第54話 治療院で打ち合わせ

 さて週末。いよいよ治療院へお出かけとなりました。

 9時に間に合うように、エレナさんと待ち合わせの王城に向かって馬車は進む。

 城門に到着すると、警備隊室の影からコソコソと馬車に駆け寄って来る黒頭巾に黒いマスクの全身黒装束の人。あの動きはパトリシアさんじゃないな。

 でも、エレナさんにしては少し小柄な気がする。

 その人が馬車に乗り込んで開口一番。


「ちょっと!ジロジロ見られたし!」


 エレナさんでした。逆に目立つんじゃないかな、その恰好。不審者的な意味で。


「今日は、随分とシックな装いですね。イメチェンですか?」


「変装よ。」


「あと、身長縮んでません?」


「変装よ。」


 エリアーナちゃんの時の「メイクよ」もそうだけど、どうなってんだこの人?

 魔法で何とかしてるのか?何で人間なのに魔法使えるんだか……それとも魔石?

 疑問は深まるばかりです。


 馬車に入っても頭巾やらマスクやらを取ろうとせずに、暑い暑いとうなり、へたるエレナさん。

 窓を開けて、ちょっとだけマスクをずらして風を取り入れるエレナさん。

 放っておくと「配慮が足りない」とか言い出しそうな雰囲気なので、ちょっと声かけ。


「カーテン閉めるとか、マスク取るとかしたらいいんじゃないですか?」


「変装には犠牲がつきものよ。」


 さいですか、ならば皆まで言うまい。

 どこから取り出したのか、ナディアが団扇のようなものでパタパタと扇いでいる。ホントに甲斐甲斐しいなこの子は。


 さて、王都シレア区にある治療院の総本部へは馬車で15分程度。

 アベール区のレナートさん邸と王城のほぼ中間点に、白く大きな建物が見えて来る。

 装飾は無くシンプルなんだけど、三角屋根がいくつも連なっていて、可愛らしい印象のその建物が治療院の総本部。


 馬車が正門をくぐって中に入ると、白い服を着た男性と女性が建物の中から現れる。

 玄関先で出迎えてくださったのは、白の騎士であり治療院の院主であるエミールさん。

 その隣には、眼鏡が良く似合うキリっと系の女性。以前、一瞬だけ流音亭からの映像通信で見た事があるような……?


「よく来てくれたな。歓迎するぞ!」


 最高の笑顔で俺の背中をバシバシ叩くナイスガイ。

 めっちゃ痛いんだけど、それもまた嬉しいって言うか何と言うかね。


「ご無沙汰しております!エミールさんもお元気そうで、何よりです。」


「ニンフさんも、噂通りすっかり見違えちゃって。随分と別嬪さんになったんだな。」


「その節は、ありがとうございました。改めまして、ナディアです。よろしくお願いいたします。」


「ああ、これからもよろしくな。あと、私の部下を紹介しておこう。マナだ。」


 エミールさんの紹介を受けて、一歩前に出るその女性。


「ようこそいらっしゃいました。白の剣士を拝命しています、マナと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」


 そうだ、アミュさんの私用通信を取り次いで慌ててた人だ。

 前とは随分と雰囲気が違うけれど、きっと前に見たのが素の状態なんだろうな。

 まぁ突然あんなテンションで来られたら、素にもなるよな。


「アキラです。よろしくお願いいたします。」


「ナディアと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」


 そんな挨拶の最中、ゼーハーゼーハー言ってるお方が一名。


「エミール……中に入っても……いいかなぁ……」


「もちろんですともエレナ様。それではお先に、涼しいお部屋でお待ちくださいね。」


「うん……じゃあアキラ、ナディア、後でね……」


 そう言うと、マナさんに先導されて何処かに行ってしまった。


「そりゃ、あの恰好じゃ暑いだろうよ……」


 苦笑気味のエミールさんに、レナートさんが話しかける。


「まぁ、本日はしょうがありません。エミール、お二人に治療院を案内してもらってもいいですか?私は先に向かっていますので。」


「ああ、もちろんそのつもりだ。じゃあ二人とも早速行こうか。」


「「よろしくお願いします!」」


 レナートさんと別れて、エミールさんに治療院の中を案内してもらう。

 治療院は元の世界で言う所の総合病院。朝早くから患者さんが待合室で順番待ちをしている。

 その辺りは、どの世界でも同じなのかねえ。


 治療院では、魔石を使った治癒・回復が主な治療の手段で、重篤な状態でなければ薬で治療を行う。

 魔石を使った治療は、国家資格の≪治療師≫を持つ人だけが行うことが可能で、冒険者で魔石を使った即回復の治療を行える人は、治療師の資格を持つ人。

 魔石は回復薬に比べると遥かに高額なので、治療師の資格を持つ冒険者は、うなるほどの資金力を持ったパーティーに即勧誘される、超人気資格との事。


「とは言え、よっぽどの酔狂じゃなければ冒険者にはならないけどな。」


「そのよっぽどがエミールさんって事ですか?」


「ははは、そうだな。まぁ若気の至りってヤツだったが、今となっては懐かしい思い出だよ。」


 そして、治療院の総本部には治療師の養成学校が併設されていて、治療師を目指して国内外から多くの人がやって来る。

 但し全員が無条件で入学できる訳ではなく、年に一度の入学試験に合格した人だけが入学できる。

 そして合格できたとしても入学金や授業料、教材費、寮での生活費など、とにかく金がかかる。

 入学金や学費などが全て免除になる特待生制度もあるようだけど、よほどの成績じゃないと適用されない。


「その試験に合格したのが、この方々ですか……」


 自習室のような所を後ろから眺めているけど、数百名の学生が、一心不乱に勉強している。


「この子らは皆、真剣に取り組んでくれている。でも、もうちょっとハジけた学生生活ってのも悪くないんだけどな。軽く道を外すぐらいが―――」


「院主様。」


 いつの間にか戻って来ていたマナさんによる背後からの一言。

 肩を竦めて「はいはい」と口ばかりの返事で笑う。


 さらに、治療師は年に一度、更新試験を受ける必要があり、この試験に不合格の場合は資格を剥奪される。

 それは資格を持つ全ての人が対象となるため、エミールさんとマナさんも例外にはならないようだ。


「ま、治療院はこんな感じだ。リーシュさんも今は勉強中だから、後ほど声を掛ける事にしようか。」


「了解です。ナディアは、リーシュさんは初めてだね。」


「ええ、アミュさんの娘さんですか……どのようなお方ですか?」


「彼女はとにかく努力家だな。主席である事に慢心せず、常に意欲を持って学ぶ事を忘れない。後は……そうだなぁ、母親のアミュさんに似ず、とても落ち着いているぞ。その辺りは父親のリバルドさんに似たかもしれないな。」


「ああ……何となくわかる気がします。」



 ~~~



「へくちっ!」


「最近どうした?」


「何か悪口を言われてる気がする。」


「考えすぎだ。仕事しろ。」


「ううう……ナディアちゃんに会いたいよぅ……」



 ~~~



 さて、エレナさんとレナートさんが待っているという地下の会議室に案内される。


【コンコンコン】


「入りますよ。」


 エミールさんがドアを開けると、涼しい空気が流れ出て来る。


「暑くなるからすぐ入って~!」


 黒装束で完全装備のエレナさんのクレームに対応すべく、すぐ中に入る。


 やや広めな空間に大きなテーブル。

 お誕生日席……上座には見たことがない人が座り、奥側の端にエレナさん、手前の端にレナートさんが座っている。

 席レイアウトがイマイチわからないので、とりあえず俺は下座かな。レナートさんの隣に移動。

 エミールさんはエレナさんの隣で、俺の正面。


「アキラさん、ご紹介したい方がいらっしゃいます。」


 レナートさんが紹介しようとすると、手で静止して口を開く。


「銀の騎士を拝命しているアクセル・シルヴェル・パルムクランツである。君達の事は、この3名から聞いている。」


 エレナさんが青みがかった銀髪なら、この人はグレーがかった銀髪のオールバック。

 着ている服が、俺が持ってるイメージの貴族服。白いドレスシャツ、濃いグレーの上着に燻し銀の豪華な刺繍。

 鋭い視線で俺をまっすぐ見据える。油断したら喰われる感が凄い。


「アキラです。そしてこちらが――」


「ナディアと申します。」


「「どうぞよろしくお願いいたします。」」


 一緒に一礼する。


「畏まる必要はない。着席したまえ。」


 いや、全力で畏まります。この人絶対怖い人だと思う。

 ビジネスモード全開できっちり乗り切らねばと、肌で感じる。


「「失礼致します。」」


 一緒に着席。


「それではメルマナ公国妖魔討伐計画について説明を始める。質問は説明が終了した後に答える。」


 何でそんな一大事に俺も参加?と思う心はオフィシャルモードの技術≪無表情≫でじっと我慢の子。

 まずは状況の説明を聞かないと。


 ・・・


 現在、朱の剣士隊員は一般兵として、王妃守護隊の半妖部隊は擬態化した妖魔としてメルマナ公国軍に潜入し、情報収集を行っている。


 送られて来た情報を精査した結果、メルマナ公国バルセート・アルト・メルマナ大公は現在、上級妖魔エング・ジュールが擬態し、メルマナ公国軍副長官ジビレ・シュトイデ少将は中級妖魔エング・レーブが擬態している。

 軍の将官はエング・ジュールによって、士官・下士官の一部はエング・レーブによって精神操作をされている。


 また、駐在武官 朱の剣士レイラに対して、メルマナ公国軍長官と副長官が共同軍事作戦を提案して来ている。

 メルマナ公国近隣に多数出現している妖魔を掃討すべく、フラムロス王国軍の力を借りたいという理由である。


 大公らに擬態した目的は、フラムロス軍とメルマナ軍との間で軍事衝突を引き起こす事である。

 エング・ジュールにとっては、両軍を衝突させる事と破壊活動が目的であるため、メルマナに軍を残す必要がないため全軍で出兵すると推測する。

 共同作戦に応じたフラムロス軍と合流した時点か、それより前に奇襲攻撃が行われると見ている。


 現時点で共同作戦に対する明確な返答を出していないが、万が一を想定して赤の騎士団はデルバンクール、青の騎士団はストリーナ、緑の騎士団はテンニースに配備して状況を注視している。


 出兵時のエング・ジュールの動向、軍を率いる責任者については未確認であるが、エング・ジュールが兵を率いて出陣する可能性がある。

 その場合は、王妃守護隊が討伐に当たる。

 だが、エング・ジュールが出陣しない事を確認した場合、スカンダ率いる彼のパーティーが潜入し、エング・ジュールを討伐する。

 そのパーティーには、王妃守護隊長エレナ、冒険者アキラ、ナディアも加わり、彼らのサポートに当たるものとする。


 以上が計画の概略である。


・・・


 エレナさんが守護隊の隊長?

 王妃に連なる人だったり、王妃だったり、守護隊の隊長だったり、何かもう色々こんがらかって来た。

 どこかで俺が聞き漏らしたか?

 それもそうだけど、俺ら3人がサポートって、何をさせるつもりだ?


・・・


 また、大公本人は存命であるが、妖魔の襲撃を受けた模様。バトンの森の薬剤師店で記憶を失った状態で保護されている。

 薬剤による回復治療により、バルという名前の一部を取り戻している。

 現在はバトンの森の冒険者3名、アレクシオスとセイラロスの兄弟、ジャムカという少年と冒険者パーテイーを結成している。

 このパーティーの兄弟を護衛する任務についている、王妃守護隊の前隊長スカンダを、メルマナ大公の護衛任務に変更している。


・・・


 バルさん、前にアミュさんから聞いた通りだったんだ。

 あと、スカンダさんって守護隊の隊長だったの?

 と言う事は、俺が行く予定だったジャムカさんの見守り役がスカンダさんになって、その理由を兄弟の護衛って事にしてるのかな。

 それで、バルさんを警護するためにスカンダさんもライナさんの所に居るのか。

 もしかして、スカンダさんが全員をまとめて警護するためにパーティーを組ませたのか?


・・・


 同時期、メルマナ大公の行動、言動の異変に気付いたのが公国軍の副長官ヘンドリック・ベルク中将。

 公国軍長官シーグルド・ヴィカンデル大将に意見具申した直後、フラムロス王都にあるメルマナ公国領事館の駐在武官に任ぜられ、任命即日進発を命ぜられる。

 その後任として、中級妖魔エング・レーブが擬態したジビレ・シュトイデ少将が副長官に任命される。

 これにより、メルマナ公国軍は完全に掌握された。


・・・


 ヘンドリック・ベルクって、教官?そんな地位だった人なの?

 精神操作出来なかったから左遷して遠ざけたとか?


・・・


 その後のグリューネ・アランブール事件。これは対外的には不正の摘発だが、真の目的はグリューネ冒険者ギルド長に擬態した中級妖魔エング・フェインの討伐。

 予め赤の騎士団・剣士隊を冒険者としてギルド内に多数配置して安全を確保の上で、冒険者バルの姿を敵方に確認させるために、彼のパーティーを派遣させた。

 これはメルマナ軍の動向とギルドの活動が連動しているかを確認するための囮である。

 エング・フェインは、冒険者バルとメルマナ大公の類似に気付いていない様子だったため、ギルドの件とメルマナ公国軍の動きは連動していないと判断した。

 これによってメルマナ公国軍が侵攻してくる可能性は低いと判断し、討伐決行の時期を5日後の深夜に決定した。


・・・


 囮って言っちゃってるし。無茶苦茶だな。あの人が偉い人なら、絶対に表に出しちゃダメなんじゃないか?


・・・


 5日目の深夜、同時期にパーティーと居合わせた新人冒険者がギルドマスターによって拉致された事、ギルドの所業をパーティーに発覚させる。激発したパーティーがギルドに乱入するタイミングを持って、ギルド制圧作戦及び妖魔討伐を開始する。


 ギルドマスターに擬態したエング・フェインを追い詰めたのはアレクシオス・セイラロス・ジャムカの3名だが、エング・フェインは古代魔道具の鏡で転移したため、取り逃がす。

 ギルド関係者4名に擬態していた妖魔は、赤の騎士団、剣士隊、スカンダ、冒険者バルが討伐し、ギルドを制圧した。

 以上で、表向きにギルド制圧作戦は完了する。


 同じく、事件に関係しているとされた王国軍レーヴェン中将、ヴァルヴィオ少将、ヘイゼル伯爵、マルヴェス子爵、テグネール子爵、ほか士官、下士官、使用人を逮捕すべく、王妃守護隊と朱の騎士団が共同で向かう。

 うち、ヴァルヴィオ少将、マルヴェス子爵、テグネール子爵は下級妖魔が擬態していたため、王妃守護隊と朱の騎士団が討伐。

 表向きには、逮捕を恐れて自害したと公表している。


 これまで奴らが情報収集の拠点としていたグリューネ、内部情報を収集する間謀を失った事で、共同作戦と言う手順を無視して一気に軍事行動に出る可能性もあるが、現時点で動きは無い。

 今週初めから守護隊のパトリシアが潜入し、軍の動向や現時点の情報を持ち帰って来る。


・・・


 全部作戦だったのか……。

 アレクシオスさん、セイラロスさん、ジャムカさんの3人で妖魔を追い込むって、もう絶対俺が見守る必要ゼロだよね。

 それでも俺がココに居るのって、やっぱり見守るのが目的じゃ無いな。いくらニブい俺でもいい加減気付くわ。

 でもそれで「ハイさよなら」って帰されるのは絶対ヤダ。ここは黙って流れに身を任せるしかないか。


 あと軍の上層部とか貴族とかに妖魔が擬態って、ヤバいんじゃない?絶対まだまだ居るでしょ。

 俺が考えるぐらいだから、とっくに色々とやってるんだろうけど。


「尚、具体的な討伐方法については、作戦準備が整い次第知らせるものとする。以上だ。質問があれば聞く。」


 手を挙げる。


「いくつかよろしいでしょうか。」


 銀の騎士が黙って頷く。


「私とナディア、エレナ……様が、サポートに入る理由を教えてください。」


 目を閉じて一考するように見えた。そして簡潔に答える。


「作戦を遂行するにあたり、3人にしか出来ない事があるからだ。」


「私たちはサポートとして、何をしなければならないのでしょうか。」


 これには、ほぼ即答で答えが出る。


「アキラにはパーティーの先頭に立ち、妖魔を退ける任務を想定している。エレナ、ナディアの両名には、メルマナ大公に掛けられた精神魔法による記憶喪失の回復を行う事と、パーティーに於いてはエング・ジュールによる精神魔法に対する抵抗魔法、攻撃魔法に対する防御魔法でパーティーを援護する任務を想定している。」


 二人が魔法を使える事を分かっていて、それを利用するという事か。

 ナディアと顔を見合わせる。

 エレナさんをチラっと見るけど……頭巾を被ってるから、どんな表情でこの話を聞いているのかわからない。ずっと腕を組んで俯いている。さすがに寝てはいないと思うけど……寝てないよな?


「わかりました。それでは次に―――」


 分からない事や、少しでも疑問に感じた事や引っかかった事を、思い出せる限り聞いていく。

 いくつか、俺の捉え方の誤りがあったのでその辺りを補正していく。

 10分程度の間に、いくつかの質問を行って答えをいただく。

 皆さん軽くウンザリしかけているので、出来るだけ要点だけ。


「―――ありがとうございました。以上です。」


「不明な点があればルージュ侯爵を通すか、もしくは王宮の裁判院の私を尋ねるがいい。より具体的な作戦内容が決定したら改めて知らせる。この場には居ないが、クリーゼル中将、ヴェルデ中将にも同作戦については通達済みである事を付け加えておく。以上、解散。」


 すると全員が立ち上がって敬礼するので、俺とナディアも慌てて立ち上がって敬礼。

 銀の騎士が出ていくと、全員が席に座り直して深い深いため息をつく。


「今すぐには動かないけど、時期が来たらきっちり働けという事だ。まぁ相変わらずお固いヤツだよ。」


 エミールさんがそう言うと、レナートさんも喋り始める。


「彼が来訪を許可するのは、初めて聞いた気がします……」


「おお、そう言えばそうだな。一度しか言わないからしっかり聞けの精神だったな。アキラ、君はよくあれほど質問が出て来たな。」


興味深そうに俺を見るエミールさん。


「私はつい自分の考えだけで動いて失敗する所があると言うか……なので、重そうな話の場合は出来るだけ慎重になって、自分の勘違いを潰しておこうと思いまして、気になった所を確認させていただきました。すみません、お時間を取らせてしまいました。」


「ホントにもう長引かせて……」


 ぶつくさ言いながらエレナさんが頭巾やらマスクやらを外す。

 メイクじゃない、変装じゃない、暑さで顔を上気させたエレナちゃんが、恨めしそうに俺を睨む。


「詳しい事は後で教えるから、エミール、お茶をいただいてもいいかしら?」


「はいはい、承知いたしましたよ。お~い、お茶をお願いしてもいいかな?」


 エミールさんが声を掛けると、待ち構えていたかのように部屋に入って来るマナさん。

 人数分の冷たいお茶をお出しする。


「お待たせ致しました。」


 心と体をリラックスさせる効果があるハーブティーとの事。

 ほのかに柑橘系の味と香りがするアイスティー。アールグレイの香りを控えめにして、味わいをフルーティーにした感じ。

 これは学生さんが実習で作成したものを、購買部で安く売っているらしい。


「あ、コレ美味しいなぁ。」


「とても爽やかな香りで、華やかな味わいですね。とても美味しいです!」


 俺もナディアもすっげぇ気に入ったので、家で飲む用に買って帰ろうと思った。

 美味しいお茶で喉を潤したところで、エレナちゃん顔のエレナさんが話しかけて来た。


「詳しい事はさっき聞いたでしょ?私からは補足的な話になるけど、何でも聞いて。」


「何でエレナちゃんに戻ってるんですか?」


 間髪入れずに俺の中で最大の疑問を聞くと、驚いたような、困ったような。

 でもちょっと嬉しそうな、懐かしいエレナちゃんがそこに居た。

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