第106話◇戦争の後に見えるもの


 隠しエリアを見つけてから思いついたことをやるだけやってみて。

 全てが上手くいった訳じゃ無いし、予想通りにならなかったことの方が多かったり。

 それでも戦力、策謀、揃えに揃えて白蛇女王国メリュジーヌという国を立ち上げた。この国は昔から地下迷宮にあった、ということにした。


 ドワーフ王国からはディレンドン王女と穴堀一徹。

 エルフ同盟からはエイルトロンと森の守護隊。

 新型カノン黒浮種フロートが用意して。

 地上の戦争も利用して、親異種族派の人間ヒューマンの集団もできて。

 外と下から同時に攻めてやれ、と。

 これでアルマルンガ王国との一大決戦から百層大迷宮を奪ってやる、となった訳だが。


「結果は大成功だけど、すんなり行き過ぎてイマイチ盛り上がりに欠けるというとこか?」

「この戦力差では戦いにもならん。それに戦う前から相手はズタボロだった。またやり過ぎか? ドリン」

「サーラント、やるからには勝ちに行かないと。そのあとのことも考えるなら損害を減らすやり方じゃないと」

「まぁ、人間ヒューマンに勝って地下迷宮を奪うだけなら、わりと簡単か」

「問題はそのあと、戦力を常駐させて防衛し続けることができなかった。だから誰もやらなかった」

人間ヒューマンの荒らした神の加護の無い領域。そこでまわりは何をやらかすか解らん人間ヒューマンに囲まれていれば、守り続けるは難しい、か」

「地上は人間ヒューマンの新国家、聖教国アルムシェルが周りの人間ヒューマンから守る盾になってくれるようにと、やってみた訳だし」


 サーラントと並んでシャララのつくった花園の前に座ってる俺達。

 小妖精ピクシーが食事の加護を得るために作った花園は、いつも色とりどりの花を咲かせている。

 ここに住むみんなのデートコースとして、この花園は人気がある。

 小妖精ピクシー白蛇女メリュジンが世話をして、花園専用に引いた水路からは涼しげな水の流れる音がする。

 花を眺めてぼんやりする俺とサーラント。


「綺麗なもんだ」

「あぁ、こうしてのんびりと時を過ごすのは、久しぶりのような気がする」


 7日後に盛大にお祭りしよう、となってみんなその準備をしてるとこ。

 戦争勝利、百層大迷宮の奪取、昔からあるということにしたけど、建国祝い。

 ついでにノクラーソン、娘さん一家と再会して一緒に暮らせるようになって良かったね、とか。

 魔術についてなにか思い悩むことのあったスーノサッドとアムレイヤが、なんだかスッキリしたみたいだし。

 プラン様も、久しぶりにラァちゃんに遊んでもらって良かったね、とか。

 賭け戦盤を初めてからの紫のじいさんの戦盤連勝記録が3桁になったり。

 白蛇女メリュジンといい感じになった探索者がいつの間にか増えてたり。


 ちなみにこのあたりは、白蛇女メリュジン自体、恋愛相手の性別も人数もこだわらない自由さにくわえて、全裸会の活動から女性複数人のグループ交際が増えたので、カップルばっかりにはなってない。

 今もちょっと離れた花園の中では白蛇女メリュジンシャロウドワーフ、狼面ウルフフェイス小人ハーフリング南方スパイシー種、の女4人がキャッキャウフフしてる。

 あのシャロウドワーフは預かり所の妹の方だ。

 

 まぁ、そんな感じで細かい祝い事までいれたらいっぱいある。古代兵器武装騎士団アンティーク・ナイツの女騎士も幼児退行から治ったし。

 でも、いまだに俺の顔を見るとパニック起こして、ゼラファに『おねぇちゃん!』と叫びながら泣き出してしがみつく。

 俺は異種族の女にここまで怯えられたことが無いから、ちょっとショック。

 可愛い小人ハーフリングなのに。


 お祭りではドルフ帝国、エルフ同盟、ドワーフ王国、そして蟲人バグディスをはじめに百層大迷宮に興味のある種族も来る予定。

 流石に来たいというのを全員入れると、この隠しエリアがパンクしそうなので、招待客のみとさせてもらうことにした。

 それでも来たいっていうのは地上の旧マルーン街西区、今は白蛇女王国メリュジーヌ地上区に来るようなので、そっちも祭りの準備中。


 聖教国アルムシェルの首都になる旧マルーン街も、その日に建国祭をするらしい。そのときに新しい首都の名前を発表するとか。

 慣れ親しんだマルーン街の名前が変わるというのは、妙な感じだ。

 俺とサーラントも準備の手伝いしようとしたら、お前らは休んでろ、とか言われた。

 触るな凸凹、灰剣狼、猫娘衆は地下迷宮ダンジョン税の無い探索拠点を作った功労者ってことでのんびりしとけ、と。

 白蛇女王国メリュジーヌ主催だから、今後の為にもなるべく白蛇女メリュジン黒浮種フロートが仕切る練習もしよう、ということらしい。

 

 そうは言っても探索者はみんな張り切ってなんやかやと手伝ってる。

 屋体作ってたりとか楽器の練習とか。

 中にはここに来る探索者相手に商売するか、と探索者引退を考えてる奴とか、迷宮案内人ガイドとして新人探索者の手伝いしようかっていう奴もいる。

 白角、双鬼、小姉御、酒大好き、黒斧、とかの部隊パーティは忙しそうに働いてる。

 灰剣狼も猫娘衆もなんやかやと呼ばれたり手伝ったりしてるんだが。


『触るな凸凹が手出し口出しすると、何が起きるか解らないから。想定外にことが大きくなったら困るから』


 というよく解らない理由で、俺達はあぶれてぼんやりしてる。

 グランシアがおもしろ半分に俺達のコンビの悪評をひろめたせいだ。これが風評被害か。

 蹴り1発で教祖を産み出したサーラントと俺を一緒にするな。


 それでもまぁ、外から来る奴らと挨拶したり、プラン様にラァちゃんに紫じいさんの古代種エンシェントトリオの相手をしてたりと、することはある。

 ひとりでも伝説なのに3人もここに集まるから、それを見に来たがるのも多い。

 群がって来られても困るので古代種エンシェントに会うのは面会予約制にすることに。

 プラン様とラァちゃんはお祭り見てから、大草原のチェックをするとか言い出した。逃げた下位悪魔がまだ大草原にいるかもしれない。だけど、ラァちゃんが大技使ってちょっと疲れたってのもあるみたい。


 古代種エンシェント3人が、白蛇女メリュジンの演奏聞きながら、黙って果物食べたり、お菓子食べたり、お酒飲んだり。

 俺達に聞かせられない話を思念で語りあっているんだろうな。

 過去に思いをはせる3人は、懐かしさなのか後悔なのか、少し苦い笑顔をするときがあって、そんなときは近づきにくい。

 そういうときは細かいことを気にせず突っ込んでいくミュクレイルの存在がありがたい。古代種エンシェントトリオがしんみりしてるときには、ミュクレイルと一緒に突っ込んで、どうでもいいようなバカ話をする。


『俺達のご先祖の為に戦った古代種エンシェントには、今の俺達が娯楽を提供しないとな』

『あぁ、ここの探索者はおかしな奴らが揃っているから、祭りも楽しめるだろう』


 俺とサーラントがそう言うと紫のじいさんは目を細めて笑い、ラァちゃんは楽しみよの、と応える。

 プラン様は白蛇女メリュジンに作ってもらった豪華な目隠しを気に入ってる様子。

 紫のじいさんの動かない後ろ足のように、かつての戦いで目が見えなくなった、と聞いている。これまでは包帯がわりの布を巻いていた。

 エルフからは代えの目隠しを依頼されて、白蛇女メリュジンがいくつか色違いを作ってるとか。


 そんな日々。

 今はサーラントとふたりで花見をしてる。

 花園見ながらあぐらかいて座る。


「しかしまぁ、一区切りついて骨休めするにはいいのかもな」

「まわりが騒がしくて落ち着かんが」


 新作のリンゴとライムの酒をふたりで味見などしつつ。


「サーラント、俺達のまわりはいつも誰かが騒がしい」

「そうだな、いつも混沌の中心にはドリンがいる」

「おい、蹴り1発で宗教国家立ち上げた混沌の運び屋がなに言ってる」

「ふん、新国家を立ち上げ手玉にとることを画策してたのはドリンだ」

「それをアルムス教作って暴走加速させたのはサーラントだ」

「アルムス教の産みの親、希望の断罪団の思想を洗脳したのは……、やめよう。切りが無い」

「お、言葉が尽きたか? サーラントが混沌の元凶と認めたか?」

「このやり取りの行き着くところは、ドリンが30層の西側が怪しいから調べたい、と言い出したから、になるが?」

「むぐ、切っ掛けとしてはそこになるのか。まさかそこから国がひとつ消えて、国がふたつできることになるなんてな」

「その上、人間ヒューマン西方領域の混乱はいつ静まるのか解らん」

「貨幣に慣れ過ぎて、貨幣の無い時代をどうやって生きてたか、忘れてしまってるみたいだしな」


 サーラントの出すグラスに次はピーチの酒を注ぐ。糖分を含んだものを発酵させたら酒になるからって実験しすぎじゃないか? 黒浮種フロートとバングラゥは。

 開けてないボトルがまだいっぱいある。何種類作ったんだか。

 サーラントはくいっと飲んでため息ひとつ。


「やはり人間ヒューマンは貨幣の無い社会にはすんなりと戻れないか。どうする? ドリン」

「どうするって言われても、まさか新貨幣〈スケイル〉を作った後に貨幣に潜む呪いを知ることになるなんてな」

「あれは呪いというか毒というか。何十年、何百年と後になってジワジワ効いてくるというのがたちが悪い」

「貨幣経済を作った人間ヒューマン自身が気がついて無いってところが悲惨というか。俺も黒浮種フロートの考察とノクラーソンの知識、赤鎖レッドチェインの持ってきた人間ヒューマン中央領域の情報でやっと解ったとこだし。まだ完全に理解して無いし」

「だが、貨幣というものに感じる胡散臭さの正体が見えた気がする。俺は納得した。理屈で納得したというよりは感覚、になるが」

「作った人間ヒューマンもこれを意図して作ったのでは無いから、それを読むこともできなかった」

「知らないままに己を蝕むものを作ってそれに振り回される、実に人間ヒューマンらしい」

「たとえ毒があると知っても、便利だからと使うことをやめることもできない、というのが悲劇というか喜劇というか」

「その毒が百年後、2百年後の子孫を苦しめることを知ったとしても、奴等は変わらんだろう。未来を考えられる程に寿命は長くは無い種族だ」


 俺もピーチの酒を飲んでみる。あ、甘くて美味しい。穀物の酒より果物の酒が俺は好きだな。


「しかし、この貨幣に潜む呪いはどうしたらいいんだ? 手の打ち方が見えてこない。どうしたらいいか解らん。エルフ同盟が人間ヒューマンの経済侵略に対抗するために、エルフの森と白蛇女王国メリュジーヌで使える貨幣を作ってみたが。これは失敗だったか? くそ、貨幣を作ろうと考えたときにこのことを知っていたら」

「ドリン、あのときにこれを知る者は誰も居なかった。アルムスオンに住む者は、おそらくひとりも気がついて無かったことだ」

「知らなかったからと言って、これで未来に白蛇女メリュジンが、白蛇女王国メリュジーヌの住人が不幸になるようなら俺は俺を許せない」


 新貨幣〈スケイル〉を作ったのは大失敗だったのか? 未来のことは解らん。解らんが、物の価値を貨幣に置き換えるシステムは便利すぎる。

 便利だからと使っているが、使う者はそこに潜む呪いには気がついてない。

 人間ヒューマンの中央領域の貨幣、〈リーフ〉を使っている人間ヒューマンも知らないのだろう。

 知らないままにやらかしているんだろうか。

 知っててやらかしているんだろうか。

 第2の秘密兵器とかを俺が言い出したときにこれを知っていれば。

 サーラントが空いたグラスを出してくるので、新しいボトルを開けて次の酒を注ぐ。

 濃い黄色の酒を一口飲んで顔をしかめるサーラント。


「むぅぐ、なんだこれは?」

「えぇと、これはカボチャの酒だって」

「そうか。なんとも言えん味だが、知らずに飲むのも驚きがあっておもしろい、か」

「なんだそりゃ? 俺を慰めてんのか?」

「何故、俺がドリンに気を使う必要がある? それに俺もエルフ同盟が貨幣を持つのはいいアイディアだと賛同した。ならば俺も責任がある。半分ぐらいは」

「思いついたのも言い出したのも俺だ」

「そのドリンを乗せて後押ししたのは俺だ」

「この脳筋の頑固者が」

「ふん、魔術バカの非常識が」


 山があるので登ってみた。頂上まで登るとそこから見渡す景色はなかなかのものだった。ただ、開けた新しい視界には今まで見えなかったものが見える。

 こいつはちょっと不味いぞ、というものが見えてしまった。

 そんなものを作っていた人間ヒューマン

 あいつらは本当に、世界に破滅を呼ぶために生まれた種族なのかもしれない。

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