第82話◇カゲン主役回◇界門戦前夜
◇
『仕切るのはカゲンの方が良いじゃろ』
と断られた。
群れを大切にする種族ではあるが、これは俺達の先達、
探索者の
ただ、まぁ、
頼りにされることに誇りと喜びを感じる反面、俺に任せるのか? という不安もある。あのとき、触るな凸凹が隠れ里を離れてドワーフ王国に行くときも。
『留守の間、ひとつよろしく』
『カゲンならば安心して任せられる』
と、ドリンもサーラントも気軽に言ってくれる。あいつらは俺を買いかぶりすぎだ。
俺は灰剣狼ひとつまとめるぐらいしか責任は持てないんだが。
いつのまにか
灰剣狼の中ではパリオーを除けば主張の強い奴はいない。その点では纏めやすい。それがあの隠れ里では、あまりにも習慣が違うふたつの種族に、猫娘衆のようなアクの強い探索者が集まっている。
流石にこれはどうなるんだ? と悩んでいたが。
やってみれば意外とどうにかなるものだった。
ガディルンノの知識にパリオーの交渉術。意外にも面倒見のいいグランシア。指導役としての才を隠し持っていたスーノサッド。種族間のもめ事は率先して解決しようとするカームと
他にもいくつかの好条件が重なったことで上手く運んだ。
素直すぎる
探索者も初めは
それが
モテたい三傑衆、いや今はモテたい四天王か? ディグン、ネオール、バングラゥ、ボランギが率先して隠れ里の為に働き、他の探索者を引っ張っていく。
これまで五千年、男のいなかった
男女問わずのグループ交際とか、全裸会とか。もともと女同士で子供をつくっていた
女性探索者の中で
浮気や不倫という概念が存在しない
グランシアにお姉様ーと言いながらしがみつく
競ってファーブロンに胸を押し付ける
……このあたり、悪ノリする探索者に、たまについていけなかったりするのだが。
今のところ大きな問題とはならずに済んでいる。
俺も俺で
『カゲン相談があるのですが……』
と、来られるとリーダー面して相手をする。
己のことを棚に上げて理想のリーダー像を語ったりする。己に続く者の支えになるよう、余裕のあるところを見せて堂々としろ、とか、アドバイスしてしまう。
長が軽々しく狼狽えてはいけない、とか。
自分に言い聞かせるようなことを口にしてしまった。
ただ、シノスハーティルの場合は、それを見透かされてるところが人気に繋がっているところでもあるのだが。
ああいうリーダーシップと種族のまとめ方もありなのか。
気がつけばシノスハーティルが近くにいることが多くなり、探索者の男共が俺を睨んだりすることもある。
それでも探索者がなかなか頼りになり、それぞれの班長がしっかりしていたことにも助けられた。専門家が揃っていたことはありがたい。
しかし、全体が上手く進んだ結果として、
『流石はカゲン』『灰剣狼のリーダーは頼りになる』『兄先生の言うとおりにすれば大丈夫』『カゲン、助けてー』とか言われると、おいこらちょっと待て、と言いたくなる。
触るな凸凹に嵌められた。あいつら……。
ドリンにサーラント、マルーン西区に来たときからなんだか危ない奴等だと思っていたが、あいつら、ただ頭がおかしいだけでは無い。
まさか、あのふたりに色々と気づかされることになるとは。
俺は
調和を持って良しとする。
それは
突飛なこと、おかしなこと、極端なことを自らしようとはしない。
確実で堅実な方法を選び、無理や無茶をしないことが群れを守ることに繋がる。
しかし、それは状況に流されやすいという1面でもある。
灰剣狼だけで隠しエリアを発見していたなら、全てを秘密として今のようなことにはなっていないのだろう。
そして、
それはそういうものだ、と考えていた。そんな己の思い込みに流されていた。
それが法であり、それが社会である、と。
サーラントがドルフ帝国の王子と聞いて、なるほど、と感心した。
あいつは法を守る側では無く、法を創る側の立場だった。
ドリンの方は解らないが、おそらくは相方のサーラントの影響もあるのだろう。
あいつらふたりは納得のいかない
そのふたりが隠しエリアを見つけた。
隠しエリアに住む種族の為になり、百層大迷宮に挑む探索者の為になり、さらには地上に住む種族の為になる。
歴史を変え、未来を変える大事件に仕立て上げる。
隠れ里を拠点に地上の勢力図を書き換える。百年おきの
恐ろしいのはこの1件が触るな凸凹にとっては目的では無く、ただの通過点だということだ。
サーラントは言っていた。
ただの探索者が何を言っているのかと思っていたが、多種族国家ドルフ帝国の王子としては、それは当たり前の目標のひとつだった。
ドリンの方は行方不明の祖父、グリンを探すのが目的だと。
『じーちゃんのいる
どうやってそんなとこに行ってるのかは知らないが、それなら噂も届くまい。
『あっちの方に探索者が行けるようにしないと、じーちゃんを探すことも難しい。何とかならんかなー』
酒場で林檎酒を飲みながらドリンは言っていた。
あいつは自分が、他の探索者が、
だからこそ実行に移し今の状況がある。
地下迷宮を探索するのに国が邪魔だから、その国をどかしてしまえ。
本気で百層大迷宮の最下層を目指すならば、探索者としてはそれぐらいやれと。
『知恵と力を求める者、地下迷宮へと挑むべし』
全ての種族に伝わる言葉。目指すは深奥。
『百層大迷宮を征する者、亜神に等しき者と成らん』
亜神と等しき者、神に並び立つ者、それが何かは解らない。しかしそれを目指して地下迷宮に挑む。探索者が地下迷宮に潜るのは、財宝の為だけでは無い。
己の力を試し、更なる力を求めて。
地下迷宮の探索に邪魔ならば、国のひとつやふたつも退かせなくて何が一流の探索者か――。
そんな風に考えた。考えてしまった。
あいつらに影響されたか、俺ももうまともな探索者とは言えんな。
焚き火に木切れを投げて辺りを見る。
夜の闇の中、草原では俺達を乗せて走ってくれた
ここまでは順調、闘いも無い。消耗を押さえるために
3人の
背中に乗せて楽をさせてもらったので、夜営の見張りを引き受けている。
夜の大草原は風が吹く度に草が鳴る。
ひとりモゾモゾ起き出してこちらに来る。
「カゲン、お湯、ある?」
「どうしたアムレイヤ、眠れないのか?」
「だって明日は下位悪魔と戦って悪魔界に繋がる門まで行くんでしょ? 悪魔王もどこにいるか解らないし、ラァちゃんがいてもちょっと怖い」
言いながら隣に座る。焚き火に水を入れたケトルを吊るして湯を沸かす。
「ラァちゃんはよく寝てるみたいね」
アムレイヤが見るのは俺の弟のヤーゲンだ。うつ伏せに寝ているヤーゲンの耳と耳の間、そこに
この毛皮が気に入られたというのはいいが、耳と尻尾を撫で回すのは勘弁してほしい。
アムレイヤのカップを用意しながら小声でアムレイヤに言う。
「この中で下位悪魔との戦闘経験があるのはアムレイヤだけだ。あまり弱気になるな。こっちまで不安になる」
「んー、猫娘衆で相手したのって1体だけだし、それでもけっこう手こずったのよ? 魔術使うのは速いし、再生するし。それが何体もいるってなると」
「アムレイヤにしては珍しい。不安を口にして弱気になるっていうのはらしくない」
「いつもはグランシアについて行けば不安は無いし、猫娘衆には私より心配性なカームとネスファがいるから。カゲンはいつもどおりなのね」
「そう見えるか?」
「初めて紫のおじいちゃん見て声を上げなかったのは、カゲンとグランシアだけじゃ無かった?」
「あれは驚きすぎて声も出なかっただけだ。ドッキリにも限度があるだろうに」
「そうなの?」
「俺もグランシアもリーダーで、簡単に動揺を見せない立場だというだけだ」
「あ、いいねぇ」
なぜかアムレイヤがニヤリと笑う。
沸いたお湯でお茶を淹れてアムレイヤに渡す。何故、急に楽しそうになる?
「強い男がポロリと弱音を溢して甘えてくるのは私の大好物」
「悪趣味だ。
1番被害を受けたのは
熱いお茶をふうふうと冷まして、アムレイヤは悪びれもせずに言う。
「でも、それで
「結果オーライとか言ってるぞ。まぁ、実際のところ役に立っていたのだからなんとも言えん。しかし、不安をまぎらわすにしても昼間のはちょっとやり過ぎだ」
「喜んでくれてたけど?」
俺たちを乗せてくれる3人の
『あ、あの、そんなにしがみつかないでください』
『えー、だってー、凄い揺れるから落ちたら怖いじゃない? だから、ぎゅー』
『ああっ、そんなにくっついたらっ、あああっ、なんかいい匂いがするうっ』
とか、やっていた。
その
「えぇと、刺激が強すぎたのかな?」
「使い物にならなくなったらどうする」
「んー、でもこの程度でおたつくようだと、うちの
「お前は
「保護者として付き合う男の品定めくらいはしてあげないと。カゲンお父さんもそこはしっかりしてね」
「あー、まぁ、確かに、たまに父親のような気分になることもあるか。俺がこんなふうに他の種族と付き合うようになるとは思わなかった」
「そのカゲンはなんで
「あれは流石に派手すぎる。このスカーフだけで勘弁してくれ」
俺とヤーゲンは首に赤いスカーフを巻いている。これも銀糸で刺繍が入って煌めいている。
「戦闘で汚すのも気が引ける」
「その気持ちは解るけどね」
アムレイヤは自分が着ている
深い緑には猫と
あくまで胸を強調したいのか、胸の谷間を見せるようにそこは菱形に開いている。このあたりが
アムレイヤがお茶を飲みながらぼそりと言う。
「あのさ、カゲン」
「なんだ? 急にまじめになった」
「まじめな話だから、ドリンとサーラントはさ、悪魔のことナメ過ぎてない?」
「あぁ、そのことか」
「大草原で起きたことを利用してやれって先のこと考えるのはいいけど、相手は印つきの悪魔の王なんだよ」
「アムレイヤ、じゃあ、あの世界をナメたようなふたりが侮ってないものってなんだ?」
「あ……」
「ドリンも結果的に
魔術師が単独で古代魔術鎧に立ち向かうなど前例が無い。正気とは思えん。
そして大っぴらには言えないが
ほんとにあいつらは、端で見てるとハラハラする。グランシアの不安、あいつらが俺たちの知らないとこでなんかしてるんじゃないか? というのも解る。
アムレイヤは俯いて考え込む。
「うん、そうだった。あいつらは触るな凸凹だった。私達のしてることを笑って見てる紫のおじいちゃんが、唯一注意したのもドリンだけだった」
「実際のところ界門と悪魔王については
「それでこの作戦になるんだ」
「俺達はラァちゃんのサポートだ。ラァちゃんには悪魔と界門に集中してもらうためにも、それ以外は俺達で排除する」
「まぁ、そうなるよね」
あとはドリンが悪魔についてなにか知っているようだった。あの作戦会議でラァちゃんとドリンの間に何があったのかまでは解らん。あのとき、見つめ会い沈黙する二人に何があったのか。
それが世界の禁忌に触れるような知識か、暗黒期の謎なのか、悪魔と悪魔界に纏わることなのか、過去の悪魔王と
ドリンは何を、どこまで知っているのか。
ラァちゃんは何を隠して俺達に教えたくないのか。
解っているのはふたりが隠したものがあるということ。
それは俺達のために口をつぐんだこと。
悪魔に関わることで知らない方が良いと
そのドリンとラァちゃんが決断した策ならば、ふたりを信じてそれに従おう。
やり口は不明でも俺たちの目的は同じ。それが解っていればなにも問題は無い。
隠れ里に拠点を創るときと同じだ。やり口はよく解らん。解るのは目の前の目的だけ。
それでまだ結果は出ていないが、まるで第2の故郷のように感じる素晴らしい町ができた。
だったら今回も同じことだ。この策の中で俺は俺の役目を果たす。仲間を信じて務めを果たすまで。
「アムレイヤも心配するな。俺がお前を必ず守る」
「そういうことをさらりと言うから天然モテ男って呼ばれるのよ? 私も今、クラッときちゃったじゃない。責任とってね」
言いながら胡座をかいて座る俺の太ももの上に頭を乗せて横になるアムレイヤ。
なんの責任だ?
「上手くいくのかしらねー。親エルフ派の
「ドリンとサーラントは
「絶滅させたくない、というよりは
「だが悪魔の召喚を武器に使うとなれば、それは
「なにが?」
「今、口にして気がついた。
「それって、ドリンとサーラントがなんとしても
「いや、あいつらはそこは甘くは無い。……そうか、全面闘争となったとき有利に運ぶための策の準備になるのか」
「あ、
「親エルフ派の新
「生き残るために
「そうなれば全面闘争となっても
アルマルンガ王国の悪魔召喚を、とことん利用して次の展開で有利に運ぼうというのか? 触るな凸凹、どこまで考えている?
アムレイヤが横になったまま考えを整理する。
「全面闘争にならない場合でもアルマルンガ王国は滅亡。そこに親エルフ派の
「
「どっちになっても使えるってこと?」
「どっちになっても利用できそうなものを、予め作っておこう、ということか」
「ドリンとサーラントは最初からそれを狙ってエルフもどきを助けたってこと?」
「初めは助けた
「はーぁ」
俺の足を枕に仰向けになり溜め息を吐くアムレイヤ。
「なんでこんな話をしてるの。なんだかもう、普通の探索者には戻れない気がしてきた」
「普通の探索者、か」
トップクラスとか言われても、灰剣狼はせいぜい40層級。かつて50層ボスを倒したという
遊者の集いが50層ボスを倒した証しは
そこに今の俺達ではまだ届かない。
「地下迷宮の深奥に挑もうという者は、もとから普通では無いだろう」
「それもそうか」
「そして地下迷宮で魔獣と戦い続けた40層級だから、
「うん、猫娘衆もあのとき悪魔とやったときよりも強くなってる。だから昔ほど苦戦はしないはずだけど」
「ならここで不安になっても意味は無い。明日のすることは変わらない。そろそろ寝ろ」
「ここで寝てもいい?」
「あぁ、枕代わりになる程度なら安い責任の取り方だ」
なんとなくアムレイヤの頭をよしよしと撫でる。
「あ、いいね、これ。気持ちイイ」
「そうか」
優しくゆっくり撫でて寝かしつける。
アムレイヤがニヤついているのはいいネタができたとでも考えているのだろう。
飲み会で『夜にカゲンと気持ちイイことした』とでも言うつもりか。まぁ、いつものことだ。
普通の探索者、か。
新型剣ドスとスーノサッドの魔術の強化。これで足場の悪い43層からの雪原の攻略の目処が立つ。
だが灰剣狼では百層大迷宮の最深には辿り着けないだろう。
子か孫か、さらに先の子孫か、俺達の後に続く者に託すしかない。
ならばその者達の為に地下迷宮を探索しやすい環境を整えることも、探索者の務めだろう。
探索に邪魔な国を、ひとつふたつ潰しておくのも普通の探索者の仕事だ。
……こんなことを口にすれば頭がおかしいとか言われそうだ。
俺も随分とあいつらに染められたか。
明日は界門まわりに集まる下位悪魔を相手にして界門まで。
下位悪魔がどれくらい強いのかは試してみないと解らんが、俺のドスの操剣技術の練習台になってもらおう。
アムレイヤの頭を撫でながら考えるのは隠れ里のこと。なぜかシノスハーティルの笑顔を思い出す。
悪魔も界門もさっさと片付けて隠れ里に帰るとするか。最後の仕上げが残っている。
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