第51話 甘い夜

 朝ご飯を頂き、一度部屋に戻る。

 今日のお休みは何して過ごそうかなぁ~なんて考えていると、エレナさんがクエストを提示してきた。


「アキラ、今日の予定は?」


「そうですねぇ……筋トレでもしてようかなと……」


 可哀そうな人を見る目で、俺を見るんじゃないよ。


「じゃあ、ちょっと買い物を頼んでもいい?」


「俺、王都の事を何も知らないんですけど。」


「大丈夫。そこのドゥーズ街道をちょっと行った所に『ランベール』って酒屋があるから、そこでしか売ってない『エラーブル』っていうお酒を買ってきて欲しいのよ。1本……いや2本…………4本お願い。」


「お店、近いんですか?」


「うん。大丈夫よ。」


 近いかを聞いて大丈夫と答える辺り、そこそこ遠い場所なんだろうかと思った。

 まぁ、ナディアの件ではお世話になっているし、昨晩の件もあるから、いいか。


「わかりました。行ってきますよ。」


「ありがとう~!じゃあ代金はコレ。お釣りは取っておいてね。」


 そう言って、金貨4枚を渡される。4枚って事は4万円?1本1万?


「結構いいお値段なんですね……」


「生産量が少ないから、そこそこするのよ。だけどね、コレが美味しいのよ~!」


 エレナさんは美食家という事を知っているだけに、ちょっと俺も飲んでみたくなる。


「じゃあ、レナートさんに場所を聞いて行ってみますよ。お店、近いんですよね?」


「うん。大丈夫。」


 何が大丈夫なのかはわからないけど。

 まぁこの辺りを散策がてら、行ってこようか。




「ランベールですか?歩いて20分程で着きますが。」


「おお、思いの他近くて良かったです。実はエレナさんから「エラーブル」というお酒を買って来る依頼を承りまして。」


「エレナ様、お好きですからね。それでしたら、荷運びの魔獣をお貸ししましょうか?この登り坂、お酒を1本運ぶだけでも結構厳しいですよ?」


「いいんですか?ありがとうございます!実は4本頼まれてまして……」


 庭の奥にある厩舎から、大きなヤモリのような騎乗魔獣のゲッコーを連れて来てくれた。

 この国では、馬やロバなどと並んで荷運びで使われている魔獣。実際に乗ったりするのは初めてだ。


「他のゲッコーよりも力が強い子ですので、重い物も難なく運ぶことが出来ます。今、荷車を装着させますね。乗っていっても大丈夫ですよ。」


「ありがとうございます!それでは行ってまいります!」


 荷車に乗り、ゴトゴトとゲッコーに曳かれて移動を開始。

 手綱を左に引けば左に、右に引けば右に移動してくれるわかりやすい操作方法。


「はい、ちょっと停止。」


 両方の手綱を引き、一時停止。そのままゲッコーの身体に触れる。


「聞こえます?」


『ん?……何と!人間と話すのは初めてだ!』


 ゲッコーさんが後ろを向いて、めっちゃビックリしてる。


「あー、良かった。おはようございます。アキラといいます。」


『最近の人間は、我らと会話が出来るようになったのか?私は主人たちからガブと呼ばれている。』


「いえいえ、今の所私ぐらいですけどね。言葉がお分かりでしたら、手綱は使わなくてもいいですか?すぐそこの、ランベールという酒屋さんに行きたいんですけど。」


『ああ、構わないぞ。通い慣れた道だ。』


 魔獣にも個性があるというか、思っている以上に知識や経験が豊富だと思う。

 このガブさんは、ゲッコーの年齢としてはそこそこお年を召しているらしい。

 あと誰にも気付かれていないけど、実はルージュゲッコーという種類で、王都では他に見た事がないようだ。


 そんな話をしつつ荷車に曳かれる事10分程度で酒屋さんに着く。

 まだ早かったかな?おっちゃんが瓶の入った木箱をガチャガチャと荷運びしている。


「すみません、お店はまだでしたか?」


「ああ、もう少し……何だ、侯爵の所のガブじゃないか。って事はお前さん、新人か?」


「いえ、侯爵の所でしばらくお世話になっている者です。「エラーブル」というお酒を頼まれまして……」


 するとおっちゃんが、さっき持っていた木箱に手を置く。


「コレがそうだ。ちょうどいい、買うなら持って行ってくれ。何本だ?」


「4本です。あと、このお酒はどんな味がするんですか?すごく美味しいとしか聞いてないので、興味があるんですよね。」


 すると、小瓶に入った薄い茶色の液体と小皿を持って来てくれて、少しだけ注ぐ。


「エラーブルはウチにしか卸してないから知名度は低いが、全国に根強いファンが居るんだ。」


「いただきます……うぉ、すげぇいい香りする。メープルシロップの香り?……甘い!美味しい!」


 ドヤるおっさん。


「本来であれば今日は来ない予定だったからな。お前さん、運がいいぞ。で、何本買うんだ?」


「じゃあ……8本ください!」


 1本銀貨9枚で、しめて金貨7枚と銀貨2枚。2本は流音亭とライナさんのお店のお土産にしちゃおう。

 残りの2本は俺へのご褒美。1本は今夜飲んじゃおっかな~!


 ホクホク顔で荷車に曳かれて戻って来る。


 借家の前に停めてもらい、ガッシャガッシャと運び入れる。

 すると、風呂場の方からエレナさんが出て来る音が聞こえた。


「あら、箱ごと買ってきたのね。ありがとう~。」


 わざわざ出て来て声を掛けてくれるエレナさん。


「いえいえ、お安い御用です。ナディアの調子はいかがですか?」


「やっぱり、行かせて正解。今日だけでも、かなり力が付いたんじゃないかしら?」


 よいしょっと荷物を置き、一息つく。そしてエレナさんに目をやって、すぐに反転。


「あぁ、特訓中でしたね~。それでは、また後程。」


 振り返らないようにして家を出る。

 エレナさん、そのお姿は目のやり場に困りまくりです。濡れ透けっていうレベルじゃないです。

 丸出しとか丸見えとか、衣服?何それ?みたいな……信用されてるって事なのかねぇ……昨日の今日で、何と言うか、正直たまりません。


『どうした?顔が赤いぞ?』


「いえいえ。ガブさん、ありがとうございました。」


 そう言って、荷車を外して厩舎の方へ。

 レナートさんは出勤していたので、厩舎の管理人さんにお礼を言って、母屋の方に戻る事にした。




 昼ご飯の時は、エレナさん普通の服だったので安心した。そりゃそうか。

 普段、意識しては見ていなかった気がするけど、本当にキレイなんだよな。俺が出て行ってたった2年半だけど、ますます磨きがかかったかもしれない。


 しかもこんな人がなぁ……さっきのような、あんな姿をなぁ……。


「ん?」


「いえ?お酒、楽しみですよね。」


 イカンイカン。

 午後からは、悶々とした何かを晴らすためにひたすら筋トレ。


 無心でやる事5時間程度、あっという間に晩ご飯の時間。時間が経つのは早いね。

 ダイニングに行くとナディアがこちらに戻って来ていた。魔力の鍛錬は無事に終了したようだ。


 今晩4人でお酒でもと思っていたんだけど、レナートさんは夜勤もあり、明日の朝に戻って来るらしい。


「あら、じゃあ私の1本開けるから、今夜飲みましょうよ。」


 水に氷、そして絶対に合うと思って牛乳を用意する。

 すると、コルベール家の奥さんがおつまみを手早く作ってくれた。

 たっぷりの揚げ物類や塩気のあるおかず、生野菜スティックをご用意してくださった。ありがたい!


 飲み会場は1階リビング。ソファーで寝ちゃってもいいように。

 エレナさんには主賓として上座に鎮座いただき、俺とナディアは下座に。


 さて、今日買ってきたエラーブルを開けますよ……栓を抜いただけでふわっと広がる甘い香り。


「すごい……いい香り……」


 ナディアがめっちゃいい表情で香りを楽しんでいる。初めてのお酒なので、水割りから始めましょうかね。

 俺とエレナさんはロックで。


「じゃあエレナさん、ひとことお願いします。」


「あら、私?そうねぇ……じゃあ、二人ともお疲れ様。今日は楽しく飲みましょ。かんぱい!」


「「かんぱーい!」」


 チンとグラスを合わせる。

 メープルが持つ独特の香りに、程よく優しい甘み。


「美味しいです……」


「ヤバい。コレ、すっごく美味しい。」


「でしょ~。すぐに売り切れちゃうのよ。」


「コレ、もう牛乳案件じゃないです?」


 飲み会に行ったら、カルアミルクやらストロベリーミルクなど、甘めでミルキーなものを好む俺としては、絶対にこれは当たりだと確信した。


「あら、もうそれ行っちゃう?」


「行きますよ~…………美味い……コレ、本当に美味しい……」


「私も!!!飲んでみたいです!!!」


 そして少し甘くなった口に、おつまみがまた美味しい。

 フィッシュフライ、塩ッ気の効いたフライドポテト、唐揚げ……。


「もう天国かと。」


「ホントよね~。あー、もう幸せだわ。今日は飲んで食べちゃう。」


「ミルク割り美味しいです~~!!!」


 こりゃあっという間に1本空くな。ならば俺のもう一本も出そうではないか!


 久しぶりの宅飲みだ。

 そもそも俺は酒が弱いから、一人で家に居ても全然飲まない。会社の飲み会でも全く酒を飲まない。

 でも、学生時代は、毎週友達の家に遊びに行って、朝まで飲んでお菓子喰って、バカみたいに騒いでたなぁ。


 今はこうして、ナディアと、エレナさんと、レナートさんも居たら良かったんだけどね。


 何か、楽しいなぁ。


 いいなぁ。




 2本目もそろそろ尽きるかというあたり。


 もうすっかり出来上がって、ソファーを占領して寝っ転がってるナディア。

 普段は絶対にそんな恰好をしないだろうと思うポーズで、むにゃむにゃ寝息を立てている。


 俺は、ふんわりふわふわとした気分を楽しみつつ、エレナさんの隣に移動してヘラヘラ笑っている。


 そしてエレナさん。


「ちょっと~!聞いてるの!?だからアタシはあの時、武器を持たせようと思ってたのにさぁ~!」


 絡み酒でした。

 しかも、居なくなったあの日の事を延々と聞かせられるの刑。

 まぁ、俺もあの日は記憶が途切れてるからね。しょうがないね。


「待ってたんだから。ずーーーーーーーっと待ってたんだから。」


 俺の隣に居るのをいい事に、二の腕を人差し指でグリグリと抉りまくる。


「そんなにグリグリしたら、穴が開くじゃないか~。」


「ふ~ん、じゃあ開けてやろうじゃないの。ホラホラ~。」


 まぁ、酔っ払いの意味の無い行動パターンですよね。

 それもまた、楽しいひと時ですよね。うんうん。


 たまにナディアがムクリと起きて、薄めに作ったメープルミルクをゴクリゴクリと飲み。

 ぷっはー!と満足し。

 コテンと寝る。

 そしてくすくす笑う。


 完璧な酔っ払いスタイルだよね。うん。良いぞ。

 飲み過ぎないように、アルコール量は調整してるから、安心するがいい。


「あー!またナディアばっかり見てるー!」


 そして俺の顔を掴んで、グイっと回転。

 エレナさんの熱い吐息がかかるほど、近い。


「ねぇ。」


「はいはい?」


「好き。」

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