第84話 ジュールの伝言

 玉座の間。壇上の中央の椅子にバルさんが座っている。

 壇には上がらず、やや左に外れた場所で一人の中年男性が立って、来客を待っていた。

 正面の扉が開き、レナートさんと白木の箱を運び入れる4人の赤の剣士隊員が入って来る。

 白木の箱2つをレナートさんの後方に横並びで置くと、剣士隊員は一礼後に玉座の間を出て行く。


 レナートさんが直立敬礼すると、バルさんが立ち上がる。


「フラムロス王国赤の騎士、レナート・ルージュ・ラシェール。大公の帰還をお慶び申し上げます。」


「赤の騎士も無事で何より。」


「有難く。」


 レナートさんが敬礼を解いて、一礼する。



 ~ひそひそ~


(おおお、何か固いね。)


(国と国の挨拶だから、最初は社交辞令からよ。)


 ~ひそひそ~



 バルさんの前に居る中年男性がレナートさんに声を掛ける。


「赤の騎士、その箱の中身が例の二体と言う事で間違い無いか?」


 この人は、この国の政治を担当する宰相の人。

 鏡が置かれていた部屋よりもずっっっと下の階層にある牢獄にブチ込まれていて、かなりキツめの拷問で身体はボロボロになっていたけど、眼は死んでなかった気骨の人。

 宰相の問いに答えるレナートさん。


「はい。お忙しい事は承知しておりますが、大公に検分いただきたく参上いたしました。」


 レナートさんが箱の後ろに移動して、それぞれの小窓を開ける。益々棺桶っぽい。

 バルさんが壇上から下りて来て、それぞれの小窓の中を覗き込む。



 ~ひそひそ~


(あの中の二人、どんな顔してるんだろうな。)


(目を閉じて、一切の表情を読まれないようにしているのではないでしょうか。)


(猿田さんはそうかもね。でも、玲奈さんはどうかなぁ。憎々しく睨んでたら、何か嫌だなぁ。)


(あら、美人の裏の顔は見たくない感じ?)


(またそんな事言って。)


 ~ひそひそ~



「……確認した。ご苦労だった。」


 レナートさんが小窓を閉じる。

 その場でバルさんとレナートさんの立ち話が始まる。


「赤の騎士もグリューネに行くのか?」


「はい。紫の騎士と共に、捕獲した三体をグリューネに移送します。ナイトストーカー隊、エリアーナ隊も同行させます。王妃守護隊と朱の騎士団、剣士隊は引き続きこちらで支援活動を継続します。」


「銀の騎士はいつ頃到着するんだ?」


「明後日に到着の予定です。」


「そうか……レーヴェンツ、色々と任せた。」


 レーヴェンツさんはメルマナ宰相の人。

 バルさんが何かを丸投げようとしている。


「パルムクランツ殿は私ほど甘くは無いですよ。私は相性が合うので何も問題はありませんが。」


 丸投げをぶった切ったっぽい。



 ~ひそひそ~


(パルムクランツ?誰だっけ?)


(銀の騎士の姓ですよ。)


(へー、そうだっけ。よく覚えてたね。)


(あんたが忘れっぽいだけなんじゃない?)


(姓で呼ぶ事、殆どないからさぁ。特に紫の人とか、名前以外全く覚えてないよ。)


(アーレイスク・フィオレトヴィー・プレオブラジェンスキーさんですね。)


((よく覚えてたね。))


 ~ひそひそ~



「あ~あ、いつ結婚出来んだ俺?」


「先代が存命の際に、王都でしっかり学んでおけば良かったのです。何度も申し上げましたのに、都度逃げまわったのは大公自身ではございませんか。気付くのが遅すぎます。」


 溜息をつきながらぶっちゃけるバルさんに、追い打ちを掛けるレーヴェンツさん。


「んな事は分かってるよ……何か、もう体裁とかいいわ。あとレナートさん、軍は妖魔しか居なかったって本当?」


「はい。何を目的としてそのような編成としたかは不明ですが、交戦した軍は妖魔が化けていたメルマナ軍でした。」


 赤の騎士団、剣士隊はおよそ五千の軍勢と衝突したけど、軍事訓練を一切受けていないと思われる無秩序な突撃を繰り返すばかり。

 これは軍じゃ無くて領民を洗脳したかと思って、徹底防戦で状況を見守っていた所、相手側の一部で同士討ちが発生。

 仲間に斬られた兵士が次々と消滅する所を隊員が目撃して、これは下級妖魔が人間に変身している軍勢だと判断。

 レナートさんの号令ですぐに攻撃を開始した。

 五千と衝突ってサラっと言ってるけど、赤の騎士団と剣士隊って、合わせてもそんなに人数は居ないんじゃなかったっけ?


「半数を討ち果たした所で、一斉に変身が解かれて撤退を始めました。死体は次々と宝石化・魔石化しました。」


「赤の騎士団と剣士隊に被害は?」


「重軽傷者が数十名程度出ておりますが、命に別状はございません。お心遣い痛み入ります。」


「そっか、戦死者が出なかったのは良かった。」



 ~ひそひそ~


(赤の騎士団と剣士隊って、何人ぐらいいるの?)


(今の正確な人数はわからないけど、戦闘要員は二千人程度だったと思う。)


「倍以上の敵と当たって、死人ナシで半分倒したの?」


(あそこはねぇ、そういう所なのよ。)


「強いとは聞いてたけど、正直そこまでとは思ってなかった。ってか、色々おかしい。」


「ぅおいアキラ!もう普通に話してるだろ!せめて小声で話せ!あとそっち!ジャムカを起こせ!イビキがうるさい!セイラ!勝手に椅子ごと動くな!ルカが困ってる!」


 バルさんが軽くキレた。

 レナートさんが笑ってる。レーヴェンツさんは無表情。


 それから、エング・ジュールをどうやって捕まえたのかをサラっと聞く。

 ひたすら逃げられて、最後は降伏勧告に応じて投降したらしい。

 さて、顔見せ式は終了と思いきや、レナートさんが振り返って俺を呼んだ。


「アキラさん、少々よろしいですか?」


 え?あっし?何かしら。


「エング・ジュールが、アキラさんとの会話を求めております。」


 一同がざわめく。


「え?何で?俺ですか?」


「陛下に報告し、会話の許可は得ております。勿論、拒否する事に問題はございません。」


「それって応じないと、心の狭い男だなってウィルバートに笑われる案件ですよね……わかりました。お会いします。」


「ちょっと……!大丈夫なの!?」


 エレナさんが引き止めようとする。


「取って食われる事は無いでしょ?まぁ、大丈夫だって。レナートさん、お願いします。」


 レナートさんが箱の後ろに移動して、片方の小窓を開ける。

 何かちょっと緊張する。小窓覗き込むと、カズマさんと同じように真っ白な肌の色をした猿の妖魔が、目を閉じていた。

 意を決して、声を掛ける。


「猿田さん、楠木です。」


 妖魔がゆっくり目を開ける。赤い瞳が俺を見据える。


「……楠木くん、しばらくだ。」


 ボソボソと話す声を聴いて、やっと猿田さんだという事がわかる。

 余りにも面影が無さすぎる。


「ご無沙汰しております。」


「無理を言って済まない。」


「いえいえ、どうされたんですか?何か、話があるとの事でしたが。」


「あるお方から君への伝言がある。」


 あるお方?って、あなたが敬意を払う人って一人しかいないでしょ。たぶん。


「ええ、お聞きします。」


 若干の間をおいて。


「携帯直し済み。」


 そう言って微かに笑う。

 携帯?携帯って、スマホとか?……と言うよりも。


「それだけですか?」


「以上だ。達者でな。」


 そう言って目を閉じる。

 多くは語らなかった。それ以上は何も無い事を察して立ち上がる。

 レナートさんが小窓を閉じ、剣士隊を呼んで箱を退場させた後で、バルさんが話し掛けて来る。


「何を話してたんだ?」


「『携帯直し済み。』って。意味わかります?」


「携帯?何を携帯する?直すってどういう事だ?」


 ああ、やっぱりコッチの言葉ではない。

 携帯を直した。端末を直したって……黒村が?何の事かさっぱりわからない。


 あれ?


 猿田さん、俺がここに居る事をわかっていた?

 わざと捕まって俺にメッセージを伝えた?

 俺が猿田さんと対面する事は初めから仕組まれていた?

 そうじゃなければ、伝言なんてそもそも伝えない。

 いや、さすがにそれは話が飛躍しすぎか。

 そもそも携帯直したとか言われても、電話番号とかある訳もないし、使える筈がない。

 何だ?どういう事だ?


「……さん?アキラさん?大丈夫ですか?」


 ハッとなった。振り向いたらナディアが俺を呼んでいた。

 イカン、一人の世界に入ってた。


「ああ、ナディア。ゴメンね。考え事してた。」


「ちょっと、何の話だったの?」


 エレナさんが怪訝な表情で俺に問いかけて来る。


「うん、伝言って事だった。後でちょっと話すんで、時間もらっていいです?」


 その様子を見ていたレナートさんが、姿勢を正して。


「それでは、私は部隊に戻ります。ナイトストーカー隊、エリアーナ隊は明日の9時に私達と共に出立いたしますので、本日はごゆっくりお休みください。」


 バルさんがレナートさんの前に立つ。


「レナートさん。このお礼は後日、必ず。」


 深々と一礼してレナートさんが部屋を出て行く。

 扉が閉まると、バルさんがその場に座り込む。


「は~~~、疲れた……レーヴェンツ、何か食うものある?朝から何も食ってなくてさぁ。」


「夜食を準備させましょう。皆様方の分も。大した物はございませんが。」


「食えりゃ何でもいいよ。おまえらも我がまま言うなよ。特にセイラ!固~いとか言ったら張り倒すからな。」


 ずっとルカの肉球をプニプニしているセイラロスは無言で手をひらひらさせていた。




 広い部屋はメルマナ城制圧戦の時に破壊されてしまったため、各自の寝室で夜食を摂る。

 ナイトストーカー隊は全員別々の部屋で勝手に食べて寝るようだった。

 俺らエリアーナ隊は、広い女子部屋と俺だけ個室。つらっとセイラも女子部屋に行こうとした所を、アレクに首根っこ引っ掴まれて部屋に押し込まれていた。

 俺は夜食の時だけ女子部屋にお邪魔して、4人で食べる事にした。

 軍の糧食の固いパンと固い肉のジャーキー。暖かいスープを作っていただいたので、それでふやかして食べる。割と美味しい。

 さて、話題のメインは、さっきの猿田さんとの会話について。まずはエレナさんの見解。


「携帯ね……コッチの人は意味が分からないよね。ナディアもルカも分からない言葉じゃない?」


「申し訳ありません、私は分かり兼ねます。」


 済まなそうに項垂れながら答えるルカ。

 本当にマジメな子なんだから。エレナさんが慌ててフォローに入る。


「いやいやルカ、向こうの世界の物だから、分からなくて当然だからね。」


 少し考えて、ナディアが口を開く。


「……私は、少しわかります。連絡手段の道具ですよね。」


「「何でわかるの?」」


 俺とエレナさんがキレイにハモった。


「アキラさんからは多くの知識を頂いていますから。ただ、言葉と概念は理解できますが、実物を見たことは無いので、正確に把握している訳ではありませんが。」


「ああ、そうか。精神力を吸い出した時ね。概念だけでもわかっていたら大丈夫。じゃあルカ、携帯って言うのはね……」


 ちょっと携帯についてレクチャーしておく。

 まぁコッチだったら魔石をうんたらかんたらすれば出来そうな気はする。テレビ電話的なものはあるからね。

 もしかしたら今後、導入される可能性すらある。


「……そうですか、それがあると、どの場所に居ても連絡が可能なのですね。」


「ざっくりとはそんな感じ。山奥とか地下室とかだと、繋がらない場合もあるけどね。でだ、何でわざわざ携帯直ったって伝えて来たのかだよ。何言ってんだアイツ、ぐらいにしか考えられなくてさぁ。どう思う?」


 全員長考。

 そりゃぁ~わかる訳もないよなぁ~。


「あ。」


 ナディアが何かを思いついたっぽい。


「向こうは壊れていたもので、連絡手段ですよ。さっき見たじゃないですか。」


「「あぁ!」」


 エレナさんとルカが何かに気付いた。何この俺だけ一人取り残された感。

 眉を寄せてムムムとうなる俺に、笑顔で語りかけて来るナディア。かわいい。


「時空鏡ですよ。」




「アキラさぁ、いくら何でもそれは無いだろ~!全ッ然意味が分からねえ!」


「バルさん、頼む!ちょっと!ちょっとだけ!時空鏡見せて!できれば使わせて!話をさせてくれ!」


 バルさんが様子を見に来たのでおねだりしてみた。

 部屋の前でそんな押し問答をしていると、スカンダ、アレク、セイラが出て来た。

 ジャムカは一度寝たら起きないらしい。


「お前達、ちょっと静かにしてくれ……寝たいんだ俺は……」


 アレクが眠そうな声でそう言うと、さっさと部屋に戻って行く。

 セイラはルカに抱き着いて寝かかっている。抱き枕か。

 あ!スカンダ!この人から伝えてもらえばわかってくれるはず。


「スカンダ、バルさんに携帯電話とは何たるかを説明してもらっていい?急ぎ目で!お願いします!」


 スカンダがバルさんを手招きして、部屋の中に入っていく。

 キャラ作りを徹底しているなホントに。



 ~~~5分後~~~



 あ、出て来た。喋って説明したんだろうな。


「とりあえず、理解した。で、どうするつもりだ?」


「魔王が連絡を寄越せって催促してるから連絡する。念のためウィルバートの許可を取る。勝手にやって責任取れって言われたら腹立つ。」


「いや、無理だろ。」


「聞いてみなきゃわからない。」


「勢いで物事を考えるな。少しは考えろって。そんな事が許される訳無いだろ。」


「今日しか無い。今日じゃなきゃダメだ。今を逃したらアイツと機会が無くなる!頼む!」


「じゃあ仮に、陛下の許可を得たとしてもだ。魔王に何を言うつもりだ!?」


「アイツは回りくどい言い方しかしない。直したからな?だから何だって話だよ。何が言いたいのか聞きたかったら電話して来いって上から目線で言ってんだ。そんなに話す相手が居なくて寂しくて構って欲しいなら、俺が聞いてやるから誰にも迷惑を掛けんなって話をする。」


「おっ……おう……随分と具体的に出て来たな……」


「頼むバルさん。」


「いや、わかったからまず落ち着け。部屋に入って会話をするのはアキラ、おまえだけか?」


「俺はそのつもり。エレナさんとナディア、ルカは部屋の外で待ってて欲しい。万が一、俺が黒村に何かをされても絶対に手を出さないで―――」


 エレナさんが俺の胸倉を掴んで締め上げる。


「ふざけんじゃないわよ。何一人でやろうとしてんのよ。そういうのはもう懲りたんじゃないの?」


「ちょっと……えれなさん……ぐるぢいんですけど……」


「そうですよ!私とエレナ様、ルカちゃんの3人でお守りして―――」


 ナディアが言いかけた時、唯一閉じていた扉がバン!と勢い良く開く。


「うっせぇなぁ~!寝らんねぇよ!」


 ジャムカが眠そうに頭を掻きながら出て来て、バルさんに詰め寄る。


「バル、話したいって言ってんだから、王に話ぐらい通してやれ。」


「……ジャムカ、おまえホントに好き勝手に言ってくれるな。」


「王に言うだけならタダだろ?王がいいって言うなら話せばいい。ダメって言われたら引くしかない。それぐらいアキラだってわかるだろ。ここで四の五の言っても始まらない。それとも何か、お前はルージュ侯爵よりも小さい器で大公名乗るつもりか?あの人はエング・ジュールの話を王に通してるんだぞ。」


「それとこれとは話が違う。相手を誰だと思ってんだ?」


「アキラの旧友だろ?俺は許可すると思う。バル、お前らしくねぇな。ハラ括れよ。」


 そう言ってジャムカが握り拳でバルさんの胸をどつく。


「だからお前のそれは痛いんだって……わかったよ。アキラ、陛下がダメと言ったら諦めろ。いいな?」


「ああ、それはわかってる。」


「じゃ、頑張れ。俺は寝る。明日話を聞かせてくれ。」


 ジャムカはさっさと自室に戻って行った。


「じゃ、俺も寝るわ。アキラ、くれぐれも無理はするな。王の不興を買ってバルを困らせるなよ。」


 アレクはセイラを引き摺って部屋に放り込んだ後、自室に戻って行った。

 スカンダも行かないようで、部屋に戻って行った。こっそりと後を付けて来る感じだな。恐らく。


「よし、じゃあ行くぞ。後悔するなよ。」


「モチのロンだよ。ありがとう、バルさん。」


「礼を言うのは全てがうまく行ってからにしろよ。」


 バルさんの先導で、俺達エリアーナ隊は時空鏡の部屋に再入室した。

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