第55話 忘れられない白い色
「ナディアの特訓をしている時点で、気付くと思ってたんだけど。」
「いやいや、わからないよ~?」
見た目がエレナちゃんになり、すっかりタメ口を利いてしまっている。
とはいえ、さすがにちょっとマズいと思うので言葉遣いを丁寧にしないと。
「ナディアはすぐにわかったわよ。」
「えっ!?そうだったの?」
「ええ、すぐにわかりました。それとエレナ様は、心からアキラさんの事を『にゃ~~~~~~~~~~!!!!』」
突然エレナちゃんがでっかい声を張り上げる。ニャーて。顔真っ赤にして涙目でナディアを見る。
とんでもない爆弾発言、さすがに察したけど勘違いしたくないから聞こえなかった事にするよ。
それとナディア、それは今言う事じゃないぞ?
例えば、この前酒を飲んでいる時の「ネタ」にしてれば、俺だって大人の分別を弁えた行動をだなぁ………
「で、さっきの話は分かった?大丈夫?」
話をバッサリぶった切った。まぁ、ここは乗っておこう。
「そうですね、具体的な話は後程という事でしたし、出来事の背景を認識しておく所までに留めましたので、今の所大丈夫です。後は雑談程度の事になるかもしれませんので、後日改めてバルさんとスカンダさんの事をお聞きしたいと思います。」
「わかった。あと次の休みに守護隊に来て。今回の作戦でもそうなんだけど、アキラの特性について、ちゃんと話をしておくから。それと、コレ渡しておくわ。」
何かの切れ端を折り畳んだような、メモを渡される。
~~~
≪見守≫≪人獣≫はお前の今後を左右する。
共に磨き上げろ。
W
~~~
えらく達筆な文字で書かれていた文章。W……誰?
「あの、コレ―――」
「察して。」
まさかの名前を言ってはいけない人。
んー、後で問い詰めよう。
「わかりました。うわっ!」
メモが突然ボワっと燃え上がる。
瞬間的に燃え尽き、跡形も無くなる。全く熱くなかったけど危ねぇ……前髪と眉毛に引火する所だった。
呆然としていると、エミールさんから生暖かい視線とありがたいお言葉。
「まぁ、よくある事だ。何が書いてあったかは覚えているかい?」
「覚えてはいますけど、よくある事って……」
レナートさんからもフォローが入る。
「記録を残さない知らせの場合、こうして完全に証拠を消し去ります。」
誰がそんな手の込んだ事を……それに手品じゃないんだから、もうちょっと地味な消え方をして欲しいものですよ。
サラサラ崩壊していくとか。
「さて、そろそろ昼の休憩時間だ。リーシュさんと話すついでに、昼食でもどうかな?」
時計を見ればお昼の時間。
エミールさんがご馳走して下さるそうなので、食堂へと向かう。
数人のお友達とお昼ご飯を食べていたリーシュさんを見つけて、相席でお食事。
院主様やら赤の騎士やらに引き連れられるこの人たちは誰?みたいなお友達の視線に対して、エミールさんが説明をしてくれた。
「彼が、ライナの元でピュアポーションを作成したアキラだ。」
良く通る声が食堂に響き渡ると、食堂の学生が一斉に俺を見る。
これはエミールさん、わざとデカい声で話したな?
「いや、俺は火加減を見ていただけですから。ホントに。ライナさんが全て準備したんで。」
「材料や配分、調合が正確でも、加工次第では高い効果を得ることは出来ない。特にピュアポーションは、エリクサー並みに加工が困難とされている薬剤の一つだからな。私自身、過去に一度成功した事があるぐらいだ。」
周囲の学生たちが、エミールさんの言葉を熱心に聞き入っている。ホントにマジメな子達だな……。
「私の場合はビギナーズラックですよ。たまたまです。」
「是非とも私の所で手伝ってもらいたいものだ。これで二回目も成功したら、ただの幸運じゃないからなぁ。」
むむむ、これはどうしたらいいものか……と考えていたら、レナートさんが助け舟を出してくれた。
「アキラさん、次に訪れる機会がありましたら是非、エミールのお話も検討していただけますか?エミール、それについてはまた今度ですよ。」
「ははは、つい血が騒いでな。アキラくん、是非ともよろしくな。」
「はい、その際はしっかりと火の番をしますよ。」
はい、この話はここまで。それを察した学生さんたちの関心がサーっと引いて行く。
あれ以上聞かれても、ホントに何も出ないからなぁ……良かった良かった。
「あのアキラさん、一つお聞きしてもよろしかったでしょうか?」
とリーシュさん。
「ええ、どうしましたか?」
「母からは、ナディアちゃんという妖精の子が来ると聞いていたんです。でもナディアさんとお会いして、妖精の子とお呼びするのは失礼な気がしまして……母、また何か変な事を言ってませんか?大丈夫ですか?」
ナルホド。そりゃそう思うかもしれないな。
それに対して、ナディアとエレナさんが優しく答える。
「私は、アミュさんとリバルドさんには、お世話になりっぱなしです。私がまだ幼い身体だった時も、片時も目を離さずに見守って下さりました。」
「バトンの森に居た時は、ナディアは妖精の姿だったの。短期間で成長してこの姿になったのよ。だから大丈夫、お母さんはおかしな事を言ってないからね。安心してね。」
おお、しっかりした受け答えだ。
それを聞いてホッとするリーシュさん。
「そうでしたか……それなら良かったです。前に通信が来た時にマナ先生にご迷惑をお掛けして、何を言うかと思ったら『服を作るから!』って、もう恥ずかしくて……」
あぁ、あったなそんなイベント。
顔を真っ赤にするリーシュさんに、エミールさんが話しかける。
「何、問題ないさ。アミュさんだから、で全て解決だ。」
「それもイヤなんですよ~~~。」
頭を抱えるリーシュさんだけど、決してアミュさんの事を嫌っている訳ではない。
それもまた成長過程。親離れの心がしっかり宿っているんだなと思ったのでした。
お昼休みも終わり、今日の所は解散という事になりました。
「次に来たら手伝いよろしくな。成功の暁には報酬を約束しよう。ストリーナにいい物件があるんだ。」
物件て何すか。そんなとんでもない軽口を叩くエミールさんと握手を交わして、治療院を後にする。
まずは王城へ向かおうとすると、エレナさんがレナートさんにヒソヒソと耳打ち。
「ええ、全く問題ありませんよ。では、参りましょうか。」
あら、何か決まったっぽい。
「これから、どちらに行くんですか?」
「王都チェリーノ区の商業地域へ参りたいと思います。」
「商業地域って事は、お店ですか?そういえば、王都のお店って全然行ってなかったですね。」
「アキラには手伝ってもらうから。」
「何をですか?」
エレナさんがニヤリとほくそ笑む。
「荷物持ちよ。」
王城の少し手前、毎日通っているドゥーズ街道から少し離れた地域は、高層階の建物が立ち並ぶ商業地域。
さすが王都の中心地。人と馬車がひっきりなしに繁華街を行き交っている。
向かったのはお高そう~な服屋さん。
馬車を店に併設されている停車場に預けて、中に入る。
豪華なシャンデリアとご立派な調度品。そして黒服を着た店員さんが丁寧な礼をして出迎える。
それからは、休日にお父さんがデパートに連れて行かれて、家族の買い物をひたすら待つような、そんな雰囲気。
ナディアはエレナさんに連れて行かれ、レナートさんは別の店員さんと一緒にどこかに行ってしまったので、俺は大人しくフッカフカの高級ソファーに深く腰掛け、出されたアイスティーを飲みながら、まったりと休憩。
たまにエレナさんとナディアが戻って来て、可愛らしい服を試着して「どう?」と聞いてくるので、素直に「二人とも何着ても似合うな~。」と返事をしたりする。
買い物はたっぷり5時間に渡って行われ、すっかりソファーで寝コケていたお父ちゃん……じゃない、俺をナディアが起こしてくれる。
「本当にお待たせしました……今、終わりました。」
「……んあっ、終わったのかい?」
ヤバい、よだれが……。
「うふうふ~!いい服いっぱい買っちゃった~!」
済まなそうにしているナディアに対し、ホクホク顔でお買い物を満喫したエレナさん。
「ナディアの服も買っちゃった!楽しみにしててね~。」
それにしては、服が入った紙袋の数が思ったよりも少ないような気がする。
「あぁ、持って帰るのは小物だけよ。残りは後で運んでもらうから。」
ややしばらくするとレナートさんが戻って来たので、お買い物は終了。
荷物運びと宣言された通り、俺が大量の紙袋を抱えて馬車へ。
そのまま王城へ向かうと思いきや、アベール区方向へ。
「あれ?王城に行くんじゃないんですか?」
するとエレナさんが無言でメモを渡して来る。えー?また?また燃えるヤツ?
~~~
メルマナ大公の記憶を戻すことは作戦の鍵となる。
エレナを暫く同行させる。ナディアをしっかり教育させて、事に当たれ。
作戦成功の褒美は爵位を期待してもいい。
W
~~~
褒美?爵位……「W」……ウィルバート?まさかの国王か?何でまた……って、下の方に何か続きが書いてある。
~~~
エレナを頼むぞ。
~~~
改めて言われなくても頼まれますよ。
そうか、国王からの直々のメモだったのか。
午前中のメモでは特性を磨けと書いてあったけど、磨くと言ったってどうすりゃいいんだか。
≪見守≫≪人獣≫の特性と、作戦にあった俺が集団の先頭切って突っ走るのは、何の関係があるのか。
独自の特性みたいだし、こればかりは誰かに何を聞くという事も出来ないからなぁ。
まぁ、今すぐに答えは出ないから、少し時間をかけて考えるか「あっちい!!!」
またしても燃え上がるメモ。そんなに熱くないのに、反射的に大きな声を出してしまう悲しさよ。
何の嫌がらせかわからないけど、ホントにやめていただきたい。
真っ先にナディアが慌てて魔法を使おうとしてくれている。
「大丈夫ですか!?水を出しましょうか!?」
「熱くないから、大丈夫だよ。」
レナートさんは、得も言われぬ表情で気遣ってくれる。
「残念ながらよくある事です。お察しします。」
「日々のご心労、こちらこそお察しします。」
そしてエレナさんが済まなそうな顔をして、コッチを見てる。
「なんか、ゴメンね。」
「いやいや、大丈夫ですよ。それより、紙袋と中の服に燃え移ってないかな。大丈夫かな。」
どっさりと買い込んだ紙袋に引火してたら大変だよと思って紙袋をしげしげとチェックする。
「あ!ちょっと!それはいいから!!!」
慌てるエレナさんが、俺が手に取った袋を奪い返そうとした瞬間。
【バリーーーー】
袋が破れる音と共に現れたのは、真っ白で、肌触りが良さそうで、ちょっと大人っぽい雰囲気の、おパン「見ないでーーーーー!!!」
窓の外には、深い群青色の空に浮かぶ二つの月。それはそれは、とても美しい薄暮の光景でした。
白か……などと想いを巡らせつつも、どうやって機嫌を直してもらおうか、熟考する帰り道でしたとさ。
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