第2話 流音亭の人と、メダルのこと

「ん?…ここ…どこだっけ?」


 何か身体がダルくて目覚めて、寝床でボンヤリしている。

 見覚えのない部屋。

 家に帰った記憶もなく、友人の家に泊まらせてもらった記憶もない。


 そんなタイミングで【コンコン】とノックの音が。

 ガチャっと開けて入ってきたのが、あら可愛らしいお嬢さん。

 何とな~く見覚えがあるけど、こんな方と知り合う事は、万に一つもありえない。

 しかも、外国の方でいらっしゃる…ヤバイ、俺、なんもしゃべれねぇ…。


「おはようございますー。」


「あっ、はい、おはようございます。」


「あ、顔の腫れ引いてますね。大丈夫でした?」


「え?何でしたっけ…ょっとイマイチ、覚えていなくて…。」


 昨日は会社の帰り道で寝ちゃって、起こされて、眠すぎるから、休憩がてら車の中で寝て。

 そしたら夢の中で狼が襲って来て、お店で全裸で盛り上がってたら殴られて、今起きた…あれ?


「そうなんですね~。父は拳で語るタイプの人なので、ゴメンなさいね。」


 彼女のギュっと握った拳がシュシュッと空を斬る。

 何か、ジワジワと思い出してくる。


 ・

 ・

 ・


「夢だ夢だ~!カワイイおねえさ~ん!」


「あららお兄さん、随分出来上がってるねぇ~」


「おい!ちょっと!やめろって!」


「もう、やっぱり夢でしょ!こんな事、現実じゃありえない!だからさぁ~ぼくと~ちゅ~~~」


「……フンッ」


 ドゴォッ!


 ・

 ・

 ・


「朝食の準備できてますので、お店の方で食べて行ってくださいねー」


 そう言い残して、出ていくお嬢さん。

 俺は、彼女にとんでもないことをやらかしたんじゃないだろうか……。


 てか!


 今!何時!?時計ない!

 カーテン越しでこれだけ明るいなら、かなり時間が経ってるんじゃないか?

 ヤバい!会社!行かないと!遅刻!

 猛ダッシュで準備しようと思ったんだけど、あれ?俺、服着てない!


 部屋見回すと、テーブルの上に畳んだ服が乗っている。

 その上にはメモが。


『おはようございます。多分大きさは大丈夫だと思うので、この服を着てくださいね』


 瞬間的に萌えてほっこりした。

 まぁ、昨晩メール送ってるし、後で電話して…いや、そうか、携帯も…何もかも盗まれちゃったのか。

 色々なことを次から次へと思い出して、何かホントにもう疲れたよ。

 とりあえず服をお借りしようとした時、ちょっとした…いや、俺にとっては大きな変化に気づく。


「あれっ?腹…ヘコんでる?」


 19歳で入社した頃は、ちょうど良い~若干やせ気味で、上司からはもっと食えよ~と言われ続けていた。

 20代前半では体重はあまり変わらなかったけれど、後半に入って仕事が忙しくなり、連日連夜の残業による不摂生な生活。深夜に仕事を終えてバクバク食いまくって、帰って仮眠する生活を続けた結果。


 腹囲90cm。


「メタボリックシンドロームですね。あと血中脂質めっちゃ高いです。」

「餓鬼だよその腹。」


 そんな俺の餓鬼の如く張り出した腹が、キレイさっぱり無くなっている。


「…なんで?」


 どうせそのうち元に戻るから、あまり考えないでおこう。

 よし、とりあえず服を着よう。

 紺色のジーンズ…っぽいんだけど生地が違うな。あ、でも裏地があったかい系のジーンズかな。柔らかくて履きやすい。

 上は、白っぽい長袖のTシャツ。首のところがヒモになってるヤツね。こういうの着た事ないから、ちょっと嬉しい。

 見た感じ絶対入らないよと思っていたんだけどピッタリ。心なしか、身体が軽く感じる。


【コンコンガチャ!】


「おはようー!」


 ノック直後のドアオープン。

 ちょっとビックリした。服着てて良かった。ホントに良かった。

 あれ?さっきのお嬢さん、着替えた?


「お、おはようございます。」


「昨日は情熱的だったねぇ~!でもゴメンね~!私にはねぇ、ダンナと娘がいるからねぇ~!」


「へ?」






「誠に申し訳ございませんでした」


 今日の俺の朝は、最敬礼から始まる。

 それは会社で幾度も繰り返され、磨かれたお詫びの言葉と態度。誠心誠意、心を込めて謝罪する事。

 それが今の俺にとって、最も必要な事と認識している。


「大丈夫だいじょぶ~!」


 何処かで聞いたフレーズをケラケラと笑いながら仰って下さるのは、私が昨晩やらかしそうになった方。

 このお店「流音亭」店主の奥様、アミュさん。


「……」


 一言もしゃべらず、厳つい表情でムッキムキな腕を組んで俺を睨みつけるのは「流音亭」店主のリバルド様。

 なんか…こう…名は体を表すっていうか…。


「…………」


 ゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうな程の圧を感じます。

 昨日は大きな拳骨でね…こう…俺の顔面をね…・


「父さんそんなに怒ってないですよ。」


 そう言ってアミュさんと笑ってるのは、お二人の娘さんのリーシュさん。

 びっくりするほどアミュさんに似てる。いやホントそっくり。

 双子っつっても


「……………………」


 圧が。


 見てんじゃねぇよ的な圧が。


 今朝、俺を起こしに来てくれたのがリーシュさん。

 そして二度目に突撃して来たのがアミュさん。

 全てを思い出して最敬礼をした相手がリバルドさん。


 アミュさんとリーシュさん、見た目が北欧的な雰囲気なんだけど日本語がすごく上手で、外国語を全く話せない俺は、かなりホッとした。

 リバルドさんは…無口な方だよね。まだお声を聴いていないけど、ゴゴゴという効果音は聴こえた気がする。


「もうホントに失礼をいたしまして…。」


「いやいや、いいからいいから!良くいるから!」


「いるんですか…。」


 リバルドさんが無言で朝食をカウンターに置く。


「さ、いいからまずはお食べ~!」


「いろいろとご迷惑ばかりですみません、それでは、いただきます。」


 アミュさんに促されて、カウンターに着席。

 トーストされたパン2枚と、スクランブルエッグ、サラダ、スープ。

 何となく、喫茶店の朝メニューな感じ?

 ボキャブラリーの乏しい俺が表現すると、すっごく美味しい。


 食事の間、アミュさんがお店について話してくれる。

 このお店は夫婦で営んでいる飲食店で、リバルドさんが主に厨房担当、アミュさんが接客担当。

 飲食店のほかに泊まれる部屋もあって、さらに仕事を紹介する掲示板もあるとか。

 民宿とか民泊とか、シェアハウスみたいな?そんな感じなのかなぁ。

 リーシュさんは離れた町にある学校の寮に入っていて、久しぶりに帰って来ていたらしい。気を遣ってくれているのか、色々と話してくれた。


 朝食を一気に平らげて、ようやく一息つく。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。」


「はーい!お粗末様でした!」


「あの、迷惑ついでで大変申し訳ないんですけれど。」


「はいはい?」


「電話をお借りしてもいいですか?」


「んー?あー、そっか…ちょっと待ってね。」


「あの、私、恐らく、誰かに…」


 厨房の裏に入っていくリバルドさんとアミュさん。

 何やらゴニョゴニョと話をしている。


「それでは、私は出かけますね。ゆっくりしていってくださいね!」


「はい、ありがとうございます!」


 そう言って、リーシュさんは出かけて行ってしまった。かわいい。


 さて、まず電話するのは、会社?いや、警察だよなぁ。

 でもなぁ、何て言えばいいのか…連れて行かれた?いや、そうじゃないか…何だかよくわからないしなぁ…。

 そんな事をモヤモヤと考えていると、アミュさんが戻ってきた。


「お待たせ。ちょっと見せてもらいたいものがあるんだけどね。」


 あれ、何かちょっと雰囲気が違うなぁ。


「コイン、持ってたよね?」






「昨日、ダンナが君を投げ飛ばしたときにね、見ちゃったんだよねー」


 若干、マイルドな表現になっていらっしゃいますね。

 メダルと言えば、昨晩拾ったゲームセンターのメダルしかない。

 言われるまで忘れていたぐらいのモノなので、どこだどこだと探していたら、スボンのポケットに入ってた。

 とりあえず、カウンターの上にメダルを置く。


「これはどうしたの?」


「昨日、お店に来る途中で拾ったんです。」


 メダルのウラオモテをじっくりと観察している。

 昨日拾った後、あんな事になってしまっていたので、そんなにしっかりと見た訳じゃなかったんだよね。

 ちょっと俺も眺めてみる。


 大きさが、10円玉を一回り小さくしたくらい。

 でも10円玉よりも厚手で、500円玉くらいかな。

 そして何より色が特徴的で、ウラオモテどっちがどっちかはわからないけれど、片面が赤、もう片面が黒。

 昨日は月明かりに反射して見えてたのと、暗かったから色まではわからなかったんだな。


 俺がじっと見ていると、ちゃんと見てみる?ってアミュさんが渡してくれる。

 プラカラー的な何かで色づけしているのかと思ったけれど、そうじゃない。

 金属自体に色がついてるんだ、これはキレイだな…。


「ちょっと待ってね。」


 そう言って、アミュさんがパタパタと厨房の奥に入っていく。


 メダルは見れば見るほど、不思議な感じがする。

 赤い金属の面には、ライオンの刻印が入っていて、その周りにぎっしり細工が施されている。

 黒い金属の面には、龍…というよりドラゴンのような刻印が入っていて、同じように細工が入っている。

 貼り合わせたような跡がなく、これで一枚のように見える。


 ややしばらくメダルを繰り回していたら、厨房の奥から聞こえてくる。


『えっと、確かここに…』

『あれ~?あれ~?』

『あれだ…よっ…と…ヤバ!』

『ドドドドドドドドドザザザザザザザザザ…』

『んもーーーー!』


 リバルドさんがすっごい早歩きで厨房の奥に入っていく。

 奥の部屋から舞ってくるホコリで、よっぽどの事が起こってるっぽい事はお察しします。


「お待たせ~!」


 めっちゃイイ笑顔ですけど、御髪が乱れておられますよ。

 持ってきたのは、カバーが革のタイプの本。ご立派なアンティーク洋書って感じで、辞典並みの厚さ。

 革製品は割と好きだけど、そこまで詳しくないので何の革かはわからない。牛とか羊とかの動物というよりも爬虫類っぽい模様だね。


『はい、じゃあ開きまーす…。』


 そう言いながらペラペラとめくっていく。でも、何かの記号みたいな文字で書かれていて、俺は読むことが出来なかった。

 わからないなりに見ていると、たまにある挿絵がすごく興味をそそる。

 ドラゴンやら巨人みたいなのと戦っていたり、巨大な狼が人を乗せてたり。こういった神話やらファンタジー感満載のモノを見ると、俺の心に眠る中学生魂がウズウズする。お!魔法陣っぽいヤツもあった!

 何か面白いな、こういうの好きだから、ワクワクしてくる。


「あったあった。コレ、これを見てよ。」


「おーーー、コレは…。」


 そのページには、俺が拾ったメダルに良く似た絵が描かれていた。

 ウラとオモテ、全部で6枚分。大きさは同じだけど、中心の動物、装飾、色、全てが違っている。

 左上から順に見ていくと、金のコインがドラゴン、銀のコインがユニコーン、青のコインが虎。

 下の段に行って、朱色のコインが鳥…鷲?頭が二つある。紫のコインが亀、最後、緑のコインが、カエルだ。かわいいなカエル。

 全て両面が書いてあるけど、ともに同じ色で、模様・装飾も同じ。俺が持ってる裏表で別の物というのは、ここには無い。


「そのコインと似てると思わない?」


「そうですね。両面別の色というのは無いみたいですけど、どれも雰囲気は似てますね。」


「これは、使命の印(シルシ)というもの。」


「使命の印?」


「この世界に呼び出された人が、必ず持っている印。」


「この世界?」


 俺が聞き返したら、ニコっと笑いかけてくるアミュさん。


「そういえば、お名前を教えてもらってなかったね。」


「あーーー、そういえば、そうですね。楠木 亮と申します。苗字が楠木で、名前が亮です。」


「アキラくんっていうんだね。」


「すっかりご挨拶が遅れてしまいまして…。」


「いえいえ、全然気にしないで~。じゃあこちらも改めまして、アミュです。夫婦で流音亭というお店をやっています。そこでコーヒーを淹れてるのが、ダンナでマスターのリバルド。さっき出掛けたのが娘のリーシュで、今は町の方の学校の寮で暮らしていて、昨日久しぶりに帰って来てたところ。」


「改めまして、よろしくお願いいたします。大丈夫、しっかり覚えていました!」


「そしてここは、フラムロス王国のルージュ侯爵領。バトンの森にある冒険者ギルド。」


「ん?」


「アキラくんは使命を受けて、別の世界に呼び出されて、今ここにいるの。」


「え?」

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