第52話 しっかり反省
「好き。」
いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
ちょっと、ちょっとホントに何言ってんの。そこにナディアが寝てるんですよ!?
さらに顔が近づく。ヤバい。マズい。あぁ、でも、ここまで寄られると……。
「ちょーだい。」
ンなっ!!!何を言ってくれてんだこの人!?
ちょっ!ちょーだい???何を???俺の???
「お・さ・け。早くぅ~~~~~~!!!」
・
・
・
「ああ……おさけ、お酒ね……はい、はい了解しましたよ。少々お待ちくださいね。」
ススっと顔を離して距離を取り、身体をテーブルに向け直す。
あそこまで距離を詰められるのは初めてだな……うわ、緊張して手が震えてる。
グラスを手に取るけど、テーブルに置き直してメープルミルクを作る。
「はい、出来ましたよ……って。」
振り向くと、ご満悦な表情を浮かべて眠るエレナさん。
「おさけ……」
こんだけ飲めばそうなるか。
一瞬でもドキっとしてしまった自分が情けない。
ちょっと近づかれただけで勘違いして、とんでもない事を妄想してしまった……。
2階の部屋から掛け布団を持って来て、二人に掛ける。
その後は部屋の灯りを少し暗くして、後片付け。
食器類を洗い終えて、ちょっと酔いを覚まして寝ようかな。
浴槽に半分だけお湯を張り、半身浴状態でササッと入る。
それにしてもなぁ……会社やら友人の飲み会でも、あんな風にからかわれた事はあったけど、ドキっとした事は一度もなかったんだけどな……。
まぁ、アレか。昨日からちょっと意識し過ぎてしまったんだな。
ダメだな、エレナさんに対しても、ナディアに対しても失礼だった。反省。猛省。
風呂から上がり、浴槽と浴室を軽く掃除。
部屋の灯りを消して、2階へ。
ベッドに腰を下ろして、そのまま仰向けに倒れ込む。
エレナさんが全てを忘れている事と、ナディアが事案を目撃していない事を願うばかりだな……。
そう思って目を閉じると、ベッドに深く吸い込まれて行くように感じた。
酒を飲んでいても、生体時計はしっかりと機能してくれる。
頭では起きているんだけど、なかなか身体が動かない……ってか動けない。誰かいる?
眠い目をゆっくり開けると、右にナディア、左にエレナさんが俺を抱き枕状態にして、スヤスヤ眠っていた。
酔っぱらって、寝床を求めて来てしまったのか?
寝返りを打てず、身動きが取れなかったせいか、体の節々が少し痛い。
さらに両腕は、二人の頭にしっかりホールドされている状態。
ダブル腕枕って、夢にまで見るシチュエーションだよなぁ……まぁ夢ではないんだけど。
それはともかく、どうしよう。
動かしたら起こしてしまう。いや、もう朝だから起こしても問題ないか―――
「……むむむ~」
ナディアが体勢を変えようと、もぞもぞしている。腕を抜くチャンス!
すると、さらに密着度を高めてくる……やわらかい……あぁ、コレ、ちょっと幸せ……。
今までこんな事は無かったからなぁ。うん、もうちょっとだけ―――
「……う~ん…」
今度はエレナさんがもぞもぞと。
おっと、コッチは腕を抜かねばマズい。タイミングを見計らって……
「……あ……ココ……ん?」
起きたっぽい。コッチを向いたように見えた。
昨晩ぐらい顔がめっちゃ近いけど、俺は天井を向いているから横目で辛うじて見える程度。
「おはようございます……」
つい小声で話しかける。
かなり慌てているような気配をひしひしと感じる。
「……すぐ、起きるから……」
そう言って、俺とは逆の方向に身体を回してうつ伏せになり、やや俯き加減でベッドを降りる。
「ご……ゴメン……おはよう……」
一度もこちらを振り返ることなく部屋を出ていくエレナさん。
耳まで真っ赤になっていたその姿を見ると、昨晩の接近は酒の勢いでやらかしてただけなんだろうなぁ。
まだ少し早いので、ナディアをそのまま寝かせておいてリビングに降りると、エレナさんがソファーで頭を抱えていた。
あ、コッチ向いた。
「あのね……昨日なんだけどね……」
「ああ、勝手に片づけて、ベッドを独り占めしちゃってました。」
ソファーから立ち上がって、俺の前に立つ。
「そうじゃなくて……私、ヘンな事言わなかった?」
「いえ?特に何も言ってませんでしたよ?お酒が好きだとめっちゃ主張はしてましたね。飲みの席の事ですし、楽しかったからいいじゃないですか。」
めっちゃ早口で言ってしまった。
これはマズいかな?と思ったけど、俺の右肩に手を置いて深くため息をつくエレナさん。
「そう……それなら、いいの。ゴメンね。」
それからしばらくするとナディアが起きてきた。
「おはようございます……昨晩はお見苦しい姿をお見せしてしまいまして、申し訳ございません……」
背もたれに片足を乗せ、お股全開で寝ていた事を覚えていたようだ。
スカートでは無いので、問題はなかったんだけど。
三者三様、お酒の席での反省を胸に、本日も鍛錬に向かうのでありました。
今日からの2週間は武器を使った鍛錬。
俺は前から言っていた通り杖術を希望したんだけど、希望したのは俺一人だけ。
「杖術は私が受け持つ事となった。改めてよろしく頼む。」
何と、杖術教官はヘンドリック教官。
杖術発祥のメルマナ公国軍に数ヵ月前まで居たそうで、レナートさんの杖術の師匠との事。マジか。
「よろしくお願いいたします!」
「では早速始めよう。杖術は少し学んだという事だったな?」
教官は、俺とレナートさんの関係をすでにご存知。
だけど他の新人くん達は、俺がレナートさんのお世話になっている事は知らないので、話を合わせてもらっている。
「はい。以前、基本的な形と模擬訓練までご教示いただきました。」
「ふむ、それでは出来る形を見せてもらおう。ゆっくりでいいぞ。」
「はい。」
メルマナの杖術は、主に人間を相手に、捕縛する事や自衛を目的とした武術として発達した。
長さ1メートルの樫の杖を使用するが、貴族が携帯するステッキを使用した護身術としても知られている。
刃がついていない棒である事の特性を生かし、突き、払い、打ちなどの技を次から次へと繰り出す。
他の武器と比較すると殺傷能力が極めて低いため、冒険者が使用する武器としての人気は皆無である……らしい。
かっこいいんだけどなぁ。
さてさて、基本動作を忘れてないか、しっかり確認しながらやってみる。
右足を前に出してやや腰を落とし、重心は体の中心を意識。
右手は前で、杖の中心あたりを軽く握る。左手は杖の縁を握る。
両手ともガッチリ握ってるとバランスを崩す原因になる。なので必要な時に、必要な手で杖を握る。握らないもう片方の手は柔軟に持つ。
まずは突き、身体を回して左を前にして後ろ突き、打ち下ろし。杖を回転させて持ち替え、上払い、下払い、打ち上げ、杖を回して打ち下ろし。
まだまだ基本動作は数多くあるけれど、これら一つ一つの動作を、いかに正確に、丁寧に、素早く行えるか。
そして動きと動きの間を流れるように動作を繋げる事。
また、足捌きと体捌きもすごく大事で、脚の位置、向き、身体の動かし方を工夫すると、前後左右への突きを流れるように行う事が出来る。
慣れてくると、相手の武器を叩き落としてからの突きだったり、杖をヌンチャクのようにクルクルと振り回してブンと横払い。
剣と同じように打ち下ろした直後に杖の両端を持ち、下払いから武器を打ち上げて突き。なんてコンボが一瞬で出来たりする。
初めて杖を持ってレナートさんに本気の手本を見せてもらった時、杖のスピードが速すぎて、何をしてるのか全くわからなかった。
一通りの基本的な動きを、ゆっくりと行う。
杖がやたら軽いのは、練習用だからかなぁ。レナートさんの所で鍛錬していた時の杖は、死ぬほど重かった気がする。
「まずは基本の動きは覚えているようだな。よし、この2週間は、基本動作の精度を徹底的に高めていく。」
「はい。」
「それと、杖は軽いか?」
やっぱり、そう思っていたのかな。この杖、やけに軽いような気がする。
「そうですね、以前教えていただいた時の杖はかなり重く感じましたが、この杖はかなり軽く感じます。」
でも、それは技術不足なんだろうか。道具のせいにだけはしてはいけないかな。
「ああ……それは軽かっただろうな……今日はそのまま、その杖を使ってくれ。」
「はい。」
武器に違和感を感じているうちは素人なんだろうな……。
まだまだ精進。せっかくのチャンス、しっかり励まないと。
それから終了時間までは、ひたすら動作確認。
重心のブレ、攻撃後の姿勢、杖の取り扱い、ありとあらゆるダメポイントを指摘されまくり。
今おかしなクセがつくと、攻撃から攻撃への連携に支障が必ず出るから、徹底的に矯正。
あと、無駄に力が入り過ぎているとの事。俺と教官では、姿勢が全然違う。
同じように振っていた教官は全く息が乱れていないけど、俺は息が上がり、生まれたての小鹿の如く、足も腕もプルプルしている。
「だがなぁ、筋はいいぞ。2週間、楽しみだな。」
「ありがとうございます!」
何だろうな、レナートさんにしても教官にしても、褒めて伸ばすタイプの教え方をしているんだろうか。
褒められるのは素直に嬉しいので、今は額面通り受け取っておこう。うん。
「帰って素振りをしたくても、夜は禁止だ。やるなら朝、ゆっくりと1時間までだ。わかったな。」
「わかりました!ありがとうございました!」
今日指摘された所を、明日指摘されないように。
反省を兼ねて朝練を行う事を決意したのでした。励まねば!
更衣室に戻ると、死屍累々。
剣術、槍術、弓術、盾剣術を学ぶ皆さんが、腕をダラリとさせて、真っ白になって座っていた。
相当絞られたらしい。
ちなみに、ドライグラース隊の4名は無事に教官ポジションを勝ち取ったようだ。
特に張り切っているのがコンラートさん。エセルバートくんの剣術教官になったんだけど、少年マンガの師匠と弟子みたいな感じの熱血スパルタ指導。またそれについて行ってるエセルバートくんもすごい根性してる。
他の皆さんは剣術、槍術、弓術で教官になっていた。
今思い返すと、ここに来る途中に出たマロンベアをサクっと殲滅できたのは、そんだけ強いからか。
あとビックリしたのが、女性の冒険者が1人長弓を使いたいという事になったんだけど、その教官としてジュリエッタさんが指導する事。
赤の剣士直々に指導するという特別な措置に新人大歓喜。
だけど事情を知るドライグラース隊の4人は。
((((ナディア様目当てだよ。職権乱用だよ。))))
などと考えていた模様。尚、人の事は言えない模様。
ちなみに妖精ナディアは、俺のマネして杖を振っていた。
それを見た教官は「筋はいい」と言っていた。やっぱり褒めて伸ばすタイプだ。
他の教官たち(特に5名)は、今から杖術を学ぼうか真剣に考えているらしい。
どいつもこいつも反省しやがれ。
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