第48話 訓練開始

「お互いに、頑張ろうね。」


「はい!アキラさん、怪我にはくれぐれもお気をつけて!」


 王城の城門横でナディアを下ろして、馬車は赤の剣士隊の訓練場へ向かう。

 トレンタセイ街道を道なりに進み、トレヴァー区へ。

 長く緩やかな坂を登っていくと、レンガで出来た城のような建物が見えてくる。


「もしかして、あそこですか?」


「はい、赤の騎士団と剣士隊の拠点ドゥーブルリオンです。」


 実際に見た事は無いけれど、何となくのイメージで持っているヨーロッパのお城とか教会とかを感じさせる建築物。

 赤の騎士団だから、赤いレンガを使っているのかな……そんな事を思いつつ、ドゥーブルリオンからやや離れた馬車の停留所のような所に到着。

 停留所に入って行った瞬間レナートさんが、軽く慌てていた。


「失念しておりました……規則上、送迎はこちらの停車場までとなっておりました……本来であれば私がご案内させて頂きたいのですが、どうぞご容赦ください。」


「いえいえ、ここからは新人冒険者として、しっかりと励みたいと思います。帰りも、この場所で大丈夫ですか?」


「はい。もし変更がございましたら、使いの者に連絡をさせます。本当に、申し訳ございません。」


「レナートさんにはお世話になりっ放しですから。そんな、お気になさらないで下さい。それでは、行って参ります!」


 馬車を出て、ドゥーブルリオンへと歩き出す。

 通勤時間なのか、赤の剣士隊の制服を着た人が数多く歩いている。

 ドゥーブルリオンまでの道端には売店が数多く並んでいて、かなり賑やかな場所だ。


 歩く事10分程度でドゥーブルリオンに到着。

 階段を登って正門へ向かうと、入場待ちで並んでいる人たちがいるので、俺も並んで待つ。

 前の人達はみなさん剣士隊の人たちのようで、階級章を提示して名前を言って入っていく。


「次。」


「新人冒険者の訓練で今日から参りました。アキラと申します。」


「冒険者ギルドカードを提示せよ。」


 おっと、準備してなかった。慌てる。


「こちらです。」


 ちょっとビックリした感じでカードを二度見される。なんで?


「了解した。入って左に訓練場がある。その場の担当者の指示に従うように。」


「はい。ありがとうございます。」


 門を抜けて中へ。

 レンガが敷かれた通路を左へ向かうと、体育館のような建物が見えて来る。

 入口で立っている人に声を掛ける。


「すみません、新人冒険者の訓練で今日から参りました。」


「冒険者ギルドカードを提示せよ。」


 今度は大丈夫。素早くポッケから取り出す。


「アキラと申します。」


 ここでもビックリした感じで見られた。


「了解した。中に入ると詰所がある。そこで受付を済ませ、指示に従うといい。」


「ありがとうございます。」


 玄関から中へ。外靴のままで屋内に入るのか。

 入ってすぐの所に詰所、おっと、受付はお姉さんだ。


「すみません、新人冒険者の訓練で今日から参りました。」


「冒険者ギルドカードを提示してください。」


「アキラと申します。」


「えっ?ルージュ侯爵領から?」


 受付のお姉さんが驚いたように声を出すと、詰所の中に居た人たちが一斉に俺を見る。

 あぁ、二度見されたのは、珍しい場所から来たからか。


「はい。バトンの森の冒険者ギルドから参りました。」


 ざわ…


 ざわ…


 お姉さんが、絞り出すように話し掛ける。


「あの、もしかして……アランブールで……」


 アランブール?アランブール……ああ、観測所か!

 それは事実ですが、余計な事は一切言わない方向で。


「はい、そうです。」


「少々お待ちください。」


 そう言うと、ピュ~っと何処かに行ってしまったお姉さん。

 ゴニョゴニョと話しながら、ジロジロと見て来る詰所の中の人達。

 うう、ちょっと気まずい。キョロキョロしちゃう。


 数分後、受付のお姉さんが戻って来る。


「お待たせしました。受付を完了しましたので、更衣室でこちらの訓練着に着替えて、訓練場に向かってください。それでは、更衣室へご案内します。」


「ありがとうございます。」


 服を受け取って、お姉さんについて行く。

 通路をまっすぐ進んで、突き当りを右。さらに進んでいくと、左にドア。おお、男性のピクトは異世界でも共通か。


【コンコンコン】


 ……応答がない。

 中に人が居ない事を確認すると、お姉さんが引き戸を開ける。


「失礼します。」


 中には、木で作られたロッカーのような家具がズラっと並んでいる。


「こちらで着替えをお願いします。木札が付いている扉を開けて荷物を入れ、扉を閉めたら木札を抜いてください。奥に進むと訓練場に入る扉があります。その隣に受付がありますので、靴と一緒に木札を渡してください。不明な点がありましたら、いつでも声を掛けてください。それでは。」


 説明を終えたお姉さんがそっと出ていく。

 よし、とっとと着替えて訓練場に行くか。




 上が白、下が紺色の袴みたいな服。これが訓練着か。本当に剣道着みたいだな……。

 アミュさんが作った、妖精ナディアの服を大きくした感じ。

 こういった服を着るのは、高校の時の柔道の授業以来だな。気が引き締まる。

 前のレナートさんとの訓練の時は、普段着でやっていたからなぁ。

 更衣室を奥に進むと、受付があった。


「よろしくお願いします。」


 受付のおっちゃんに靴と木札を渡すと、番号が書かれた布を手渡される。


「新人だな。これは帯紐に巻き付けるんだ。失くすなよ。」


「ありがとうございます。」


 扉を開けると、屋内の陸上競技場を思わせる程の広い空間。

 外側には階段のようになった観客席もあって、ホニャララアリーナのような雰囲気。

 奥の方では大人数で剣術の稽古の最中か、バシバシと打ち合っていて、手前の空いた場所では、20人くらいが座って待機しているようだ。


 入ってすぐの場所に居た男性に声を掛けてみる。


「すみません、新人冒険者の訓練に参りました。」


「ああ、向こうで座って待機していてくれ。」


「わかりました。ありがとうございます。」


 一礼して、新人冒険者と思われる人たちの方へ向かう。

 その集団のパッと見の印象は「皆、俺よりも若い子ばっかりだよ……」だった。

 男性の方が7割くらいで、女性は3割程度。

 俺ぐらいの年齢で新人というのは、かなり珍しいのかもしれない。ジロジロ、ヒソヒソと仲間内で話をしている。


 おっさんの俺はこの子らの中には入っていけないだろうな……なんて思いながら、一番後ろの方に腰を下ろした。

 とりあえずしっかりと訓練さえ出来れば、それでいいかな。


 そんな事を考えていると、めっちゃ厳つい雰囲気を持ったおっちゃんが入って来る。

 俺達の前に立ち、大きな声で話を始める。風貌に似合わず、威圧するような雰囲気が無く、穏やかで落ち着いた声だ。


「新人冒険者諸君、私は剣士隊で攻撃教官を拝命しているヘンドリック・ベルクだ。今日から諸君らの訓練を受け持つ事となった。よろしく。」


「「「よろしくお願いします。」」」


 ん?俺の声が一番デカくない?

 最近の子らは元気がないなぁ……と思った瞬間。


「どうした若者!元気が無いな!」


「「「「「よろしくお願いします!」」」」」


 おっと、ヤケクソっぽい声だな。

 まぁ若者の特権かなぁ、不貞腐れるってのは……。


「そうだ、若者は元気が一番だ。では早速、訓練について説明する。」


 7日ごとに訓練内容が変わる。


 1週目は基礎体力訓練。

 2週目は武器を使った素振り。

 3週目は攻撃と防御の動作。

 4週目は新人同士、対戦形式での実戦訓練。

 最終日に、教官が全員を相手に対戦試験。

 試験は教官に1本でも当てることが出来れば、冒険者ギルドを通して特別褒章金の金貨10枚が与えられる。


「試験の際は、私を討伐する位の気構えで来てもらいたい。私も全力で受けて立とう。」


 金貨10枚という破格の褒章に、若者達が色めき立ってる。

 まぁ、新人でそれだけ貰える事なんて、そうそう無いだろうしなぁ~。

 ヤル気を出させるといった意味では、物凄く大きいと思う。うまい事考えてるなぁ。


~~~


 ちなみに、この10年間で褒賞金を受け取った人物は3名。

 その事実を、アキラを含め、ここにいる若者たちはまだ知らない。


~~~


「では早速基礎体力訓練を始める。全員間隔を空け、寝転がるように。」


 早速始まったよ。地獄の基礎体力訓練が。

 俺、大丈夫かな?若者たちにバカにされないように頑張らなきゃ……。




 およそ30分後。


 死屍累々。


 へとへとに疲れ果てた若者たちが、訓練場の床に這い蹲っている。


「地獄だ……」

「耐えられない……」

「こんなの聞いてない……」


 討伐されたゾンビのように、うわ言を繰り返している。

 そして俺はといえば。


「水を……水をください……」


 俺もグロッキーだった。

 久しぶりの基礎訓練に、思いっきり身体が付いて行けてない。


 でもレナートさんの追い込みに比べると、ちょっと優しい気がする。

 あの人、本当に鬼教官だったんだな……とつくづく思う。


 でも、あの時との大きな違いは、疲労回復ドリンクが支給されない事。これは大きい。

 徹底的に疲れたらすぐに疲労回復して、何度も何度も朝から晩まで鬼のように繰り返す事を1ヵ月もやっていたのか。

 そりゃ基礎体力もつくよな……と思いながら、呼吸を整えていく。


 若い子達がぐったりしている中で、俺一人だけ回復できた。

 よっしゃ、おっさんの面目躍如ですわ、ホントに。


(あのおっさん、復活してる!)


(はあ?何で起き上がれるの!?)


(ダメだ、俺、マジ無理だ……)


(死ぬ……)


「どうした若者。諸君らはこの程度で音を上げるのか?」


 からかうように話しかけるベルク教官。


「唯一、息が整っているのは年長者の君だな。名前は?」


「アキラです。」


「そうか、アキラか。君はどうして起き上がれたんだ?」


「気合いと根性です。」


 俺の即答に、一瞬、時が止まる。


「ハッハッハッ!そうか、気合いと根性か。久しぶりに聞くな。」


(何言ってんだアイツ……)


(頭がおかしいんじゃねぇか?)


(そんなモンで乗り切れる訳無いじゃない……)


「あとは、呼吸を如何に整えるかを考えてます。身体はキツいですけどね。」


 そう言いながら、ゆっくりストレッチで身体を伸ばしていく。

 すると最前列に居た男性が起き上がる。


「落ち着きました。」


 その隣に居た女性も。


「私も大丈夫です。」


 そこで起き上がれたのは、全体の半分程度。

 残りの人達は、そのまま横になって休憩がてら、ストレッチで身体をのばす。


「よし、起き上がれた者は2セット目だ。」


 初日、午前中の訓練に最後まで着いて行けたのは、最前列の男女、俺を含めて5人だけだった。




 何と、昼食は賄いがついていた。

 そんな衝撃の事実を、食堂のおばちゃんから聞かされる。


 ちなみに新人のみんなは、ギルドで一通りの説明を受けていたらしい。

 みんなで仲良くお食事を楽しんでいる。


「そうなんですか……何も知らないのは私だけとは……」


「あんたんとこのギルマスさん、お茶目な所があるからねぇ。ホラ、カレー大盛りにしといてあげるから。元気出しなさいよ!」


「あら~、ありがとうございます~!」


 おっさんは一人、黙々と食べる。涙など出ない。


 カレーがやたら美味しいのでバクバク食べていると、続々と剣士隊の皆さんが食事にやって来る。

 あまり長居はしないで、食べたら訓練場で寝るとするか……。

 今はまだ、無理して若手とコミュニケーションは取らないでおこうっと。

 それはね、おっさんウゼェって思われたくないからだよ。うん、僕泣かない。


 訓練場に戻り、瞑想と称して仰向けになって眠りに入る。

 30分程度のひと眠り……


「…おきろ。」


「ナディアさんや、ワシは今寝ようと思った所じゃぞ。」


 目を開けると訓練着を着た妖精ナディアが、俺の胸の上に座っていた。

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