第53話 パヴァーヌ流杖術

「この杖を振ってみなさい。」


 昨日使っていた樫の杖ではなく、黒に近い濃茶色の杖を渡される。

 受け取った瞬間にわかるこの握り心地。ズシリと重く、しっくり来る手応え。


「おおっ!これです!」


 教官がニヤリとする。


「やはりなぁ……私が彼を鍛えた方法で、君を鍛えたようだな。」


 試しに振ると、ブオンと空気が揺れる感じがする。


「これで振ると、樫の杖よりも無駄な力が入らない気がします。とても安定します。」


「それでは、これで鍛錬を行うといい。」


「はい!」


 久しぶりの重みでレナートさんの地獄の特訓を思い出し、何故かワクワクしていた。


「よし、それでは基本動作から。」




 お昼ご飯タイムは、新人にとっては地獄からの解放時間。


「はい!カレーは特盛ね!」


「やったぁ!ありがとうございます!」


 食堂のおばちゃんに、大好きなカレーをこれでもかと盛っていただき、席に着く。


「アキラ……お前、よくそんなに食えるな……」


 サラダの葉っぱを、ちまちまつまんでいるチェリオくん。


「食べないと、午後の鍛錬持たないよ。みんなは随分と少食だねぇ。」


「もう、マジでキツい……これでまだ2日目か……」


「私は全然大丈夫かな。教官は理論から教えてくれてる。」


「えー!俺はひたすら筋トレばっかだよ~?」


「ジュリエッタ様、素敵すぎて……」


 一人斜め上の人が居るけど、概ねハードな鍛錬メニューらしい。

 同じ武器でも教え方が違ったりして、かなり教官の考え方が反映される育成方法になっている。

 2週間という少ない期間で、担当となった冒険者の能力をどこまで引き出すことが出来るか。

 また、教える立場になると学ぶことも多い。剣士隊の皆さんもまた、育成されてるんだよな。


 昼ご飯をモリモリ食べて一足お先に訓練場へ行くと、既に妖精ナディアが杖を振っていた。

 ニンフの特性というか、形だけなら一度見ただけで覚えてしまう。すげぇなニンフ。

 そして教官がニコニコしながらナディアに稽古を付けている。正座で。


「いいんですか?そんな事をしていただいても。」


「ああ、休憩中だから問題ないぞ。いい動きだ。よし、手首の返しが洗練されて来たな。」


 ナディアが小さな杖を右に左に高速回転でフォンフォン回し、脇に抱えてピタっ!と止める。

 その姿は、カンフー映画でよく見たアクションスターのようだった。

 この子の潜在能力の高さには、ほとほと驚かされます。


「よし!」


 教官が賞賛の言葉を投げかけると、ナディア様を見守る会の方々が「素敵!」「美しい!」「勇ましい!」など観客席から熱い声援を贈り始める。


「……うっす。」


 オーディエンスに対してぺこりと一礼すると、さらに悲鳴が響く。

 ちなみに俺はまだ、そこまで高速ブン回しは出来ません。


「……できた。」


「俺も負けてられないな!」


「アキラは徹底的に基礎練習だ。鍛錬に近道はないぞ?」


「勿論です!」


 全く持って、その通りでございます。

 そんな話をしていると、みんながぞろぞろと訓練場に戻って来た。そろそろ時間かな。


「よし、再開だな。基本動作をゆっくりだ。」


「よろしくお願いします!」


 ナディアも一緒になって基本動作を行っている。

 観客席から黄色い声援が飛ぶ。あなたたち、お仕事は?




「よし、今日はここまで。」


「はい!」


 ヤバっ!


【ドゴッ】


 危うく杖を落としそうになったけど、床に立てて持つ事で何とかそれを回避。周りの人に見られてる……恥ずかしいハズカシイ……。

 どうやらお借りした杖は、俺の腕と手の筋力を全て吸い取ってくれたようです。


「まだまだ力んでいる証拠だな。実際の戦闘や長期戦では、もっと力が入ってしまう。これは武術全般にも当たる事だが、いかに冷静に落ち着いて物事に対処できるか。それを頭に置いて、明日からも鍛錬に励むとしよう。」


「はい!ありがとうございました!」


 まだジロジロ見られてる……武器を落としかけるとか、恥ずかしいよぅ……。

 杖を武器庫に仕舞いに行くと、チェリオくんが俺に近寄って来た。


「アキラ、お前それ……何?」


「え?杖だよ。」


「さっき、すげぇ音してなかった?」


「ホントに恥ずかしい……落としかけちゃって……」


「ちょっと持ってもいい?」


「うん、いいけど。ほい。」


 杖を持った瞬間、チェリオくんの眼が全開になる。


「はぁ!!!???何コレ!!!」


 その声を聞いた新人達がわらわらと集まって来る。


「何?どうした?」


「コレ持ってみ?」


 代わる代わる杖を持つみんな。持った瞬間に落としかける人続出。


「重っ!」


「なんじゃこりゃ!」


「鉄!?」


「アキラ……こんなの振り回してたの……?」


 奇異の者を見るような視線。そんな目で俺を見るんじゃない。


「だって、杖ったらこの重さでしょ?」


「「「「「んなわけねーだろ!」」」」」


 すげぇ、絵に描いたような総ツッコミ。

 武器庫から、樫の杖を持って来るチェリオくん。


「コレが普通だよ。それ、おかしいって。」


「でもなぁ……前からコレでやってるからなぁ……樫の杖だと軽すぎて、何かしっくりこないんだよね。」


 やいのやいのやっていると、ヘンドリック教官がこっちにやって来た。


「樫の杖は広く普及している杖術の基本となる杖だ。アキラが使用している杖は、パヴァーヌという流派で使用している杖だ。使い手は5人……いや、4人となってしまったな。」


 へぇ~という気の抜けたお返事と共に、そろそろお時間なので、流れ解散。

 みんながぞろぞろと帰っていく中で、ちょっと気になった事があった。


「あの、5人居たっていうのは……」


「まぁ、いつか話す事もあるだろう。それより、待たせてしまっているんだろ?さぁ、行きたまえ。」


「そうでした!それでは、失礼します!」


 急いで着替えて停車場へ猛ダッシュ!!!

 そして俺の到着と共に、停車場にレナートさんの馬車が入って来た。

 いつも本当にすみません……。




 さて帰り道の馬車の中、ナディアがエレナさんからの手紙を手渡してくれる。

 何の話かね?


 ~~~


 アキラへ


 今週末の治療院は9時に王城前だから。


 エレナ


 ~~~


 いつ行く事が決定したか、そんなヤボな事は聞きませんよ。もちろん。

 まぁ、エミールさんとリーシュさんにはご挨拶に行くつもりだったからいいんですけど。

 でもこんな短文、わざわざ手紙にしなくてもいいんじゃないかな……。


 それよりも王妃様がこんなに出歩いて大丈夫なんだろうか?

 王様が温泉視察で頻繁に出歩くぐらいだから、君臨すれども統治せずって感じなのかなぁ。

 昨日のアレといい、自由度が高すぎるんじゃないか?……って、余計なお世話か。


「治療院へは私も同席させていただく事になっています。」


 どうやらレナートさんとエミールさんが今日会った時に話が纏まったらしい。

 その時に、一人紹介したい人物がいるとの事。ルージュ領に戻った後で、俺に頼みたい仕事があるようだ。


「ナディアはエミールさんと一度会ったことあるんだけど、わかる?」


「はい、アランブールの時にお会いした白の騎士様ですね。」


「そうそう。思えば、赤の剣士隊や騎士団のみなさんとの繋がりは、あそこから始まったんだよね。そういえば、あそこで逮捕された人たちは、その後どうなったんですか?」


「そうですね……審判中ではありますが、アランブールの首謀者3名とグリューネ冒険者ギルドの上層部2名は、恐らく極刑になると思われます。事件に直接関わっていた、貴族や軍の関係者は身分を剥奪の上、軽くても永久牢、重ければ犯罪奴隷となる可能性はあります。その他の者は、罪の軽重によって懲罰が与えられます。」


 おおう、極刑か……随分重い罪になったんだな。


「ナルホドですね……無期懲役より奴隷の方が重い罪なんですか?」


「人として生きていく権利を剥奪されますので、より重い罪となります。その辺りは、エレナ様が専門的な知識をお持ちですよ。」


「そっか、確か学校出てから裁判院に最初居たんですもんね。でも最近のエレナさんを見ていると、どうもドジっ子な面ばかり見えてしまうんですよね。」


 苦笑で答えるしか無いレナートさん。


「そういったエレナ様の一面を見られるのは、アキラさんとナディアさんだけと思いますよ。心から信頼なさっておられる事かと思われます。」


「エレナ様とも、ずっと一緒に居られたら幸せですよね!」


ナディアが嬉しそうに会話に参加してくる。


「居たらネタに事欠かない人ではあるけど、立場ってものがあるからなぁ。そりゃ無理って話だよ。」


「エレナ様は心から尊敬できるお方です。私、アキラさんさえ良ければ―――」


「ん?良ければ、何?」


「う~~~………ヒミツです。」


 そう言って、困ったように肩を竦める。

 自分で言いだしたくせに。カワイイ。許しちゃうんだから。


 今週末はエミールさんの所に行って、来週はたぶん王妃守護隊の所に行くのかな。

 そして王妃様モードの謁見は最終日あたりか?

 何だかんだで、王都に来て毎週エレナさんと会う予定があるってのも凄い話だな。

 まぁ、ルージュ領に帰ったらそうそう会う事は無くなる訳か。

 それはそれで、ちょっと寂しい感じもするな。


 でもまぁ、今は色々な事を考える前に鍛錬に励まなきゃね。


「分身のナディアが行ってる杖術の鍛錬って、自分自身にも身に付いているの?」


「はい。しっかり身に付いていますよ。私もパヴァーヌ流杖術を学ぶ一人として、鍛錬に励みたいと思います。」


「兄弟弟子が増えるのは嬉しいですね。ナディアさん、いつでも稽古をつけて差し上げますよ。」


「レナートさん、アレをナディアにやらせますか?」


「あの、アレというのは……?」


 俺がかつて行った地獄の特訓の話をすると、ナディアが超乗り気になっていた。この子マジか……。


「ところで、パヴァーヌ流の使い手は5人居ると教官が仰っていたんですけど、教官、レナートさん、俺、ナディア、あと一人ってご存知ですか?先程お話を伺った時に、5人、いや4人という言い方をされていたので、何かあったのかなぁと思いまして。」


「そうですね、まぁ、知ってはいますが……その件につきまして、今週末にお話をさせて頂いてもよろしかったでしょうか?」


「今週末と言いますと、治療院に行く時ですか?」


「はい。それと、アキラさんにも聞いておいて頂きたい事がございます。」


 おっと、重要案件っぽい。何だろう。


「現在、新たな作戦が進行中となっております。恐らく、グリューネのギルド制圧作戦を上回る難易度の作戦となります。」


「この前以上って、なかなか厳しそうですね。」


 レナートさんが黙って頷いた。


「今はまだ準備段階ですが、来たるべき時には、アキラさんにも作戦に参加をお願いしたいと思っています。」


「自分がお役に立てるなら、何でもやりますよ。」


 その言葉に嘘偽りはない。

 週末には会った事無い人も来るのか……どんな人かな?ちょっと楽しみだな。

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