第118話◇ドリンとサーラント
一夜明けて、
明るくなってもまだ寝てる。
宿酔いの残る者は治癒術を使えるのに頼んだり、ガディルンノとシュドバイルと
「お前らな、神の加護をなんだと」
「まぁまぁ、いいんじゃない?」
ローゼットはあたりを見回して、
「下半身蛇体の全裸の美女が、あられもない姿であちこち横たわってる……」
あ、ローゼットにとってはこの光景は初めてなのか。
ここに住んでると見慣れてしまったけど、地上の男には刺激が強いか。
「なんだかイケナイことをしてる気分になってくる。宿酔いを治癒の加護で治してるだけなのに……」
「そのうち慣れるって、宴会の翌日はいつものことだし」
「これがいつものことか、
「……僕は未だに慣れません」
「ファーブロンはそれでいい。そこが
「? 何を楽しむんですか?」
首を傾げる少年エルフ。ファーブロンはそのままで、
夜の祭りのための準備が最後の追い込みに。と言っても準備期間も長くてバタバタとしてるところは少ない。
来客の為のパンフレットを見ながら、思い出す。
この隠しエリアも初めて来た頃からずいぶんと変わったなぁ。
エルフの森の外縁部、
幅を広くするとか、トロッコ用にもう1本トンネル掘るとか、ドワーフ王国に繋がるトンネルを繋げるとか、いろいろ話は出てるのでそっちの工事計画考えないと。
岩壁にぽっかり開いたトンネルを出たところは、街壁建設中。
万が一、地下迷宮から魔獣が地上に出ないように、こっちにも壁と大門を作ってる。
これまで5千年そんな事態は無かったというが、地下迷宮への出入りが多くなると何が起こるか解らない。
こちら側から
ただ、トンネル側の街壁と大門は派手に飾りつける予定。
『ようこそ、
トンネルのある岩壁に沿って北に行くと、
岩壁の中の研究所は昇降機もあり、階層ごとにテクノロジスの開発が行われている。
内部には
秘密兵器研究所は新貨幣スケイルの造幣所に。
その奥には封印指定された生物兵器、シラミ兵器が眠っている。
フロートのテクノロジスを守るためにも
訪れるのが増えるならこのあたりもちゃんとしていかないと。
新型
防衛のためにドルフ帝国の兵士を雇うっていうのもアリかな。
トンネルと地下迷宮出入り口、このふたつを繋げるところが、
ここだけはそのうち石畳とかで鋪装していこうか。
東西に長く続く大通り、これで
北に行くと花園班長シャララの作った一面に花の咲き乱れる公園。
水路も引いて、そこに橋も掛かって、ベンチもある。
北の林の木を持ってくる計画とかもある。
花の世話をする
この花園を北に行くと
探索者も用があるとき以外はなるべく行かないようにしてる。
家が無いのが当たり前の
ここには
実際には裏の議会、ノクラーソン
『
ここから北には木が多く林になってる。
その林の手前が全裸会の活動場所。
グランシア会長が仕切る女性限定の心の癒しの全裸会は、
姉御肌でなにかと頼り甲斐があるグランシアのファンクラブとも言える。
幼児退行してた
ストレス解消と精神治癒に効果があるとの評判。
体験コースもあり、ディレンドン王女とレスティル=サハが試して、これはいい、と喜んでた。
このエリアは男性の進入禁止。
覗こうとする者には厳しいお仕置きアリ。
東に行くと泉があり、そこが
賭け戦盤で溜まった金粒銀粒は貨幣の材料に使わせてもらった。
今は代わりに透明の箱の中には
紫のじいさんの鱗数枚に牙が3本。
そして宝石がいくつか入れてある。
箱に入らないので近くの樽にはミスリルの剣とか槍とか斧を入れてある。
紫のじいさんに戦盤で勝ったらこれを総取りということで挑戦者が多いが、腕に憶えのある指し手が紫のじいさんへの挑戦を賭けた予選会などを開いてる。
紫のじいさんの詰め戦盤の書は
あいつ意外と戦盤、強いでやんの。
もとの生活を大きく変えないように気をつけて。
南には武器と鎧の工房。
ドワーフと
トンネル工事で岩盤から出た鉱石が、まだまだ山になってるから材料に困ってない。
セラミクス量産用の窯もできた。
ここから南が草原地帯。戦闘訓練で使ってる。
水脈の通ってるところを掘って、水源を確保。
水浴びができるところも作ってみた。
ここも設備を良くしていこうってなってる。
大通り東、地下迷宮に繋がる大門近くが探索者拠点。
みんな屋根の無いところで寝るのに慣れたので、建物は少ない。
寝具代わりの
ここにいる探索者が全員、百層大迷宮の30層級以上というところで、訪れる客人が驚いているという。
確かに全員揃って新型
見直すとまだまだ手を入れたくなるとこいっぱいだな。
「国としてはまだまだこれからというところか」
見上げるとサーラントがいる。上から俺の手のパンフレットを見ている。
「地上の聖教国アルムシェル西区、
「そっちもなんとかしないとな。しかも
「すると思うのか?」
「それならなんで調子悪そうなんだ?」
「ただの貧血だ」
「だったらシュドバイルかガディルンノに治してもらえよ。後先考えずに
「そんなにヤワじゃ無い。
「サーラントのは血の気が多いって言うんだ」
「血の味で人気が出るとはな。
「
「どうも頼りになりそうな男の血が旨いということのようだ。ミュクレイルとシュドバイルはドリンの血が好みだと言うし」
「昨日はけっこう吸われたな。その分、今日の祭りでがんばってくれるといいけど」
「祭り、か。事実上の建国祭か」
「もっと時間がかかるかと予測してたけど、意外と早かったな」
そのために
蓋を開けてみれば
生きていくのに苦労が多くて、それから目をそらしたくて自分達を騙す種族、
ああはなりたくないという、悪い見本というか、反面教師というか。
それでもたまにノクラーソンみたいな奴がいたりするから、侮れない。
それとも自分達の欠陥に気がつかないまま、ずっとあのままなんだろうか?
先を見据えるサーラントが呟く。
「偽造貨幣で
「サーラントが前に言ってた、
彼らの解放と独立。
それは多種族国家ドルフ帝国の王子の希望、というよりはサーラントの理想か。
遠くを見るような目でサーラントが、
「そのためには
「そんな簡単にいくか。ここと違ってあっちは
「ならどうにかする策を考えろ、ドリン」
「そんなポンポン出てくるか。その前に聖教国アルムシェルの強化と新西方領域同盟の設立が先だ。その展開しだいで見えることもあるだろ」
「それと多種族連絡網情報組織『
他にもいろいろ下準備がいるだろう。
また頭を悩ますことが増えた。
まぁ、いいか。駆けるのはサーラント、頭を捻るのが俺だ。
腕を組んで眉を寄せるサーラントを見て、
「サーラント、何を考えている?」
「前に、
「そんな話もあった」
「ひるがえって、では、俺たちは何のために産まれてきたのか、ということを考えた」
俺たちの産まれてきた理由。
この世界、アルムスオン創成の理由。
遥かな過去の絶望と失望と、そこで見つけた理想と、諦めきれない執念と、そして求めた幻想と。
俺はそれを知った。
知ったからと言って、それがなんだと笑ってやろう。
俺たちは今、ここに生きている。
「サーラント、何かのために産まれてくるのかなんてのは、どうでもよく無いか? 産まれたならば、何のために生きるのか、それを己で決める方が重要だろう」
「ほう、ドリンにしてはなかなかいいことを言う」
「俺はいつも素直にまともな事しか言ってない。俺達には加護神がいる。加護神が種族としての在り方を教えてくれる。種族の誇りを示してくれる。それが道標になる。俺達はそれを頼りに己の在り方を、生き方を考える。おかげで道に迷う者が少ない」
「なるほど。加護神がいない
「そういうことだ。まぁ、餓えに囚われて理想も正義も見失うのは可哀想なところがあるか。だから、俺の考えた策もやり過ぎとか言われたけどな、俺は俺でこれで世界が良くなると、おもしろくなると考えた。そこを解ったみんながこれに乗ってきたんだろうよ。この策の結果がそれぞれの種族とアルムスオンのためになるって」
「そこが目先の己の利益に囚われる
「しかし、ノクラーソン
結果、みんなが受け入れるのは早かった。
ノクラーソンの娘婿、ジェリノス以外はその評価に不満そうだけど。
ジェリノスが言うには、
『良くも悪くも頑固で裏表が無いんですよ。お義父さんもフォリアも建前とか外面なんてのを気にしないとこあるんで。そこが他の貴族と上手くいかない。でも、そのお義父さんを芸人のように受け入れるなんて。ここっておおらかですね』
あのノクラーソンのおもしろいところが解らない
他の
緑の金属樽に乗ってた女騎士は、
『帰っても国が無くなるんだろう? だったらもう戻る気は無い。それにもう私は戦いたくない。おねえちゃ、ゴホン、ゼラファの近くにいたいから、下働きでもなんでもするから、ここにいたい』
つきまとわれて鬱陶しそうにしながらも、めんどうを見てたゼラファは眉をしかめる。亡くなったというおねえちゃんの面影を重ねて、ゼラファに妙ななつき方をしてる。
しっかりしてんな。こいつらみたいなのには死んで欲しくは無い。
生き残って自由になったら、またここに来い、と言ったら驚いて次いで苦笑してた。
そいつらはノクラーソンとグランシアの勧めで俺とサーラントと握手した。
なんだこの験担ぎ、まぁ、このふたりで試してみるのもいいか?
副官のもうひとりと貴族の坊っちゃんは、なぜか残りたいと希望する。
それぞれ思惑がありそうだが、もともとアルマルンガ王国のやり方が気に入らなかったらしい。
いちおう監視をつけて見張ってはいるが、今のところは問題無し。
あとは
兜で顔を隠してトンネルに進入してきた、気合いの入った剣士。
見つけて取っ捕まえたところ、グランシアの前にガバッと跪いて、
「お願いします! 弟子にしてください!」
「おまえ、よくここまで来れたなぁ」
地面に額を擦り付けて懇願する。
グランシアが下位悪魔を微塵切りにするところを見て、感激して、その後、弟子にしてもらおうと追いかけて来たとのこと。
幻花の舞闘姫の渾名をつけた奴だとか。
グランシアも呆れていたが、
「悪さしないと約束するなら、監視付きでここに居てもいい。そうだな、20層ボスを倒せたら少しは剣の相手をしてやってもいいよ」
なんで
「ドリン、
「サーラント、共存は可能だ。殺し合い食らい合う関係も共存の形のひとつだから」
「今のところは、敵として役に立てばいい、か」
「未来においては解らん。ノクラーソンもノスフィールゼロもそれを期待してる。そこはノクラーソンの手腕に期待だ」
本人もやる気を見せている。
これはアルムス教から見れば無視できない存在だ。これからの波乱万丈は約束されている。
「祭りが終われば次の策か」
「一区切りついたハズなのに、全然終わった気がしない」
「これだけ世の中を引っ掻き回せば当然だろう」
「社会なんてものは簡単に変わる。変わらない世界なんて無い。変えちゃいけないものと変えなきゃいけないものが解っていれば、簡単な事のハズなんだが」
「俺達が始めた事だ、見届ける義務がある」
「それはまぁ、そうか。先ずは祭りを見届けるとしよう」
そのあとはどうするか。
そこはいつもと変わらない。
駆けるサーラントの背中に乗って、あーだこーだと頭を悩ませる。
そこだけは変わらないんだろうな。
サーラントが手を伸ばして俺の襟首を掴む。猫の子みたいに持ち上げられてサーラントの馬体の背にポイと乗せられる。
「なんだよサーラント」
「祭りで思い出した、セプーテンがドリンを呼んでいた」
言って駆け出すサーラント。
「舞台演出で見てほしい事があると」
「またなんか新しいこと思いついたか?」
「飛ばすぞ、落ちるなよドリン」
「運ぶ荷物を落とすなよ、サーラント」
世界が変わってもこれはいつもと変わらない。
バカなことを言い合って世界を駆ける。
絶望と失望から希望と執念で生まれた世界、
アルムスオン。
そこに住む俺が保証してやる、かつてこの世界を造りし者よ。
この世界は、おもしろい。
叶わなかった願いと叶えたかった想いは俺達が受け継いでやる。
「サーラント、飛ばすと言ってこの程度か? 血が足りないんじゃないか?」
「貧血宿酔いの
「俺は酒に酔って吐いたことは無いぞ。
「ふん、魔力酔いの度に頭が痛いとか言って吐いてる奴が何を言う」
「だから酒で吐いたことは無いと言ってるだろう。ちゃんと聞け。これだから酒の辛口好きで酒に強いアピールする奴は」
「甘ったるいものが好きな子供舌には、酒の味は解らんか」
「お前もメッティスをもりもり食ってたろうが。あと甘口好きなプラン様にも同じこと言えんのか?」
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