第86話 決められていること
玉座の間の扉の前にはスカンダとリンツが立っていた。
随分と珍しい組み合わせ。
「おぉ、おはようございます。二人とも随分早いね。テーブルの場所取りで並んでるの?」
俺のライトなトークを無視してスカンダが扉を3回ノックすると、リンツが中に向かって話し掛ける。
「アキラが来たよ。」
「ん?誰か居る?」
リンツに話し掛けると、ちらっと俺を見てすぐ目線を外す。この野郎。
「なぁ、かわいそうな目で俺を見るのはやめないか?」
『入れ。』
うっそマジか。コイツが来てたのか。
スカンダが扉を開ける。玉座の間に入ると、フラムロス国王ウィルバート陛下が玉座に座っていた。
玉座の左隣に立つのは王妃エレオノーラ様。うそーん。
玉座の右後ろには、バルさんことメルマナ大公バルセートが立っている。
「アキラ、こういった場合の作法は知らんだろ?俺の正面に立てばいい。」
「はぁ……」
ウィルバートに促されて、正面に立つ。
王妃様が居る事だし、ピシっとしておく。
「あら、アキラ。少し見ない間に痩せた?」
王妃様からのお声がけは初めてなので、ちょっと驚く。
流石にガン見は出来ないけど、ホントに大人モードのエレナさんそのままなんだよなぁ。
「赤の騎士に鍛えて頂いたお陰で、来た当初よりもかなり引き締まりました。あの頃は贅肉の塊でしたから。」
印象を悪くしたくないので真面目に答える。
「態度も変わったわね。何?心境の変化?」
「あの時は状況が分かりませんでしたから、どう乗り切るかを考えていたと思います。そして、今も状況がわかりません。次は、何が起きようとしているんでしょうか。」
俺の言葉を聞いたウィルバートが鼻で笑う。
「何だ、俺の事を良く分かって来たじゃねぇか。」
「陛下がいらっしゃる時はイベントが発生しますので、内心冷や冷やしています。出来れば、心が穏やかであり続けられる事を願っています。」
「言うようになったよな。」
「多少は鍛えられましたから。」
「なら、単刀直入に言う。エレナの王妃守護隊隊長職を解く。銀の剣士に任じて王都に呼び戻す。」
はぁ!?銀の剣士!?ってか、居なかったんか銀の剣士。
「アクセル……銀の騎士からの強い要望でもある。あいつからの要望は初めてだからな。メルマナ解放に貢献した褒美として叶えてやる事にした。何か言いたいことはあるか?」
あるに決まってるじゃないか。
だけど、つとめて落ち着いて。
「その件について、エレナさんは何か仰っていましたか?」
「まだ伝えていない。後日、決定事項として知らせる事になる。」
「俺より先に、本人に言うべき事では……?」
一瞬の沈黙。
「アキラ。エレナの件について、何とも思わないの?」
王妃様が驚いたような、軽く責めるような口調で俺に話し掛けて来た。
「何とも、という事はありません。この世界に来て、レナートさんと同じくらいに長く、ずっと一緒に過ごして来た仲間ですから。」
「それだけ?」
「それだけって事でもありませんが……それ程エレナさんが有能な人材で、あの銀の騎士が認めている人物という事なんですよね。エレナさんは要職についている人ですから、命令となれば従う事になりますよね。」
「あら、そうなの?意外だわ。随分とつれない事を言うのね。」
「私の個人的な見解はさておき、エレナさん本人の意思を汲んでいただければと思います。」
「でもあの子は―――」
王妃様が何かを言おうとした所で、ウィルバートが手を上げて制した。
「本人の意思は一応聞くが、これは決定事項だ。変えるつもりはない事は付け加えておく。」
「はい。承知しました。」
「それと、ルカ。王妃守護隊に入隊させたい。」
「えっ!?」
予想外だった。ルカを守護隊に!?
「それは、決定事項なんですか?」
「ほぼ、決定事項だ。」
ウィルバートが顎鬚をなでながら頷く。
「ほぼ、というのはどう言う事でしょうか?」
「お前の見解と、ルカ本人の意思は聞かせてもらう。エレナの次の守護隊長となるリンツの下で働かせ、能力と適性に合った任務を与えるべきだと考えた。しかし、見た目は毛並みの良い犬のような姿をしているが、間違いなくコボルトであり本来は討伐すべき妖魔だ。よって、監視が目的の一つでもある。」
最初は俺も守護隊に預けられたらいいなと思っていた。
監視が目的とも明言した上で、任務を与えるべきと言った。それを隠さない所を考えると、ちゃんとルカの事を考えてくれているんだろうか。
「俺は直接見たからわかる。そこらをうろついているコボルトとは根本的に違う。冒険者をやらせておくのは惜しい。守護隊は半妖の者達から成る部隊だという事は知っているだろ?悪いようにはしない。預からせろ。」
「……ルカの事を考えて下さった上で、そのようなお話を頂けるのはありがたい事だと思います。ですが、これはルカの意思を尊重していただきたいと思います。」
「わかった。後日、改めて話す機会を設ける。それと、ナディア。王太子妃マルガレータの侍女として仕えて欲しい。これは決定事項では無いが、俺とエレオノーラたっての希望だ。」
「はぁ!?」
つい、大きな声を出してしまう。
侍女?……侍女???
「業務としては、家事全般、化粧、衣装選定、装飾品管理、来客接待、行事の運営補佐、事務作業全般。王宮に住み込みで、これら全てを行う。最初は王太子妃侍女の待遇だが、将来的には王妃侍女長として手腕を発揮してもらいたい。」
俺呆然。ちょっと何を言ってんのこの人。
「ナディアがそれを?全然意味が分からない。」
「どうした?エレナとルカの時はそこまで驚いて無かっただろ。」
「いや、そもそも前提が違いますよ。エレナさんは元々宮仕えの人だから、そりゃ……思う所はあるけど仕事だからしょうがないって気持ちがあります。ルカはさっき言われた通りで、あぁ、そうかと納得せざるを得ないと思う部分もある。二人の事は、はいそうですかよろしく~なんて思ってませんからね!!!それに……陛下も王妃様も、そんなにナディアの事は知らないでしょ?」
ウィルバートが玉座に深く腰を掛け直し、ニヤリと笑う。
「武器を使った戦闘に長け、魔法を操り、一瞬であらゆる事を記憶する能力を持ち、礼儀正しく、人当たり良く、相手を慮り、尽くす事を厭わない。しかし不当行為や仲間のためにはどのような相手であろうと敢然と立ち向かう事の出来る胆力。まだまだある。ニンフの特性と一言では表す事の出来ない稀有な存在。それがナディアだ。」
あのウィルバートがベタ褒めじゃないか。
言ってる事は十分わかる。いやわかるんだけどさ。
「どうやってその情報は知り得たんですかね。」
「あら、王妃守護隊は何のためにあると思って?」
あぁ、さいですか。
「ナディアが一人で全ての業務を遂行するのでは無いからな?筆記試験、実技試験、面接、家柄、人格。ありとあらゆる試験と調査が行われ、選抜した10名が侍女として採用される事になる。」
「その選抜した、優秀な10名が侍女をやればいいじゃないですか。ナディアじゃなきゃいけない理由は無いんじゃないですか?」
「随分と否定的だな。」
そりゃそうでしょ。いきなりそんな事言われてもさ。
「理由ならあるわよ。ナディアちゃんに来てもらいたい理由。」
手持ちの扇子をぶわっと広げ、口元を隠して王妃は言う。
「決してお手付きにならない、優秀な子に来て欲しいの。」
おてつき……?
おてつき……お手付き……!!!
「もしかしてエセルバートが?ナディアを……?ちょっと待って下さい。それは本当に勘弁してください!」
あからさまに狼狽える俺。
その様をみて馬鹿笑いするウィルバート。
「だからよ、手付きにならん奴って言ってるだろ。焦り過ぎだ。少し落ち着け。」
「そんな不穏な事を言われたら落ち着つけませんて……」
「エルバートもマルガレータも、ナディアがお前の連れだと言う事は知っているからな。あの二人はお前の事を高く評価し、信頼しているようだ。そのお前の伴侶のナディアが側にいるというだけでも、マルガレータの心の支えにもなるからな。」
「癒し要素的な感じですか?」
「そんな訳あるか。それだけで侍女は務まらん。最初に言ったが、総合的な高い能力を評価した上での勧誘だ。エレオノーラが直接ナディアを説得するからな。」
ええ……マジで……?
「私としては、ナディアちゃんには是非とも出仕してもらいたいの。本気で勧誘するから。そのためには、希望や要望は最大限考慮するから。」
「話をした後で、ナディアがどう考えるかだ。くれぐれも、本人の意思を尊重してやれよ。いいな。」
「ええ……はい、承知しました。」
いやー、何だそれ。
エレナさん、ルカ、ナディアが一斉に居なくなるかもしれないのか。
「最後はお前の事だ。」
「は?」
つい油断して間抜けな声を出してしまった。
ウィルバートも王妃様も苦笑している。
「気が抜け過ぎだ。話が終わるまで気を抜くな。使命の話だ。メルマナ奪還の任務を以てお前は使命は果たした。長い間の役目、ご苦労だった。」
「え?」
あっさり過ぎて、聞き間違いかと思った。
「俺とエレオノーラの期待を遥かに上回る成果だ。よくやったな。」
「……本当に使命、果たしたんですか?」
主にジャムカを見守っていたのはスカンダであって俺では無い。
それに、ずっとパーティーを組んでジャムカと共闘していたのはナイトストーカー隊の皆だ。
俺はジャムカとは殆ど同行していないのに?何か、イマイチ釈然としない。
ただ、俺を向こうから呼び出して「ジャムカを見守れ」と使命を与えたウィルバートが「果たした」と言うからには、終わりなんだろう。
「……そうですか。お役に立てて光栄です。」
「俺とエレオノーラからは、物質的な何かで報いる事にした。何が欲しい?言ってみろ。」
「そう言われましても……漠然とし過ぎてません?何が対象になるのか、想像できません。」
「どの世界であっても、譲渡可能な物なら何でもアリだ。お前はそれ程の事を成し遂げた。感謝している。」
そんな事をいきなり言われても、パッと出ないわ。
と言うかさっきの3人の話で、つるつる脳みその思考容量がとっくに超えてる。
「少し考えさせてください。」
「ああ、時間はあるからいくらでも悩め。思いついたらレナートかアミュに言って、俺を呼べ。」
と言う事は猿田さん達を連行した後は、ルージュ領の流音亭に帰還するのか。
そこで今後の話でも出来たらいいんだけどな。
「さっきの話、俺から3人に話をしてもいいですか?」
「構わんが、伝えるからには冷静に、感情を排除して正しく伝えろよ。」
「ええ、それは承知しました。」
どれくらい話をしていたのか、外はすっかり明るくなっている。
そんな事も気付かないぐらい弱り倒していたな。
まぁ~今悩んでもしょうがない。3人とはしっかり話して、この先どうするのかを決めよう。
「……アキラ?」
下を向いてボンヤリと考え込んでいたら、王妃様の声が聞こえた。
顔を上げると、どえらい至近距離に顔が寄せられていた。
「ぬおっ……!」
「……ふぅん、睫毛が長いのね。」
ちょっと!近いっす!
いやもうホントにエレナさんに似てるな!緊張するわ!
「失礼しました、少し考え事をしておったものでして……」
慌てると変な言葉遣いになるものである。
「もうちょっと早くに気付けば良かったわね。エレナにもよろしく伝えておいて頂戴。」
閉じた扇子で俺の頬をぺしぺしと叩くと、ウィルバートの隣に戻って行った。
「アキラ、食事の支度が整ったら呼びに行くから、部屋で待機してろ。」
ずっと黙っていたバルさんがやっと喋った。
「了解です。それでは、失礼いたします。」
深々と礼をして、踵を返して扉に向かって歩く。
勝手に扉が開き、振り返って一礼して退出する。
リンツが扉を開けてくれたようだ。
「誰か来た?」
「来てない。」
「そっか。今何時?」
腕時計は部屋に忘れて来てる。Gなショックを腕に装着したリンツが時間を見る。
「6時半。」
「寝るには微妙だな。」
そう言って手を振り、部屋に戻って行った。
「じゃ、帰るからな。バルセート、後の事は任せたぞ。」
「承知いたしました。ですが、本当によろしいのですか?」
「ああ。レナートにも伝えている。決して無理な行動だけはさせるな。わかったな。」
「承知いたしました……」
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