考えている。それ以外の人間ヒューマン西方領域は価値を失った〈シード〉を抱えて物々交換に戻ってくれ』

「そんなことを認められるか!」


 人間ヒューマンの騎士がまた騒ぎだす。けっこう脅かしておいたけど、ちょっと元気が戻ってきたか。


「百層大迷宮はアルマルンガ王国のものだ! 〈シード〉の価値は不変だ!」

『貨幣の価値を王令で固定してるのは〈シード〉だけだから、ある意味で正しいか』

「百層大迷宮は白蛇女王国メリュジーヌなどという、聞いたことも無い国のものでは無い! 百層大迷宮はアルマルンガ王国に所有権がある!」

『所有する権利と来たか。ではその権利を力で奪い合おう』

「なに?」

白蛇女王国メリュジーヌという国がここにあると人間ヒューマンに知ってもらうためには、ひとつ人間ヒューマンとは戦争した方がいいだろうし。だから百層大迷宮を取り合って戦争をしようか』

「ま、待て。争いの前に交渉を!」


 さてこちらの説明もこれで終わり。これを聞いたここの人間ヒューマンが地上で今の話を広めてくれたら、戦争しようってのも伝わるし。貨幣の話も伝わってマルーンの街も混乱するだろう。

 その混乱を地上の希望の断罪団に攻めてもらうとして。

 ではシノスハーティル、最後の締めをよろしく。


 シノスハーティルは壇上で左手に赤い飾り布の端を巻いて、右手の杖をクルリと回してから杖の先で人間ヒューマンを指す。

 銀の杖の飾りについた銀の蛇が人間ヒューマンを睨むように、指し示す。


『それでは、人間ヒューマン。戦争をしましょう。私達と領域ナワバリ争いをしましょう。百層大迷宮を賭けて』


 優しげに、楽しげに、嬉しげに、誘うように、歌うように、


白蛇女王国メリュジーヌはアルマルンガ王国に宣戦布告します』


 シノスハーティル女王が新たな戦争の始まりを告げる。

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