使命により見守る事となりました。

ろわる

第1話 深夜残業後、全裸でどこかに

「やっと終わった……」


 年度末の地獄スケジュールに追われ、今ようやく、ひと段落した。

 お客さんに報告メールを送信して、ひと息ついて時計を見ると午前2:44。

 あー、もうそんな時間か!と思った矢先。


【ピンポーン♪】


 このアラーム音、ホントに嫌い。


【間もなく、セキュリティ開始です】


 午前3時になると自動的にセキュリティが発動してしまうので、急いで帰る準備。

 セキュリティの時間は延長できるんだけど、さっさと帰りたい。


「暖房切って…って消えてるし!だから寒かったのか……ちくしょう……俺はまだ居るっつーの!!!」


 既に誰もいない社内なので、独り大声で悪態をつく。

 やってらんねぇなと思いながら鍵とセキュリティカードを借りて、台帳に名前書いて…


『楠木 亮(クスノキ アキラ)』


 っと。よし、あとは大丈夫か…?

 少しでも不備があったら、翌朝にめっちゃイヤミを言われんだ。トイレの電気は消さないくせにな。

 こんな時間まで仕事してさぁ、朝はちゃんと来てるんだから―――


【間もなく、セキュリティ開始です】


 うぉ、やべ。時計を見たら2:55だった。

 指さしで最後の確認しまくり。窓ヨシ!換気扇ヨシ!!電気全て消灯ヨシ!!!

 最後に玄関の電気を消して、セキュリティカードをタッチ。


【セキュリティを開始します。30秒以内に部屋を出て、鍵をかけてお帰りください】


 相変わらずデカいんだよこの音声が!深夜に近所迷惑だわ!

 玄関先なんだから、もうちょっと小声にできたらいいのに。

 うるさいメッセ―ジ音にせかされながら玄関のカギをかけて、今日は終わり。


 外に出ると、いつの間にか雪が降っていたようで、うっすらと雪が積もっている。

 うう~、寒い!小走りで車まで行って軽く雪を払って乗り込むと、ようやく落ち着いた。


「いやぁ、長かったな……」


 昨年の10月から始まった案件を任されて、だいたい半年間で休日はお正月1日だけ。

 その正月も急に電話が来て午後から出社してバタバタしてたから、実質半年休みなし。

 それでも大きな案件だったから必死になって頑張って、ようやく今日ひと段落を迎えた。


「まぁ、明日になったらどうせまた若干修正の返信来るか。若干だった事ないけど。」


 軽く悪態をつきながら帰路につく。

 軽い眠気が来てたので、コンビニに寄ってコーヒーを買って一気に飲み干す。


「今日はちょっと眠いから、明日早めに起きてシャワーだなぁ。それにしても、久しぶりに疲れた…」


 一休みして車を走らせ始めるけど、信号待ちになるたびに猛烈に眠気が襲ってくる。

 さすがにこれはヤバイ。今日は早く帰って寝ないと。それにしても今夜は信号に引っかかるなぁ……

 どこまでも続く赤信号をボンヤリと眺めていた。


 ・

 ・

 ・


【コンコン】


 ……?


【コンコン!大丈夫かい!?】


 ……え?


「ちょっとニイちゃん!ここで寝たらダメだよ!」


 気が付いたら赤信号で眠っていたらしく、運転席側の窓からのぞき込んでいる人。

 よだれを垂らしながら大いに慌てる俺を見てカラカラ笑う男性。

 真っ黒なスーツ、サングラス、オールバック、頬に傷。


「なんぼクラクション鳴らしても行かないからさぁ、おかしいなーと思ってさぁ。見てみたらこうだもんな。」


 そう言ってハンドルに突っ伏して、俺のマネをする怖そうな男性。


「ホンっトにすみません!今行きますから!」


「まだ赤だ!眠いのわかるけどさ、気を付けて行けや!」


 ガハハと笑いながら自分の車に戻っていった、死ぬ程怖そうな優しい男性。

 もうホントに恥ずかしいし怖い……すぐに立ち去りたいけど、赤信号なので出られない。


 眠い眠いと思っていたけど、これが居眠りか……怖っ!

 寝落ちの瞬間、何も覚えてない……怖っ!


 さっさと帰りたいのに、今夜は本当に赤信号に引っかかりまくる。

 こんなに引っかかる事、無いんだけどなぁ……


 ……ZZZ


 !!! いや、寝たらまた恥ずかしい事になる!怖い思いをする!


 ダメだ、この信号過ぎたら、ちょっと仮眠とろう…


 とろう…


 ・

 ・

 ・


【コンコン】


 …


【コンコン!大丈夫か!?】


「あ!す、すいません!!!」


 やべ!また寝てた!よだれを垂らしながら大いに慌てる俺。


「今すぐ行きますから!」


「よっぱらい?大丈夫?」


 眠い目を擦ると、明らかに車の中じゃない。というか。


「脱ぐの、やめろよ。」


 全裸で、何処かの砂利道に寝転んでいた。

 森だ。森の中だ。

 なぜ?……何故!!!???


 全く状況が理解できずに呆然としていると、声を掛けてくれた人がため息をつく。


「とりあえず、起きたなら帰れよ。」


「ちょっと待ってください!!!」


 その人に縋りつく。


「ここ、どこですか!!!???」


「はぁ?酔っぱらい?いい加減にしろよ。」


 そう言って帰ろうとする彼を何とか、引き留める。


「いや、ホントに!自分でもワケが分からなくて!」


「酒を飲み過ぎて、何もわからなくなったんでしょ?」


「いやいや、飲んでませんて!飲んで運転したら捕まるでしょう~!!!」


「それよりもさ、コレを腰に巻け。暗いけど見えるから。」


 袋から大きなタオルを出して貸してくれた。あぁ、全裸で丸見えでしたか……

 声のトーンから、心の底から呆れられている。


「……何か、すいません。」


 貸してくれたバスタオルを腰に巻いて、風呂上がりスタイルになる。

 全裸から半裸。余り状況は変わってないけど、ちょっと落ち着いてきた。


 まずはこの人にお願いして、警察を呼んでもらって、事情を言えば何とかなるかもしれない、そう考えていると彼が話しかけてきた。


「……あんた、どこの人?見た事無いんだけど。」


「私はこの先の精進川駅の方に住んでて…」


「ショウジンガワ?そんな場所は無いし。何?冒険者?」


「いや、仕事帰りで、信号待ちで寝ちゃったはずなんですけど……」


「仕事?何の仕事?」


 もしかして、不審者と思われてるのか?


「あの、デザイン系の仕事をしていまして。」


「……デザイン?」


「ウェブのデザインをしていまして……」


「……ウエブ?」


 あ、これはマズいパターンかもしれない。

 全部疑問形。何かを疑われているパターンだ。

 不審者的な?いやいや、仕事終わりに身ぐるみ剥がれて車も奪われるのは、俺が被害者だよ!


「あの、私は不審者じゃないですし、むしろ被害者だと思うんです。」


「……ちょっと何言ってるのか良く分からないから、店まで行こうか。」


 ゴウっと風が吹いて、隠れていた2つの月が周囲を照らし出す。


 うおっ明る!え?月がふたつ?いや、目が疲れてんのか。

 あっ!メガネも無くなってる!


「おい、行くぞ。」


 空を見て目をシパシパさせていた俺を呼ぶ彼は、さっさと歩いていく。

 周りは見たことのない場所だし、とにかく今は彼についていくしかない。


 舗装されていない道路を裸足で歩く事15分。足が痛い。

 しょうがないので、出来る限り道の中央を、小石を踏まないように、目を凝らして歩く。


 すると月明かりに輝く円形の物体キラーン!500円玉!?ラッキー!俺のもーん!!!!

 ……ゲームセンターのコインでした。捨てるのも忍びないし、持って行く。


 ちょっと考える。


 月がふたつだったり、春先とはいえ雪が降ってたのに全然寒くなかったり。

 眠すぎたはずなのに、全然眠くなかったり。車も無い、森の中、全裸。


 これは、もしかして夢なんじゃないか?


「とうっ!」


 両手を上にあげてジャンプした瞬間、腰に巻いていた布がはらりと落ちる。

 マッパになった俺をゴミでも見るかの如く。


「……何やってんの」


「いや、もしかしたら夢なんじゃないかと思いまして……夢なら飛べますし……」


「……もうすぐ着くから。」


 ため息をついてトボトボ歩く彼。

 俺がため息をつきたいわ。


【ガサガサッ!】


 えっ!?

 森の方から何か聞こえた。


「何?風?」


「ちょっと待って。何か居る。俺の後ろに。」


 そう言われて、彼の後ろに移動。

 何か居るって?キツネ?まさか……熊じゃないよな……?


【グルルルルルル……】


 ガサガサと道に出て来たのは、犬?

 めっちゃ唸ってる。めっちゃ威嚇してる。しかも……デカっ!!!


「グレイウルフか……」


「ウルフ?狼!?」


「ああ。まぁ、あんた丸腰だもんな。ちょっと下がってて。」


「……動物園から逃げたとか……マジか……ヤバいですって……」


【グルルルルルル……】


「警察を……」


 俺がそう言い掛けた瞬間、狼が飛び掛かって来た。


【ガウガウガウガウガウ!!!!】


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!」


 狼が飛び掛かって来るタイミングに合わせて、彼が腰から何かを取り出す動作をする。

 そして腕を振り上げる。


【キャン!!!!】


 彼の後ろに隠れていた俺の真横を、狼が通り過ぎる。

 着地に失敗した狼がドウっと横たわる。

 そして、何か、ドロドロと漏れ出て来る……何をした……?


 ジッと見ていたら、狼がフワッと消える。


「……はぁ?」


 彼が狼が消えた場所で何かを拾っている。


「よし、行こう。お店はもうすぐだから。」


 夢だ……こんなの、絶対夢じゃないか……悪夢だよ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る