第82話◇カゲン主役回◇界門戦前夜

部隊パーティ灰剣狼リーダー、狼面ウルフフェイスカゲンの視点になります◇



 部隊パーティ灰剣狼を組んで10年になるか。初めはディープドワーフのガディルンノに部隊長パーティリーダーを頼んだが、

『仕切るのはカゲンの方が良いじゃろ』

 と断られた。


 狼面ウルフフェイスは仲間を大事にする頼り甲斐のある種族と評判はいい。

 群れを大切にする種族ではあるが、これは俺達の先達、狼面ウルフフェイスの一族の行いが作り上げた評判だ。そのことに己が一族に誇りを感じるし、様々な種族の信頼を勝ち得た我らが先祖に感謝をしている。


 探索者の部隊パーティでも狼面ウルフフェイスがリーダーというのも割りと多い。

 ただ、まぁ、

 部隊パーティ内の種族間のいさかいとか、狼面ウルフフェイスの名に傷をつけないようにというプレッシャー、個性の強い探索者の面倒を見る、というストレスから脱毛症になって引退する狼面ウルフフェイスもたまにいるのだが。


 頼りにされることに誇りと喜びを感じる反面、俺に任せるのか? という不安もある。あのとき、触るな凸凹が隠れ里を離れてドワーフ王国に行くときも。


『留守の間、ひとつよろしく』

『カゲンならば安心して任せられる』


 と、ドリンもサーラントも気軽に言ってくれる。あいつらは俺を買いかぶりすぎだ。

 俺は灰剣狼ひとつまとめるぐらいしか責任は持てないんだが。

 いつのまにか白蛇女メリュジン黒浮種フロート、更には集まった探索者まで俺が仕切ることになってしまった。他にいないといわれると、仕方が無い。


 灰剣狼の中ではパリオーを除けば主張の強い奴はいない。その点では纏めやすい。それがあの隠れ里では、あまりにも習慣が違うふたつの種族に、猫娘衆のようなアクの強い探索者が集まっている。

 流石にこれはどうなるんだ? と悩んでいたが。

 やってみれば意外とどうにかなるものだった。


 ガディルンノの知識にパリオーの交渉術。意外にも面倒見のいいグランシア。指導役としての才を隠し持っていたスーノサッド。種族間のもめ事は率先して解決しようとするカームとレッド種。そして素直に話を聞く白蛇女メリュジン黒浮種フロートと。

 他にもいくつかの好条件が重なったことで上手く運んだ。

 素直すぎる白蛇女メリュジン黒浮種フロートには、これは人間ヒューマンに会わせない方がいいと心配にもなった。


 探索者も初めは地下迷宮ダンジョン税の無い新しい探索拠点が目的だった。

 それが白蛇女メリュジンの美しさと気安さ、黒浮種フロートのテクノロジス――その本質は『友人の役に立つものを作るのが大好き』――というふたつの種族の魅力にやられた。

 モテたい三傑衆、いや今はモテたい四天王か? ディグン、ネオール、バングラゥ、ボランギが率先して隠れ里の為に働き、他の探索者を引っ張っていく。


 これまで五千年、男のいなかった白蛇女メリュジンには、習慣の違いから恋愛関係でたまに揉め事もあったが。

 男女問わずのグループ交際とか、全裸会とか。もともと女同士で子供をつくっていた白蛇女メリュジンには、女同士で付き合うことも当たり前であり。

 女性探索者の中で白蛇女メリュジン相手に同性愛に目覚める者もいた。

 浮気や不倫という概念が存在しない白蛇女メリュジン。独占欲が無い、というわけでは無いらしいのだが。奔放であり男と女のいる種族とは考え方が少し違う。


 グランシアにお姉様ーと言いながらしがみつく白蛇女メリュジン達。

 競ってファーブロンに胸を押し付ける白蛇女メリュジン達。

 ……このあたり、悪ノリする探索者に、たまについていけなかったりするのだが。

 今のところ大きな問題とはならずに済んでいる。


 俺も俺で白蛇女メリュジン族長シノスハーティルが切羽詰まった様子で、


『カゲン相談があるのですが……』


 と、来られるとリーダー面して相手をする。

 己のことを棚に上げて理想のリーダー像を語ったりする。己に続く者の支えになるよう、余裕のあるところを見せて堂々としろ、とか、アドバイスしてしまう。

 長が軽々しく狼狽えてはいけない、とか。

 自分に言い聞かせるようなことを口にしてしまった。

 ただ、シノスハーティルの場合は、それを見透かされてるところが人気に繋がっているところでもあるのだが。

 ああいうリーダーシップと種族のまとめ方もありなのか。

 気がつけばシノスハーティルが近くにいることが多くなり、探索者の男共が俺を睨んだりすることもある。

 それでも探索者がなかなか頼りになり、それぞれの班長がしっかりしていたことにも助けられた。専門家が揃っていたことはありがたい。


 しかし、全体が上手く進んだ結果として、

『流石はカゲン』『灰剣狼のリーダーは頼りになる』『兄先生の言うとおりにすれば大丈夫』『カゲン、助けてー』とか言われると、おいこらちょっと待て、と言いたくなる。

 触るな凸凹に嵌められた。あいつら……。


 ドリンにサーラント、マルーン西区に来たときからなんだか危ない奴等だと思っていたが、あいつら、ただ頭がおかしいだけでは無い。

 まさか、あのふたりに色々と気づかされることになるとは。


 俺は部隊長パーティリーダーとして群れを大事にし、仲間を大切にしてきた。

 調和を持って良しとする。

 それは狼面ウルフフェイスとしては当たり前ではある。

 突飛なこと、おかしなこと、極端なことを自らしようとはしない。

 確実で堅実な方法を選び、無理や無茶をしないことが群れを守ることに繋がる。


 しかし、それは状況に流されやすいという1面でもある。

 灰剣狼だけで隠しエリアを発見していたなら、全てを秘密として今のようなことにはなっていないのだろう。

 そして、地下迷宮ダンジョン税。不満を口にしながらも貨幣を払っていた。探索から戻る度に面倒な査定と身体検査を受けていた。

 人間ヒューマンが地下迷宮の上に街を作り、古代よりあるものを勝手に所有権を主張していた結果の地下迷宮ダンジョン税。

 それはそういうものだ、と考えていた。そんな己の思い込みに流されていた。

 それが法であり、それが社会である、と。


 サーラントがドルフ帝国の王子と聞いて、なるほど、と感心した。

 あいつは法を守る側では無く、法を創る側の立場だった。

 ドリンの方は解らないが、おそらくは相方のサーラントの影響もあるのだろう。

 あいつらふたりは納得のいかない地下迷宮ダンジョン税をどうにかできないかと、前から考えていたわけだ。


 そのふたりが隠しエリアを見つけた。

 隠しエリアに住む種族の為になり、百層大迷宮に挑む探索者の為になり、さらには地上に住む種族の為になる。

 歴史を変え、未来を変える大事件に仕立て上げる。

 隠れ里を拠点に地上の勢力図を書き換える。百年おきの人間ヒューマンとの戦争を違う形に作りなおす。

 恐ろしいのはこの1件が触るな凸凹にとっては目的では無く、ただの通過点だということだ。


 サーラントは言っていた。人間ヒューマン中央領域で奴隷にされている全種族の解放が目的だと。

 ただの探索者が何を言っているのかと思っていたが、多種族国家ドルフ帝国の王子としては、それは当たり前の目標のひとつだった。

 ドリンの方は行方不明の祖父、グリンを探すのが目的だと。


『じーちゃんのいる部隊パーティ、遊者の集いの噂を聞かないとなると、噂が届かないような地下迷宮に行ってるのかもな。残るふたつの大迷宮のひとつ。人間ヒューマン中央領域の百層大迷宮にこっそり忍び込んでるんじゃないか?』


 どうやってそんなとこに行ってるのかは知らないが、それなら噂も届くまい。


『あっちの方に探索者が行けるようにしないと、じーちゃんを探すことも難しい。何とかならんかなー』


 酒場で林檎酒を飲みながらドリンは言っていた。

 あいつは自分が、他の探索者が、人間ヒューマン領域の地下迷宮に行きやすくするために、人間ヒューマンから地下迷宮を奪うことを前々から考えていやがった。


 だからこそ実行に移し今の状況がある。

 地下迷宮を探索するのに国が邪魔だから、その国をどかしてしまえ。

 本気で百層大迷宮の最下層を目指すならば、探索者としてはそれぐらいやれと。


『知恵と力を求める者、地下迷宮へと挑むべし』


 全ての種族に伝わる言葉。目指すは深奥。


『百層大迷宮を征する者、亜神に等しき者と成らん』


 亜神と等しき者、神に並び立つ者、それが何かは解らない。しかしそれを目指して地下迷宮に挑む。探索者が地下迷宮に潜るのは、財宝の為だけでは無い。

 己の力を試し、更なる力を求めて。

 地下迷宮の探索に邪魔ならば、国のひとつやふたつも退かせなくて何が一流の探索者か――。


 そんな風に考えた。考えてしまった。

 あいつらに影響されたか、俺ももうまともな探索者とは言えんな。

 焚き火に木切れを投げて辺りを見る。

 夜の闇の中、草原では俺達を乗せて走ってくれた人馬セントールが眠っている。

 ここまでは順調、闘いも無い。消耗を押さえるために人間ヒューマンがいれば避けて駆けてきた。

 3人の人馬セントールは士気も高く気合いが入っている。なんでも内ふたりはサーラントが昔、隊長をしていた激駆隊に所属していたという。

 背中に乗せて楽をさせてもらったので、夜営の見張りを引き受けている。

 夜の大草原は風が吹く度に草が鳴る。人馬セントール小人ハーフリングにとっては子守唄の夜風草歌。


 ひとりモゾモゾ起き出してこちらに来る。グレイエルフのアムレイヤだ。


「カゲン、お湯、ある?」

「どうしたアムレイヤ、眠れないのか?」

「だって明日は下位悪魔と戦って悪魔界に繋がる門まで行くんでしょ? 悪魔王もどこにいるか解らないし、ラァちゃんがいてもちょっと怖い」


 言いながら隣に座る。焚き火に水を入れたケトルを吊るして湯を沸かす。


「ラァちゃんはよく寝てるみたいね」


 アムレイヤが見るのは俺の弟のヤーゲンだ。うつ伏せに寝ているヤーゲンの耳と耳の間、そこに古代種エンシェント小妖精ピクシーのラァちゃんがヤーゲンの毛に埋もれて寝ている。

 この毛皮が気に入られたというのはいいが、耳と尻尾を撫で回すのは勘弁してほしい。

 アムレイヤのカップを用意しながら小声でアムレイヤに言う。


「この中で下位悪魔との戦闘経験があるのはアムレイヤだけだ。あまり弱気になるな。こっちまで不安になる」

「んー、猫娘衆で相手したのって1体だけだし、それでもけっこう手こずったのよ? 魔術使うのは速いし、再生するし。それが何体もいるってなると」

「アムレイヤにしては珍しい。不安を口にして弱気になるっていうのはらしくない」

「いつもはグランシアについて行けば不安は無いし、猫娘衆には私より心配性なカームとネスファがいるから。カゲンはいつもどおりなのね」

「そう見えるか?」

「初めて紫のおじいちゃん見て声を上げなかったのは、カゲンとグランシアだけじゃ無かった?」

「あれは驚きすぎて声も出なかっただけだ。ドッキリにも限度があるだろうに」

「そうなの?」

「俺もグランシアもリーダーで、簡単に動揺を見せない立場だというだけだ」

「あ、いいねぇ」


 なぜかアムレイヤがニヤリと笑う。

 沸いたお湯でお茶を淹れてアムレイヤに渡す。何故、急に楽しそうになる?


「強い男がポロリと弱音を溢して甘えてくるのは私の大好物」

「悪趣味だ。白蛇女メリュジンに男のからかい方を教えてるのはアムレイヤだろう」


 1番被害を受けたのはライトエルフのファーブロンだ。よく白蛇女メリュジンにオモチャにされている。

 熱いお茶をふうふうと冷まして、アムレイヤは悪びれもせずに言う。


「でも、それで白蛇女メリュジンと探索者が仲良くなれたんだから結果オーライ。うん、じつは私はその効果を狙ってたの」

「結果オーライとか言ってるぞ。まぁ、実際のところ役に立っていたのだからなんとも言えん。しかし、不安をまぎらわすにしても昼間のはちょっとやり過ぎだ」

「喜んでくれてたけど?」


 俺たちを乗せてくれる3人の人馬セントール。アムレイヤは真っ先に1番若い兵士の背中に乗った。その移動中、


『あ、あの、そんなにしがみつかないでください』

『えー、だってー、凄い揺れるから落ちたら怖いじゃない? だから、ぎゅー』

『ああっ、そんなにくっついたらっ、あああっ、なんかいい匂いがするうっ』


 とか、やっていた。

 その人馬セントールを見ると寝ながら「アムレイヤさぁん」と呟き、手が空中をワキワキしてる。夢の中では何を揉んでいるのやら。


「えぇと、刺激が強すぎたのかな?」

「使い物にならなくなったらどうする」

「んー、でもこの程度でおたつくようだと、うちの白蛇女メリュジンには会わせられないなぁ」

「お前は白蛇女メリュジンのお母さんか?」

「保護者として付き合う男の品定めくらいはしてあげないと。カゲンお父さんもそこはしっかりしてね」

「あー、まぁ、確かに、たまに父親のような気分になることもあるか。俺がこんなふうに他の種族と付き合うようになるとは思わなかった」

「そのカゲンはなんで白蛇女メリュジンの作った服を着てこないの?」

「あれは流石に派手すぎる。このスカーフだけで勘弁してくれ」

 

 俺とヤーゲンは首に赤いスカーフを巻いている。これも銀糸で刺繍が入って煌めいている。

 白蛇女メリュジンからはグローブに戦上衣ウォーコートなどいろいろ貰ったのだが、どれもこれも金糸銀糸で飾り刺繍の入った舞台衣装のように派手なものばかりだ。


「戦闘で汚すのも気が引ける」

「その気持ちは解るけどね」


 アムレイヤは自分が着ている猫尾キャットテイル風の戦舞衣ウォードレスの裾を摘まんで言う。

 深い緑には猫と小妖精ピクシーが戯れる刺繍が入っている。前の開いたスカートから見える足が焚き火の明かりで艶かしい。

 あくまで胸を強調したいのか、胸の谷間を見せるようにそこは菱形に開いている。このあたりがグレイエルフか。

 アムレイヤがお茶を飲みながらぼそりと言う。


「あのさ、カゲン」

「なんだ? 急にまじめになった」

「まじめな話だから、ドリンとサーラントはさ、悪魔のことナメ過ぎてない?」

「あぁ、そのことか」

「大草原で起きたことを利用してやれって先のこと考えるのはいいけど、相手は印つきの悪魔の王なんだよ」

「アムレイヤ、じゃあ、あの世界をナメたようなふたりが侮ってないものってなんだ?」

「あ……」

「ドリンも結果的に古代魔術鎧アンティーク・ギアに勝ったが、危ない賭けには違いは無い」


 魔術師が単独で古代魔術鎧に立ち向かうなど前例が無い。正気とは思えん。

 そして大っぴらには言えないが黒浮種フロートカノンの開発を急ピッチで進めている。ドルフ帝国の機密のはずのカノン。計画首謀者のひとりはドルフ帝国の第3王子、サーラント。

 ほんとにあいつらは、端で見てるとハラハラする。グランシアの不安、あいつらが俺たちの知らないとこでなんかしてるんじゃないか? というのも解る。

 アムレイヤは俯いて考え込む。


「うん、そうだった。あいつらは触るな凸凹だった。私達のしてることを笑って見てる紫のおじいちゃんが、唯一注意したのもドリンだけだった」

「実際のところ界門と悪魔王については古代種エンシェントに頼るしか無い。俺達には悪魔界に干渉する方法が解らん。力及ばず古代種エンシェントに頼るというのも情けない話だが」

「それでこの作戦になるんだ」

「俺達はラァちゃんのサポートだ。ラァちゃんには悪魔と界門に集中してもらうためにも、それ以外は俺達で排除する」

「まぁ、そうなるよね」


 あとはドリンが悪魔についてなにか知っているようだった。あの作戦会議でラァちゃんとドリンの間に何があったのかまでは解らん。あのとき、見つめ会い沈黙する二人に何があったのか。

 それが世界の禁忌に触れるような知識か、暗黒期の謎なのか、悪魔と悪魔界に纏わることなのか、過去の悪魔王と古代種エンシェントの因縁なのか。

 ドリンは何を、どこまで知っているのか。

 ラァちゃんは何を隠して俺達に教えたくないのか。

 解っているのはふたりが隠したものがあるということ。

 それは俺達のために口をつぐんだこと。

 悪魔に関わることで知らない方が良いと古代種エンシェントが判断するようなことか。


 そのドリンとラァちゃんが決断した策ならば、ふたりを信じてそれに従おう。

 やり口は不明でも俺たちの目的は同じ。それが解っていればなにも問題は無い。

 隠れ里に拠点を創るときと同じだ。やり口はよく解らん。解るのは目の前の目的だけ。

 それでまだ結果は出ていないが、まるで第2の故郷のように感じる素晴らしい町ができた。

 だったら今回も同じことだ。この策の中で俺は俺の役目を果たす。仲間を信じて務めを果たすまで。

 

「アムレイヤも心配するな。俺がお前を必ず守る」

「そういうことをさらりと言うから天然モテ男って呼ばれるのよ? 私も今、クラッときちゃったじゃない。責任とってね」


 言いながら胡座をかいて座る俺の太ももの上に頭を乗せて横になるアムレイヤ。

 なんの責任だ?


「上手くいくのかしらねー。親エルフ派の人間ヒューマン国家の建国なんて」

「ドリンとサーラントは人間ヒューマンを絶滅させたくは無いようだ」

「絶滅させたくない、というよりは人間ヒューマンとの全面闘争を避けたいんだろうね。数が多いから、始まっちゃったらどれだけの期間の戦争になるか解らないし、追い詰められて悪魔の大量召喚なんてされたら、こっちも被害がどれだけ出るか解んないし」

「だが悪魔の召喚を武器に使うとなれば、それは人間ヒューマンがアルムスオンの敵だと宣言するようなものだ。ん……、そういうことなのか?」

「なにが?」

「今、口にして気がついた。人間ヒューマンとの全面闘争となっても人間ヒューマンは全滅しない。親エルフ派の人間ヒューマン国家だけは生き残る」

「それって、ドリンとサーラントがなんとしても人間ヒューマンを生き残らせる為の策ってこと?」

「いや、あいつらはそこは甘くは無い。……そうか、全面闘争となったとき有利に運ぶための策の準備になるのか」

「あ、人間ヒューマンの分裂を狙う誘いに使うの?」


「親エルフ派の新人間ヒューマン国家は悪魔召喚を認めないとして。異種族との協調の為に、人間ヒューマン以外の種族を亜人と呼ぶユクロス教を否定する。ユクロス教を排斥して新国家と同盟を結んだ国は世界の敵では無い、ということになれば」

「生き残るために人間ヒューマンを裏切る人間ヒューマンの国が出てくるかも知れない?」

「そうなれば全面闘争となっても人間ヒューマンの全滅とはならない。そして人間ヒューマン全てが敵で無ければ、全面闘争も早期決着の道筋がある。その後は人間ヒューマン同士、親異種族派対ユクロス教の構図になる」


 アルマルンガ王国の悪魔召喚を、とことん利用して次の展開で有利に運ぼうというのか? 触るな凸凹、どこまで考えている?

 アムレイヤが横になったまま考えを整理する。


「全面闘争にならない場合でもアルマルンガ王国は滅亡。そこに親エルフ派の人間ヒューマンの新国家誕生で、それと西方領域と中央領域の三つ巴、これが最初の絵面だよね?」

人間ヒューマンがアルマルンガ王国のみに責任を取らせた場合はその予定だ」

「どっちになっても使えるってこと?」

「どっちになっても利用できそうなものを、予め作っておこう、ということか」

「ドリンとサーラントは最初からそれを狙ってエルフもどきを助けたってこと?」

「初めは助けた人間ヒューマンの親子、その子供を時間をかけて教育して人間ヒューマンの指導者にするつもりだったというが。勢いで助けてしまった者を今の状況で上手く活用できないか、というところじゃないか?」

「はーぁ」


 俺の足を枕に仰向けになり溜め息を吐くアムレイヤ。


「なんでこんな話をしてるの。なんだかもう、普通の探索者には戻れない気がしてきた」

「普通の探索者、か」


 トップクラスとか言われても、灰剣狼はせいぜい40層級。かつて50層ボスを倒したという部隊パーティ遊者の集いとか笑激会がいなくなったからそう呼ばれるだけ。

 遊者の集いが50層ボスを倒した証しは黒浮種フロートの研究所にある。120センチの巨大魔晶石。何百年と倒されることなくボスの腹の中で育てられた魔力の結晶。

 そこに今の俺達ではまだ届かない。


「地下迷宮の深奥に挑もうという者は、もとから普通では無いだろう」

「それもそうか」

「そして地下迷宮で魔獣と戦い続けた40層級だから、強者つわものとしてここで役に立てる」

「うん、猫娘衆もあのとき悪魔とやったときよりも強くなってる。だから昔ほど苦戦はしないはずだけど」

「ならここで不安になっても意味は無い。明日のすることは変わらない。そろそろ寝ろ」

「ここで寝てもいい?」

「あぁ、枕代わりになる程度なら安い責任の取り方だ」


 なんとなくアムレイヤの頭をよしよしと撫でる。


「あ、いいね、これ。気持ちイイ」

「そうか」


 優しくゆっくり撫でて寝かしつける。

 アムレイヤがニヤついているのはいいネタができたとでも考えているのだろう。

 飲み会で『夜にカゲンと気持ちイイことした』とでも言うつもりか。まぁ、いつものことだ。

 普通の探索者、か。

 新型剣ドスとスーノサッドの魔術の強化。これで足場の悪い43層からの雪原の攻略の目処が立つ。

 だが灰剣狼では百層大迷宮の最深には辿り着けないだろう。

 子か孫か、さらに先の子孫か、俺達の後に続く者に託すしかない。

 ならばその者達の為に地下迷宮を探索しやすい環境を整えることも、探索者の務めだろう。

 探索に邪魔な国を、ひとつふたつ潰しておくのも普通の探索者の仕事だ。

 ……こんなことを口にすれば頭がおかしいとか言われそうだ。

 俺も随分とあいつらに染められたか。


 グレイエルフの町からここまで人馬セントールの足で1日。

 明日は界門まわりに集まる下位悪魔を相手にして界門まで。

 下位悪魔がどれくらい強いのかは試してみないと解らんが、俺のドスの操剣技術の練習台になってもらおう。

 アムレイヤの頭を撫でながら考えるのは隠れ里のこと。なぜかシノスハーティルの笑顔を思い出す。

 悪魔も界門もさっさと片付けて隠れ里に帰るとするか。最後の仕上げが残っている。

 

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