第50話 休み明けの予定と、寝付けない夜
私たち20名は、新人冒険者であります。
赤の剣士隊の好意で、冒険者として生きていく術を学ばせていただいています。
訓練の初日にスケジュールを教官からお知らせいただきました通り、1週目は基礎体力訓練を行っていただきました。
かなりハードな訓練ではありましたが、今日の週末を迎えた時点ですが新人にはヤル気が漲っており、1名も脱落することなく2週目を迎えることが出来そうです。
さて、休日を1日挟んで2週目からは武器を使った素振り、3週目は攻撃と防御の動作の予定でしたが、剣士隊の皆さんが本気で新人を鍛える事になり、急遽訓練スケジュールが変更となりました。
新人一人ひとり使いたい武器や技術を確認し、その武器をメインウェポンとして使用している剣士隊員がマンツーマンで2週間、みっちり鍛錬を行う事になりました。
「という事で、明日の休日は使用する武器をどうするか熟考しておきたまえ。ただ、剣士隊員で扱える者が居ない特殊な武器や、一子相伝の流派などの技術は教える事は出来ない。その場合は、補助装備としての剣術などを考えておくように。わかったな?」
ヘンドリック教官の説明が、ちょっと嬉しそうだ。
「「「「「 はい!!! 」」」」」
何故こんな事になったのか。
話は前日に遡る。
何だかんだで若者たちが俺を受け入れてくれて、色々と話すようになっていた。
昼食の最中、新人の一人が言った何気ない言葉。
「来週から剣術かぁ……俺、剣はニガテなんだよな……」
「でも剣術って必須じゃない?それを言ったら私だって弓術を習いたいと思うけど、しょうがないよ。」
「俺は槍術がいいなぁ。槍捌きうまくなりたい。」
「あら、私は剣術でも、刀を扱いたいわ。」
「僕はレイピアだなぁ。」
「8番隊の人達の盾の理論が凄かった。中剣と大盾は面白そうだな。」
侃々諤々。みんな、武器について思い思いに語る。
ケンカする訳でもなく、好きな物について話して、キラキラしてる。いいなぁこういう感じ。
「じゃあ、アキラは?」
もうみんな呼び捨てで話すようになっている。俺も例外では無いのが、嬉しい所だ。
「俺かい?俺は杖術が一番好きかなぁ。」
「杖術って、メルマナの?またシブい所を……」
「そうですね、アキラさんはシブい所を突いて来ますからね。」
ん?聞いた声が……
と思って振り向くと、新人達にとっては雲の上の存在がニコニコと会話に参加していた。
食堂に居合わせた剣士隊員の全員が、いつの間にか起立、敬礼で彼らを迎えていた。
「いやぁ、武器について語り合える仲、本当に素晴らしいですね。私も昔を思い出しました。」
レナートさんとジュリエッタさん、当代の赤の騎士と赤の剣士が揃って食堂に出現した。
ワンテンポ遅れて、新人冒険者たちが急いで席を立ち、直立敬礼。
もちろん俺も。
「あぁ、全員楽にするように。」
(楽になど出来ません!!!)
そう思っているだろうなと感じた。
ガッチガチの新人くんたち。まぁ、当然っちゃあ当然だよなぁ。
「ジュリエッタ、ヘンドリックと話をしたいのだが、今は大丈夫か?」
「はい。問題ありません。」
「歓談を妨げて済まなかったね。午後からもしっかり励んでくれ。」
「「「「「 はい!!! 」」」」」
そう言って、颯爽と食堂を後にする二人。
改めて、本当にすごい人なんだなぁ~なんて考えていた。
そして放心状態の新人冒険者達。
「すげぇ……赤の騎士様だ……」
「話しかけられちゃった……すごい……自慢しなきゃ……」
「赤の剣士様……美人だった……」
「ヤバい……赤の剣士隊……入りたくなってきた……」
そんなイベントがあり、レナートさんが教官と話をして、訓練の方針を変更したのだろうと思ったのでした。
帰り支度をしている時も、更衣室では何の武器にするかで大いに盛り上がっていた。
何といっても、あの赤の剣士隊の隊員から、マンツーマンで手解きを受けられる事。
これにはいつも冷静なエセルバートくんですら、やけに興奮して周囲と話をしている。熱いのう……良き良き。
男性陣は剣術と槍術が多く、武器で細分化していた。
そんな中、同じチームのチェリオくんが話しかけて来る。
「アキラはやっぱり、杖術を希望するのか?」
「希望はね。それか棒術。どっちも無理かな~とは思ってるから、その時はおとなしく剣術にするよ。」
「杖とか棒とか、あくまでも打撃なんだな……」
「何となく、切るよりもいいかなって。」
「いや、切った方がいいだろ。撲殺がいいとかどんだけ狂悪だよ。」
そう失笑されながらも、互いに頑張っていこうとドゥーブルリオンを後にする。
俺が歩いて停車場に着く頃に、レナートさんの馬車が同じタイミングで到着した。
きっと、どこかで待っていてくれてるんだろうな……本当に、頭が下がる思いです。
馬車に乗り込むや否や、休み明けの訓練話に花が咲く。
「レナートさん、みんな相当気合入ってましたよ。」
「実は剣士隊の内部でもそうなんです。誰がどの技術を教えるのか、かなり盛り上がっていましたね。」
「先に聞いちゃってもいいのかな……杖術って可能ですか?」
「もちろんですよ。」
「やった!久しぶりなので、レナートさんに叩き込まれた基礎を、しっかり復習したいと思います。」
「楽しみにしていてくださいね。」
いつものように馬車が王城にたどり着くと、城門前には見た事ない人が一人増え、3人で話をしているナディア達。
ナディアともう一人が馬車に乗り込み、パトリシアさんはぺこりと一礼をして城門へと消えて行った。
「ちょっと!遅いんじゃない!?」
おっと、その声は……。
「変装どう?わからなかった?」
エレナさんでした。まぁ、何となく察したけどね。
「ええ、誰ぞと思いました。本気でわかりませんでした。知らない人がいると思いました。通報事案かと思いました。」
「ちょっと……そこまで言わなくてもいいんじゃない?」
ちょっとイジってみると、ぷくーって膨れるエレナさん。
そのやり取りを見て、困ったように笑うナディアとレナートさん。
「それ程、完璧な変装という事ですよ。今日は王妃様としての外出では無いんですか?」
「そう。今日は久しぶりに私自身の外出なの。それでね、ちょっとお願いがあるのよ。」
あら、お願いなんて珍しい。
俺の頭の上にステータスマーク「?」がピコーンと浮かんだ所で、ナディアが済まなそうに話しかける。
「アキラさん……実は今夜から明日の夜まで、バトンの森の泉で魔力を高めて来ようと思いまして……」
「おお、そうなんだ……ってか、移動は、どうやって?大丈夫なの?」
「はい、お風呂と泉を繋ぎますので、それについては問題はありません。ただ、私一人で勝手に決めてしまって、すみません……」
「えぇ?ちょっとナディア、何言ってるの!?」
突然謝り出すナディアに、すかさずフォローを入れるエレナさん。
「違うのよアキラ、私よ。宿り場所だと魔力が高まりやすくなるから、私がそうしなさいって言ったのよ。ナディアはちょっと困ってたじゃない。」
「いえ、でも決めたのは私ですし……」
ナディアとエレナさん、互いを気遣い合う間柄なんだなぁとしみじみ思った。
そういう事なら勿論、是非も無く。
「うん、それならしっかり頑張っておいで。明日には帰って来るんでしょ?エレナさんはどうされるんですか?」
「私はコッチ側から確認。ちょっと部屋を借りたいから、アキラは別の棟で寝てもらっていい?それが、私からのお願い。」
「それは全然構いませんけど……レナートさん、大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろん。母屋にも空いている部屋はございますから、どうぞご自由にお使いください。」
そして馬車はレナートさんの屋敷に到着する。
またしてもエレナさんは変装して中に入り、みんなで晩ご飯をいただきました。
さて、ナディアはお風呂場から移動を開始。
バトンの森に戻るためには服を脱がないといけないとの事で、席を外す事にする。
「何事も無いとは思うけど、万が一何かあったらすぐコッチに戻って来るんだよ。」
「はい、しっかりと研鑽を積んでまいります。」
俺がお風呂場から出てしばらくすると、森の香りがふわっと部屋中にあふれる。
「エレナさん、ナディアは向こうに行きましたか?」
「うん、問題ないわ。じゃあアキラ、追い出すみたいでゴメンね。」
「いえいえ、お気になさらず。それでは、よろしくお願いします。」
1階、2階の窓のカーテンを閉めて家を出る。
屋敷の2階の奥、エレナさんがエレナちゃんだった話を聞いた部屋で、今夜は就寝。
窓の外をボンヤリと眺める。
広い庭の向こうには王都の灯りがきらめいている。
キレイな景色だな……と、ややしばらくボンヤリ考えていた。
夜景を見ていたら、眠くなってきた……
……っと、寝ちゃってた。ダメだ。ちゃんとベッドで寝よう。
ふと、家の方に目をやると、さっき閉めた筈の2階の寝室のカーテンが開いていた。
あれ?閉め忘れちゃったかな?と思っていたら、月明かりに照らされ、一糸纏わぬエレナさんの姿が一瞬見え、心臓が止まるかと思うほどドキっ!!!として慌てて窓から離れて布団に潜り込む。
ゴメン、エレナさん。
ゴメン、ナディア。
そう思いながらやや前かがみになって、なかなか寝付けない夜を過ごした。
寝付けなくても、朝にはしっかりと目が覚める。
長年の習慣で培われた生体時計は完璧だな、と思ったりしていた。
さて、まだ早いか。ちょっと庭でも散歩しようかね。
外に出て清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み、マイナスイオン的な森林の匂いを満喫する。
「あら、随分早いのね。」
俺らが借りてる2階の窓から、エレナさんが声を掛けてくる。
軽く昨晩の事を思い出すも、それはそれ。これはこれ。
「おはようございます。いつも通りの時間に起きちゃいましてね。」
「あら、じゃあちょっとお茶でも飲まない?上がってらっしゃいよ。」
「ええ、それでは遠慮なく。」
ドアを開けて中に入ると、2階から声が聞こえる。
「じゃあ、お茶を頼むわね~。」
「ちょっとエレナさん?その為に俺を呼びました?まぁ、構いませんけど。冷たいお茶でいいですか?」
「いいわよ~。お願い~。」
冷たいお茶は冷蔵庫にストックがあるので、すぐ飲めるようにしているのです。
コップに2つ注いで、2階へ。
ベッドの上でダラけた感じで横になっているエレナさん。
その隣には、妖精ナディアがすうすうと眠っている。
「ありがとね。」
「いいえ。ナディアも来てたんですね。調子はどうですか?」
「やっぱり行かせて良かった。魔力の溜まり方が違うわ。」
お茶を飲みながら、しばし雑談タイム。
「昨日の夜はゴメンね。」
「いや、向こうの部屋も寝やすかったですよ?」
「そうじゃなくて……見えちゃった?」
え。
「いや、寝る時は……いつもあの姿だから……」
「あっ!あのっ!それはっ!……大変失礼を致しまして……」
「わざとじゃないんでしょ?」
「ええ、まぁ……でもこういう時って、俺が怒られる事と……でも切り出せませんでした。」
「…ゆるす。」
「おお、ナディア、おはよう。……許してくれるの?」
「…ゆるす。」
「ナディアもこう言ってるんだし、この話はこれでおしまい!でね、今日は―――」
そんなこんなで朝から許される、最高の始まりとなりました。
はぁ……よかった……。
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