第57話 実戦訓練

 いよいよ訓練も大詰め、新人同士の実戦訓練が行われます。


 ルールは簡単、10分以内に部位を問わず相手に3発当てれば勝ち。

 赤の剣士隊のモットーは「強い者が生き残る」らしいので、武器以外、素手や足での格闘行為や寝技に持ち込んで相手をギブアップ・もしくは落とす行為は許可されている。


 但し今回は、意図して目・局部への攻撃は不戦敗。

 わざとその部位を攻撃させる行為も不戦敗。

 勝負の判定は、経験豊富な赤の剣士隊の皆さまが行ってくださいます。


 武器は、練習用の木剣や木槍。俺も軽い白樫の杖を使う事になった。

 軽すぎて、ふっ飛ばさないようにしないと……。


「これはあくまでも訓練の一環だ。相手の戦い方に苛つき、命を奪おうなどと言う行為は決して容認しない。以上だ。」


 そう言ってベルク教官は、弓術を学ぶ面々を引き連れて弓術場へ向かっていく。

 残った人数は44人。訓練場を8つに分けて、5人チームが4組、6人チームが4組になり、クジに書いてある番号のチームに割り振られる。


 さて、俺がクジを引く番。クジの箱を持っているのはコンラートさん。


「アキラさん、俺の所を引き当ててくださいよ~!」


「運に任せるだけですよっと……4番です。」


 すると絶望感にも似た雰囲気がコンラートさんから滲み出る。

 本日のナディアのお供がクラウディオさんに決定した瞬間である。小さくガッツポーズをしている。


「……マジ凹みますわー。」


「まぁ、あと3日ありますし。」


 そんな適当な事を言ってお茶を濁し、逃げるように自分の試合場所に移動。

 4番チームの試合場所には、先ほど小躍りしていたクラウディオさんが主審として、満面の笑みで迎えてくれる。

 その他、2人の隊員が審判としてついている。


 チーム内の総当たり戦なので、6人チームの場合は1試合多い。

 4番チームは6人編成で男性が5人、女性が1人。1試合でも多くできる方がいいのと、そんなに交流がない人ばかり。これはラッキーだったかな。


「じゃあ試合順を決めようか。クジの番号が対戦表に反映されているから、各自確認しておくように。」


 クジを引いて……4番。

 まずは、第3試合で3番の人と対戦。誰かな?と思って見てたら、ちょっとイキってる男性剣士でした。

 ガンガン攻めて来そうなタイプか……。




「あ?おっさんと対戦か。杖ついてんじゃねぇぞ?試合にならねぇからな。」


 長い木剣をバットのようにブン回してる。何やってんの。怖いよ。


「そうじゃのう……若いモンには負けんぞ~。」


 正しい姿勢で杖を構える。


「よし、準備はいいか?始め!」


 開始早々、真っ先に突っ込んで来る剣士くん。全力の横払い斬り。

 剣を叩き開き落とすのは禁止だから……。


「おらああああああああ!!!」


 いい笑顔で横にブン回してくる剣に対して、杖を立てて一歩下がって受ける。力は強いなぁ。

 払ってきた方向とは逆の方向に杖を回転させて剣を巻き込みながら、間合いを詰める。


「んあっ!?」


 重心を外に動かしてバランスを崩したから反撃無しの打ち放題なんだけど、とりあえず軽く肩をひと突き。


「アキラ1本目!」


 何が起こったのか理解していないっぽい剣士くん。


「元の位置に。では次!」


 もしかしたら同じ手で来るか?力押しが好きそうだからなぁ……


「始め!」


「クソがあああああああああああ!!!」


 さらにブチ切れている感じで、フルスイング。剣より鈍器の方が合ってるんじゃないか?

 一本目と全く同じ動作で、肩を突く。


「アキラ2本目!」


 怒りに打ち震える剣士くん。困った……訓練にならないから、同じ攻撃で来ないで欲しい……。


「元の位置に。では次!始め!」


「来いやおらああああああああ!!!」


 お、やっと正面で構えた。

 でもなぁ……随分とへっぴり腰のような気がする。2週間学んだんだよな?何を学んで来たんだ?


「杖ごときが!!!」


 その杖ごときに2本取られているので、手を出してほしい。

 今度は威勢のいい罵声を浴びせ掛けるばかりで何もして来ない。

 お見合いをしていても埒が明かないので、何かを狙ってくれたらいいなと思いながら、剣の間合いに入らない程度に数歩前に出る。

 すると。


「っしゃあああああ!!!」


 向かって左上から右下に抜ける袈裟斬り。

 一歩下がってタイミングを合わせ、杖を剣の上から叩きつける。


「いてぇっ!!!」


 一歩前へ進み、素早く杖を突き出して肩を突く。


「それまで!!!」


 クラウディオさんの合図と共に終了。


 まずは初戦。基本動作、相手をよく見る、武器の叩き落としをしない。とりあえず条件はクリア出来たかな。

 今回は大振りの相手だったから良かったのか。もっと手数の多い攻撃の場合、ここまで落ち着いてられるかな。


 でも、あまりにも隙だらけだったしなぁ。前のレナートさんとの訓練の時の俺は、彼のような状態だったのかね。

 だとしたら、そりゃ徹底的に突かれまくるわ。


 うわぁ……めっちゃ睨まれてる……そう考えると、まだまだ打ち合いをした方が遺恨が無いのか?

 いや、でも俺だって初心者だしね。慢心禁止です。


 待機場所に戻ると、隣に座った男性剣士にコソコソと話しかけられる。


『あんた、よくアイツの剣を受け止めたな。』


『え?そうかい?』


『アイツ力任せで乱暴だから、ギルドが手を焼いてココに送り込んだんだよ。』


 あぁ、そんな事もあるのか。


『ちょっと杖ナメてたわ。俺とやる時は手加減してくれよ?早くて全然見えなかった。』


『手加減できるほど上手じゃないよ。せっかくだから全力で頑張ろうよ。教官と戦う試験だってあるんだし。』


『だよなぁ……』


 そんな話をチョロチョロとしつつ、午前中は残り2戦。危なげなく勝利できました。

 そしてさっき話した剣士くんとは、午後イチで当たる事になっている。




 お昼ご飯を済ませて、いつものように一人訓練場へ向かった所、入り口で剣士隊の野郎共が色めき立っていた。

 ナディアが来てるのかな?と思って俺も中を覗いてみると、応援席で女性二人が、きゃいきゃい話をしていた。


「何で居るんですか?」


「見学よ。」


「アリなんですか?」


「アリよ。」


「ナディアは付き添い?」


「はい!頑張ってくださいね!」


 妖精ナディアはしっかりと4番チームの場所に居るので、色々な事が判明する事は無さそう。

 ナディアはドライグラース隊には面が割れているけど、今のエレナさんに至っては誰にも知られていない。

 ドライグラース隊の4人は、既に二人を守るかの如くフォーメーションを組んでしっかりガード。あなた達、主審ですよね。


 さて、午後はさっき話しかけてくれた剣士くんとの勝負、レイピアを使う超高速の女性剣士との勝負を行う。

 剣士くんとは制限時間いっぱい使って、しっかりと攻撃・防御の訓練が出来たと思う。勝つには勝ったけど、剣の扱いがすごく丁寧で上手だった。

 女性剣士はホントに危なかった。危うく一撃食らう所だったけど、軽い杖が功を奏したか速度で上回る事が出来て、辛くも勝利。


 二周目の時には、最初の彼は何も変わってなかったけれど、その他の人達は戦い方が少し変わっていた。

 こんな短時間の間で、どうやって戦えばいいのかをしっかり考えて二戦目に来たんだなと思うと、俺はただ一度勝っただけで胡坐をかいていたなと反省しきり。

 とりあえず俺が全勝、次の7勝が話しかけてきた剣士くんと女性剣士という勝ち数になり、最初に対戦した彼は負けまくりで不貞腐れておりました。

 これを糧にしてくれればいいんだけどなぁ。


 さて、噂の美女二人。

 ドライグラース隊の4名が「とある大貴族がルージュ候に依頼して、ご令嬢を見学に来させた」という設定で、他の隊員たちを近寄らせないように尽力してくださった模様。

 それはそれで、ちょっと申し訳ない気持ちになったのでお詫びを言いに行く。


「皆さん、今日はお手数をお掛けして申し訳ございませんでした。」


 すると、コンラートさんが神妙な表情で、こう言いました。


「アキラさん……ナディア様が、明日は朝から来ていただけると仰っていました。」


「は?」


「「「「明日もまた、よろしくお願いいたします!!!!」」」」


 いいのかそれで。


 赤の剣士隊の自由度の高さが尋常じゃない。

 ってか、俺らと居る時だけポンコツなのか?それって、悪影響を及ぼしているんじゃないか?

 などと考えてしまう。他所の事だから、俺がどうこう言える立場には決して無いんだけど。




「新人訓練を初めてから、剣士隊の働きは目を見張るものがあります。特にドライグラース隊ですね。近日中に彼ら4名は騎士団へ異動となるでしょう。」


 騎士団は剣士隊を率いる部隊。言わば剣士隊は尉官までの実戦部隊、騎士団は佐官・将官の指揮官に値するようだ。


「アキラさん、ナディアさん。お二人との出会いによって、人を育て、率いていく自覚が芽生えたものと思います。私達だけでは、彼らをここまで引き上げる事は叶いませんでした。心からお礼を申し上げます。ありがとうございます。」


「「いえいえ、そんな事は……」」


 恐縮する事しきりの俺とナディア。


「明日からは朝から見学に来るからね。しっかり訓練に励みなさいよ。レイピアの子に何度もやられそうになってたじゃない。」


「あの方、本当に速かったですね。あの距離であの速度は躱せる自信がありません。」


「ホントだよ~。あのレイピア使いの人、すごく速かった。多分、いつもの杖だったら捌き切れなかったと思う。でも、最後の方で白樫の杖が凄く扱いやすくなったんです。何かこう、思った通りに操れる感じで。」


「その戦闘の間に、アキラさんの杖の手捌きが格段に上達したものと思います。その瞬間に、立ち合いたかったですね。」


「ダメよレナート、そんな事言ったら。すぐに調子に乗るんだから。」


「またまた~、せめて今日ぐらいは調子に乗らせて頂いても……」


 そんな雑談をしつつ帰路につく俺達でしたとさ。




 ~~~




「何で当たらねぇんだよ……クソがぁ……」


 王都チェリーノ区 商業地域の裏路地にある居酒屋。

 したたかに飲み、クダを巻く男がいた。


「あのおっさん……許さねぇ……」


 アキラが最初に対戦した剣士の男は、たかが杖ごときに負け、それ以降も誰にも自分の攻撃を当てられず一方的に負け続けた。

 酒の勢いもあり、ひどく苛立っていた。


「随分と飲んでいるようだねぇ。」


 いつの間にか隣に座り、馴れ馴れしく話しかけて来る黒い服の男。


「……あ?誰だテメェ……ぶっ殺―――」


「グレーゲル君。」


 ギクっとして男を見る。

 黒髪のオールバックに鋭い目つき、綺麗に整えられた髭。額と頬には、大きく生々しい傷跡。

 決して表の世界には出てこない、その筋の人間だという事が分かる。


「……何で、俺の名前……」


「強くなれる方法を教えてあげよう。」


 ニヤリと笑う男。

 紅黒く光る瞳から目を逸らすことが出来ず、グレーゲルは首振り人形のように何度も何度も頷いていた。

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