第94話 成し遂げた偉業
ジタバタする俺を無視して、父の所行を赤裸々に告白するウィルバート。
「で、その女に会いに行った。と言うかゲンは口説きに行った。俺は遠くから見ていただけだが、確かに有り得ねぇ程の美人だった。ゲンがいつものように馴れ馴れしく肩に手を掛けようとした瞬間、その女に完膚なきまでに叩きのめされた。ゲンの唯一の弱点、水魔法攻撃でだ。俺は陸上で溺れる人間を初めて見た。」
魔法攻撃!?
「え?何?昔は魔法が使えたの?」
「いや、そうじゃない。女はニンフでな。魔法を使う事が出来た。あの傍若無人・唯我独尊のゲンを徹底的に追い込むヤツを初めて見た。見てくれも美しかったが、俺はその思い切りの良さに惹かれた。それがエレオノーラとの出会いだ。」
「うちの父が、あんたと王妃様の出会いをアシストしたって事!?」
「そういう事だ。その直後に開かれた祝いの席で俺が立太子して、その時に、俺がゲンをカンフォーレに叙勲した。そしたら翌日には『俺はもう用はねぇ』って、さっさと帰りやがった。」
王妃様に徹底的にやり込められて、バツが悪くなって逃げたな。
「良くも悪くも、ゲンは数多くの武勇伝を残して消えた謎多き男だ。そのカンフォーレを継いだのがお前だ。期待やら不安やら様々な感情が入り混じった叙勲は、見てて楽しかったぞ。」
「さいですか……まぁ父は父、俺は俺ですから。引け目を感じず、卑屈にならず暮らしていきますよ。あと、お祝いの言葉と一緒に、たくさんの家の人の名刺をもらったんですけど、返事とか返礼とか必要ですよね?失礼な事だけは本当に気を付けないといけないので、その辺りの事を聞きたかったんですけど。」
「それはエレナに聞け。うまくやってくれる。」
「そっか、了解です。それと、ご年配の方々がお酒を持ってわざわざ来てくださったんですけど……どう捉えればいいのか……」
「そいつらはカンフォーレと言うより、ゲンに恩義を感じている貴族だな。害意は無いから何があったのかは直接聞けばいい。ただ、今みたいに顔から火が出る思いをするのは確実だからな。さっきの話はまだまだ序の口だ。ヤツの成し遂げた数々の偉業、覚悟して聞けよ。」
うわぁ……聞きたくねぇ……でも約束しちゃったしなぁ……。
【コン、コン、コン】
「おう。」
『失礼致します、陛下。そろそろお時間でございます。』
おっと、レナートさんでした。うぅ、ちょっと気まずいかも……。
「わかった。アキラ、久々に懐かしい話が出来た。楽しかった。家の内装や設備についてはアーレイスクに連絡させる。」
「今日は父の事を色々と聞かせていただいて、ありがとうございました。家の事も、本当にありがとうございます。よろしくお願いします。」
「ああ、またな。」
ウィルバートが玄関に向かうと扉が開く。
レナートさんが深々と礼をしてウィルバートを見送ると、そのまま中に入って来た。
「色々とお話をされておられたようですね。」
「レナートさん、もしかして父の事はご存知でしたか?」
「いえ、詳しくは存じておりません。ただ、カンフォーレ家とは深い繋がりがあるという事は、父から聞かされていましたね。」
「そうでしたか……いやもうホントにお恥ずかしい話で。その節は、父がさんざんご迷惑をお掛けしたようで……」
「私の父フェリクスは、先代のカンフォーレ子爵に強い好意を抱いていたと思います。そうでなければ、わざわざ全ての宿に『カンフォーレ』という部屋は設けておりません。父が特別な方のために設えた客室は、王家の客室とカンフォーレ家の客室。ただ2つだけです。」
全部のホテルにあるの!?カンフォーレの部屋が!?
あ、でもさっき部屋の事は言ってたよね。
「先程伺ったんですけど、あの部屋は陛下の命令で作られたとお聞きしたんですよね。無理やり捻じ込まれたとか、そんなオチは……」
「父は思いの外頑固者でして、誰かに命じられたまま行動するような性格ではございませんでした。最もそれは『とあるどなたか』に毒されたから、などと笑って申しておりました。ご安心ください。父は敢えて王命を賜るよう進言した模様です。」
「何でまたそんな事を?」
「私は詳しく存じておりませんが、アルフレードがその辺りについて詳しいかもしれませんね。」
「えっ!?あ、そうか、そうですよね。お爺さんの代からお仕えしているとの事でしたね。」
「いずれ、機会を設けさせて下さい。私も、アキラさんのお父様の事をお聞きしたくなりました。」
レナートさんが爽やかに笑いながら。
「もうホントに、何とも言い様がないです……」
客室「カンフォーレ」に戻って来たのは夜11時過ぎ。あれからレナートさんとすっかり話し込んでしまった。
さすがにみんな疲れて寝てるか、飲み疲れて寝てるかだよなぁ。
そ~~~っと、入り口の扉を開くと………
「遅い。」
エレナさんの、ほんのり赤いお顔が目の前に。近い。近いっす。甘い酒の香りがするっす。
そしていつもの緩めのリラックス服にお着替え。うん、緩め。視線を下げてはならない。
「はい、すっかり遅くなりました。」
「客が来てるわよ。奥ね。」
「はい、ご案内ありがとうございます。」
ふらりふらりと部屋に戻るエレナさん、掘りごたつの中にもぞもぞと入って行く。猫か。狭い所好きか。
掘りごたつのテーブル上には、お酒の瓶やらおつまみの残骸がびっしり。
部屋に入るとルカが壁にもたれかかって正座スタイルで眠り、肩の上には妖精ナディア。
膝枕されているのは、何とナディア。これは……奇跡の絵面……っ!
……っと、見とれちゃイカン、お客さんだったな。誰だ?こんな時間に。
お隣のモダンな洋室への扉をそっと開くと、紫色の巨大なアフロが目の前に現れた。
「何やってたんだよ!!!すっかり待ちくたびれたよ!!!」
「至近距離でデカい声出すな!!!」
紫の騎士アーレイスクがあらわれた。
「だって!!!銀の剣士ことエレナ・リンデーラ(半笑)がコッチを見るな入って来るなって言うからさ!!!ヒマだったんだよ!!!」
「だからデカい声で喋んな!!!うるさい!!!」
背後から飛翔体接近の予感。
ササっと躱すと、おしぼり的な物がアフロの中に吸い込まれて行った。
「うるさい。」
掘りごたつの中から、エレナさんが超絶不機嫌そうな視線で俺らを睨む。
「「はい、失礼いたしました。」」
おずおずと奥の部屋に入っていく俺とアフロ。
扉をそっと閉めるまで、エレナさんはジト目で監視を続けていた。
「お待たせしてすみませんけど、タイミングってもんがあるでしょう。どうされたんですか?」
アーレイスクが何やら手荷物をゴソゴソと。
ラメとスパンコールできらびやかに装飾された趣味のよろしい紫の鞄から、箱のようなものを取り出した。
「すぐにでも見せたくてね。キミたちの家のミニチュアモデルだよ。まずこれが外観ね。」
「え?何それ……早くない!?さっきウィル……バート陛下にお伝えしたばかり―――」
「いつかこんな日が来ることを想定して、ちまちま作っていたのだよ。ハイ、ご開帳~~~。」
幾分テンションを抑え気味に箱を開けると、2階建てのミニチュアハウス。
その外見が。
「和風っすね……え?向こうの建築様式を知ってるんですか?」
「そりゃもう。ハイ、じゃあ間取りはこのようになっておりまーす。」
パカっと屋根を取り外すと、精巧につくられた2階の間取り。さらに2階を外すと1階の間取り。
意外だったのが、いつものびっくり異次元空間ではなく、外観と合った大きさの部屋になっている事。
「どうだい?気に入ってくれたかい?」
「いや……これはお見事です。和風と洋風のいい塩梅というか。今居るこの部屋みたいな感じですね。和モダン?」
「全体的にはね。だけど本格的な日本間を創るのは私の夢なんだ。君の部屋となる和室は、徹底的にこだわり抜くよ。期待していてくれたまえ。」
「マジすか……ありがとうございます!!!」
「勿論、君たちの家だから、どんどん要望を言ってくれ。何でも叶えてあげようじゃないか。」
すげぇ。早くコレをみんなにも見せてあげたい。
でも、気になる事がある。
「あの、一つ質問なんですけど。」
「何だい?」
「何で、ここまでして下さるんですか?俺らは紫の騎士団とはそんなに関わっては来ませんでしたし……もしかして、父が何か関係しているとか……?」
アーレイスクが、悪趣味な鞄から何かを取り出した。
「父?あぁ、ゲン氏とは、まっっっっっっっっっったく関わりは無いんだな。じゃあ、これを見てくれたまえ!」
コート紙とでも言おうかツヤツヤとしていて、やや黄色みがかった、A3サイズほどの白い紙。
表面加工とか、こんなことも出来るのか。コッチの製紙技術、やっぱりレベルが高いよな。
ってか。
「この紙が何か?」
「おっと、そうか。そうだったな。じゃあ、コレを掛けるといい。」
眼鏡を手渡される。
「いや、まだ私は老眼とかの境地には達していないんですけど……えっ!…………えええっ!!!」
俺が手にしている白い紙が、高精細な大判写真に変わる。
「ちょっ……どういう事!?」
眼鏡を外すと白い紙。眼鏡を掛けると写真。
俺が驚くさまを見て、ホレ見た事かと満面の笑みのアーレイスク。ウザい。とは言え聞かねばなるまい。
「コレ、魔石の眼鏡か何か?ひみつメモ的な?」
「その通り!!!そして紫の騎士団に取って救世主とも言える人物が、この中に居る。探してみたまえ。」
眼鏡は凄いけど、何となく理屈はわかる。
だけどこの写真の方が驚いた。俺、この世界に来て写真は見た事無かったと思うんだけどな。
あるとすれば、前にアミュさんに見せてもらったギルドカードの管理台帳の顔写真ぐらい。
それもこんなに高精細じゃなかったと思う。
「その方が居なければ、魔石研究は頭打ちだった。潰えていた可能性すらあるんだよ。さぁ!どうだい!わかったかい!?」
ウザく俺の周りをぐるぐる回る。
「だからちょっと待ってください。ってか、そんな事を言われてもなぁ……どんな人ですか?」
すると急に動きを止めてピっと直立。
「そのお方は住む場所を追われ、ご両親と一緒の船に乗れず、涙ながらに離れて乗った船は敵からの攻撃で沈没。そして命からがらこの地に辿り着いたのは3歳の時。」
3歳?船が沈没……?
え、うっそ。まさか。まさかまさか。
一人ひとり、今の話で思い当たる人を探すようにじっくり見て行くと、最後列の右端にその人は居た。
黒髪をオールバックにして、腕組みをして丸眼鏡を掛け。歯を見せずにニヤリと笑う人。
「ちょっと……何でここに写ってんの……」
「当時の紫の騎士に若くして才能を見出され、その研究結果や全ての功績を騎士団に捧げた献身の人!決して王国史の表舞台に立つ事無く、世に知られることも無く、ただ王国の魔石研究のために生涯を捧げた男!その名は!」
楠木
「爺ちゃんもコッチに来てたって……もう訳が分からん。で、何?爺ちゃんもカンフォーレの人なの?」
「トキ様はカンフォーレに叙されていない。言ったろう。全ての研究結果は紫の騎士団として上奏した。個人の功績というものに全く興味がなく、一人の団員として、組織の一員として、只々王国の魔石研究のために尽くされた。老境に達し引退される間際、少ない期間ではあるが、私はトキ様の薫陶を受けた。」
「え?老境って。いやいや、爺ちゃんはウチで暮らしてましたし。アーレイスクさんだって……俺の少し上ぐらい?爺ちゃんが勝手にコッチに来れる訳ないし、時代が全然合わないじゃないですか。」
すると、悪趣味バッグから小さな箱を取り出した。
箱の上にはボタンがついている。アーレイスクがニヤリとしながら、そのボタンを押す。
【植木屋です~。おじいちゃん居るかなぁ。】
「あああ!!!その声!!!」
それは実家にかかってきていた電話の声。
どこかの学校の用務員さんを定年退職した後で、退職後の仕事として始めた『高齢者人材センター』の担当の人の声だった。
「なんで……どうして……全く意味が分からない……」
そもそもの話。
爺ちゃんは元々は樺太、現在のサハリン出身。
戦争が終わって日本に引き揚げる時に、両親と同じ船に乗れなかった。
そこで曾祖母は、爺ちゃんと同じ船に乗る知り合いの女性に爺ちゃんを託し、樺太を後にした。
そしたら爺ちゃんが乗った船が攻撃を受けて沈没したらしい。
生死不明、行方不明で、もうどうにもならないと諦めざるを得なかった……というのが、曾祖母の話。
一方、俺が爺ちゃんから聞いた話では、隣の船が沈んでいった記憶はあるらしい。
その後日本の本土に無事に到着して、曾祖母の知り合いの女性に養われて14年を過ごしたと。
爺ちゃんが高校に進学しながら、家計を助けるために働いていたある日、本当の母親という人が現れた。
「という話で聞いていたんですけど!」
「トキ様は、本当の事は誰にも言っていないと仰っていた。勤めていた『どこかの学校』も『高齢者人材センター』というのも、こちらに転移して研究をするための偽装工作だ。」
「えっ!!!何!?爺ちゃん転移できんの!?どうして!?」
「君も見ただろう。時空鏡を。」
「え?ええ、そりゃぁ。メルマナの地下室で。一緒に居たじゃないですか。」
「あれを開発した者がトキ様だ。」
今の俺は、ポカーンという顔文字そのものの表情をしているのだろう。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
「後にも先にも、同じ仕組みの開発に成功した者は一人も居ない。才能と言う一言で言い表すのも烏滸がましい。誰が時空鏡を制作したのかは、当時の紫の騎士団の中でも僅かな高官だけが知る事実であり、今日に至っても秘中の秘とされている。そこでコレだ。」
袋から取り出したのは……紫色のメダル……いや、印だ。
「使命者の記録に本人の名は残らない。しかし実績は遺される。当時の紫の騎士は、異世界から来た若者が成し遂げた偉業に対して、敬意と感謝を込め、紫の印に『創鏡』と題して記録させたんだ。」
使命者一覧表のアレだ。ひゃ~、アレは爺ちゃんの話だったってか……。
昨日の今日で、親族関連の有り得ない事や有り得ない話を次々に聞かされて、もう容量オーバーです。
「だから、私が君達のために何かをしてあげるのは、ただの私の個人的な趣味みたいなものさ。無私の心で尽くす。そんな事があってもいいじゃないか。君のお爺さんのようにね。」
うーん、ふざけたアフロが真面目な事を言ってる。
「そう言って頂けるなら、ありがたいです。わかりました。みんなには明日にでも、今日の報告をしようと思います。それで、色々と改造したいって話が出ると思いますので、その際はよろしくお願いします。」
「ふふふ、何でも言ってくれたまえ!我が孫アキラよ!!!」
それはちょっと違う気がする。
あと、爺ちゃんが転移してた話からすり替えられた気がする。
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