第93話 王の褒美と思い出話

 ドッと疲れて席に戻って来るのと入れ替わりに、エリアーナ隊とナイトストーカー隊の褒章の授与。

 俺は名前を呼ばれなかったのでみんなを見送って、水を飲んで一息ついてボーっとしてた。


「エリアーナ隊、ナイトストーカー隊、代表者は共に前へ。」


 所々からキッズの声援が聞こえる。ははは、すげぇ人気者になったなぁ。

 後ろの方からキャーだのウオオォだの聞こえる。大きいお友達は自重しようね。

 エリアーナ隊の代表はエレナさん。ナイトストーカー隊はセイラ。


「……以上を讃えエルバート王太子より各隊員に対し、彩金貨5枚の褒章を授与する。」


 会場が大きなどよめきに包まれ、隣の席から何か聞こえて来る。


「彩金貨5枚!?一人で!?」


 さい金貨?そんな単位あったっけ?

 エレナさんは凛として。セイラはにこやかに目録を受け取ると、これまた大歓声。

 席に戻る間も惜しみない拍手に包まれていた。戻って来た4人に声を掛ける。


「いやぁ~、大人気だったね~。」


「ちょっと急いでるから!じゃ、行って来るわ!」


 席に戻るやいなや、目録を俺に手渡して席を離れるエレナさん。


「あれ?今度はどちらに?」


「次よ次!」


 そう言ってピュ~っと従業員通用口に向かう。


「何だろう?」


 ナディアに声を掛けると、ひそひそと耳打ちしてくれる。


(エレナ様のお披露目ですよ。)


(お披露目?)


 全ての褒章の授与が終わり、次のプログラムへ。


「辞令交付。リンデーラ伯爵ヨハン長女エレナ。」


 正面の扉が開くとエレナさんが入って来て、立ち止まる。


「はっ!!!」


 よく通る大きな声で返事をすると、颯爽と歩いてくる。

 ステージの前で片膝を付くと、ウィルバートがステージから降りて来た。

 辞令交付はウィルバートが直接やるのか。


「辞令。エレナ・リンデーラを銀の剣士に任ずる。」


 リンデーラ。そんな苗字初めて聞くんですけど。


「謹んで、拝命いたします。」


「大いに期待している。」


 エレナさんが立ち上がると、銀のネックレスというかチェーンというか、何かが掛けられた。

 深々と一礼して振り返り、魔石マイクの前へ。


「銀の剣士を拝命したエレナ・リンデーラである。陛下のご期待に添えるよう、全身全霊を捧げる所存である。」


 そして一礼。会場からは大きな拍手と共に会話が聞こえてきた。


「リンデーラ伯に、ご息女がおられたとは……」


 リンデーラ伯は知らないけれど、たぶん娘さんは居ないんじゃないでしょうか。

 ダミー会社……じゃない、貴族家と思います。


「道理で。大変良く似ておられる。」


 …………誰に?


 などと心の中で会話に突っ込んでたらエレナさんが戻って来た。


「お疲れさまでした。リンデーラさん。」


「はい、お疲れ様。これで今日の仕事は終わり。さ、今日は飲むわよ~。」


「銀の剣士ともあろうお方が、飲んだくれたらダメですからね?」


「飲みの本番は部屋に戻ってからよ。うふふ、楽しみ。」




 さて、乾杯の後はテーブルバイキング形式のディナー!やったー!たくさん飲んで食べるぞー!

 と思っていたら次から次へと来るわ来るわ、お客様。

 いや正しくは、どこかのテーブルに座るお貴族様の執事の人。深々と礼をされ、名刺みたいなカードを頂戴する。


「リエンツァ家当主リベリオより、アキラ様のカンフォーレ子爵家ご継承を謹んでお慶び申し上げます。益々のご発展を祈念いたしております。」


「ありがとうございます。これからも努力してまいりますので、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。」


 食べられないエビ、カニ、お肉、パスタ。

 飲めないリンゴサイダー。

 美味しそうなイチゴのケーキ。


 小一時間程、各家の執事さんによる波状攻撃。

 それが終わったと思ったら、今度はおじいちゃん襲来。


「カンフォーレ子爵、今日の佳き日に、是非とも我々の杯を受けてはくれまいか?」


 先程熱い視線を送って来たおじいちゃんたち。大きな樽を皆さんで運んで来て下さった。

 絶対断れないやつじゃないですか。


「恐縮です!ありがとうございます!」


 樽に入ってるからまさかと思ったら、予想通り日本酒的なお酒でした。

 飲んでは注がれ、飲んでは注がれ。結構酔いが回る。

 またおじいちゃんたちも豪快な方々で、つい楽しくなっちゃって意気投合。今度、皆さんで集まる約束までしてしまう。

 孫みたいな感じに思っていただいたのかねぇ。


 ひとしきり飲んで、ようやく解放。結構よっぱらい気味。

 さてさて、ナディアがよそってくれた大きなエビをおなかに収めないとね~。


「アキラ。」


 気配も無く背後に立つチビっ子の声。


「今エビで忙しいから。後にして。」


「ダメー。呼んでるから。すぐ行くよ。」


 公に紹介はされなかったけど、王妃守護隊の新隊長リンツが俺を小脇に抱え込んで走り出す。


「行ってきますぐらい言わせろよ~何処に連れてくんだよ~!」


「大丈夫だいじょぶ~!イイトコロ!」


 景色が有り得ない速さで流れて行く。

 ちょっと、気持ち悪くなってきた……うっぷ。


「ちょっとー!吐かないでよ?はい!到着!!!」


 ゴロンと道端に転がされる。扱いがひどい。

 はてさて、目の前には見覚えのある建物。


「あれ……ココって、離れ?」


 ルージュ領にあるレナートさんの別荘を模した、ホテルの離れ。

 重厚感あふれる玄関扉が開くと、あの男が立っていた。


「……何寝てんだ?」


「あれ?金じゃないの?ド派手な。」


「ありゃ儀礼用だ。片ッ苦しくていけねぇ。まぁ入れ。」


 作務衣なのか甚平なのかに着替えたウィルバートが入室を促すも。


「うえぇ……吐きそう……気持ち悪い……」


「だらしねぇな。ホレ。」


 ウィルバートが強めのデコピンをしやがる。


「痛って!!!何すんだあんた!ちょっと!」


「治っただろ?いいから入れ。」


 ホントだ。気持ち悪くない。何それデバフ的な?状態異常解除?

 ってか、絶対デコピンは必要ない奴だ。また余計な事をされたと思いながら中に入る。


「じゃ、ごゆっくり~。」


 そう言って扉を閉めて出て行くリンツ。気を利かせたのか?珍しい。

 ソファーにドッカリと深~く腰掛ける。


「相変わらず遠慮のない奴だな。」


「そんな事はないですよ。それで、わざわざリンツを寄越して食事も摂らせずに俺を連れて来たのは、どういったご用件ですか?」


「例の褒美だよ。エレナから軽く聞いた。決めたらしいじゃねぇか。」


 あぁ、その話か。身体を起してしっかり話す姿勢に。

 馬車の中でみんなで話していた家の事を、若干盛り気味に話す。


「分かった。家の件については概ね認める。だが異世界への扉だけは却下だ。」


「って事は、この世界間の扉はアリ?」


「おまえらは悪用しないだろう。ただ、そうだな……条件をつける。使用できるのは住人であるエリアーナ隊のみ。他の奴らは通過できない。開通先は3箇所迄だ。それでいいな?」


「あら、中々厳しいんですね。」


「扉の存在が明かされた場合は家ごと没収する。」


「えー!それは厳しすぎないですか!?」


「当然だろ。条件付きとはいえ、時空鏡と同等の力を持つ魔道具だからな?細心の注意を払え。行き先の相手に事情を伝えるのは止むを得ないが、そこから情報が漏れる恐れもある。相手を見極める事だな。」


 まぁ、知らない場所に移動するつもりは無いからいいんだけど。

 レナートさんの家だと勝手にお邪魔する事になっちゃうか。それはマズいな。


 だとしたら、流音亭。アミュさんか……まぁ、あの人なら大丈夫だ。

 他は、またみんなで決めればいいかね。


「ついでにもう一つ、家具の事でお願いがあるんですけど。」


「何だ?言ってみろ。」


「向こうの世界とコッチの世界を自由に行き来できる魔道具を……」


「却下だ。お前、聞いてたのか?扉も家具も同じだろうが。」


「いや、理由があるんですよ。向こうには家族がいますし、年に一度ぐらい先祖の墓参りのために帰省したいと思っているんです。無闇に行ったり来たりする訳ではありませんので、どうかご検討のほどよろしくお願いします。」


 こういう話は駆け引き無しで正直に伝える。


「墓参りか。それはわからんでもないが……まぁ、その件は俺に預けろ。前向きに検討してやろう。」


「はい、是非とも。よろしくお願いします。」


 可能性がゼロじゃないってだけでも、話した甲斐があったというものだ。


「で、お前はその家に住むのか?」


「ええ、こちらに移住します。母と姉には海外で仕事をする事になったと伝えれば、そこまで心配を掛けないでしょう。ついでに会社も辞めてきます。なので、こちらが落ち着いたら一度向こうに帰りたいんですよね。送っていただけませんか?」


「そうか、随分と思い切ったな。どんな心境の変化でそうなった?」


「俺の中の優先順位が大きく変わったんですよ。」


 ナディアとの事は、本人としっかり話をしたうえで。

 一人で勝手に話を進めるのだけはナシだ。

 とは言え、つい言いそうになってしまったのは気を付けないといけないな。


「まぁまぁそれはさて置き、やっぱり家の場所は王城の近くか、ちょっと離れていても静かで治安がいい所がいいです。買い物できるお店が近くにあると尚良し。あと、公共交通機関って乗り合いの馬車ですよね。コッチには自転車とか車みたいな、一人で移動する手段は無いんですかね。レナートさんの所のゲッコーみたいな、乗れる魔獣がいいな。あと……」


 ここで暮らしていくための準備について、想像力を働かせて色々と喋っていると、ウィルバートが突然笑い出した。


「何ですか、何か変な事言いました?」


「そうじゃない。まぁ、何と言うかな。家の場所はいい場所を用意してやる。家屋や設備についてはアーレイスクに造らせる。騎乗魔獣は面白いヤツを発見したとシルヴィオから報告が上がって来ているから、そいつを捕まえて来い。法律やら制度についてはエレナが居るから問題ないな。それにしても……」


 何かを言いかけて、じっと俺を見る。


「何すか。」


「カンフォーレの者がフラムロスで暮らす事を感慨深く思う。先代は、たった一日で返上して帰って行ったからな。」


「帰ったって、どこに?」


「日本にだ。先代のカンフォーレは楠木 玄、お前の親父だ。」


 あー…………そうか、それか。


「朝、バルさんから聞いた。あんたとパーティーがどうとか……」


 ウィルバートが立ち上がり、キッチンへ。

 冷蔵庫からお茶か何かを持ってきて注ぎはじめる。


「言う事はねぇと思ってたんだけどな。昔話だけどよ、ちょっと聞いてくれるか。」


 ウィルバートが他の家に出されていた14歳の頃。

 当時はどうも引っ込み思案で大人しく、線が細くて美少年で「おい、そこ笑う所じゃねぇからな。事実だ。」


「当時、伝説の魔獣を発見するという夢を現実にするために、色々と準備をしてたんだよ。そしたら親父が『旅に同行させる者が居る』と言って連れて来たんだよ。突然。」


 息子の一人旅を不安に思ったのが王様。そして使命者として召喚したのが俺の父。何故。


「お前は知ってるか?ゲンの若い頃。」


「何となく聞いた事はある。夜な夜な街に繰り出してはケンカに明け暮れ、キレイなお姉ちゃんに声をかけまくっては怖がって逃げまくられ、浴びるように酒を飲んで肝臓をぶっ壊して、ギャンブルで身を持ち崩して、もう滅茶苦茶な生活をした。挙句の果てに交通事故で死にかけたって。でも犯罪になるような行為はしてないって。」


「あぁ、大体知ってんな。忘れもしねぇ。そんなヤツが突然現れて『オイコラ!てめぇの腐り切った根性!この俺が叩き直してやる!』どう思う?」


「相手にしたらダメなヤツですよね。」


「息子のお前には悪いけどよ、初対面がもう本当にアレだからな。親父の命令とは言え、嫌で嫌でしょうがなかった。」


 何と言うか、控え目に言って最悪だったらしい。


「でしょうね。」


 コッチに来てからも、行く先々で飲んだくれてケンカ。女性を見るや手当たり次第に声をかけまくる。

 当時それぞれの街にあった大小さまざまな賭場からは悉く出禁。ブラン領ストリーナでは街そのものに入ることを禁止。

 最低なのがウィルバートの幼馴染であるお金持ちの息子を金づるにして豪遊。しかもその人が。


「レナートさんのお父さんに……たかり行為……」


 もう顔真っ赤。恥ずかしいハズカシイ……何してんの本当に!!!


「しかもそれが親父さん、レナートの爺さんだな。バレてよ。ブチギレて『その男を生かしたまま俺の前に引き立てろ』ってな。」


「あの、確か、レナートさんのお爺さんて、赤の騎士の……?」


「レナートが更新するまでは歴代最強の赤の騎士、セルウェイン・ルージュ・ラシェール。特に脂の乗っている時代だ。あの時は、流石にコイツ死んだと思ったな。」


「でも、生きてるって事は、許されたって事で……?」


「悪運の強さと言うかな。王都の飲み屋で赤の騎士団に取っ捕まってドゥーブルリオンに連行されてな。アレは俺ですら恐怖だった。俺もフェリクスも、もうダメだ終わりだ。巻き込まれてブッ殺されると本気で怯えてたんだよ。そしたらゲンの野郎は何て言ったと思う?」


「あー、何となく想像がつく。すげぇムカつく言葉。お前が言うなってヤツ。」


「「なるようにしかならねぇ。」」


 意図せず綺麗にウィルバートとハモる。まさかこんな時が来ようとは。


「赤の騎士の鬼の形相で睨みつけられても一切動じてなくてよ。全力で真剣を振り下ろされても眉一つ動かさねぇんだ。それで何て言ったと思う?『全ては俺が悪い。言い訳は無い。恨み言も言わねぇ。好きにしろ。』」


「諸悪の根源のくせに、なんで開き直ってんのって感じ。そういう所、もう本当にひどい。」


「だろ?だけどよ、その肚の据わり具合を大層気に入ったらしくてな。無罪放免だ。そして事あるごとに『あの馬鹿者は生きているか?』って聞かれるようになったらしい。俺だってそんなに気に掛けられたことはねぇんだ。ゲンって奴は、本当に不思議なヤツだったよ。」


 時折、どこか遠くを眺めては父の事を話すウィルバート。


「それから3年一緒に行動して、すっかりヤツに毒された。よく親父が言ってたわ。『人選を誤った』ってな。」


 わかる。お父さんの、王様の気持ち、痛いほど良くわかる。


「そしてアランブールのさらに山奥、アムデリアとの国境辺りでついに魔獣を発見した。これは真面目にゲンが居なければ無理だった。無事に使命を果たして王都に帰って来るなり、旅の途中で聞いた噂話を確かめに行った。」


「どんな?」


「王宮で絶世の美女が働いている。」


「あぁ……もう……これ以上、身内の恥は聞きたくない……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る