第56話 何もない一日、来訪者あり

 新人冒険者の訓練も3週目、武器訓練を終えた所で、ジュリエッタさんが任務のために離れることになった。


「私が最後まで見てあげたかったけれど、これも任務。あなたは試験に向けて、しっかり鍛錬に励んでね。」


「ありがどうございばず~~~!!!がんばりばず~~~!!!」


 泣きじゃくる女性冒険者を抱き締めて、頭をポンポンとしているジュリエッタさん。

 美しい師弟関係ってヤツだねぇ……ドライグラース隊の人達がニヤついてるのは無視だ無視。

 感情が落ち着くまで側にいてあげて、笑顔で別れを告げて颯爽と訓練場を出て行く。背中で語る感じがカッコイイ。

 ベルク教官が、彼女に一つの提案をする。


「長弓の場合、対人よりも射撃精度が優先される。来週の対人訓練の間は、私が君の教官を引継いで射撃訓練を行おう。それでいいな?」


「はい!」


「よし、ならば決定だ。君はシテンナくんだったな。」


「はい。スウェイン公国から参りましたシテンナです。改めまして、よろしくお願いいたします。」


 赤毛の癖っ毛が特徴的な女性……というか、少女。ジュリエッタさんに対する憧れの眼差しキャラとしてしか見ていなかったけれど、随分と言葉遣いが綺麗で、礼儀正しい子だったんだなと感心する。そして姿勢がいい。どこかしらジュリエッタさんの佇まいを感じる。


「アキラ、来週の対人訓練は基礎の動きを忘れるな。相手をよく観察して息を合わせる事だ。わかったな。」


「……ウッス!」


「後なぁ、一撃で武器を叩き落とすのは、若いプライドをへし折ってしまうからな。……わかるな?」


「手加減を出来る立場にはありませんが、正々堂々と最大限の努力をします。」


 我が意を得たりとばかりに、相好を崩すベルク教官なのでした。




 さて、エレナさんがレナートさんの屋敷に来てからは、エレナさんとナディアが一緒に借家で生活して、俺は屋敷の二階で寝泊まり。

 先日、うっかり見てしまったイベントもあったし、朝と夜は窓には近寄らないようにしています。


 本当です。


 気になり過ぎて真夜中にコッソリ見てません。


 誰に言い訳をしているのかはさておき。


 今日は守護隊に行く予定だったけれど、メルマナ潜入作戦が着々と進行中なので、それ所ではないという状況になり、中止となりました。

 そんな状況で、エレナ隊長が不在で問題ないのかねぇ?


 さて何をして過ごそうかなと思っていた所。


【コン、コン】


 お?ノック2回とは珍しい。


「はーい。」


 ・

 ・

 ・


 ん?


「開いてますよ~。」


 ・

 ・

 ・


 シャレット家か、コルベール家のキッズ達かな?

 扉を開けてみる。


「はい~……ん?」


 誰も居ない。廊下に出てみるけれど、やっぱり誰も居ない。

 キッズ達め、悪さを覚えたのか?ふんとにもう。


 などと思って中に入ると、真っ黒い服を着た男の子が一人、ベッドの上に立ってモジモジと腕をクロスしながら俺を見ていた。


 あの子は……?おお!!!


「リンツか?」


「アキラ!!!」


 ぱあっと満面の笑みを浮かべて俺に駆け寄ろうとした時、彼の姿が揺れる。


 次の瞬間俺の足元に現れ、逆立ち状態で下から俺の顎を目掛けて全力で蹴り上げて来る。


 それをほんの少し身体を後退りさせて躱し、伸び切った脚を取りに行く。


 と見せかけて逆立ち状態の手を足で払いにかかると、彼は両手で飛び上がり、俺の足を躱しつつ両足を俺の首に巻きつかせて全力で俺の首を締めにかかる。


 俺は軽い体重の彼を抱え込んでベッドにダイブし、体重に物を言わせる重力攻撃に入る。

 しかし俺の首にかかった彼の足は頸動脈をしっかりホールドしているため、俺が落ちるのが早いか、彼が俺の重さに耐えられないのが早いかの勝負になる。


「オラオラオラァ!重いか!重いだろ!負けを認めろ~~!!」


「重く……ないっ!絶対落とす!」


 ゆっさゆっさと身体を揺り動かしてプレスするものの、それによって俺の首もホールド率が上がるという悪循環。


 互いに負けを認めない子供の喧嘩を見ているようだと、エレナさんは後に語ってくれた。




「アルバート・ノスバーンです。みんなからリンツと呼ばれています。」


 ぺこりと頭を下げるリンツ少年。きっとランドセルを背負わせたら、間違いなくカバーが開いて中身がドザーと落ちている姿を想像させる。

 でもレナートさんはその名前を聞いて、一瞬身じろぎした。


「このお方が、ノスバーン……?」


「ええ、本人よ。」


 エレナさんが答えると、レナートさんがリンツの前に立ち、敬礼する。


「レナート・ルージュ・ラシェールでございます。」


「リンツです。アキラがいつもお世話になっております。」


 リンツが答礼を交わす。どういう事?このショタっ子の方が身分が上って事?ってか俺がお世話になってるってどういう事だよ。いや、お世話になりっ放しだけども。

 軽く唖然としている俺を見て、リンツがにじり寄って来る。


「ちょっとさっきの足、甘いんじゃない?腕ニブった?」


 バレてる。


「それは否定しない……っと、ナディアは会ってるのかな?俺が以前に守護隊で訓練した時に、パトリシアさんと俺と彼が同じチームだったんだ。」


「いえ、私は初めてお会いしますね。ナディアと申します。」


「リンツだよ。パティから聞いてる。アキラの恋人なんだって?」


「はい。アキラさん共々、今後ともよろしくお願いいたします。」


 そう言って深々と礼をするナディア。

 恋人って……ちょっとこの子ったら……全肯定してくれた……。

 改めて言われると、こう……アレだね、もうね、抱きしめたくなるよね。


「じゃ、そろそろ行くね!」


「はぁ!?リンツ、お前何しに来たんだ?」


「アキラ~、会いたかったよ~!!」


 そう言ってギュ~っと抱き付いてくる。そういう所はカワイイヤツだよ。尻をさわさわするんじゃない。

 でもさり気なく腿に鉄拳をブチ込もうとする辺りが、いかにもコイツらしい。


「……ってしに来たんだよ。うん、元気そうで何より。次は向こうでね。じゃあまたね~!」


 言うや否やリンツの姿が揺れ、次の瞬間には残像が消える。


「向こうって事は、例の場所ですよね。リンツも行くんですね。」


 例の場所。メルマナの討伐の事だけど、壁に耳ありの精神で具体名は出しません。


「勿論。でも本当は最初に出る筈だったんだけど、凄く駄々っ子になっちゃって。結局最後になっちゃったの。」


「あぁ……アレですか?地面に突っ伏して、買ってもらうまで動かない的な。俺もやられましたよ。」


「でも、それが考えられない。何があっても王命を最優先するはずなのよ。それなのにアキラに会いたい~!って、さすがのウィルバートもエレオノーラもこれには焦ってたわね……いい気味よ。くっくっくっ……」


 エレナさんの暗黒微笑。

 色々と溜まってるな……。


「リンツが行くなら、色々と大丈夫なんじゃないですか?サクっと解決したりして。」


「1体だけならね。でも今回は3体を同時に……ちょっと!まだよ!まだ決まってないんだから!」


 プンスコと怒り出すエレナさん。

 いやいや、勝手に言い出したのはあなたですが。


「着々と物事が進んでますね。今は自分が出来る事を粛々とやっていきましょうか。」


 その日は午後から筋トレをやって、ルージュゲッコーに乗ってランベール酒店へ。

 来週末にエラーブルが入荷予定との事で、ついつい3本予約。ついでに今夜の晩酌用に、アプリコット酒を1本と、炭酸を2本購入。

 夕食後、部屋でちびちび飲んでいたらエレナさんに見つかる。


 借家に呼ばれて、またしても俺、ナディア、エレナさんの3人で酒を飲み、笑い、話す。

 ナディアが寝始め、エレナさんが絡み始めたので、あ、コレはもうすぐ寝るヤツだと思っていたら、キスをされる寸前まで顔をグッと寄せられ……肩に方向を変えて就寝。タオルケットを掛けて、部屋に戻って来た。


 最後の最後でとんでもないイベントを発動させられ、この前以上に悶々とした俺。

 多分、覚えてないんだろうな~と思いながら、色々と収まるのに30分程度かかりました。


 寝れん!

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