第49話 1週目の午後、剣士隊の本気

「おお~!訓練着、やっぱり似合ってるなぁ。」


「…もっとほめてもいい。」


 そこからナディアのいい所を延々と誉めていたら、訓練場のドアが開いて何人か入って来る。


「「「「しゃーっす!」」」」


 赤い袴、アレは剣士隊のみなさん……あれ?

 向こうも気付いたようだ。猛ダッシュでこちらに向かって来る。


「「「「ナディア様!!!お疲れ様です!!!」」」」


 五体投地せんばかりにナディアに対して礼の姿勢を尽くすのは、長らく俺達の護衛の任について下さっていた剣士隊の方々。

 コンラートさん、クラウデイオさん、フェルミンさん、ユベールさん。


「…うむ。」


 それに対しナディアは俺の膝の上に立ち腕を組み、どこの大師範だと思わせる風格で4人に応える。


「お疲れ様です。皆さんはこれから鍛錬ですか?」


「いやぁ~!アキラさん、そうなんです!まさか、ナディア様がいらしているとは……どうしようかなぁ、ずっと鍛錬してようかなぁ。」


 コンラートさんが笑顔で話す。


「コンラート、気持ちは痛いほどわかるが、今日の鍛錬は15時までだ。」


 フェルミンさんは、やや嗜めるように。


「そうだぞ、15時までだぞ。15時まで……いや、今日はずっと時間が空けられるんじゃないか?」


 何かに気付いた風のクラウディオさん。


「………………新人達に、手ほどきをしてやろうか……」


 最後のユベールさんがニヤリと笑い、全員が親指を立てる。全員の思惑が一致したようだ。

 4人が立ち上がり、意気揚々とコンラートさん。


「アキラさん、教官はジジイ……ヘンドリック教官ですよね!」


「そうですけど、まさか皆さん……。」


「若者の訓練だったら、俺たちがサポートについてやろうって事ですよ!おまえら、行くぞ!」


「「「おう!」」」


 そして深々とナディアに礼をしてダッシュで訓練場を出ていく。


「「「「失礼致します!!!」」」」


 さっきと口調が全然違う。ナディアが居るだけでこんなに違うか……。


「まぁ、ナディアは見守っていておくれ。」


「…うむ。」




 13:00、午後の訓練開始。

 ヘンドリック教官を中心に、赤い袴を着た4人の剣士隊の皆さんが正座で居並ぶ。


「あー、諸君。午後からは急遽、剣士隊の者が新人訓練のサポートに入ることになった。諸君らから向かって左から自己紹介だ。」


「じゃあ俺から!剣士隊1番隊のコンラート。よろしく!」


「次は私だな。剣士隊1番隊のフェルミンだ。よろしくな。」


「剣士隊1番隊のクラウディオだ。基礎は大事だぞ。しっかりやっていこう。」


「………………剣士隊1番隊ユベール……訓練など生温い……」


 新人のみなさんがザワめく。


(1番隊のコンラートって……)


(ドライグラース隊じゃねぇか……)


「素敵……」


 男女を問わず、驚きを隠せない様子。声が漏れている人もいる。


「赤の剣士隊の1番隊、中でも精鋭を選りすぐったドライグラース隊の4名だ。午後からは特別教官として、彼らがサポートにつく。そこの……ナディア君は見学だったな。こちらへ。」


 さっき4人が出て行った後、教官が入って来たので事情を説明した所、レナートさんから連絡があったらしい。

 快く訓練の見学を承認していただけた。


 俺の膝を降り、走らずに歩いて教官の隣にちょこんと座る。

 その姿を見て新人の皆さんは、意味が分からない状態になっていた。


(妖精……?後ろのおっさんの……使い魔???)


 一方、ドライグラース隊の4人は大興奮の様子。


((((俺の雄姿をナディア様に見せねば!!!))))


「……では始めるとしよう。」




 20名が5人組4チームに分かれ、それぞれ1名の教官が付く。

 何だかんだでナディアの前でイイカッコしようと思っていた割には、実務モードに入ると新人冒険者に対して、熱く、優しく、厳しく指導している。


 俺はコンラートさんのチーム。限界ギリギリまで徹底的に追い込んで来て、さらにその一歩先を目指させる。

 インターバル中には、俺がレナートさんから伝授された休憩時の身体の休ませ方、呼吸の整え方を丁寧に教えている。

 さっき教官から教えてもらっていた内容だけど、若者にとっては、話し言葉で砕けた雰囲気が分かりやすいかもしれない。

 より丁寧になった地獄の訓練は、午前中よりも復活できる人が多くなってきた。


「何だお前ら意外だな。教官に向いてんじゃねぇか?」


「「「「後進の指導は当然の事です。」」」」


 ニュアンスは違うが、4人が似たような事を言ってる。

 各々ナディアをチラ見しながら。まぁ、新人くんたちは気付いていないっぽいから良し。

 とはいえキツい事には変わりはなく、15時の小休止では、大半が大の字になって訓練場に寝っ転がっている。


 そんな中でも、さっき一番前に居た男女、エセルバートくんとマルガレータさんは起き上がって、二人のチーム教官クラウディオさんの話を食い入るように聞き入っている。

 スっゴイヤル気ある人達だなぁ~と感心する。


 ナディアがトコトコと俺の所に来ると、チーム教官のコンラートさんが姿勢を正す。

 俺がこっそりと話しかける。


(あの、コンラートさん、若者達の前ですから、堂々としていた方がいいと思いますよ?)


(ナディア様とこんなに近くに……緊張しますって!)


「…つかれたか?」


「まぁね。でも、全員が疲れているから。俺も頑張るよ。」


 チームメンバーの若い男の子が話しかけてくる。


「アキラ……さんでしたよね。あの、その妖精は……」


「あっ!あのっ!もしかしてドリアードか、ニンフでは……?」


 今度は女の子まで続々と話しかけてくれる。おっちゃん嬉しい。


「ええ、ニンフです。名前が―――」


 するとナデイアさん。


「…ナディアともうします。しゅじんが、おせわになっております。」


 深々と頭を下げてお礼の姿勢。

 これにはチーム教官と俺以外のチームメンバー4人が唖然としつつも恐縮しきりで土下座合戦。

 その輪に入りたいらしく、チラチラ見ている他チーム教官の3名。

 何をやってるんですか皆さん。


「小休止終了!再開するぞ!」


 それから18時までは休憩なく続けられ、初日の訓練は無事に終了した。




「…またあとで。」


 そう言ってナディアがふっと消えたのは、訓練終了直後。

 いつの間にか居なくなったのを察したドライグラース隊の4名は絶望感に襲われていた。


「「「「明日も……来ますか……?」」」」


 ちょっと、あんたたち。縋るような目で俺を見るんじゃない。

 若い子らが見てるんだから。


「向こうの訓練が落ち着いたら、来るかもしれません。」


 ヒャッホウと叫ぶ勢いで喜んでいる4人。

 かもしれないだよ!来るとは断言できないよ!


「あー、アキラ。」


 そう話しかけてくるのはヘンドリック教官。つい、ピンと姿勢を正す。


「今日は非常に良い訓練効果があった。何だかわからんが、このクソガキ共が張り切って教えていたな。」


「見学などと、ご無理を言って申し訳ございませんでした。」


「問題ない。しっかり身体を休めておいてくれ。ところでナディアと言ったな。彼女は明日も来るのか?」


 そう言って、鋭く俺を見据える。

 おぉ、この眼はアレだ。グレンフェルでお会いした閣下達と同じ眼力じゃないか。


「恐らく来るとは思いますが……控えた方がよろしかったでしょうか?」


 すると顎をさすり、相好を崩す。


「孫の幼い頃を思い出してなぁ……見学に連れて来るのは、一向に構わんぞ。」


「そう言って頂ければ、助かります。」


 後でナディアに確認しておこう。

 そんなこんなで更衣室に戻ると、すでに新人さん達は誰も居なかった。ちょっと話し込んでしまったか……。

 着替えてすぐに停車場に行かねば。レナートさんを待たせてしまう。


 玄関先に行くと、剣士隊の皆さんが退勤時間のようで、そこそこの人数が居た。

 受付のお姉さんと目が合ったので、ご挨拶をする。


「今朝はありがとうございました。それでは、お先に失礼いたします。」


「あっ!あのっ!アキラさん!」


 お姉さんに呼び止められる。


「はい!何か、不備がありましたか?」


「いえ、あの、ニンフさん……ナディアさんは……?」


 彼女が切り出すや否や、玄関先に居合わせた全剣士隊員が私語をやめる。

 ゴクリ……と音が聞こえた気がする。何だこの空気。


「今日は先に帰りました。明日は、向こうの訓練が落ち着いたら来るかもしれません。」


 いたたまれない!


「という訳で、お先に失礼いたします!」


 と言って風のようにピュ~っとドゥーブルリオンを後にする。




 停車場に着いた瞬間、レナートさんを乗せた馬車がやって来た。良かった……ナイスタイミング。

 馬車に乗り込み、本日の訓練について話をしていた。


「もしかしてナディアが行くの、ヤバかったでしょうか?」


 すると両手を振って。


「いえいえ、むしろその逆です。」


 今日来たドライグラース隊の4名は、赤の剣士隊の中でも別格の強さを誇るらしい。

 ナディアと話すだけで、顔を真っ赤にしてプルプルしていたあの方々が……と思うと、ちょっとビックリ。


 腕っぷしで成り上がってきたので実力があるのは間違いなけど、部下に指示を出したり、指揮をするのがとても苦手。

 そしたら、今日に限っては自主的に「リーダー」となり、新人に対する言動や行動、指導などをしっかりしていたらしく、ヘンドリック教官もかなり驚いて報告して来たらしい。


「彼らの才能を目覚めさせてくださったナディアさんには、是非ともお礼を言わせていただきたいと思います。」


 昨晩のお片付けの時の男子たちといい、気になる異性の前で良いカッコをしたいのは、いくつになっても変わらないってコトなのかねぇ……。

 まぁ、物事がプラスの方向に転じているのなら良い事なのです。


「それは良かったです。ナディアに伝えてあげてください。」


 そして王城の城門に到着すると、顔は見えないけれど黒い服を着た人と談笑するナディアの姿。

 たぶん、パトリシアさんかな?


「お待たせしました!」


「アキラさん!今日はお疲れさまでした!」


「いやいや、ナディアこそお疲れ様。そちらは、パトリシアさんですね?お待たせして、すみませんでした。」


 ビクっとする黒い服の人。


「なぜお分かりに……」


「ナディアが楽しそうに話をしていたので、そうかな~と思ったのです。ご本人で良かったです。」


 ナディアがパトリシアさんの両手を取って、話しかける。


「それではまた明日、よろしくお願いいたします。」


「はい、お身体を休めてくださいね。それから、アキラさんにエレナ様より書状をお預かりしております。」


 パトリシアさんが手渡してくれたのは、ロウで封緘された手紙。やたら豪華。


「ありがとうございます。戻ったら読ませていただきますね。」




 何事もなく帰宅し、みんなでお食事。

 これだけの人数で囲む食卓は、とても賑やかで楽しいね。

 ただ、アルフレードさんとジュリエッタさんはお仕事があるとの事。

 王都に戻って来たばかりだし、色々とお仕事が詰まっているのかな。

 時間が遅くなる辛さは、俺も身に染みて良くわかっているつもりです。本当にお疲れ様です。


 さて、借家に戻ってひと段落。

 お風呂を入れている間、ソファーでくつろぎタイム。


「午後からは、分身をそちらに送りつつの魔法訓練でした。一度に二つの動作は、なかなか難しいです。」


「そうか、同時に何かを行うという事か。そういった事が出来るものなんだねぇ。じゃあ、明日もコッチには来る?」


「はい、お昼過ぎにお邪魔します。」


 色々と今日あった出来事の話をしていると、お風呂の準備が整う。


 じゃあ、久しぶりに……

 一緒に入っちゃったりして……


 やや前屈みで服を脱ごうとしてたら、エレナさんからの手紙がポッケからポトリと。


「あ、忘れてた。先に読んじゃう。」


 ~~~


 イチャイチャすると魔力が解放されちゃうから。

 わかるわね?


 エレナ


 ~~~


 読んで良かった。


 いや、読まなければ良かったか。


 涙を呑んで、先に風呂に入っていただきました。


 どんな管理プレイだ…。


 そりゃぁもう、風呂上がったら大人しく就寝しますさ。

 今が大事。今がね。これも鍛錬。




 翌日からは、剣士隊の午後の鍛錬の人数が明らかに増えてる。

 ナディア目当てで見に来てるよね。訓練してくださいね。

 そんな事してたら、ジュリエッタさんに怒られるんじゃないか?さすがに。


 そして、午後からのチーム教官が8番隊の人に変わってる。


「あいつらだけズルい!!!」


 との事で、厳正なる選抜(くじ引き)の結果、本日は8番隊の4名がチーム教官の座を勝ち取った。


「ナディア様!!!よろしくお願いいたします!!!」


「…うむ。」


 それもう趣旨が違うから。


 ただ、隊ごとに特色があるようで、8番隊は主にガード役、防御能力に特化した部隊との事。

 防御に特化する場合の筋力や防具の選び方などを、インターバル中に、しっかり教えてくれている。


 基礎体力訓練は、本来同じメニューをひたすら繰り返すだけだけど、ついつい張り切るチーム教官のおかげか、最終日にはラストスパートでヘバる新人がかなり減っていた。


「今期の新人はデキる」という噂が広まり始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る