第85話 交渉はそんなに甘くない

 フラムロスへの時空鏡の前に立つ俺とバルさん。

 時空鏡の枠にはいくつかの宝石が装飾されている中で、鏡の下の中心にある透明の石にバルさんが触れると、白く発光した。


「陛下、夜分遅くに失礼致します。バルセートです。」


 ・

 ・

 ・


 返事がない。


「バルさん、もしかして気付かれない場所にあるとか?」


「いや、陛下はいついかなる場合でも応答できる状態にあるとの事だった。お休みになられているか、執務中か……」


『はーい。』


「「えっ?」」


 俺とバルさんがハモった。女性の声!?誰!?


『聞こえてるわよバルセート、しばらくね。元気だった?』


「えっ……エレオノーラ様?ごっ……ご機嫌麗しゅうございます!」


『ふふふ、鏡ではそんな挨拶はいいから。旦那はちょっと取り込み中なのよ。で?どうしたの?こんな夜中に。』


「恐れながら、陛下に申し上げたき事案が発生いたしました。お休みの所、誠に恐縮ではございますが……」


『あら~、それは困ったわねぇ。明日の朝じゃダメ?』


 本当に困ったような声を出している王妃様。


(アキラ、さすがにこれはダメそうだ。諦めろ。)


 王妃様かぁ……一度会っただけだし、俺が何か言えるような間柄じゃないからなぁ。

 ヘタな事を言って気分を害されたら元も子もないか……ダメか……。


「エレオノーラ、茶番はやめて。」


 ちょ~~~~~~!!!

 俺の背後から聞こえて来たエレナさんの一言に、俺とバルさんは全力で止めに掛かりたい気持ちになってしまった。

 王妃様怒らせたら、多分怖いだろう……!!!


『あら?エレナ?居たの?』


「居たの?じゃないわよ白々しい……どうせそっちからはコッチの様子を見てるんでしょ?ウィルバートも本当は居るんでしょ?こっちは真面目にやってるんだから、ちゃんと姿を出して話を聞いてよ!」


 エレナさん、凄い剣幕でふりしぼるように、鏡の向こうの王妃様に訴えかける。

 それ、本当は俺が言わなきゃいけない事です。王妃様という事で怖気づいてしまっていた。


『あら、いいの?じゃぁ……アキラ。』


 えっ!あっし!?


「はいっ!!!」


『回れ右。』


「回れ右?」


 いちにのさんで、後ろ向き。ん?


「あの、王妃様、これはどういう……」


『あー、ダメよ振り向いたら。振り向いたら懲罰を与えるから。』


 えー………何事かと。


『じゃ、映像出すわね。』


「「ちょっ!!!」」


 王妃様のご発言の直後、エレナさんとバルさんが大声を出した。

 ナディアが耳を真っ赤にして、やや俯き加減になるけどチラチラ見てる。

 ルカは動じていない様に見える。


「えっ!みんな!ちょっと何が起こってるの?」


『はーい、これで見えるでしょ。ナディアちゃーん!はじめましてだね。そっちの子がルカちゃん?旦那から聞いていたけど本当に可愛らしい子ね……素敵。』


 エレナさんが顔を真っ赤にして吠える。


「ちょっとおおおお!!!何か着なさいよ!!!何やってんのよ!!!」


 振り向いたら懲罰。振り向けない。でも分かった気がします。

 ありがとうエレナさん。ありがとう。


『だってエレナ、あなたが言ったんじゃない。お風呂から上がったばかりだったのよ。旦那はもう少しで上がるから。』


 あんたら……一緒に風呂入ってんのかい……。

 エレオノーラ様は一度だけお目にかかった事がある。あの時の豊満さたるや……。


「そもそも!!!バルが居るのよ!?」


「そっそっそっそそそーですね。そーですよ。」


 俺からはバルさんは横目で見える。あんた、顔真っ赤にしてる割にめっちゃ見てんじゃん。ガン見じゃん。

 ライナさんで見慣れて……って下世話な事は考えちゃダメだ。


『あら、バルセートはおしめ替えてあげた事あるし、昔は一緒にお風呂も入ったのよ?ね?』


「はっははははははいっ!」


『おかしな子よね。くすくす。』


 何となく、前のツンとした印象と違う声だ。


「くすくすじゃない!!!タオル巻いて!!!」


『お風呂上がりでいい気持ちなんだから、そんなに急かさないでよ。じゃぁ一旦消すから、ちょっと待っててね。』


 ・

 ・

 ・


(消えた?画面消えた?)


 俺が小声で話すとナディアとルカが首肯する。

 念のために振り向いて確認すると、鏡は俺の間抜けな振り向く姿を映していた。

 ナディアがふぅっとため息をつきながら感想を述べる。


「王妃様、大変お美しくて……とても素敵なお身体でしたね……」


「あの人は今、魔力を美容関係に投入してるから。美の権化よ。」


 エレナさんの言い方に若干のトゲを感じる。

 続いてルカが感想を述べる。


「エレナ様にとてもよく似ていらっしゃいました。驚きました。」


「私はあの人の分身だから。見た目は似てるのよ。」


 放心状態のバルさんには触れないでおこう。

 時空鏡が明るくなる。ウィルバート陛下が甚平姿で鏡に現れた。


『おう、待たせたな。どうした?』


 お、やっと来たか風呂好きおっさん。

 まずは状況を説明。


「陛下、私から申し上げます。エング・ジュールと話しました。『とある方』からの伝言を私に伝えました。『携帯は修理済み』との事でした。」


『そうか、続けろ。』


「とある方というのは、魔王である可能性があります。私が居た世界の道具の名称『携帯』を、向こうで私と面識があったエング・ジュールに言わせています。これによって通信手段が修理済み、こちらの世界で魔王との相互通信が可能な時空鏡が使用可能であることを示唆しているものと思われます。」


『それで?』


「現在は魔王である黒村とは、以前少なからず交流がありました。黒村が何かを言いたい時、それに関連する何か話題を振って、相手から言いたい事を言わせようとする傾向があります。今回の方法と合致しています。」


『ほう。』


「黒村は私に何かを伝えるために、このような手段を取っているはずです。そこで、私から黒村に連絡を取り、何を伝えようとしているのかを聞き取りたいと思います。鏡の使用許可を頂きたく思います。」


『あのな、言い方が堅いだけで内容が薄いとか、会社で言われねぇか?』


「うっ……それは……否定できかねます……」


『あとよ、それはお前の想像の枠を超えないよな。』


「過去の事例に基づいて、判断しています。」


『だが、確証は無いんだよな?』


「限りなく確信に近いものと自負しております。」


『お前に取っては友達かもしれんけどよ、今は互いに立場が違うからな。下手こいたら軍を出すとなりかねん。そうなったらお前に責任は取り切れんから、交渉事に慣れてる俺らに引き継げ。」


「……わかりました。よろしくお願いいたします。」


『明日は9時出立との事だったな。レナートの指示に従い行動するようにな。今日はもう寝とけ。』


「はっ、夜分遅くに大変失礼いたしました。」


『おう、じゃあな。』


 鏡の装飾の宝石が消灯する。

 バルさんがため息をついて俺の背中をバシンと叩く。


「しょうがねぇよ!」


「ああ、そうだな。いや、俺の考えが甘かったな。そりゃそうだ、軍を動かされたらたまったモンじゃないよな。」


 振り返ると、エレナさんが拳を堅く握り締めていた。


「エレナさん、助言してくれてありがとう。俺の話が根拠に乏しいのは事実だから。」


「ウィルバートが言ってるんだから、もういいんじゃない?後の事は任せちゃって、身軽になりなさいよ。」


「うん、そうするよ。ナディア、相変わらず不甲斐ない所を見せてしまったなぁ。」


「いえいえ、アキラさんの堂々とした姿勢、素敵でしたよ。」


 またそんな笑顔でナディアってば~照れる~惚れなおした~。


「ルカも今日は大活躍だったみたいだしね。振り回しちゃったけど大丈夫?疲れてるよね?」


「お心遣いありがとうございます。アキラ様のご心労に比べれば、大した事をしておりません。」


「何言ってんの。本当にありがとうね。」


 つい、ルカの頭をナデリコナデリコしちゃう。

 バルさんが時空鏡に布を掛け終える。


「よし、今日の所は終わりだな。みんな、本当にありがとう。礼を言っても言ってもキリがない。」


「じゃぁ次は、ライナさんとのご成婚とか?」


 軽くイジってみると、苦笑いのバルさん。


「それはまだ先だ。俺もライナも教育期間があるから、少なくとも半年から一年はかかるな。それはライナにも伝えてあるんだ。」


「じゃあ暫くは遠距離恋愛?」


「今までずっと一緒に居たからな。それに比べると遠くはなる。そりゃ俺だってすぐに呼びたいけどよ。そんな事を言ったら本気で怒られるからな。私よりも重要な事があるだろうって。一日でも早く迎えに行けるように、俺は気合い入れるだけだ……って何を言わせるんだコラ。さ!部屋に戻れ!明日は7時半に玉座の間で朝食にするからな!」


 追い出されるように鏡の部屋を出され、俺は個室、女子チームは女子部屋に戻って行った。


「じゃあみんな、おやすみ。お疲れさまでした。」


「はい、アキラさんもゆっくり休んでくださいね。」


「お休みなさいませ、アキラ様。」


「また明日。朝早いから寝坊するんじゃないわよ。おやすみ~。」


 手を振って部屋に入ると、すぐに装備を外して楽な格好になる。

 今何時?もう11時か……そりゃ眠くもなるわ。

 そのままベッドにうつ伏せダイブ。あぁ……つかれたな……。


「……お疲れ。」


 そう言って右の耳たぶをモミモミし出す小さな手。

 しばらくぶりに妖精ナディアが現れた。


「おー、ナディア。元気だった?そっちも色々あったんでしょ?」


「……うむ。リバルドを敵にまわすなよ。」


「あぁ、お噂は兼ねがね。エング・レーブを力でねじ伏せたとか。」


「……すごかったぞ。」


「その一言が全てを言い表しているな。いやもうホント疲れたし、気疲れした……」


「……回復してやる。」


「おー、やったー。あ、でも今日は痛くないヤツでお願いします。」


「……よくがんばったごほうびだ。」


 何回か頬にチュウをされて、あぁ~いいねぇ~と思っていたら、ジュゴ!!!っと右耳たぶを全力で吸われて俺の意識は消失した。




 目覚めると、妖精ナディアは居なかった。流音亭の方に戻ったのかな。

 久しぶりに耳たぶ吸ってもらったから、すっげぇ身体が軽い。

 こいつは朝からいい感じっと。今何時?4時半か……まだ早いなぁ。


 服を着替えて部屋から窓の外を眺めると、放射状に延びる道に沿って、家屋が整然と並んでいる街が見える。

 今まで訪れた街とはまた色合いが違い、赤茶けたレンガ色の街並み。ドイツとかオーストリアの雰囲気……まぁネットの画像でしか見た事は無いんだけどさ。

 崖を掘って作られた断崖のメルマナ城も同じ色味なので、この辺りで産出される石材がこの色なんだろうかね。

 フラムロスの黒っぽいような石ではなく、ブラン領の白い石とも違う雰囲気。

 地域によって算出する石材が違うから、どこの街に行っても新鮮に見える。

 今日は時間が無いから行けないと思うけど、いつか、あのメルマナの街にも行ってみたいと思う。


 さて、職質されない程度に城内を散歩しちゃおうかな~と思って部屋を出て少し歩くと、制圧戦の影響が各所に見える。

 ポロポロと落ちている妖魔産と思われる宝石。

 立ち入り禁止の張り紙が掲出されている荒れ果てた部屋。

 疲れ果てているのか階段で眠っている兵士達。


 ……のんきに散歩なんてしてたら本気で嫌がられそうだ。

 今から部屋に戻ってもする事が無いので、少し早いけど玉座の間に行く事にした。

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