第105話◇改めて感じる人間の怖さ


 このままだと話も進めにくい。こっちが命令して言うこと聞かせるにはいいかもしれないけれど。

 集団としての目的とか方針を言ったのは俺だが。それがちょっと上手くいったからって、崇めてお告げを待つような感じっていうのは違うんじゃないかな。

 俺達があれもこれもと指図するのはどうなんだ?


 傀儡国家という案も考えたが、俺には国家運営とかの知識は無い。

 白蛇女王国メリュジーヌについても、グレイエルフ族長レスティル=サハ、ドワーフ王国第2王女ディレンドン王女、もと貴族のノクラーソンにいろいろ頼ってるとこだし。

 サーラントがなにげに口出ししてるけど、役に立ってるのか? 一応ドルフ帝国の王子か、あいつは。

 アルマルンガ王国が亡き後は、希望の断罪団は聖教国アルムシェルとして自主的にやっていって欲しい、というところ。

 異種族との協調路線が変わらなければ、いろいろ交流していこう。

 でも仲良くやっていこう、ていうのと崇め奉るのは違うだろうが。


「ドリン、話を進めないのかー?」


 邪妖精インプのパリオーが軽い調子で言う。それに返して、


「進める前に希望の断罪団と白蛇女王国メリュジーヌの関係を説明するところから、かな。そこ勘違いされたままでも困る。俺達は人間ヒューマンを支配する気は無いんだし」

「そこからだとめんどくさいな。じゃ」


 ピョイと蟲人バグディスエルカポラの肩から飛び下りて、パリオーは跪いてる人間ヒューマンの中にテテテと走っていく。

 驚いてる人間ヒューマンを無視して、端っこにいるひとりの人間ヒューマンの肩に登る。


「銀髪ちゃん、おっひさー。元気だった?」


 なんだ知り合いか? 肩に上がったパリオーは跪いたままピシッと固まった銀髪の女の剣士の髪を撫でる。


「あれ? 銀髪ちゃん俺のこと忘れちゃった? 俺だよ、パリオーだよ。またチュッてしたら思い出す?」

「お、憶えてます。パリオー様」

「銀星団はどう? 俺がやり過ぎてケガした奴らはどうなった? 死んではいないだろうけどさ」

「はい。パリオー様が手加減されたので、我が団に死人はいません。ケガもエルフに治していただきました。ただ、精神的なことで引退した者がいます」

「俺にやられたのがそんなにショックだったか? で、なんで俺に敬語なの? 銀髪ちゃん?」


 パリオーは女剣士の肩で、その子の耳をちっちゃい手でこちょこちょと弄りながら話してる。


「ん、わ、私は、ふ、パリオー様の、んん、はからいで、ひ、今は希望の断罪団の、はあん、ぎ、銀星団は希望の断罪だ、ひゃうっ」

「えー? 何言ってるか解んないよー? うりうり、銀髪ちゃん? 俺のことはちびすけって呼んでたのにさー。ふにふに、剣を交わした仲じゃーん。なんで畏まるの?」

「や、やめ、やめて、ください。耳、耳は、その、耳わぁ、あ、んう」

「耳じゃ無かったらいいの? じゃあ……」


 パリオーが銀髪ちゃん? の耳に顔を寄せてなにかこそこそと話すと、その子の顔が真っ赤に染まって、


「調子に乗るなよ! このちびすけ!」


 立ち上がって叫んだ。


「あ……、」


 全員が銀髪の女剣士に注目してる。あーやっちゃったー、という顔で立ちすくむ銀髪ちゃん。

 その子をちょいちょいと手招きする。


「パリオー、いつの間にナンパしてたんだ?」

「大草原で見つけたんだよ。銀の髪に紫の瞳、可愛いだろ?」

「可愛い、というよりは綺麗、かな。人間ヒューマンには珍しい色合いだ」

「これでなかなか剣の腕がいい」


 そう言ってこちらに来た銀髪ちゃんの肩に跳び乗る。銀髪ちゃんの後ろには男がひとりついて来てる。

 銀髪ちゃんが膝をつこうとするとパリオーが止める。


「銀髪ちゃん、挨拶は立ったままで」

「いや、それは」

「アルムス教も希望の断罪団もできたばっかりで、その辺間違ってるんじゃない? 俺達は少し手伝ってるだけで、アルマルンガ王国を断罪すると決めて立ち上がったのは、あんたたちだろう? 人間ヒューマンのことは人間ヒューマンが片をつけるってことだろう?」


 パリオーの言葉を聞く人間ヒューマンの様子を見る。解ってるのかな?

 人間ヒューマンが自主的にするってことで、他の種族が納得するんだから。

 俺が説明したけど、それを納得して実行するのは希望の断罪団、じゃないと困る。

 悪魔を呼んだ人間ヒューマン人間ヒューマンが処罰する。

 その形を変える訳にはいかない。

 俺達は人間ヒューマンが全滅するまで戦争とか、そんな疲れることはしたくたいんだ。


「頼まれたら手伝ったり、相談に乗ったりはするけどさ。あんまり畏まると、中央領域からは俺達が人間ヒューマンを操ってる、とか言いそうじゃないか?」


 パリオーの言うことに続けて、


「そういうことだ。俺達にしろ白蛇女王国メリュジーヌにしろ、希望の断罪団の手伝いはしても関係は対等だ。人間ヒューマン中央領域はいろいろ難癖つけてくるだろうが、そこは無視して希望の断罪団はマルーンの街を好きにしてくれ。西区だけは自治区ってことでこっちが貰うけど、このマルーン街を拠点にこれからアルムス教は頑張ってくれ。そこに俺達は干渉しないから」

「なので銀髪ちゃん。対等な挨拶の練習だ。でないとずっと銀髪ちゃんって呼び方にするから」

「それはそれでいい愛称なんじゃないか?」


 銀髪ちゃんは姿勢を正して、


「銀髪ちゃん、はやめてくれ。こほん。アルムス教、聖剣士団、銀星団団長、リューリアという。パリオーには世話になった。おかげで銀星団は助かった。感謝している」

「まあ、俺はたいしたことはしてないけど。お礼があるならパフンともらっとこうかな?」


 パリオーが大草原でちょっかいかけて引き込んだ剣士の一団。いや、もとは騎士団か。

 マルーンに戻ってもこの有り様では、早めにアルマルンガ王国を見限って助かった、というとこか。

 パリオー、この子、パフンの意味が解ってないぞ。首を傾げてる。


「俺はドリン。見ての通りの小人ハーフリングだ。そんな感じで畏まらずに話を通しやすくして、サクッと軽く戦後処理をやってしまおう。希望の断罪団はこれからやることも多いだろ」


 マルーン街東区、議会館の玄関前の階段下。

 議会館を使う予定が、中の死体とかをかたずけて無いので、この建物の中で会談する気にはなれない。

 議会館の中は人間ヒューマンの貴族の議員の死体がゴロゴロしてる。

 なので石畳の上に敷物しいて、お互いに向かい合って座る。

 本来なら負けた奴がここにいないとダメなんだが、いてもめんどくさいので呼んでないし。

 実はマルーン街が降伏してからが、ちょいとややこしくなった。


 俺達が西区の地下迷宮出入り口を占拠した翌日。

 まずマルーンの貴族議会から来た使者が敗北宣言をした。そいつは後日、戦争後の取り決めとか話しましょう。ただし、議会議員の命と財産を守ることが条件の敗北、だとか言う。

 なんで負けましたって言う方が条件つけて偉そうなんだ?

 そんなゴネ得狙いの交渉とかしたくない。無条件降伏しか認めない、と強気に突っぱねた。

 使者が帰ってからこちらの防衛体勢を確認。負けましたーと聞いて、そっかー、と油断したところを後ろから刺されたりしたく無いので、守備を固める。


 暫くしてから今度は騎士が馬に乗ってきた。手にはさっきの使者がいる。何も言えない生首ひとつになって。

 その騎士は手に持つ生首をポイと投げて声高々に。

 マルーンの貴族議会にアルマルンガ王国の騎士団へ命令する権限は無い。

 にも関わらず我らを無視して勝手に出した敗北宣言など無効だ、と説明した。

 議会の貴族共は粛清した。なので奴らの敗北宣言は無効、我々は最後のひとりになるまで、亜人には決して屈しない、と叫ぶ。

 なんだ、じゃあまだやるのか。解った解った、お互いにがんばろう。

 と、言って帰した。


 その後も別の騎士が来て、私達は降伏する、とか言ったり、ユクロス教の神官戦士団が徹底抗戦を言ったり、よくわからん部隊が俺達を雇わないか? とか言ってきたり。

 いったいどうなってるんだ? マルーン防衛軍の言ってることはバラバラで、やることもちぐはぐで、よく解らん。

 終いには向こうから来た使者が、今、どんな感じですか? と聞いてきた。そんなもん知るか。


 結局、指揮系統がわやくちゃになってて、人間ヒューマンの防衛軍はどこのどいつが指揮とってて、誰が責任者なのか解らない。

 議会の貴族とやらは皆殺しになったみたいで、軍の方は指揮の取り合いと責任の押し付け合いで同士討ちしてるらしい。

 こっちに走って敗北でいいから助けてくれー、という男を後ろから騎士が、この背国者めー、と刺してたりする。なんだこの混沌は。


 どうもマトモにがんばる騎士とかが真っ先に西区にやってきて、俺達相手に壊滅したらしい。

 市民相手に暴れてたのは無限の焔が炙り焼きにした。

 後に残ったボンクラ共が、喚いて潰しあいを始めてる、という状況。

 東区の街壁と大門付近のマルーン防衛軍は混迷の極み。これが人間ヒューマンの真の実力か? 訳が分からない。


 これでは埒が明かないので、こっちから勝手に勝利宣言。降伏する奴は3日以内にマルーン街から出てけ、と、言うことにする。

 このあと希望の断罪団がこのマルーン街を占拠することを考えて。

 街に残るものはユクロス教を捨てること。

 身分階級は無くなること。

 貴族は市民に。市民も階級とか無しに。

 アルムス教に改宗し聖教国アルムシェルの一員となるなら、これからもこの街で暮らせる。

 それが嫌なら3日以内に街から出てけ。

 これをマルーン街に住む者とマルーン防衛軍、マルーンの街の中の住人全てに伝える。


 希望の断罪団にも連絡して包囲の一部を開けるようにしてもらう。

 逃げる市民をマルーン防衛軍が止めようとしたら、それは潰さないといけないか。

 まだ戦おうって奴と、逃げるのを邪魔する奴には容赦しない、と脅しておく。

 なんでこっちがこんなに気を使わないといけないんだ?

 守りきれないって解ったらさっさと逃げろよ。人間ヒューマン。それが同士討ちしながら降伏か徹底抗戦かも解らない状態で、何をやっているんだ?


 希望の断罪団が開けた道を、馬車と人間ヒューマンが通ってマルーン街から離れていく。

 ところが意外とその数が少ない。

 街から出るのはアルマルンガ王国に忠実な騎士、兵隊。

 敬虔なユクロス教徒と神官戦士。

 マルーン街には下級貴族と住人が、俺達、身分階級無くなってもいいやってのが、けっこう残った。なにせ戻ってもアルマルンガ王国終わってるし。〈シード〉もゴミ同然で、子供のおはじきにしか使えないし。


 市民街の住人は8割ぐらい残ってる。まぁ、逃げられる奴らは希望の断罪団が来る前に逃げてたし、そんなもんか。

 ユクロス教が悪魔教徒と結託してたって話が広まってて、ユクロス教から改宗するのにも抵抗が少なくなってる様子。

 この噂もどこから出て来たのか解らん。

 人間ヒューマンのこの神に対する姿勢が、なんか理解できん。

 神の加護を感じられないからか? そっちの神様の方が良さそうって、コロコロ変えられるもんなんか?


 これで今はこのマルーン街に残ってるのは、アルムス教徒のみってことになる。

 アルムス教徒がずいぶんと増えたことになる。


「こうなると、アルムス教徒を纏めるのも、たいへんじゃないか? できたばかりで教義とかまだあやふやだろうに」


 自称司祭の教祖がコクリと頷く。


「私の信仰は揺るぎません。ですがそれを万人に理解しやすく伝わりやすく文書や書物にする、というのがどうしたものか、と」

「それもあるけど、そういうの作るためにも組織の形を整えたら? 書物編纂チームとかも作ったりできるように」


 やたらと数が増えたアルムス教。中には職人や専門家もいるだろうし。

 今後の組織を整えていくためには、


「誰が頭で仕切るのかって決めたら? アルムス教を言い出した司祭さん、あんた教皇とかやったら?」

「教皇? ですか? 私が? 私はこの身この口で真なる神の教えを伝えるつもりですが」

「それでいいんじゃないか? その神の教えを信じる教徒を蔑ろにしなければ。そこは教えを伝えた者の責務じゃないのか?」

「おぉ、ですが、私のように学の無い者に務まりますか?」

「学びながらやってけば? アルムス教の教徒はあんたに頭の良さを求めてるのか? アルムス教は頭が良くないとダメな宗教なのか?」

「おおお、ドリン様。私は今、目が覚める思いです。アルムス教が求めるのは未来。アルムスオンのあらゆる種族と共に人間ヒューマンが暮らし、傲慢を戒め、真の神を奉じ、人間ヒューマンの罪を神が許すことを祈り、再び人間ヒューマンに神の加護を賜る未来です!」

「それならそれで。後は頭の良い奴が必要なら教徒の中から募って、教皇がそいつらの行く方向を迷わないように、あっちに行くぞー、と指差してやれ」

「解りました。それが導くということなのですね! 正しき神を知る私が進むべき道を知れば良い。そして闇に迷う者の足元を照らす明かりになれと。そこに口先の小賢しさなど要らぬと。ならば真の神の姿を見た私が、標となり灯火となりましょう。未だ我が身には足りぬことばかりですが、教徒の未来の為、司祭の衣から教皇の衣に変えましょう。されど中身の我が行いと信仰には変わることは無し――」


(ドリン、こいつを調子に乗らせて大丈夫なのか?)

(サーラント、過去に盲信に生きる人間ヒューマンが大丈夫だったことがあるか?)


 細かいことは後回し。大雑把に決めるとこは決めて、と。

 マルーン西区は白蛇女王国メリュジーヌに。

 残りはアルムス教に。

 マルーン街は聖教国アルムシェルに。

 この街を聖教国アルムシェルの首都にしていく予定。

 新しい首都の名前はなんかいいのが出てきたときに決めよう、ということに。

 希望の断罪団はこれからアルマルンガ王国首都、アルマーンに進撃予定。

 だけど旧マルーン街にロウメンの町の周囲に広げた聖教国アルムシェルの領土を固めて、地盤も固めなきゃならない。

 その間、周囲の国にはアルマルンガ王国が悪魔を呼び出した世界の敵、と周知させる。

 希望の断罪団が正義を歌うために。

 このあたりは多種族連絡網情報組織『赤鎖レッドチェイン』にも協力を頼んで見よう。


「で、もと山賊の頭領のおっさんは議会の議長とか、教皇の認めた新国王とかどうだ?」

「こ、国王ですか? それは無理では?」

人間ヒューマンの王族と山賊の違いって、衣装以外になにかあるのか? あれって山賊の成れの果てだろ。無理って言うなら議会制にでもして、もと騎士団だったっていうそこの銀髪ちゃんにも協力してもらって」

「私はリューリアだ。ちゃん呼びで子供扱いはやめていただきたい」


 それは悪かった。と言う前にパリオーが、


「そっか、子供扱いしなくていいのかー。大人の女として、あーいうこともこんなことも、しちゃっても、いいってことか。お礼は大人の女サービス期待しちゃうよ?」

「ふん、ちびっこが何を背伸びしている。私はこれでも17歳、もう大人の女だ」

「ふーん。48歳の俺から見たらリューリアはまだまだ子供なんだけどな」

「えうー? ぱ、パリオー48歳? うそぉ! こんなちっちゃいのに! 副団長より歳上ー?」


 なんかビックリしてるリューリア。

 それ言い出したらシュドバイルは2百歳越えてて、っと、シュドバイルはおばぁちゃん扱いしたら地味に怒るから黙っとく。

 ゴホンと咳払いする、自称司祭でこれから教皇の教祖。


「リューリア、彼らは見た目は若くとも寿命の違う種族の方々。可愛らしい小妖精ピクシーが百歳を越えていることも、珍しくはありません。……おおお! そうですか、ドリン様。未熟な私達はあなた方のその経験と叡知に頼りたくなりますが、我々はまず己の足で立ち前へと進む。その歩む先が正しければ、それが人間ヒューマンの誇りとなる、と。それが大切なのだ、と仰りたいのですね、ドリン様!」

「ん? あー、まぁ、そういうことだ。なんかあれば俺達も相談に乗ったりするけど。助言というもの自体、相手を誘導する危険な贈り物でもある訳で、こっちも慎重になるんだよ」


 頼られてばかりになるとめんどいので、それっぽく理由をつけておく。


「おお! 今のお言葉、書き留めさせていただきます。これから作るアルムス教の書に乗せましょう。『偉大なる小人ハーフリングの助言。彼は問われた。人間ヒューマンの罪業は誰が如何様に贖うのか? その言葉に目覚め、我らの旅は大草原より始まった……』」


 え? なんだこのブーメラン? こいつの頭の中じゃそうなってんのか?

 他の奴らもなんか教祖と俺を妙にキラキラした目で見てるし。

 唆したのは俺だが、俺とサーラントを崇めて奉って、教義に組み込んで、略奪と強奪の理由付けに使うのは勘弁してくれ。

 人間ヒューマン、怖いなぁ。

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