第107話◇七人の天然、ナチュラルセブン


 酒の味見しながらサーラントと話をする。しかし、これといった発想も効果的な策も出てこない。


「具体的にどうにかしようとしても、これは相手が概念というか思い込みの産物で掴み所が解らん」

「そうか、解らんものを解らんままに使い続ける結果に破滅があるのか」

「いや、破滅にはならないからこそたちが悪い。ただひたすら堕ちて落ちる。最悪なのは堕落して正義も誇りも無くして、ただ生き続けるだけの群れになることだ」

「それは人間ヒューマンのことであって俺達は違う」

「種族の神の加護がある俺達には今のところは問題無い。だが遠い未来においては解らない」


 次のボトルを開ける。えーと次のこれは、マンゴーの酒? なんで南方の果物まであるんだ? テクノロジス食料合成工場プラントやりたい放題だな。


「俺は辛口の方がいい。果物の酒は甘いのばっかりか?」

「サーラントにはこっちがいいのか? ブルーレモンってなんだ?」

「作れるから作ってみたっていうのばかりか?」

「飲みながらでいいから黒浮種フロートに渡す味見の感想アンケートも書いとけ」


 昼間から花を見ながらいろいろな酒を飲んで、けっこう回ってきたか。

 貨幣のことを考えてあーだこーだとふたりで話してたが、なんか煮詰まってきたな。


 サーラントの奴まだ平気な顔でくいくい飲んでやがる。身体のデカイ方が酒には強いのかも。

 大鬼オーガは酒が好きなの多いけど泥酔してるとこはあんまり見たこと無いし。


「ドリン、とりあえず対策できるところで、貨幣を使う国の首脳部には伝えた方がいいのでは?」

「あぁ、その資料はノクラーソンと俺とノスフィールゼロでまとめてる。黒浮種フロートの計算での予測と、あとは黒浮種フロートが過去の故郷で似たシステムが無かったか調べてる」

「俺達にできるのはそのあたりか。だが、ドリン。エルフ同盟と白蛇女王国メリュジーヌが貨幣を持つのは人間ヒューマン対策には良策だろう」

「奴等の貨幣に飲まれないようにするには、在った方がいい、と作った訳だし」

「結局は只の道具だ。ゼラファから古代魔術鎧アンティーク・ギアの話は聞いたか?」


 大草原で足止めの為とはいえ、ひとりで古代魔術鎧アンティーク・ギア2機に突っ込んだ戦闘狂の豹娘。流石にグランシアにちょっと怒られてたが。


「なんでも強そうに見えなかった、とか言ってたんだって? やっぱりバカだろゼラファは」

「俺には少し解るんだが。古代魔術鎧アンティーク・ギアの性能は良くても、操縦してる奴が弱いというのは。動きだけを見れば戦闘技術が低くて弱そうに見えても仕方ない。それに、先にひとりで古代魔術鎧アンティーク・ギア2機に突っ込んで単独撃破した小人ハーフリングのバカがいた」

「あれはボス部屋限定の裏技みたいなもんだ。真っ正面から相手するわけ無いだろ」

「つまりは道具の便利さに溺れて、実力が道具について来ていない。道具を使ってるつもりで道具に使われてる」

「魔術を使う魔術師には耳の痛い話だ」

「魔術を技術のひとつとして見れば、それは戦闘技術にも言える話だ。ドルフ帝国でも強さに自負のある者はカノンを嫌う。それがドルフ帝国がカノンを国が管理して一般には出さない理由のひとつだ」

カノンの秘密を守るためだけじゃ無いのか?」

「それが第1の理由ではある。だがカノンの強さは己の強さでは無い、という戦闘種族の意見がある。あれは火精石の力だ」

「精石の爆発力の利用だからな」

「ただ構えて狙うことができれば、実力が無くとも己を鍛え無くとも、殺意が無くとも相手を殺せる、というのはどうにも気分が悪い」

「軽カノンは軽いカノンとか言ってるけど、あんな重いの持って使えるのは人馬セントール大鬼オーガだけだろ。ドワーフも持てるけど、サイズ的に手が短くて難しいみたいだし」

「他に使えるのは人熊グリーズ蟲人バグディスか」

「しかし、カノンが気にくわないというのは初めて聞いた」


 サーラントは酒を呑みながら思い出すように。


「己の身体と精神を鍛え、その身で戦う戦闘種にとっては、カノンは武器として何か違う。投射武器としても、投石、投剣、弓矢とは違い、己の力という気がしない。古代魔術鎧アンティーク・ギアの絶対防御を破る力がカノンしか無いから仕方無く使っている」

「なるほど。力を使うのは己であり、己が力に使われるのでは無い、か。戦闘種らしい哲学だ」

「そういうことだ。それにただ勝つ為だけに毒や罠を使って勝っても、その勝利に誇りは無い。強さを誇るとはそういうものだ」


「そのあたりが、サーラントが俺のやり方が気にくわないってとこなんだろ」

「かろうじて一線を踏み外してはいない。だが安心しろ。ドリンが誇りを失ったときは俺が介錯してやる」

「そいつはありがたいことだ。涙が出る。サーラントが俺をやるときはちゃんと説明してからにしろよ。皆が納得する理由で。つまりサーラントが言いたいのは、貨幣も只の道具だって言いたいんだろ。道具に使われるつまらん奴等のことなど知ったことかってとこか?」

「それが解っていればいい。そして皆がそれを解っていれば、俺達は人間ヒューマンのようには為らん」

「そういうことなら、知識の伝播が要るってことになるのか」

「兄貴がここに来たら話してみるか」

「レスティル=サハとディレンドン王女にも。知ってる奴が増えたら何かいいアイディアが出てくるかもしれんし」


 サーラントと話をして、少しは今後の対応の仕方も見えてきたか。そこに、


「ドリーン! サーラントー!」


 明るい声をあげて手を振ってこっちに来るのは俺の年下の叔母さん、白蛇女メリュジンのミュクレイル。

 その後ろにはノクラーソン一家ファミリーがついて来てる。

 シュルシュルと近づいたミュクレイルが、足を曲げて座るサーラントの馬体にダイブする。尻尾の先がこっちに伸びて俺の腰をシュルリと1周してホールドする。


「ミュクレイル、サーラントの馬体ソファが気にいったのか?」

「うん。温かくておっきくてなんだか安心する」


 うつ伏せでサーラントの馬の背にしがみつくように顎をのせてるミュクレイル。最近はサーラントの尻尾をブラシしたりしてる。


「サーラントは何人も子供を誘惑してその背中に乗せてきたからなぁ」

「おかしな言い方をするな。人馬セントールが珍しいところでは俺に乗りたがる子供がいるというだけだ」

「そうして何人の異種族の女の子を、背中から落とさないように落としてきたのやら」

「無害で可愛い小人ハーフリングの外見でたらしこむドリンが言うな。この無節操の有害小人ハーフリング

「またおかしな罵り合いかお前らは。しかも昼間から花見で酒を飲むとは呑気な事だ」


 俺の前に来て座るノクラーソン。置いてあるボトルに目をやって、


「む、新作が出てる。プラムの酒? こっちはアプリコットか。次々できるとは」


 黒浮種フロートが作る新型食料合成工場プラント黒浮種フロートの研究所はドワーフと蟲人バグディスパルカレムの手で岩壁内部に更に拡がっている。

 そこで作った食料がここの住人だけでは食べきれないほどできる。黒浮種フロートがあれもこれもと作ってしまうので。

 そうやってできたテクノロジス食料を今は加工する実験もしてる。

 なので酒にジャムにドライフルーツ。ジャーキーに干物、燻製などをテクノロジス! と声をあげながら楽しんで作っている。


「ノクラーソンも味見してくか?」

「う、うむ、では1杯だけ」

「お父さん、まだこのあとにすることがあるでしょう?」


 ノクラーソンを止めたのは娘さんのフォリアだ。白蛇女メリュジンフラウノイルと手を繋いでいる。


「お父さんたら、昔はお酒なんて飲まなかったのに」

「お酒好きの大鬼オーガとドワーフに付き合ってたらそうなっちゃったのよ。飲み過ぎにならないように私が気をつけてるけどね」


 赤い胸隠しハイドブレストを着けたフラウノイルが、そっとノクラーソンから酒のボトルを取り上げる。

 ノクラーソンの娘さん、その旦那さん。あとは執事とメイドが3人のノクラーソン一家ファミリー。ここに6人も人間ヒューマンが増えた。

 警戒した探索者もいたがノクラーソンの家族なら、と受け入れた。

 大迷宮管理局、財宝監査処で働いてて異種族に慣れてたノクラーソンと、もと職員のメイドふたり以外は、人間ヒューマン以外の種族に慣れてない。

 フラウノイルと手を繋いでるフォリアに聞いてみる。


「フォリアはここの生活に慣れたか? 今のとこはどんな感じ?」

「その、戸惑うことばかりです。ですが皆さん親切な方ばかりで、助けてもらってます」

「そこはノクラーソンがこれまでマジメに仕事してきた成果か」


 ふん、とそっぽを向くノクラーソン。


「査定に厳しいケチな人間ヒューマンと思われていたハズなんだが」

「鑑定はキッチリしてたし、賄賂を無くして探索者の為にいろいろやってたことを後で俺達が知ったからな。それに地下迷宮ダンジョン税を作ったのはノクラーソンじゃ無いし」


 サーラントが新しいボトルを開けながら言う。


「ノクラーソンの本気というのも見せてもらった。探索者はそこを評価している」


 ミュクレイルがごろんと仰向けに転がって。


「ノクラーソンはおもしろい。『7人の天然ナチュラルセブン』もおもしろい」


 『7人の天然ナチュラルセブン

 ノクラーソンの家族を、ノクラーソン同様のお笑い要員と期待してた探索者がいた。

 その期待に応えた彼らについた渾名。

 ノクラーソンほどでは無いが、異種族に慣れようとしてがんばっていろいろやらかしたノクラーソンの家族。

 女性陣は積極的に全裸会に参加したりしてる。その全裸会からの帰りに、白蛇女メリュジンと一緒に全裸会の活動地区以外も全裸で歩き回ったフォリア。

 ジロジロ見られて、素っ裸に気がついたときには真っ赤になって、走って逃げようとして転んで、大鬼オーガに運ばれた。

 これで、やるなノクラーソンの娘は、と感心された。


 執事とその奥さんメイドは鍛えていたのか人間ヒューマンにしてはなかなか強い。

 ただ、ここにいるのはほとんどが30層級の探索者。

 このふたりは戦闘訓練に参加して、なんかムキになってぶっ倒れるまで探索者と手合わせした。どうも人間ヒューマンの中では強さに自負があり、それなのに探索者の誰にも勝てないのが悔しかったらしい。


 背の低いメイドは猫尾キャットテイルの腹筋にペタペタ触ってうっとりしてる。

 背の高いメイドは手のひらに小妖精ピクシーを乗せるとヤバイ目付きになってトリップする。


 そして、義父のノクラーソンの名誉の為にがんばったら、無関係な危険な情報を掴んで暗部商会に命を狙われたフォリアの旦那さん。

 これはなかなか期待が持てる奴らだ、と皆が注目してる。


7人の天然ナチュラルセブン、ですか……」


 なんだか不満そうなフォリア。


「この国の風習に慣れてなくて、いろいろしてしまってはいますが……」

「異種族には少し慣れたみたいだけど?」

「はい、少しづつですが。私にも他の種族の魅力が解ってきた気がします」


 酒のボトルを眺めていたノクラーソンが入って来る。


「フォリア、ここではつまらんお世辞は口にしない方がいい」


 お、元祖が後継者に指導するのか?


「ここの奴等には正直に言う方が好まれる。慣れてなくて怖い、とか、見慣れてなくて不気味に感じる、というところをそのまま言った方がいい。ここの住人はそこを楽しんでネタにしたりする。逆にそこを誤魔化して適当な事を言うと見透かされて、人間ヒューマンは嘘つきだ、とか言われたりする」

「俺達のことが解ってるじゃないか、ノクラーソン」

「まだまだだ。前に狼面ウルフフェイスに、狼の頭は見慣れないうちは怖かった、と言ったらその狼面ウルフフェイスは『強そうだろう?』と言って大口開けてわざと牙を見せて笑った。そのときに彼らは、他の種族には牙を見せないように気をつけているのだと、初めて知った」

「そこは白蛇女メリュジンの目隠しと似たようなもんだろ。狼面ウルフフェイスが牙を見せて笑うのは遠慮の無い相手にだけだ。他には」


 胴体に巻きついたミュクレイルの尻尾が俺を引っ張る。ミュクレイルが手を上げて、


「身体の大きい種族が小さい種族を触るときは、そっと優しく触る。大鬼オーガが私を撫でるときは凄く気をつけてる」

「そういうのが俺達には当たり前だ。違っているのが当たり前、そこをごまかしても種族の違いは無くならない。まぁ、そこをどうにかしようとしてノクラーソンの『白蛇女メリュジン怖い』なんていう小噺ができるのが種族間交流のおもしろいところだ」

「ドリン、あの小噺はいつまで残るんだ? 恥ずかしいぞ私は」

「あれはこの国でずっと語り継がれるんじゃ無いか? パリオーが真似して『おっぱい怖い』とか言ってたし」


 実は蛇が苦手だったというノクラーソン。それを克服しようとして、お目付け役のフラウノイルに協力してもらっていたという。

 フラウノイルに頼んで毎晩のように蛇体に触れたり巻き付かれたりしてるうちに、いつのまにかフラウノイルが大好きになってしまったというのが、小噺のオチ。

 フォリアの旦那さん、ジェリノスがノクラーソンの隣に座る。


「でも、様々な種族の魅力が解ってきたのは本当ですよ。ここではみんな割りと言いたい放題でスッキリしている。それでいてケンカになっても後に引かない。お義父さんはここでは地上よりも生き生きしてる。白髪が無くなってるのは驚きました」


 サーラントがグラスをジェリノスに渡す。さては、甘口の酒を処理しようとしてるな。


人間ヒューマンより寿命の長い種族は、その場だけをごまかしてやり過ごすのは嫌う、ということではないのか? だから気にくわないことは気にくわないと言う。長い時を我慢して過ごす方がつまらない」

「なるほど、人間ヒューマンは生きている時間が短いから、そこだけ流して問題を先送りにするのがいますからね。特に身分階級の高いのほど」


 それではノクラーソンが貴族の中でやっていけないのも解る。


「うわ、甘い? なのに酒精はキツイ? なんですかこれ? 飲んだことが無い」

「ヤギのミルクで作った酒のようだ」

「凄いですね、この国のテクノロジス。ここのボトルも見たこと無いお酒ばかり。これ、地上に売ったらひと財産できて屋敷が建てられますね」

「あなた、これから戻ってお仕事の続きがあるのに、飲み過ぎないでくださいね」

「ノッくんもいつの間にコッソリ口につけてるの?」


 奥さん達に怒られる旦那さんふたり。


「まぁ、これを味見してアンケート書くのも仕事のうちだから。執事さんもメイドさんも試してみてくれ。ミュクレイルはどれがいい?」

「その赤いのは甘い?」

「スゥイートトマトって書いてあるから甘いんじゃないか?」


 そのままノクラーソン一家ファミリーと飲み会に。とは言っても忙しいらしくて、あまり飲まさないようにする。

 ノクラーソンの娘のフォリアがミュクレイルに尋ねる。


「ミュクレイルはお酒飲んで大丈夫なの?」

「私は51歳」

「「え?」」

白蛇女メリュジンとエルフは百歳越えないと子供扱いじゃ無かったか?」

「「えぇ?」」

「ドリンとサーラントにはなんとお礼を言えばいいのか」

「お義父さんを助けていただいて、私達一家まで」

「いや、俺達だけでやったことじゃ無いし」

「でも、白蛇女王国メリュジーヌの影の支配者で闇の策略家なんでしょ?」

「悪魔王をふたりで倒したって」

「国を滅ぼすのも国を作るのも、遊戯のひとつのように玩ぶと聞きました」

「触るな凸凹が手を振り下ろせば、地上に混迷の時代が訪れるとか」

「「風評被害が広まっている……」」


 ついでに人間ヒューマンのこととか少し聞いてみたり。ジェリノスとノクラーソンが説明してくれる。


「アルマルンガ王国も百層大迷宮のあるマルーンは大事ですが、中央領域に近い方に首都アルマーンがあります」

「それでアルマーンの王族貴族とマルーンの貴族議会に軋轢があったりする。バカバカしいことにな」


 それがマルーン街が重要拠点であっても首都では無かった理由か。

 アルマルンガ王国の中では西の方だし。東の中央に近い方に首都がある。

 中央礼賛主義、ユクロス教の影響か。


「結局は俺達に人間ヒューマンの社会の情報が、まだまだ足りないってことか」

「ドリン、人間ヒューマンという加護無き種族のことも、俺達は知らないことが多い」

「そうだなサーラント。個人ではノクラーソンみたいな奴とか、銀髪ちゃんのような娘もいるのにな。希望の断罪団のもと山賊の頭領も、なかなかおもしろい奴だったのに、あいつはなんか変わってしまった」

「ノクラーソン一家ファミリーもなかなかおもしろいのが揃っている」

「そうだね。それが人間ヒューマンは集団になると途端に気持ち悪いことを平気でするようになる。そこが解らん」

「その集団と上手くいかずに追い出されたノクラーソンが、俺達とはなんだか上手くいってる。そこにヒントがあるのかもしれん」

人間ヒューマンという種族、その集団と個人、か」

「やたらと数が増える種族ならではの特徴かもしれんな」


 俺とサーラントの話を聞くノクラーソンが苦笑いする。


「私を前に、私が追い出されたとか、私の家族がおもしろいとか、よく言える。まぁ追い出されて逆に良かったがな」

「追い出されて良かった、か。なかなかに壮絶な人生だ」

「誰のせいで誰のおかげだと、まぁ、結果には感謝してるが」

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